王子の正体 8
だって、婚約者としてこうも頻繁に呼び出されるとは思ってもみなかった。毎日ではないのが救いだけれど、人前で猫を被るのって結構疲れる。エルとの仲良しアピールも、いい加減恥ずかしいし。
天宮に行くと帰る頃にはぐったりしていて、ソフィアに意地悪する気力がおきない。夕食を食べたらベッドへ直行。これでは悪役として、非常にダメな気がする。
だから試しに今日は風邪と偽り、呼び出しに応じなかった。上手くいけば今後もこの手を使うとしよう。気力が回復すれば明日からまた頑張って、ソフィアへの嫌がらせを再開するつもり。
部屋でゴロゴロしていたところ、侍女が慌てた様子で入って来た。エルが見舞いだと称して、突然訪ねて来たらしい。私は焦ってベッドに飛び込む。扉が開いたのは、ちょうどその時だ。
「ニカ、大丈夫? 具合が悪いと聞いたけど……」
エルの腕にはソフィアがしっかりぶら下がっていて、久々に会えたと喜んでいるみたい。これが大人だったら、婚約破棄かと心配するところ。でも今はまだ子供だし、王子と白薔薇がいきなり愛を確かめ合う、ということはないはずだ。ほんのり好意を抱く、といった程度かな?
それなら原作通りだし、せっかくだから二人で過ごせばいいと思う。私もたまには一人でゆっくりしたいし。
「ねえ、エル。風邪がうつるといけないから、ソフィアとお茶でも飲んできたら?」
もちろん仮病で、本当は風邪などひいていない。でも、休みだと決めた日に気を遣うのは億劫だ。正直『仲睦まじく』って、ここまでしなくてもいいよね?
「どうして? 僕の婚約者は君だ。ニカの風邪ならいいよ。僕にうつして早く治して」
思わず顔が赤くなる。
誰だ、十歳の子供にこんなセリフを教えたのは!
これは、仲良し婚約者のフリをしている弊害だ。最近私とエルは一緒にいることが多い。そのため、天宮の騎士や女官達が微笑ましく見守り、勝手に応援してくれるのだ。こうすればモテるだとか、相手を繋ぎ止めるテクニックだとかいうものを、聞いてもいないのに面白がって話してくれる。
『相手をちゃんと褒めてますか? どんなに大切でも、言葉にしないと意外とわからないものですよ』
『憂いを帯びた仕草がぐっとくるかな。後は潤んだ瞳で見つめられると、もうダメだ。この子には俺しかいないと考えちまう』
『私は色っぽい方が好きですね。ボディタッチに弱いかも。耳元で囁かれるとゾクッとします』
子供相手に語ることではないような。どこの世界に憂いを帯びた色っぽい十歳がいるのだろうか?
幸いこの国は平和なので、女官は穏やかだし騎士達も暇なようだ。私達の婚約が、休憩中の恰好のネタになってる気がする。
この助言にエルはノリノリで、恥ずかしがらずに妙に詳しく聞きたがる。将来、ソフィアに使おうとしているのかもしれない。反対に悪役令嬢の私の方がタジタジで、うろたえてすぐに固まってしまう。私があまり天宮に行きたくないのは、そうしたアドバイスとみんなの期待に満ちた視線に耐えられないから、というのもある。
私が好きなのはジルドなので、エルに迫っても仕方がない。エルも私がそんなことをすれば、めちゃくちゃ驚き困ってしまうだろう。
「ソフィア、お茶の用意をしてきたら? エルは喉が渇いたんですって」
さっきのエルの言葉はもちろんスルー。
今日は休むと決めたから、嘘でもいちゃいちゃしたくない。お茶の準備が整い次第、さっさと退室してもらおう。
ソフィアはエルが好きだから、私の言葉に素直に頷き走って部屋を出て行く。エルはソフィアを追いかけず、ベッド脇に椅子を持ってくると私のすぐ横に腰かけた。
「喉が渇くと言った覚えはないよ。もしかして、僕と二人きりになりたかったとか?」
「いいえ、まったく」
むしろ逆で、早く一人になりたいと思っていて……そうか! 今なら誰もいないから、エルに釘を刺せる。
「あのね、エル。こんな時まで演技しなくていいから。それに、風邪をひいたくらいでわざわざ見舞いに来るのもどうかと思う。王子が出歩くと色んな人に迷惑がかかるのよ? 護衛を連れて来るだけでも大変じゃない」
「ニカは相変わらず冷たいよね。もう少し愛想良くしないと、婚約者としての務めを果たしているとは言えないんじゃないかな?」
「そうかしら。私としてはかなり……って違う~! 別にそこまでしなくてもいいの。本物の婚約じゃないんだし」
「偽物でも、それらしくしないとボロが出るよ?」
「だからって、すぐに呼び出すのはやめてよね。世の婚約者達が、ここまでベッタリだとは思えない」
「じゃあ、以前のように僕が通えばいい?」
「だーかーらー、さっきも言ったけど王子は軽々しく出歩いちゃいけないの!」
「それならやっぱり、ニカが天宮に来るしかないよね?」
言いくるめられた感じもするけれど、呼び出しは一週間に二回まで、ということでどうにか話もついた。それくらいなら我慢できるし、体力的にも保ちそうだ。
「週一でも多いくらいなのに、エルはそんなに暇なの?」
「暇じゃないけど忙しくもない。言っただろう? ニカといると気が楽だし、面白いんだ」
「面白いって、私のことをからかって遊ぼうとしているんじゃあ……」
「ひどいな。こんなに協力しているのに」
協力? どちらかというと、私が一方的に利用されているような。王子の取り巻きを追い払ったり、勉強に付き合う悪役令嬢って今までに読んだことがないんだけど。ヒロインより私にベッタリっていう王子も変だ。だけどそれも、私の魅力の為せる技なのかもしれなくて……
「ん? どうしたの。僕の顔に何かついている?」
ごめんなさい、嘘です。
やっぱり貴方が一番綺麗。
私は無言で首を横に振る。
「なんにしろ、ニカの風邪が大したことなくて良かった。可愛い婚約者には、元気でいてほしいからね?」
身を乗り出したエルは、私の耳元で囁きながら髪を撫でた。そうかと思えば頬にサッとキスをして、満足そうに笑う。
「な、なな、何!?」
慌ててほっぺを押さえる。
何が起こったのか、私は一瞬理解ができなかった。
褒めて囁きボディタッチ?
もう、エルったら。
教わったばかりのモテテクを、私で試そうとするのはやめてよね!
イチャイチャしてるー(◎_◎;)。
次からいよいよエル視点です。