王子、相手が違います 3
他人の書いた物を横取りする。
そう、『著作権の侵害』も十分悪い行いだ。人が苦労して作り出した物を真似たり勝手に使ったりする、いわゆるパクリ。楽曲や歌詞、文章などを許可なく乗っ取られると創作者は損害を被るし、かなり嫌な思いをする。この世界に著作権法違反という法律はなかった。だからといって、訴えられないとは限らない。
でも、冷静に考えてみよう。転生者である私が以前の世界の物語を真似るなら、誰にもわからない。その上、大ヒット間違いなしなのではないだろうか?
万一を考えて、タイトルを変えてみることにする。もし私と同じように生まれ変わった人がいたら、そっくりだと気づかれてしまうからだ。悪役令嬢たるもの、悪いことをしつつも裁判ごときに無駄な時間は費やせない。とりあえず『魚人姫』と『中指姫』、それから『黒雪姫』の三本立てでいってみよう。
原作を思い出しながら、物語を書いていく。挿絵は……つけない方がいいだろう。私が描くとホラーになり兼ねない。絵よりも文章を書く方が性に合っていたみたいで、どんどん筆が進む。
ところが、何日も自分の部屋に籠っていたせいか、顔を見せない私を不満に思ったラファエルが、ひょっこりうちを訪ねて来た。執事が顔パスで私の部屋まで通したため、気づけば彼は私の背後に。
「今度は何をしているの?」
「うわっ!」
突然声をかけられたので、びっくりしてペンを落してしまう。紙にインクの染みがついてしまったけれど、運良く(?)ちょうど毒りんごを食べたシーンだったので、上手くごまかせるかな?
「ラファエル! 急に何? これはその……って、待って! 勝手に読まないで」
人が一生懸命書いた物を、尋常ではない速さで読むのはやめてほしい。しかも、読み終わった後でそんなに複雑そうな顔をされても……
「すごいな。ニカに話を作る才能があったとは」
いや、ないよ?
だって、全部前世の真似ごとだもの。
この世界でも受け入れられるのだろうか?
私は一応感想を聞いてみることにした。
「どうだった?」
「なかなか面白かった。これなら、王都でも評判になるかもしれないな」
あら、思いの外高評価。
やっぱりいけるのでは?
「そう? 貴方もそう思う?」
「ああ。だけど一つだけ、残念だ」
「何か問題でも?」
まさか、私以外にも転生者がいて、先に販売してしまったんじゃあ……
「ああ。タイトルがしっくりこないな。全部変えた方がいい」
だよね~、よくおわかりで。
題名を元通りに直した私は、ラファエルの紹介で無事製本に至ることができた。素性を隠しペンネームを使ったため、彼以外に私が書いたとはバレていない。訴えられたら、知らないと言い張ろう。
王都の本屋に置いてもらうこともできたから、これからが楽しみだ。売り上げから必要経費を差し引いた残りは全て、今後の悪事に利用するつもり。
必要経費は何かって? 製本代をラファエルに借りたので、きちんと返そうと思う。彼は「私の個人資産だし、出版祝いだからお金は要らない」と言う。だけど、それでは良くない。
どこの世界に悪役令嬢にお金を渡す王子がいるのかって話だし、頼りっ放しは嫌だ。貸し借りがない方がスッキリするし、後腐れなく牢獄に行ける。既に力を借りた分は、都合よく忘れることにしよう。
というわけで、悪事の資金は本の売り上げ次第となった。
目下の問題は、間近に迫った社交界デビューのこと。もうすぐ十六歳となる私は、爵位ある家の娘として社交界に参加しなければならない。デビューの日は、他の令嬢達と共に国王陛下と王妃様に謁見し、挨拶をする。その後、天宮の大広間で開催される舞踏会に出席するのだ。
舞踏会には将来の伴侶を探す意味合いもあるけれど、形だけとはいえ私は既に婚約している。だからパスできるのかと思いきや、そうもいかないようで。
