エルとの出会い 1
久々の悪役令嬢(*´∀`*)。ラノベが舞台の世界で大暴れ!?
「貴女バカなの? バカにはお仕置きが必要ね」
私、ヴェロニカは言い放つと同時に、目の前の水差しの水を義妹の頭から盛大にぶっかけた。
暑い夏のある日、私達公爵家の姉妹は自宅の庭でお茶を楽しんでいる……という設定。本当は楽しんでなどなく、どちらかといえば今の私は責任感に駆られている。
花壇の薔薇が美しく、ここから見える噴水も水飛沫を上げているから、視覚的には申し分ないような。何もこんな暑い日に外に出なくてもいいのに、と思うけどそういう話のラノベ――ライトノベルなのだから仕方がない。
真っ白なテーブルクロスの上には、美味しそうな焼き菓子とよく冷えた果実水や喉を潤す水が用意されている。ちなみに水は今、私が使用したため既に空っぽ。
私の名前はヴェロニカ=ローゼス。このノヴァルフ国ローゼス公爵家の長女で、八歳になったばかり。艶々したまっすぐな黒髪と濃く赤い瞳、キツイ顔立ちとスラリとした肢体が特徴だ。
一緒にいるのは二つ年下の愛らしい義妹、ソフィア。銀色の髪に大きな青い瞳の美少女は、父の再婚で連れ子として我が家にやって来た。可愛いだけでなくおとなしくて性格も良い。本来ならいじめられて良いわけがないと、わかってはいるの。
驚きに目を丸くしているソフィアは、びしょ濡れでも愛らしい。私も憎くてやっているわけではなく、これにはちゃんと、理由があるのだ。
私は知っているから。間もなくこの場に登場する我が国の第一王子が、義妹を助けてくれることを。ヒロインのソフィアと初めての出会いを果たした彼が、後に彼女を『白薔薇』と呼び大切に慈しむことも。
今日は大事な邂逅のシーン。私は悪役令嬢として、二人の邪魔をするため張り切っている。
そうはいっても、私は王子狙いでも二人のいちゃいちゃを期待しているわけでもない。ま、まあそりゃね? 見たくないと言ったら嘘になるけど、今はまだ見逃しても構わないのだ。
だって、王子は私と同じくまだ八歳。義妹のソフィアも六歳だから、好意を抱くと言っても所詮は子供同士の仲良しこよし。感動もときめきもへったくれも、あったもんじゃあないから。
「お義姉様、どうして……?」
ソフィア、そこは「どうして」じゃなく「ひどい」が正解よ? それに、泣きそうな顔でプルプルするのは、私ではなく王子様にしてあげてね。
自分が酷い行いをしていることはわかっている。それに、正確には義妹はバカではなく、単に天然系でおっとりさんなだけ。だからって、ここで手を抜いてはいけない。互いの幸せな未来のために、私は徹底的に意地悪をすると決めたのだもの。
だけど、少しは感謝してね? 原作通りの果実水でなく、染みが残らないよう水にしておいたのよ。それに今日はすごく暑いから、私が代わりに水を被りたいくらいだわ。
「どうしてって? バカにバカと言って何が悪いの?」
ラノベの通りに忠実に。悪いなんて思ってはいけない。本当のバカは私の方だけど、気にしないことにする。今はまだ子供だけれど、将来私はバカな行動のせいで捕まり、牢に入れられるのだ。
まあそれも、番外編に進み『水宮の牢獄』でのイベントを楽しみたい私としては、願ってもないことなんだけど……
ソフィアの視線を感じる。
でも、ええっと……確かこの後私の台詞は何もなかったはず。私はプイっと横を向くと、急いでその場を後にした。
まだ家の中に入るわけにはいかない。去るフリをして、王子の登場を待たなくっちゃ。私は慌てて、庭の植え込みの陰に身を潜める。幸いソフィアはボーっとしているらしく、私が隠れたことには気づいていないようだ。
考えてみれば、明らかに私の方が大人げない。前世知識があるのをいいことに、普段から本を読み慣れていた私。まだ六歳の義妹に、この国の成り立ちの問題を出してみた。
いわく、この国は元天使だった者達が地上に降り立ち建国したというもの。そのために、王族には天使の名が付けられ、背中に羽の名残がある。
当然ソフィアは答えられなかった。私はそんな義妹をバカ呼ばわりし、頭から水をザバーッとかけたのだ。もしも同じことをされたら、私なら怒って殴りかかっていたかもしれない。
おとなしいソフィアは怒らずに、立ち尽くすばかり。バカと言われたのが余程悲しかったらしく、泣きそうな目で私を見ていた。
「王子ったらここよ、ここ! そろそろ登場してもいいはずなのに……いったいどこで何をしているのかしら?」
日程的にもお昼過ぎという時間もバッチリだ。繰り返し何度も読んだライトノベルだから、私が主役二人の出会いのシーンを間違えるはずがない。
「これだから、元天使を祖先に持つ人達は。勝手に遅刻なんかして。下々の者なんて、どうでもいいと思っているのかしら? 全く態度がでかくて世話の焼ける……」
私はソフィアを見守りながら、一向に現れない王子に痺れを切らして悪態をついていた。すると、背後から突然声をかけられる。
「ねぇ、何してるの?」
子供の声に慌てて振り向く。そこには、白いドレスを着た可愛らしい女の子が立っていた。茶色の巻き髪に、珍しい紫色の瞳をしている。この子はたぶん年下だ。だって顔が幼く、背も私より低いもの。残念! 待っているのは女の子じゃない。私が期待しているのは、金髪の男の子でこの国の王子様だ。
「何って……ちょっとね。忙しいから、邪魔しないでくれる?」
「ふうん?」
女の子は不思議そうに首を傾げた。植え込みの緑の葉の陰から中庭を覗くのが趣味なの? それで忙しいとはどういうわけ? そんな風に私を疑ってかかっているような感じだ。