王子、相手が違います 2
つくる――そう、偽札造り。
この世界の文化レベルは、元の世界の中世ヨーロッパより少し進化したくらい。紙幣に使う紙の質も荒いから、頑張れば偽造できそうだ。夜中に印刷所を借り受けるくらいのお金なら、今までに貯めた分でいけると思う。足りなければ、わずかに残った装飾品を換金すればいいんだし。
父は不在がちなので義母の横暴には気がつかず、お金の管理も彼女に任せっぱなし。小遣いを渡されないばかりか、私のドレスは必要最低限しか作られず、反対にソフィアのドレスは年々派手に豪華になっていく。宝飾品も元々持っている物を合わせても、義妹の方が多い。
けれどソフィアはヒロインだから、それでいいのかも。いくら可愛くても衣装がみすぼらしいと、王子と釣り合いがとれなくなってしまう。
前世で貧乏には慣れている私。義母を怒らせさえしなければ、生活だって普通にできる。悪事に使うお金はいるけれど、悪役令嬢なので必要以上に他人には頼らないと決めた。ヴェロニカは、孤高の存在であるからこそ美しい。だからもちろん、父にも告げ口などしないのだ。
そんなわけで、お金は自分で造ろうと思う。ただし、細かいことを考えるのは図案が決まってから。
我が国の紙幣も例に漏れず、中央に国王の顔が描かれている。あと何年か後には、ラファエルの肖像画に代わるはず。それなら、ラファエルの顔をモチーフにした紙幣を作り、早めに流通したと悪党達に信用させればいいのではないだろうか。偽札造りに悪党限定の詐欺なら、悪役として十分な気がする。
それにはまず、ラファエルの顔を観察しないと。バレたら困るし画家を雇う予算はないから、私が自分で描くしかないようだ。
天宮からいつものように呼び出しがかかった時、私は張り切って紙と木炭を持参した。秘書官によると、ラファエルは今日も図書室にいるそうだ。土木に関する調べ物をしているのだとか。
彼は能力が高く、最近は何でも一人で解決できる。だから私はいるだけで、意見を聞かれることはほとんどない。それでも呼び出されるのは、大きな図書室はシンとしていて寂しいからだろう。
「婚約者っていうより親友みたい」
そんな関係を、私も時々は居心地良く感じることがある。小さな頃から知っているから、遠慮もいらないし。彼は私がプライベートで失礼な言動をしても、滅多に怒らない。「僕に媚びない君が好きだ」と言われたこともある。友達として好きか嫌いかで言えば、私も彼のことは好きなんだと思う。
天宮の図書室は天井が高く、吹き抜けの三階建てとなっており、天窓や壁一面の大きな窓から射し込む明かりで昼間は照明が要らない。反対側の壁沿いには立派な本棚があって、本が項目ごとに分類されている。土木なら二階かしら? 閲覧コーナーにいなければ、そちらを探してみようかな。
ラファエルは、すぐに見つかった。
金色の髪に柔らかな光が当たって、輝いている。熱心に調べ物をする表情も様になっており、すごく目立つ。本を読んでいるだけなのに絵になるって、さすがはヒーローだ。
集中している時のラファエルは、周りの物音に気がつかない。そのため後ろに護衛が控えているけれど、顔見知りなので頭を下げられるだけ。同じように挨拶した私は、音を立てないように気をつけて、彼の正面に腰かけた。
前世では散々『ブラノワ』の挿絵を見ているし、長年一緒だったから特徴ならすぐに捉えられるはず。適当に選んだ本を読むフリをして、こそっと彼を観察しよう。机の上に本を開いた私は、膝に広げた紙にラファエルの顔をチラチラ見ながら写し取っていく。
「案外難しいわね。もう少し顔を上げてくれたらいいのに」
真っ直ぐな鼻、バランスの良い目の配置、顎はシャープで唇の形も綺麗。顔立ちが整っているため、描いた絵の方がなぜか曲がって見えた。絵と実物が大きく異なってしまったので、私は首を傾げる。
「バランスが良くなかったせいかしら。びっくりするほど似ていない」
描きながら、そういえば前世の図画工作の成績も悪かったな、とふと思い出す。塗り絵はいつもはみ出すし、似顔絵を描いてあげた近所の子供に泣かれたこともある。生まれ変わっても絵心がなく、ここまで酷い出来だとは。完成した絵を見ても、自分でも何だかよくわからない。
「もういいかな? ニカ」
「なっ、貴方気づいて!」
「君があまりにも一生懸命だったから、声をかけられなかったんだ」
「何のこと? 私は読書をしていて……」
「へぇ、『生命誕生の神秘』か。君は夫婦の営みに興味があるんだね?」
「ええっ!」
ラファエルが私の本を引き寄せて、パラパラめくっていた。革表紙の色で選んだために、中身は読んでいない。タイトルが外国の飾り文字でカッコ良かったけど、実はわからなかった。まさかそんな意味だったなんて。
「違うわ。読もうと思ったけど、文字が読めないから諦めたの」
正直に申告した方が、名誉は守れる。
いくらお年頃とはいえ、そっち方面に興味があると思われるのは心外だ。
「そう、残念だ。それで、本当は何をしていたの?」
「何って、えっと……」
描いた絵を見せろと?
まあラファエルの顔だけでは、偽札造りには結びつかないだろう。それでも、本人に自分の描いた物を見られるのは、なんとも恥ずかしい。だけど見せないなら見せないで、大人の行為に興味津々だと勘違いされてしまいそう。
「あまり似てないんだけど……」
仕方がないので渋々差し出した。
上手に描けなかったのは、きっとモデルが良すぎるせいだ。
「ニカ、えっと……これは何かな? てっきり、私のことを描いているんだと思ったのに」
「何って? だから貴方よ。そりゃあ、そっくりとは言い難いけれど」
「ゴホッ、コホン。抽象画もたまにはいいね」
「いえ、思いっきり写実画なんだけど?」
咳払いでごまかされたような気もする。
私の絵、そんなに酷かった?
「君にも苦手な物があると知って嬉しいよ。そうだな、たとえば私なら……」
言いながら彼は、机の上の羽ペンで余白部分に私の顔らしきものを描いていく。こちらをあまり見ずに手を動かしている割には、すごく上手だ。というより、黒髪で私だとわかるものの、三割増しは綺麗に描かれている。こんなに美人だった覚えはないけれど、プロのイラストレーター顔負けの超絶技巧には驚かされてしまう。
「こんなものかな? もちろん、本物には敵わないけどね」
お世辞は別に要らないの。
でも、参りました。
彼には是非、自分の顔を描いてほしい。
そうすれば、偽札造りに活かせるのに……
けれど、ラファエルに悪事をバラすわけにもいかないので、負けを認めた私は偽札造りを断念した。せっかくだから彼に描いてもらった絵は、私の今後の目標として部屋に飾っておこうと思う。
絵がダメなら、文ではどう?
悪役令嬢たるもの、少しの挫折でへこたれてはいけない。王子であるラファエルは絵も上手だった。彼が何でもできてハイスペックなのは、元々の設定通りでわかっていたこと。偽札造りは諦めたけど、お金儲けをやめたわけではないのだ。偽物にもいろいろあるから、今度は文で挑戦してみよう。
それでもめげない( `ー´)ノ




