王子の正体 1
全ては番外編のために――
私は、悪役としてもっと頑張ることに決めた。ぬるいいたずらをしている場合ではない。誰にどう思われようと、もっともっと意地悪をしてみんなから嫌われなければ。
黒薔薇の白薔薇に対する嫌がらせは、幼少期の分はあまり記述がない。少ない中でも考え出し、張り切ってはみた。失敗はドジなエルのせいだと思っていたけれど、一人になってからもなかなか上手くできないようだ。
逃げ足が速くなり、仕返しすることを覚えたソフィア。彼女の持っていた手紙にいたずら書きをしようとしたら、お返しにインクを倒された。廊下でぶつかれば、わざと足を踏まれてしまう。このままではいけない。
それにしても、ソフィアったら。
『ブラノワ』に出てくる白薔薇はちょっとつつけばすぐ泣いたのに、現実のソフィアは滅多に泣かない。大泣きしたのは、デザートの中で一番好きなチョコレートケーキを私にとられた時くらいかしら? でも、横取りしても私はそんなに食べられないから、困ってしまう。結局部屋に持ち帰り、後から食べた。チョコレートケーキは少しだと濃厚で美味しいけれど、たくさんだと胸やけする。このままだと甘い物が嫌いになりそうだから、別の意地悪にしよう。
そこで私は、壊れた絵本をわざとソフィアに貸すことにした。私が小さい頃に、まだ優しかった父が読んでくれたものだ。紐が古くて切れてしまったから、直さなければいけないと思いつつ、そのままにしていた。だから一旦ソフィアに貸して、返してもらう時に「壊した」と言って責めるつもり。そうすれば、ソフィアは戸惑い「違う」と言って泣き出すだろう。
二日前に貸したので、そろそろいい頃よね?
「ソフィア、この前貸してあげた絵本だけど。読み終わったの?」
「お姉様! あれはちょっと……読みにくいんだけど」
「そう。それならもう、返してくれる?」
昼食の後で言ってみた。
父は外出しているし、義母はまだ寝ているらしく二人きりだ。暖炉の前はポカポカしていて気持ちがいい。早くしないと、今日の意地悪を忘れて眠ってしまいそう。
素直なソフィアは急いで絵本を取りに行く。手渡されて確信する。バラバラになるから諦めたのか、読んだ形跡はない。
「ごめんなさい。借りたけど、読んでない」
「ごめんなさいって、貴女っ」
すかさず私は義妹をなじる。
意地悪が、今日はまともに成功しそうな予感。
「ひどいじゃない。こんなに壊して!」
「え? でもこれって、最初から……」
「私が壊れた本を貸したとでも? 嘘つき。ソフィアのせいで、もう読めないわ」
もちろん嘘をついているのは私。
悪いと思ってはいけないのに、泣きそうな義妹を見て、喜ぶより申し訳ないという気持ちが先に来てしまう。けれど私は悪役だから、感情を表に出さないようぐっと堪える。
「違う、私じゃない!」
ソフィアが叫ぶ。あともうひと押しで、ラノベの記述にある『ヴェロニカの数々の嫌がらせに、ソフィアは泣いてばかり』が実現しそうだ。
ところがタイミングの悪いことに、丁度そこへ義母が入って来てしまう。
「あら、二人ともどうしたの?」
最近義母はだらしない。父は仕事で何日も王宮に泊まることがあるから、その時は平気で昼過ぎまで寝ているのだ。今も寝衣にガウンを羽織っただけの、はしたない姿で歩き回っている。白薔薇の母親だけど、淑女としては恥ずかしい行いだ。ソフィアには絶対に見習ってほしくない。
初めて会った時の義母は、温かな陽だまりのようで優しかったのに。残念ながらそれは、よそ行きの顔だったらしい。この頃は我が物顔で振る舞うし、私に冷たい。
「お姉様に、本を壊したって言われて……」
ソフィアが義母に訴える。
面倒くさい状況に、私は心の中で舌打ちをした。
また失敗? あともう少しで、泣きそうだったのに。
「そう。ヴェロニカったら、言いがかり? この子はそんなことをする子じゃないわ。壊れているってこれのこと?」
「あっ」
言うなり義母は、私の手から古い絵本を取り上げた。バカにしたように眺めると、ポンと放り投げる。本が向かったその先は――
私は驚き、息を呑む。
暖炉に投げ入れられた私の本。
古びた紙に火の回りは早く、あっという間に燃えてしまった。
「そんな! どうしてっ」
「どうせ壊れているのでしょう? 大きくなったし、そんなものを読む歳でもないのだから」
読む読まないは関係ない。
あれは、思い出がいっぱい詰まった絵本だ!
悲しくて悔しくて、涙が出そう。
私は我慢するために、下唇を強く噛む。
悪役令嬢が、こんなところで泣くわけにはいかない。
「なあに? その反抗的な目は。親に逆らうなんて、とんでもない子ね。性格が悪いったらありゃしない」
肩を竦めた義母はソフィアの腕を引き、さっさと部屋を出ていこうとする。ソフィアは後ろを振り返り、私のことを気にしてくれているようだ。白薔薇は優しい。だからみんなに愛されて、大事にされるのね。
二人が部屋を出た後で、一人残った私は灰をかき集める。燃えカスすら見つからなかった。いじめの罰があたったのかもしれない。因果応報という言葉が、ふと頭に浮かぶ。
それでも、と私は首を横に振る。
迷っている場合じゃないでしょう?
意地悪をすると決めたじゃない。
全ては番外編のため。
私は黒薔薇として、徹底的に嫌われなければならないの。
そんなある日、ソフィアがエルから「もうすぐ婚約する」という話を聞き出してくる。まさか、エルの相手って王子なのでは!
焦った私は、自分に王子との婚約の話は来ていないかと、父に確認しに行くことにした。




