エルとの出会い 2
そこで私は、少しだけ自分を弁護してみることに。
「あのねえ、これには重要な意味があるの。後々壮大な話に発展していくんだから」
王子は未だに現れない。時間はあるし、これくらいの言い訳をしたって構わないはずだ。まあ関係ないこの子に力説しても、わかってはもらえないだろうけれど。
「そうなの? すごい!」
けれど、女の子はキラキラした目で私を見つめる。何だろう、何かちょっとだけ自分が偉くなったような。
私の好きなラノベには、茶色い髪のこの小さな少女は出てこなかった。……って、ことは完全なるモブよね? 愛らしいから主要な登場人物かと思いきや、私はこの子を知らない。登場人物A、B、C、それともモブ子、モブ美?
気になった私は、名前を聞いてみることにした。いいの、どうせ王子は遅刻していて暇なんだし。
「私の名前はヴェロニカ。この家の長女よ。貴女は? なんてお名前?」
仕方がないので先に名乗ってあげることにした。本当は、この国では身分が低い者から挨拶するのが常識だ。でも、そんなことを小さなこの子に説くのは時間の無駄というもので、大人の対応とは言えない。クールな悪役令嬢の私は、無駄を嫌うのだ。
「ぼ……私? 本当は名乗っちゃいけないって言われているんだけど……」
「まあ!」
私は驚きを隠せなかった。公爵家の令嬢を前にして名乗れないとは、どういうこと?
待て待て、冷静になって考えよう。私は心が広いから。
モブには元々、名前がないのかもしれない。通りすがりの登場人物達が、いちいち名乗るなんて聞いたことがないもの。可哀想ね、顔立ちは可愛いのに呼び名がないなんて。何かいい名前はないかしら? 私は彼女の名前を、一生懸命考えてあげることにした。
ふと、薔薇の隣に咲く白百合が目に留まる。そういえば、この子の着ているドレスも白だ。Lillyというのはありきたり。第一モブにきちんとした名前を付けていいのかどうかもわからない。
――そうだ!
「「じゃあ、エルで!」」
なぜか同じタイミングでハモッてしまった。頭文字をとっただけなのに……
不思議な偶然に、私達は顔を見合わせた。ビックリした表情がおかしくて、互いにクスクス笑い合う。その子の楽しそうな様子に、私も自然と笑顔になる。
ちなみに以前……前世を思い出す前の私は、笑うと可愛らしいと言われていた。今は悪役令嬢だから、極力笑わないように心がけているけれど。
ところで、うちに出入りできるってことは、貴族なのよね? 着ているものも上質な絹のドレスだし、モブなのにどことなく品がある。もちろん、平民や大商人の娘であっても構わない。私は身分にこだわらないから。
それに、十年後には私の方が囚人となり、貴族という身分も剥奪されてしまうのだ。そして、手に手をとって国外へ……
義妹に優しく出来ない分、この子に優しくするのはいいのかしら? モブだし、ストーリーにはきっと影響しないはずよね?
「いいわ、エル。貴女、私の弟子にしてあげる。これからは、私を手伝いなさい」
ちょっと偉そうに言ってみた。私は公爵令嬢である前に、物語の悪役令嬢なのだ。ヒロインほどではないけれど、登場回数も迫力もモブとは断然違う。優しくするといっても、普段から居丈高に振る舞うよう気をつけなければ。
ところが、彼女の答えはこうだった。
「……え、弟子? そこは普通、友達じゃないの? まあ、空いている時なら別にいいけど」
エルったら、モブなのに態度がでかいわ! なんだか公爵令嬢の私より、威張っているみたい。だけど、小さい子相手に怒っても意味はないわね。私は心の広い悪役令嬢だから、許してあげるのだ。
「そう。じゃあ、早速だけど義妹を監視して」
「義妹さん?」
「そうよ。ソフィアっていうの。銀色の髪に青い瞳が綺麗で可愛いでしょう?」
「可愛いかどうか……誰もいないんだけど」
「なんですってぇーー!?」
慌てて中庭に視線を戻す。エルの言う通り、そこはとっくに無人で使用人すらいないようだ。
うっかりしていた。いくらソフィアがおっとりさんでも、王子も登場しないのに、ずぶ濡れのままこの場に留まるわけがない。おおかた濡れた服を着替えるため、中に戻ったのだろう。
「なんてこと! それもこれも、王子がぐずぐずしているせいで……」
「お、王子?」
「ソフィアもソフィアよ。大事なシーンですぐに屋内に戻るなんて、根性ないわね!」
「こ、根性? 王子と何の関係が?」
私の傍で、エルがビックリしたように目を見開く。この国の王子相手に文句を言うなんて、と驚いているのかもしれない。小さな私達は、16歳になって社交界デビューするには程遠い。しかも王族は、通常の貴族なら滅多に話すことも叶わない天上人だ。
だけど私は、二年後に彼と婚約するはず。さらにその八年後には婚約破棄をされるけど、それは別に構わない。むしろ別れが早まればいいな、とさえ思っている。
だって、彼が恋するのは義妹のソフィアだもの。二人は互いに好意を抱き、やがて結ばれめでたしめでたし。そして私は牢獄へ。
でも大丈夫! そこで私は、年上で渋めの看守と運命の出会いを果たすから。『水宮の牢獄』でのじれじれラブ。触れそうで触れられない距離、切なくももどかしい想いに胸をときめかせる予定なの。年上最っ高、じれラブは正義! 見つめ合い、語り合い、少しずつ打ち解けた私達は……
「ねぇ、どうして王子が出て来るの?」
私の物思いを中断すべく、エルが話しかけてきた。そりゃあモブの彼女からすれば、王子は雲の上の人。憧れの存在なのでしょう。会わせてあげることはできないけれど、話を聞かせるくらいならいいのかしら?
せっかくだから王子だけでなく、全部教えてあげましょう。小さいし、理解できないかもしれないけれど。
私は弟子のエルに『ブランノワール〜王子は可憐な白薔薇に酔う』というタイトルの、ラノベの世界を語ってあげることにした。それにはまず、自分のことから話す必要がある。
「私の行動には深いわけがあるの。実はね――」