パートナーがこの国の第一王子というのは厄介だ。私とラファエルは婚約を周知させるため、一番最初に会場の中央で踊らなくてはならないらしい。二年後には破棄されるから、どうせ無駄なのに。踊っている姿が大勢の注目を集めるのかと考えるだけで、今から気が滅入る。
小さな頃に苦手意識を植え付けられてしまったせいで、私は未だにダンスが下手だ。軽々踊れるソフィアが羨ましいし、できれば代わってもらいたい。もちろんソフィアのデビューはまだで、その日は私が牢獄に連行される時でもある。ラノベにはダンスのシーンなどなかったはずなのに、現実ではそうもいかないようだ。
秋のデビューまで一ヶ月を切ったある日。
考え事をしていた私の大きなため息に気づいたラファエルが、それならデビューまでの間特訓しようと言い出した。
「でも私、貴方の足を踏んでしまうかもしれないわ」
「だからこそ、練習しておいた方がいいと思う。本番でも君は、私以外とは踊らないんだし」
「え、そうなの? 最初に踊ったら、パートナーを代えるものだとばかり思っていたわ」
「私が許すとでも? 婚約中だし、周りも大目に見てくれる」
そうだっけ。聞いた話では、同じ人とずっとってことはなかったはずだ。それに、いくら婚約してても王子と踊りたいご令嬢はいっぱいいるから、私が独占していたら彼女達から恨みを買ってしまう。けれど……そうか、そういう意味なのね。
「じゃあ、貴方と一回踊ったら、私はお役御免ってこと?」
それなら何とかなりそう。たった一曲だけ、練習すればいいのだから。ラファエルは肯定も否定もせず、「明日から頑張ろう」とだけ口にした。
翌日、我が家を訪ねて来たラファエルは、どうしても踊りたいと言うソフィアを相手にお手本を見せてくれた。もちろん私が反対するはずはない。それどころか、二人の息ピッタリの様子に感動してしまう。ソフィアは続けて踊りたがるけれど、彼はやんわり窘める。
「今日はニカの練習に来たんだ。ごめんね」
「ええー! 私の方が上手なのにぃ」
「そうだね。だからもう、練習は要らないんじゃないかな?」
「もう、エルの意地悪~」
頬を可愛らしく膨らませたソフィアが、怒って部屋を出ていく。残されたラファエルは、私を見て困ったように肩を竦めた。
彼は優しい。本当はソフィアといたいのに、我慢して私の相手を務めようとしてくれているのだ。悪役令嬢としてヒロインとの仲を邪魔できているから、これはこれでいいのかもしれないけれど。
ラファエルは、根気強く教え上手だった。私が初心者用のステップを間違えても、迷惑そうな顔をせずに丁寧に指導してくれる。
「ニカ、その調子だ。恥ずかしがらずにもう少しくっついて。その方が私も支えやすい」
「こ、これではくっつき過ぎのような気が……」
「気のせいだよ。ほら、肩の力を抜くといい」
肩に手を置かれ、軽く撫でられてしまう。彼の言っていることはわかるけれど、実際にはどうしていいのかわからない。ごく自然に触れる彼に対し、私はガッチガチ。ヒロインの相手に接近するなんて恐れ多いし、そもそも同じくらいの年齢の異性とくっついた経験などないのだ。
前世の年齢を越えて十六歳となった私。中学校では彼氏どころか男友達もいなかった。体育は男女別だし、部活もお金がないため入れず帰宅部。図書館に出会いなどあるはずもなく、若い男性はテレビか挿絵で眺めるのみ。
だからいくらよく知るラファエルでも、自分からまともに近づくとなると尻込みしてしまう。意外に硬い胸や喉仏、私の手をすっぽり包み込む大きな手を意識してしまうと、それだけでもうダメだ。急に知らない人のように思えて、何だかドキドキしてしまう。もちろん、恋のときめきではなく緊張しているだけ。
でも、考えてみてほしい。あの小さくて可愛かったエルが、いつの間にか大きな男の人になっていたのだ。彼の変化についていけずに、私は戸惑う。
ラノベの中ではわからなかったこと。
この緊張感や距離感を、私は持て余していた。
少しずつ少しずつ(;^_^A