王子、相手が違います 5
「ソフィア、これは規則なの。貴女は十四歳だから、まだダメなのよ」
私が注意をすると、ソフィアが大声でワアワア泣き出した。続々と到着する令嬢達が、怪訝な表情で私達の前を通り過ぎていく。非常に目立つし、恥ずかしい。このままでは王子であるラファエルにも、恥をかかせてしまう。
「いい加減になさいっ!」
「ヴェロニカのバカ、意地悪、嫌いっ」
義母にも困ったものだ。甘やかして育てるから、ヒロインなのに我儘になってしまった。本当はとてもいい子だから、早くラノベ通りに戻ってほしい。
てこでも動きそうにないので、覚悟を決めた私はラファエルに謝る。
「ごめんなさい、このまま連れて一旦帰るわね」
「それは困る。仕方がない、とりあえずこちらへ」
「やっぱりエルは優しいわ。大好き!」
途端に泣き止んだソフィアが、嬉しそうな声を出す。引き留める間もなく、彼女はラファエルと腕を組み、先に立って歩き出す。まあね、二人が想い合うのは最初からわかっていたけれど、それにしては堂々とし過ぎのような……
密かに愛を育むっていうの、どこにいった?
王子の婚約者は特別扱いをされるのか、控室まで豪華。テーブルの上には軽食や飲み物、瑞々しい赤い薔薇の花まで用意されていた。ラファエルは仕事を抜け出して来たらしく、私の頬にキスを落とすと「また後で」と、すぐに戻ってしまう。流れるような自然な仕草に、避けることすら思いつかなかった。ソフィアに見られていなかったことだけが救いだ。
そのソフィア、ソファで楽しそうに飛び跳ねている。
「うわー、ふっかふかー」
義妹をどうしよう? 頭を抱える私には、社交界デビューだと緊張している暇もない。
「あのね、ソフィア。何をどう教えられたか知らないけれど、本当は十六歳になるまで、舞踏会に参加してはいけないの。だから、貴女はここでお留守番。勝手に動くと貴女の大好きなエルに迷惑がかかるのよ?」
何が悲しくて、ヒロインに淑女の基礎の基礎を教えなければならないのだろう? 本来ならば奔放なのはヴェロニカの方で、ソフィアがその身を案じていたはずなのに。
「だけど、お母様は言ってたわ。うかうかしていると、大切な人をとられてしまうからねって」
「まあ!」
間違いだと言い切れないところがつらい。確かにラファエルは、かなりモテる。あのルックスに加えて頭も良く、さらに王子だ。今日も隙あらば彼と踊ろうと狙う令嬢達が、わんさかいるはず。だからって、ヒロイン自ら直接乗り込んで来なくても……
いけないわ、悪役令嬢たるもの主人公に圧されている場合ではない。私はソフィアに向かってわざと偉そうに言い放つ。
「彼は私の婚約者よ。貴女ごときを相手にするとでも思って?」
いい感じだ。
ラノベにもこの台詞は出てきたし……待てよ、もっと後の方じゃなかったっけ?
私の言葉に青ざめるソフィア。でも大丈夫。実際に相手にされないのは私で、王子と貴女は秘密の逢瀬を重ねる。そして、互いが特別な存在であると確信するのだ。
盛り上がるのは、ヴェロニカが社交界にデビューした後の話。まずは無事にデビューしないと。
「ニカ、時間だ。玉座の間に向かってくれ」
「ええ。ソフィアをお願いね」
わざわざラファエルが、呼びに来てくれた。
ソフィアを彼に託し、急いで部屋を出る。
舞踏会に行く前に、形式に則り国王ご夫妻に謁見しなければならない。デビューさえ済めばこっちのもの。主役二人が密会しようといちゃつこうと、どうってことはない。
順番を待つ時間が長いので、私は残してきた二人に想いを巡らせる。
今頃、互いの好意を確認し合っているのかしら? それとも、「さっきはきつく言ってごめんね。形だけの婚約だから安心して」と、ラファエルがソフィアにバラしていたりして。あら? それなら私、この後婚約を破棄されてもおかしくないんじゃあ……
計画が狂うかもしれないと心配していたために、いざ自分の番が来ても全く緊張しなかった。覚えてきた文言をロボットのように淡々と口にする。おかげで堂々としていて立派だと、逆に褒められてしまう。王妃様は慈愛に満ちて温かい。彼女の息子であるラファエルを、本気で羨ましく思うのはこんな時だ。
挨拶を終えた私は、控室の扉を開ける。
私を目にした瞬間、抱き合う二人がパッと離れた。ソフィアの頬には涙の跡まであるような……って、まさかもうその場面なの?
それは、一緒にいられなくてつらいとソフィアが泣き、王子が慰めるシーンだ。悪役令嬢びいきの私でさえ、切なく感じた。義姉の幸せを壊すことはできないと、ヒロインが自らの気持ちを封印する。王子はそこで、ヴェロニカの悪事を暴こうと決意を新たに――
犯罪まがいの悪いことが何一つできていないのに、展開だけが早いみたい。一瞬ドキリとしたのは、きっとそのせいだ。
「お帰り、ニカ。準備ができたら行こうか」
「え、ええ」
何気ない声を出すラファエル。
本当は、ソフィアと離れ難いに違いない。だけど、今だけは私も譲れないのだ。
ラノベに社交界デビューの細かい描写はなかったけれど、ヴェロニカのパートナーはもちろんラファエル。婚約中だし、何より私は彼以外とまともに踊れる気がしない。あくまでも、仲睦まじいフリをしなくっちゃ。
けれど、ソフィアを思うと胸が痛む。大好きな人をとられたら、私だって悲しい……って、なぜかジルドではなくラファエルの顔が頭に浮かんだ。悪役なのに、ヒロインに感情移入し過ぎたかもしれないわね。罪悪感を抱かないよう、気をつけなければ。
「行ってくるから。おとなしくしているのよ」
暗い顔のソフィアを残し、私とラファエルは部屋を出た。そのまま大広間に向かうのかと思いきや、彼は少しだけ話をしたいと小さな部屋に私を導く。
「ニカ、聞いてほしいことがあるんだ」
何かしら? やはり好きなのはソフィアだから、婚約を続けられないとでも言うつもり? 私は焦って頭が真っ白に。
「ごめんね、ニカ。お父上の公爵は、この場に来られない。詳しくは教えられないけれど、大きな仕事をお任せしているんだ」
あ、なんだ。そのことね?
父が私に関心がないのは知っていたし、期待もしていなかった。ただ、もしかしてここにいるのではないかと、さっき少しだけキョロキョロしてしまったのだ。そんな私の様子を彼は気にかけてくれたらしい。
「別にいいの、いつものことだもの。それより急がないと、皆さんお待ちかねなのではなくて?」
婚約破棄を言い出されなくてホッとした。まずは舞踏会。王子が遅れるわけにはいかない。それに早くしないと、必死に覚えたステップを忘れてしまいそう。
ラファエルと腕を組んだ私は、会場に足を踏み入れた。