王子の正体 2
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『ブラノワ』では、十歳になった王子は黒薔薇と婚約する。私を引き合わされた王子は、そこでがっかりする羽目に。なぜなら彼は自分の相手が白薔薇だと思い込み、楽しみにしていたから。
けれど今回、王子は白薔薇ソフィアを見初める機会がなかった。だってまだ、二人は出会ってもいないのだ。父は、王子と私の婚約の話など知らないという。
このままではマズい。
そう思った私は父に「王子に会わせてほしい。うちに連れて来て」と頼む。もちろんソフィアに会わせるためだ。願いも虚しく、あっさり追い払われてしまう。
私は焦った。王子の婚約相手がエルになれば、ストーリー自体が変わってしまうことになる。
ところが後日、その父が私に婚約の話を持ってきた。相手はちゃんとこの国の第一王子。向こうから出たものらしく、父は一旦は断ったそうだ。何度も打診されたから、さすがに無視できなくなったみたい。
身分や家柄的には問題ないのに、お父様ったらどうして断ろうとしたの? 義母から「ヴェロニカでは王子に釣り合わない」とでも吹き込まれたのかしら?
王子との婚約はストーリー通りなので、もちろん私に異論はない。
「それにしても王家も王家だわ。性格の悪い義姉の黒薔薇の方を選ぶなんて、物好きよね」
どこで私を知ったのだろう。
決め手は身分? それとも年齢が同じだから?
「王子もようやくお出ましなのね。ヒーローなのにもったいぶっちゃって。一度も会ったことがないのに、上手くいくのかしら?」
心配のあまりため息をつく。
彼はどんな人物なの?
モブのエルとわざと会わないようにしたためか、ラノベの通りに話が戻ったらしい。義妹によれば、エルは「ニカに会いたい」と来るたび口にするそうだ。
顔を見るくらい別にいいかな、と思ったことはある。けれど王子がソフィアではなく、エルに惹かれてはいけない。三人揃わない方が、きっと上手くいく。
それに私は忙しい。
王子と無事に婚約するため、立派な淑女になると決めたから。賢い黒薔薇は、最初のうちは猫を被ってボロを出さない。幼いながらも貴婦人のように振る舞う彼女を見て、王家の人々は好感を持つ。王子が断れなかったのは、周囲の後押しが強かったため。
でもその後は、大丈夫。うちの親や使用人は、ほとんどがソフィアの味方だ。婚約後は私の偉そうな態度と性格の悪さを、思う存分王子に語ってくれるだろう。そうすれば王子は黒薔薇を嫌い、白薔薇のことを好きになる。
とりあえず、婚約にはこぎつけないと。結婚の約束を交わさなければ、婚約破棄もままならない。立派な猫を被れるように、淑女のレッスン頑張ろう!
とはいえ私は、最終的には看守のジルドと共に国外へ逃亡し、平民となる。貴族としての勉強は、本当はあまり意味がない。将来役に立つのは、ソフィアの方だ。
やがて王太子妃となるソフィアは、王宮で幸せに暮らす。そのためにひと通りの知識は必要だから、一緒に勉強しようと誘ってみた。義母は賛成したけれど、当の本人はぶすっとしている。
ねえ、ソフィア。
これは私の罪滅ぼしなの。
姉らしいことがしてあげられない分、貴女は私を利用すればいい。この経験は決して無駄にはならないから。貴女はこの国で、王子を支える素敵な女性に成長してね?
そう願うのに、ソフィアったらさっきから文句ばかり。
「ダンスは好きだけど、勉強は無理。歴史なんて全くわからない~」
「バカだから仕方がないわね。さっさと諦めれば?」
私が挑発すると、ソフィアはやる気になるみたい。ほっぺたを膨らませながら、本と向かい合う。こんな調子でも、以前の彼女より確実に賢くなっている。
もっとも、中学生の記憶がある私にとって勉強はどれも簡単で、とっくに先を習っている。マナーだって完璧に近いし、鍵盤楽器の練習は楽しい。
だけど家庭教師が私を褒めると、義母が不機嫌になってしまう。そのため私は必要以上に目立たぬよう、得た知識を隠すことを覚えた。
義妹は運動神経が良く、ダンスは得意なようだ。滑るように優雅に踊る。反対に私は苦手で、ステップをよく踏み間違えてしまう。転びそうになるところを義母に見られ、コロコロと笑われた。
「ああ、おかしい。公爵令嬢が聞いて呆れるわね」
「ちょっと失敗しただけよ。少し難しかったから」
「あらあら、言い訳? 相変わらず生意気なこと」
唇を噛み、悔しさを紛らわせる。
お陰で私の唇は、紅を引かなくてもいつでも赤い。
「お嬢様、復習も大切かと」
教師が優しく助言する。
けれど私の味方をすれば、彼が義母に恨まれてしまう。
「うるさいわね。放っておいてよ」
強い言葉にたじろぐ先生。これでもう、私は二度と彼に庇ってもらえないだろう。
復習が大事なことは、ちゃんとわかっている。残念ながら私には、練習相手がいないのだ。
父は私と踊らない。ソフィアは別で、時々相手をしてあげていると聞く。他に男性パートを踊れる人はいたかしら? いたとしても頼みづらいから結局一人。もしやお父様、私に足を踏まれたくないだけなんじゃあ……
ソフィアは後日、エルとも練習したようだ。義妹はみんなに愛されるから。それにしても、女の子のエルがなぜ男性パートを踊れるのだろう? ドジだから間違えて、男性の方を覚えてしまったのかもしれない。
練習の甲斐あって、ダンスの基礎はどうにかできるようになった。もし王子が変わり者でも、婚約前の顔合わせ初日にいきなり「踊ろう」とは言い出さないだろう。お願いされたら、ちょっと引くかも。
婚約者となるラファエル王子のことは、噂に聞くだけ。ラノベの挿絵は塗りつぶされていたので、どんな人物なのかよくわからない。麗しい容姿で同い年だと耳にしたから、たぶん物語と同じはず。
原作通りにしたいけど、それにも限界があった。ソフィアは白いドレスでいい。しかし私は黒……ではなく、紺色のドレスを選ぶ。
考えてみれば、おかしい。自分より身分の高い相手、それも王子との初顔合わせに喪服と同じ黒いドレスではマズイのだ。それではさすがに、相手をバカにしている。
原作に忠実だと、縁起が悪いと相手を怒らせてしまう可能性がある。婚約できなくなったらどうしてくれるの? 作者ったら黒薔薇だからドレスは黒って、いったい何を考えていたのかしら?
黒髪に紺色ではカラスのようだ。私の地味な姿に父は何も言わないが、義母は満足そうだ。この前義母が「ソフィアが王子の相手なら……」と言っているのを、偶然聞いてしまった。よっぽど、今後の展開を話してしまおうかとも思ったけれど、やめておく。義母にとっては嬉しい報せでも、一歩間違えば私の頭がおかしいと、騒がれかねない。
私が話したのは、後にも先にもエルだけ。
最初で最後の私の友達は、この先も秘密を守ってくれるのだろうか?
執事が来客を告げた。
今回は、王子自ら我が家にいらして下さることになっている。入って来た人物に、私は膝を折り深く頭を下げた。
「本日は当家にご足労いただき、喜びに堪えません」
「よい。楽にしてくれ」
挨拶する父に、聞き慣れた声が答える。不思議に思って顔を上げた私は、信じられないものを見た。
――どうして? なぜあなたが、こんなところに!?