悪役はつらいよ 3
「そうね。例えば、秘密にしておきたいこと。人に言えないようなお願いでも、引き受けて下さる方をご存知、だとか」
「お願いにもよりますが。貴女のように美しい方の頼みなら、彼らはきっと断らないでしょう」
いや、美しいとかそういうのはいいから。
聞きたいのは、できるかできないか。
誘拐の手助けをしてくれるのか否かだ。
あら、でも彼らってことは、そういう感じの知り合いがいそうね?
「然るべきものを用意すれば、大抵のことは請け負って下さるということ?」
「そうですね。交渉次第でしょうが、それは僕にお任せ下さい」
「まあ素敵!」
悪人の給料がいくらで、誘拐の特別手当がどのくらい必要なのかはわからない。でも、ソフィアを連れて行くだけで、危害を加えるわけではないのだ。そこまで高くないとは思うけど、まずは相談して見積もりを取ってもらうことにしよう。拒否されるかもしれないし、高すぎて無理ならキャンセルすればいいんだし。
隣のサラはきょとんとした表情だ。話が飲み込めていないようで、良かったと思う。
その後は流行りのお芝居や人気のあるお菓子のことなど、日常の話に終始した。彼は楽しい話題にこと欠かず、語り上手だ。思わず引き込まれ、時の経つのも忘れるほど。
タルト君は帰りも、私達を馬車まで送ってくれた。ご馳走になった上に最後まで親切にしてもらって、何だか申し訳ないみたい。
彼は去り際、私に自分の名前と連絡先の住所を書いたメモを手渡してきた。用事があるならここに連絡して、ということらしい。いちいち会わずに済むので、こちらとしてもすごく助かる。タルト君、可愛い顔してなんとも気の利くことで――
帰りの馬車で私は、もらった紙を両手で胸に抱き締めた。呆れたように私を見る侍女の目は、とりあえず気にしないことにする。だって、これは番外編に行くための大事な命綱なのだ。厳重に保管して、失くさないようにしなくっちゃ。
そういえば、ラノベのヴェロニカにも協力者がいた。彼女はその協力者に指示して、悪党を各種取り揃えたり、悪事の手配をさせていたのだ。
名前は出てこなかったけど、悪役令嬢と連絡をとっても不審に思われない人物……たぶん同じ貴族なのだろう。もしかしたら彼が、その人なのかもしれない。
タルト君、でかした! 彼にはこれから是非、頑張ってもらうことにしよう。
かくして、私とタルト君――フィルベールとの文通が始まった。もちろん家の者には内緒だ。バレないように本人の許しを得て、表向きは侍女のサラの名前で連絡を取り合っている。
そのサラは、私の浮気を疑っているようだけど、全然違う。ラファエルとは元々形だけの婚約だし、もうすぐ破棄されるので問題はない。あるとすれば、将来出会うジルドだけ。文通ぐらいなら、彼も許してくれるわよね?
愛の言葉や甘い文句はフィルが勝手に書いて来るだけなので、もちろんスルー。社交辞令にいちいち反応していたら、時間がいくらあっても足りない。紙もインクも無駄になるから、私が書くのは計画や必要経費などの事務的な内容だけだ。
手紙を何度かやり取りするうちに、向こうもとうとう諦めたらしく、必要なことだけを書いて送ってくるようになってきた。おかげで無駄を省くことができるし、悪事ももうすぐ実行できそう。
「それにしても、まどろっこしいわね。他の悪役令嬢達は、ちゃっちゃと悪事を重ねていたのに。ラノベと現実では全然違うわ。誘拐の計画だけで、半年以上かかるなんて……」
「お嬢様、何かおっしゃいましたか? 私の名前を使うのは構いませんが、別の人と婚約されているってこと、忘れないで下さいね!」
サラがぷりぷり怒っている。
内容を聞かれずに済んで良かった。
彼女はラファエルびいきなので、私が他の男性と文通していることを快く思っていない。ラファエルを小さな頃から知っているから、可愛いく思っているのだろう。
心配しなくても、彼の真実の相手は他にいる。私の悪だくみが成功すれば、彼とソフィアの距離が近づく。もう少しなので、楽しみに待っていてほしい。
そのラファエル、今でも定期的に私を天宮に呼び出している。今日もこれから着替えて、お茶会に参加しないといけないのだ。
「まったく、王子のくせに人使いが荒いったら……」
のんびりお茶を楽しむくらいなら、家にいて誘拐計画の詳細をしっかり詰めておきたい。私に残された時間は、あまりないというのに……
天宮に到着した私は、ある部屋に案内された。そこは白が基調の上品な家具で統一された空間で、紅茶の香りが漂っている。
「やあヴェロニカ、待っていたよ。ここへおいで?」
彼はいつものように自分の隣を叩く。
見れば今日も、たくさんの令嬢達が彼に群がっているようだ。ただ最近は、少し勝手が違ってきている。
「ヴェロニカ様、お待ちしておりましたのよ! どうぞ」
「新作の焼き菓子を、お土産に持ってまいりましたの。お口に合えば良いのですけれど」
「本日のドレスも素晴らしいですわ。シンプルな装いが、却って美しさを引き立てていますわね」
こんな感じで丁寧なので、私ももちろんお愛想を忘れない。
「ありがとう。貴女方もとっても素敵よ」
悪役令嬢は、謙遜なんてしないのだ。青いドレスは自分でも似合っていると思うし、私の邪魔をしないならそれでいい。心の広い私は、過去のことを水に流してあげている。
ラファエルは、社交界デビューの日に踊るのは私だけだと公言し、実際その通りにした。そんな彼の様子を見て、多くの令嬢達が考えを変えたみたい。
すなわち、私を敵に回すより味方に取り込む方がいいということ。逆らわない方が、後々得だと判断したのだろう。本当は、私に取り入っても仕方がないのだけれど……
私が捕まってもソフィアをいじめず、できれば仲良くしてあげてほしい。
王子が私を本物の婚約者らしく扱うせいで、天宮内でも好意的に見られるようになってきた気がする。ラファエルの秘書官や護衛達とも顔見知りになったし、気軽に言葉も交わす。大抵の場所には入れるようになり、どこにいても疑われない。
実は婚約破棄の当日も、私は大きな悪事を働かないといけないのだ。でもこの調子だと、不審な動きをしても見咎められずに済みそうだ。皮肉なことに王子のおかげで、来年のクライマックスに向けての準備は順調だといえる。
とはいえ現在、困っていることが一つだけ。
「ヴェロニカ、憂い顔で何を考えているのかな? 私に言えないようなこと?」
「いえ、別に」
勘のいいラファエルだけど、この先が問題なのだ。
「そうそう。君の好みに合わせて、甘さを抑えたタルトを作らせてみたんだ。どうだろう?」
王子がプチタルトを、手ずから私の口元に運んできた。長椅子に隣り合わせで座っているため、ぴったりくっつく形になる。二人きりの時は思いっきり拒否するけれど、周りの期待するような視線が痛い。
膝の上の手は、いつの間にか彼の片手に握られていた。顔を背けてもいいけれど、それだと仲が悪いと疑われてしまう。
婚約者の演技も大変だ。楽しそうなラファエルは、断ってもまた別のお菓子を勧めてくるのだろう。その分密着する回数が多くなるから、下手に断らない方がいいのかな?
意を決した私は、ラファエルの指ごと小さなタルトを口にした。