王子の正体 3
私はびっくりして、目を丸くした。
だって彼女は関係ない。
そりゃあ、わからないように変装はしている。髪は短く金色で、服装だって男の子みたい。紺色の上着に白いシャツを身に着けて、ご丁寧にトラウザーズまで履いているのだ。
だけどやっぱりこの子は――
「どうして? エル、なぜ貴女がここに?」
まさかドッキリ? いたずらするために、わざとこの時間に来たのだろうか?
隣のソフィアを見るとキョトンとしているようだ。それなら、義妹と組んで私を驚かせようとしたわけではないのね?
男の子の恰好をしていても、私は騙されない。一年以上会わなかったけれど、この綺麗な顔と紫色の瞳を忘れたことなどなかった。いつものように、大人を引き連れているし。
「良かった、ニカ。覚えていてくれたんだ。だって、こうでもしないと会ってくれないでしょう?」
まさか私と会うためだけに?
今日私とソフィアは、王子と初めて顔を合わせる。二年も遅れてしまったから、少しのミスも許されないのだ。それなのに、どうしてエルが紛れ込んでいるの?
「ちょっと! 貴女のいたずらに付き合うほど、私は暇じゃないの。今日は大事なお客様をお迎えするはずで……」
「そうだよ。今日会うって約束していたよね?」
「誰と? 私が約束していたのは、貴女じゃなくって王子なの!」
語気を強めて言い返す。エルのふざけたような態度が癇に障る。王子も王子だわ。まだ来てないって、まさかこの段階でドタキャンする気じゃないでしょうね?
「そこまでだ。ヴェロニカ、言葉を慎みなさい。ラファエル王子、娘が大変失礼致しました」
「お父様!」
突然何を言い出すの?
これはエルで、彼女ならいつもうちに来ていたじゃない。まあいつもと違って男装してるし、髪の色も違うけど。ラファエル王子だなんて――って王子!?
「ローゼス公爵……いえ、義父上。今後末永く付き合うのです。堅苦しい態度はやめて下さい」
「恐れながら申し上げます。まだ婚約が成立したわけではありません」
「おかしいですね。快く了承して下さったはずでは? ねえ、ニカ」
「な……なな、な……」
なんで?
頭が真っ白になる。
エルはモブの女の子じゃなかったの?
「もしかして、エルが王子様?」
ソフィアが疑問を口にする。
これは何かの間違いよ。
そんなわけないじゃな……
「そうだよ。今までごめんね」
「ふえ?」
素っ頓狂な声が出てしまう。
だって、こんな展開ラノベになかった。王子は最初から王子で、ソフィアに果実水をかけた後に現れて……
そこで私はハッと気がつく。
エルと初めて会ったのは、ソフィアに水をかけた後だ!
「ま、まま、まさか!」
「ヴェロニカったら、変な声を出してどうしたの?」
義母が穏やかに尋ねてくる。彼女は人前では、私に優しい。いえ、今はそんなことより、この状況を説明してもらわないと。
「お、お父様! わ、私、エルに庭を案内してきますわ」
のんびり挨拶している場合ではないのだ。
父は冷たく、何のことだとしらを切るかもしれない。それならエルに直接聞いた方が、早いと思う。
咄嗟に前世の見合いのイメージが頭に浮かぶ。「後は若い二人で……」とかなんとか言って、庭を歩く例のアレだ。ゆっくり話すにはこれしかない!
「いきなり何なの? まずはお茶をお勧めするのが礼儀でしょう?」
「私も行く~」
義母の嫌味に被せるように、ソフィアが可愛くおねだりする。いつも外で遊んでいたから、その延長だと思っているのだろう。それともエルが婚約するのは、私ではなくソフィアなの?
問うより早く、父が口を開く。
「控えなさい、ソフィア。今日はラファエル様とヴェロニカの顔合わせだ。よろしいですか、王子」
「もちろん喜んで」
エルがにっこり笑う。
王子で間違いないみたい。
やっぱり綺麗だし、女の子にしか見えないんだけど。
「行こうか、ニカ」
エルが私に手を差し出す。
エスコートだなんて、男の子みたいだ。庭の案内を断られたらどうしようかと思ったけれど、話すための口実だと気づいてくれて良かった。
エルの手は、会わないうちに少し大きくなったみたい。重ねた私の手を握ると、エルが嬉しそうに笑う。つられて微笑み返そうとした自分を窘めて、私は顔を引き締める。
「それでは少しだけ、表に出てまいりますわね」
私はエルと手を繋ぎ、一礼して外に出た。
初秋の庭には、キンモクセイやコスモスが咲き始めている。木の葉も色づき出しているし、空は晴れて散歩するにはもってこいの陽気だ。まさに本日はお日柄も良く……って、今はムードは関係ない。
エルが王子だと言われて、わかったことがある。従う大人達はきっと、彼女――じゃなかった、彼の護衛だ。その護衛と私達の間には、少しだけ距離が置かれている。
今まで意識したことはなかったけれど、考えてみれば、以前一緒に遊んだ際も彼らは近くで控えていたような。
傍らのエルは何を思っているのだろう? 歩幅を私に合わせてくれるし、手はずっと繋いだまま。背もいつのまにか、私を追い越しているみたい。
ただ歩いているだけなのに、目が合うたび微笑みかけてくるエルは、なんだかとても楽しそう。しばらく会わなかったことなどなかったかのように、親しげに振る舞っている。
いけない、のんきに散歩している場合ではなかった。どういうことなのか、聞き出さなければ。私はエルに向き直ると、単刀直入に質問した。
「ねえエル。やっぱり貴方が王子なのね。女装して、 今まで私達を騙していたってこと?」
ここまで歩いて来る間、私なりに考えてみた。エルが本物の王子なら、全てに納得がいく。
エルと名乗ったのは、ラファエルだから。おそらく名前の後ろを呼ぶように言ったのだろう。それでエルは、私のこともヴェロニカではなくニカと呼ぶ。
私よりソフィアに優しいのは、エルが彼女に惹かれ始めているから。王子は将来ソフィアとくっつく。なるほど、だからすごく大事にしているのね?
「そう、僕がラファエルだ。騙したわけではないけれど……おかしいな、手紙に書いたはずなのに」
手紙? いったい何のことだろう。
エルが近くのベンチに座るよう、私を促す。自分も隣に腰かけると、今までのことを話し始めた。
「どこから語ればいいのかな。まずは、君と初めて会った日よりずっと前のことから……」
連休中の更新、微妙です(´;ω;`)




