僕の可愛い婚約者 5
婚約者のニカが、僕の日常に彩を与えてくれる。
前世の記憶があると自分で言うだけあって、彼女は同じくらいの子供より格段に頭がいい。僕が調べ物のために天宮の図書室に行っても嫌がらないどころか、彼女は彼女で読書に熱中しているようだ。ニカは歴史や図説などに興味があるらしく、放っておいても何時間でも集中している。
読んだ本について対等に話ができるのも嬉しいし、近くにいてこんなにも落ち着く女の子は初めてだ。
その日も僕らは図書室にいた。ふと思い立ち、議会で懸案事項だった街道の通行料について、彼女の考えを聞いてみることにする。それにはまず、我が国の税金体系について理解してもらわなければならない。僕は大人でも難しいとされる本を彼女に勧めた。
学術書はわざと難解な言葉で書いてあるのではないかと思う程で、普通の人は読むのにすごく時間がかかる。所々に専門用語が出て来るから、余計に大変だ。ニカもその度につっかえていたようだけど、僕に意味を聞いてきた。
彼女のすごいところは、わからないことを素直に認め、すぐに聞いてくるところ。そのため、余分な時間もかからずに要点を抑えることができた。
「そんなわけで、王都に続く街道での通行税を一律にすると、払えない者が出てくるんだ。けれど、不公平では困る」
主要な道だし貴重な収入源だから、全く徴収しないわけにはいかないのだ。そうかといって、収入の少ない町民たちから巻き上げるつもりはさらさらない。不公平感がなく、文句が出ないようにするにはどうすればいいのか? 議会でも議論に及んだこの案件を、僕に解決してみろと父は言う。
散々悩んでいたのがバカらしくなるほど、ニカの答えはあっさりしたものだった。
「それなら、馬車の大きさで金額を分ければどう? 豪華な馬車ならきっと裕福だし、払えると思うの。反対に徒歩なら徴収しない、とか」
なるほどね。彼女の言うことにも一理ある。少し補足をすれば、こういうことだ。
見栄っ張りな貴族達は、大きな馬車を使おうとするだろう。そのせいで、街道の通行料が大変だったと自ら大げさに広めてくれるかもしれない。税金を惜しみ小さな馬車に乗ろうとすれば、社交界で即座にバカにされてしまう。
反対に、平民でも裕福な者や自慢したい者達は、わざと馬車を使うかもしれない。彼女が言うように、荷車や徒歩の場合など段階的に料金を決めるというのもいい考えだ。選択の幅を通行者自身に課すのなら、それを不公平とは誰も言わないのではないか。
そう思い至った時、称賛の言葉がこぼれ出た。
「そうか! すごいなニカは」
大の大人が幾日もかけ議論していたことを、彼女はたった一言で解決に導く。ニカは自分の視点で物事を捉え、一生懸命考えてくれた。自分で考えれば、だとか王子だからできて当たり前、とも僕に言わない。
そういえば、こんなこともあったようだ。
『出入りの業者から珍しい果物をもらった。みんなで分けるにしても、数が少ない。いつもは料理長がまず試食するが、たまたま不在。どんな味だか気になるけれど、小さくカットしても全員には行き渡らないし、どうしよう?』
偶然通りかかったニカが、料理人達からそんな相談を受けたのだとか。「絞って果汁にして分ける」というのが模範的な解答だろう。けれどニカは、その果物を見た後でこう告げたらしい。
「それなら、じゃんけんはどう?」
『じゃんけん』という名の手遊びにも似た決め方を、提案したという。彼女いわく、果物は果汁にせずにそのまま食べた方が美味しいから。
早速その場にいた者達で、じゃんけん大会なるものが始まったようだ。聞くところによれば、じゃんけんは紙とハサミと石の三パターンしかないから、相手の得意なパターンを読めば勝利へぐんと近づく。けれど意外に読めないのか、大人達は白熱したそうだ。
結局、ニカが勝ってしまった。
薄くスライスしたその果物を、彼女はじゃんけんで勝ち残った順になるべく多くの者に分けたらしい。自分は食べたことがあるし、皮の部分でいいと遠慮して、両手で持って舐めていたのだとか。
「やっぱりキウイは酸っぱいわ~」
その仕草やしかめた表情が可愛かったので、一時料理人達の間でニカの顔真似が流行った。どんな果物なのか気になったけれど、ニカが満足したならそれでいい。その後、『じゃんけん』は紙もコインも要らない決め方だと、天宮内で重宝されることとなった。
この一件で、ニカは可愛いし親しみやすいと評判になる。自慢の婚約者を褒められた僕も、もちろん悪い気はしない。けれど、彼女は僕の相手だ。構うのはほどほどにしてほしい。
冬に入ってすぐ、ニカが体調を崩した。寒さのせいで身体が弱ったのか、今日は行けないとの連絡が来る。心配になった僕は、勉強もそこそこに彼女の家へ向かう。
ニカの義妹のソフィアが僕にくっついてくる。ニカと二人だけで話したいけれど、邪険に扱うこともできないから、仕方なく一緒に部屋に入った。
「ニカ、大丈夫? 具合が悪いと聞いたけど……」
「ねえ、エル。風邪がうつるといけないから、ソフィアとお茶でも飲んできたら?」
僕の婚約者は、相変わらずつれない。
だが顔色は良く、思ったよりも元気そうだ。
「どうして? 僕の婚約者は君だ。ニカの風邪ならいいよ。僕にうつして早く治して」
一緒に横になるのも、面白そうだ。そうすれば治るまでの間、君といろんな話ができるよね? 公爵が許してくれるはずはなく、所詮は僕の願望だけど。
そうこうしているうちに、ニカがソフィアにお茶の用意を頼む。二人きりになりたいのかとからかえば、あっさり否定されてしまう。ニカは僕に、「こんな時まで婚約者の演技をしなくていい」と強い口調で言ってきた。
――演技じゃないよ。本物にするつもりだ。
正直にそう告げたなら、君はなんて言うのだろう?
心配して来た僕を、ニカはすぐに追い払おうとする。その上、天宮にもあまり行きたくないのだと口にした。だったら僕が通うと言ったのに、王子だから軽々しく出歩くなと注意されてしまう。
「それならやっぱり、ニカが天宮に来るしかないよね?」
とはいえ僕も、ニカと遊んでばかりはいられない。楽しいからと時間を割き、責務をおろそかにするわけにはいかないのだ。情けない王太子となり、八年も経たずに見捨てられてしまうようでは困る。だからニカの話を受け入れるフリをし、僕も条件を示した。月に十回以内なら、公務に差しさわりもないだろう。
ニカの視線を感じる。
不思議に思い、どうしたのかと聞いてみた。
彼女は黙って首を横に振る。
小動物のようなその仕草に、頬が緩む。
どうしよう、ニカが可愛すぎる!
ベッドに手をつき彼女に身体を近づけた。よしよしと艶やかな髪を撫でながら、耳元に唇を寄せる。
「なんにしろ、ニカの風邪が大したことなくて良かった。可愛い婚約者には、元気でいてほしいからね?」
そのまま彼女の頬に軽くキスをする。
赤くなる様子が可愛くて、偉そうな表情を崩したくて、わざと彼女に触れた。途端におろおろするニカは、本当に見ていて飽きない。
ニカに会えたから、まあいいか。
本当はもう、わかっていた。
君は風邪などひいていないよね?
呼び出しに応じたくなかったのだろうが、逃がさない。
だって、僕の婚約者は後にも先にも君だけだから。
次から再びニカのターン(*´▽`*)