王子の正体 4
エルの話はこうだった。
――王家の人間には、生まれつき魔力がある。大きくなると魔法を使えるが、幼いうちは魔力のせいで成長が遅れるため、自分の身も守れない。
地位や魔法を利用しようと企む者達に狙われやすく、外に出ると誘拐される危険がある。
だから王家の……特に王位を継ぐ者は、十歳になるまで外出時には、女の子の恰好をさせられるのだという。
そんなある日、自分には同い年の婚約者候補がいると聞かされた。ローゼス公爵家の令嬢で、決定してはいないために、今ならまだ断れるのだとか。
おとなしくて、自分の意見が言えないような子は苦手だ。王子である自分を相手に遠慮したり、逆に機嫌を取ろうとする子も。
どんな相手なのか気になったため、外出した帰りにこっそりその子を見に行くことにした。
「宮殿内では王子として振る舞うんだけどね? 女の子の恰好は一部の者しか知らないから、自由に動き回れるんだ。まさか会うなり、弟子になれと言われるとは思ってもみなかったけど……」
「ご、ごめんなさい。だって、茶色い髪の女の子なんて、本には出てこなかったんだもの」
エルにはラノベのことを話してあるから安心だ。『ブラノワ』に、綺麗な顔立ちの小さな女の子の記述はない。だから私は、エルのことをただのモブだと思っていた。
白いドレスがよく似合っていたし、不自然な所作もない。女の子だと信じて疑わなかったのは、そのせいだ。
「あら? でも髪の色って……」
「髪はかつらで、ドレスも外出用のものだ。十歳になって自分で自分の身を守れるようになるまで、正体を明かすわけにはいかなかった。そうはいっても、さすがに公爵にはきちんと話しておいたけどね?」
「な、なんですってーー! お父様ったら、そんなことひとっ言も……」
「もちろん固く口止めしておいたから。ニカのお母さんだって知らないはずだ」
お母さん……義母のことね?
もし知っていたらエルとソフィアを積極的に遊ばせて、私は隔離されていたかもしれない。
「秘密を知る人間は少ない方がいい。本当は王宮の外に出ないのが一番なんだけど、それだと君に会えないし」
「君にっていうより、ソフィアに会えないのがつらかったのでしょう?」
エルは私が顔を出さなくなってからも、うちに通い続けた。それはソフィアに会うためで、ついでに私に会いたいと口にしたんだと思う。
確かに今のソフィアなら、王子の好みにぴったりだ。おとなしいというより騒がしいし、周りに遠慮せず、上手く自分の意見を押し通す。可愛らしくて優しいから、誰もが彼女に夢中になる。
「ソフィア? 今はニカの話をしているんだけど」
エルが困ったように首を傾げる。
そんな姿も様になっていて、まるで本物の王子様のようだ……って、王子だった。
「それなら最初から、私を見に来たってこと?」
「そう。綺麗な子だと聞いてはいたけど、想像以上で驚いた」
「はい?」
おかしいわ。たった今、幻聴が聞こえたような。綺麗というのは、エルのような子をさすの。もしくはソフィアとか。
将来ヴェロニカは美人になる予定だけれど、発展途上の今はまだまだだ。それなのに、私にそんなことを言うなんて……
そうか、王子だからなのね?
『ブラノワ』の王子は優しくて、みんなから好かれていた。女性は全員褒めるものだと思っているのかもしれない。
ただちょっと待って!
原作通りなら女装はダメだし、私と初めて会う前に、ソフィアを目にしていなければ。
そして婚約者だと私を紹介されたら、がっかりしないといけないのだ。
見たところ、がっかりしてはいないよね? それに大事なことを忘れていたけど、私はヒロインの相手であるエル……ラファエル王子にストーリーのほとんどを教えてしまっている!
「ねえ、エル。もしかして、私と庭で初めて話した時、ソフィアのことも知っていた?」
「そりゃあね、もちろん」
それなら良かった。
第一関門はクリアだ。
「正直に答えてね。ソフィアのことは好き?」
「ああ。どうしてそんなことを? 君のことも好きだよ、ニカ」
「いえ、そういうのいいから」
王子が悪役令嬢を好きだと言ってどうするの。変な気は遣わないでほしい。
あとは、婚約者として紹介されたのがソフィアでなく、私で気落ちしているのか聞いてみないと。
「もしかしてエル、今がっかりしている?」
「そうだね。冷たい婚約者で泣きそうだ」
冗談のように言うけれど、これは非常にいい兆候だ。冷たい私より、ソフィアと婚約したかったってことでしょう?
「優しい婚約者の方がいいのよね?」
「まあね。一緒に過ごすなら、優しい方がいいかな」
良かった。やっぱりエルは、ソフィアのことが好きみたい。出会いのシーンはおかしくても、途中で軌道修正されたようだ。それならこのまま無事に婚約……って、それには無理がある!
話の内容を知りながら、王子が黒薔薇の私を近づけるわけがないのだ。一年前もエルは私がソフィアをいじめると、嫌な顔をしていた。
それならエルは、私じゃなくって始めから義妹と婚約したいと言い出すのでは? エルには私の意地悪の理由も、番外編に行きたいという思いも全部話してある。もし彼が、「そんなまどろっこしいことをせず、直接白薔薇と婚約したい」と言い出したらどうしよう?
「あの……一応聞くけれど、私との婚約嫌だったりする?」