王子、相手が違います 1
思い返せばあっと言う間の五年だった。
まさかここで、小説特有の『ズバン』が来るとは思わなかったけれど――あ、いえ、こっちの話。
十五歳になった私、ヴェロニカは変わらず元気に悪役しようと励んでいる。といっても、ソフィアの運動神経と勘が良過ぎるため、今でも失敗続き。
落とし穴にはまってくれないし、噴水に落とそうとしても避けられ、私がびしょ濡れに。鍵付きの物置に閉じ込めたら、窓からまんまと脱出された。スープを激辛にしたら取り替えられてしまうし、『血のり爆弾:改』の熟したトマト爆弾は、投げる前に発見されてソフィアが先に投げつけてくる。うちのソフィア、コントロールはいいようで、今回も私が真っ赤になってしまった。ソフトボール部に入れば余裕でエースになれるんだけど、残念ながらこの世界に部活動はない。
結局、ソフィアに怪我をさせたことは一度もなく、私の擦り傷が増えただけ。私が悪さをすれば激怒する義母も、ソフィアが仕掛けた時には何も言わない。むしろ、面白そうに見て彼女を応援しているような気さえする。そしてソフィアには、嫌味も通じない。
「こんな問題すら解けないなんて、赤ん坊から出直した方が良さそうね」
「ヴェロニカったら、赤ん坊に算術は無理よ? そんなこともわからないなんて、頭が悪いわ」
「身体を動かすことだけが得意だなんて、ソフィアはまるでお猿さんね」
「あら、猿はもっとすごいわよ? それを言うなら、ヴェロニカは運動が苦手だからロバみたい」
「まあ!」
ロバはこの世界の俗語で、のろまやバカを意味する。馬より歩みが遅く、知能が劣るとされているからだ。義妹にしては上手い切り返しに感心し……ている場合じゃなかった。
はっきり「バカ」と言わないと、ソフィアには伝わらないようだ。けれど運悪く、バカと罵ったのを義母に見つかり、夕食を抜きにされてしまう。以来、我が家で「バカ」は禁句となっている。
そんなこんなで上手くいかないけれど、ソフィアはまだ可愛い方。私の嫌がらせを一番邪魔しているのは、何を隠そう偽婚約者のラファエルだ。
五年の間に背が高くなって青年っぽく成長した彼は、表紙のイラスト通りになってきた。最近では僕と言わずに私と言うため、子供っぽい『エル』という名はもう似合わない。そのため私は、普段でも『ラファエル』と呼ぶことにしている。
ラファエルは近頃鍛えてもいるらしく、体格もしっかりしてきた。程よく筋肉のついた細身の体形に端整な容姿と甘い声、物柔らかな仕草に令嬢達はメロメロだ。もちろんうちのソフィアもその一人で、ラファエルに会うたび嬉しそうな表情をする。二人が徐々に愛を深めているように見えるのは、非常にいい兆候だ。
そのラファエル、なぜか『形だけの婚約』を気に入ってしまったらしい。ソフィアというものがありながら、事あるごとに期間限定の私を本物の婚約者のように扱う。
同伴してほしいと当たり前のように私を迎えに来たかと思えば、公務に連れて行く。おかげで私は、地方の式典で手を振り続ける羽目に。また、ご機嫌伺いだと称しては、我が家を突然訪れて有無を言わさずハグしてくる。ソフィアへ意地悪をするため張り切っている時に限って、タイミング悪く顔を覗かせるのだ。そのため私は幾度となく、予定を諦め涙を飲むことに。
それだけならまだいい。私が少しでも怪我をすると、ラファエルは大騒ぎをする。先日もこんなことがあった。
「ニカ、なんてことだ! 君の白い肌に傷がついている」
「ああ、これ? 枝か何かに掠って切れてしまったのかもしれないわ」
思い当たることが多過ぎて、よくわからない。落とし穴を掘った時? それとも、ソフィアを転ばせようと木に縄を結び付けた時かしら? どちらにしろ、ただの切り傷だ。赤い筋がついているけれど、三、四日も経てば治る。
「気をつけてくれ。君一人の身体じゃないんだ」
もしもしラファエルさん?
それって、妊娠中の妻に夫が言うセリフでは……
「大げさだわ。どうせ腕だし、こんなの舐めときゃ治るし」
「そうか。それなら私がしよう」
「はあ!?」
彼は私の手首を掴むと、傷口を本当に舐め出したのだ。柔らかい舌の感触がくすぐったくて困ってしまう。
「待って、今の違う。冗談よ、冗談!」
必死に叫んで手を引き抜こうとするけれど、びくともしない。うつむく彼の顔は完璧で、それだけで名のある彫刻家による芸術作品のようだ。って、思わず見惚れている場合じゃない。一国の王子が、何てことをしてくれてるの!
「そんなことをしても治るわけないでしょ! お願いだからもう止めて」
「そうかな? もう治ったようだけど」
「え……あれ?」
見れば跡形もなく傷が消えている。
まるで魔法のように……って、もしかして。
「ラファエル、貴方の得意な属性って光?」
「どうしてそう思う?」
「だって、癒しとか浄化って光の魔法よね」
「そうだけど、当たってはいないかな」
「へ? だって、これって……」
「たまたまかもしれないね? わからないから、次も試してみようか。君が怪我をしたら、常に私が治してあげる」
「け、結構です」
私は慌てて自分の腕を引っ込めた。
舐めなきゃ治らないってことは、魔法じゃないのかな? それにしても、おかしいわね。普通はこんなに早く傷が消えたりしないのに……
首を傾げる私を、ラファエルが面白そうに見ている。でも、さっき怖い言葉を聞いたような。怪我をするたび治すだとかなんだとか。またこんなことをするつもり? だったらそれは、是非ともヒロインで試してほしい。嫌がらせもいいけど、怪我には十分気をつけようと私は心に決めた。
そんなこんなで、月日が経つのは早い。うかうかしていると、ソフィアへの意地悪が失敗したまま本編が終わってしまう。何一つ悪役っぽいことを成し遂げられていないので、将来『水宮の牢獄』で看守のジルドに会えなくなる可能性が出てきた。
本格的な悪事は、十六歳で成人してから。だけど、ゆっくりしてはいられない。それまでに準備が必要なのだ。考えてみれば、『ブラノワ』のヴェロニカは用意周到だった。悪賢いしなぜか金回りも良かったので、悪党を各種取り揃えていたような。来年十六歳となる私には、お金も悪党の知り合いも未だ無し。このままではいけない。立派な悪役令嬢となるために、何とか手を打たなければ。
悪事を働くには資金がいる。けれど義母ががめつく、この頃は買い物用のお金ももらえない。お金儲けの描写は、ラノベには出てこなかった。ラノベの悪役令嬢ヴェロニカには、始めから自由に使えるお金がたくさんあったと思うのに。計画を断念? いえいえ、ここまで来て諦めるわけがない。
いいことを思いついた!
お金がないならつくればいいのだ。
いちゃいちゃ編Σ(´∀`;)!?




