エルとの出会い 10
嫌なことを思い出してしまった。
動揺した私は向きを変え、走ってこの場を逃げ出す。
「待って! 違うんだ、ニカっ」
振り返る私の目に、呼び留めようと手を伸ばすエルの姿が映る。そんな彼女にソフィアがしがみつき、行かないでと頼んでいるようだ。違うって、何が?
二人が仲良くなればいいと、考えてはいた。だけど、私を蔑ろにしてまで、ソフィアとベタベタするなんて。そんなに大好きなら、ずっと一緒にいればいい。私はもう、エルなんかには頼らない!
ずぶ濡れのまま屋内に入り、急いで階段を駆け上がる。自分の部屋に飛び込むと、扉を閉めて中から鍵をかけた。悪口を言われてもいい……どうせ慣れているから。仲間外れにされたって、私は平気。
どうして忘れていたんだろう?
ラノベのヴェロニカもずっと孤独だったのに。彼女に弟子や友達と呼べる存在は、一人もいなかったはずだ。
私はきっと、夢見ていた。生まれ変わった今なら、友達ができるのではないのかと。弟子と言ったのは照れ隠しで、本当は友達がほしかった。
一人ぼっちは孤独で寂しい。悪役令嬢を頑張ると決めたものの、一人くらい味方がいてもいいかなと、自分を甘やかしていた。だから一向に、王子が現れないのだろうか?
考えてみれば、エルはソフィアを可愛がっていた。私には皮肉交じりで遠慮なく物を言うくせに、義妹が相手だと優しい。褒めたり撫でたり庇ったりと、エルはソフィアのことをすごく大事にしている。あっちが本当の姉妹で、私がよそ者なのではないのかと錯覚するほどに。
最近では父も私に素っ気ない。成長するにつれ、亡き母に似てきたと言われる私。母は昔、社交界の華として有名だったらしい。その分派手な噂も多くて、公爵である父を翻弄していたのだとか。
そのせいなのかしら? 父だけでなく、そのことを教えてくれた義母までもが私を嫌い、この頃冷たい。顔も知らない実母が、私を苦しめる。
みんなは可愛いソフィアの方へ。
白薔薇が、私から全てを奪っていく。
この世界にも恵まれた存在は確かにいて、苦労せず当たり前のように何でも手に入れてしまうのだ。父や義母の愛情や、贅沢な贈り物。たった一人の友達さえも――
『誕生日? 仕事なんだ。済まないが無理だな』
『でもお父様。ソフィアの誕生日は去年も一緒に祝って、プレゼントまであげていたじゃない』
『そうだったかな? お前は何でも持っているし、もう大きいんだから我慢できるだろう?』
『あらあら、ソフィアの人形が壊れてしまったわ。またヴェロニカの仕業?』
『お義母様、違うわ。壊していないし、この子は元々私の物だもの』
『そう? 貴女の方がお姉さんなんだから譲ってあげて? ああ、だけど貴女のお下がりじゃダメね。ソフィアには新しく買ってあげましょう』
『可哀想に。またニカが仕掛けたの?』
『そうよ! ひどいでしょう?』
『そうだね。ニカはひどい』
黒薔薇は嫌われ者。
この世界での私は邪魔者だ。
悪役としてそれなりの振る舞いをしてきたから、雑に扱われ話を聞いてもらえなくても、仕方がないとは思う。だけど私は、他の生き方を知らない。ラノベの世界のヴェロニカが全てで、甘えたくてもどうすればいいのかわからないのだ。
素直になれば良かったの?
ソフィアのように子供っぽく可愛らしく振る舞っていれば、みんなが私を愛してくれた?
けれどそれは、不確かなこと。ストーリーを変えてしまえば、番外編にも進めなくなってしまう。
先の見えない人生なんて要らない。終わりに向かい決まった通りに進む方が、安心できる。
心ない言葉に傷つけられ、不安に怯えた日々。空気のように扱われ、誰も私の話を聞いてくれない。あんな思いを繰り返すくらいなら、自分が悪者になる方がよっぽどマシだ。実際にいじめられていたから、加減だってちゃんとわかる。
もう迷わない。
牢獄に入りさえすれば、私は私だけの愛情を必ず手に入れられるのだ!
『どうして他人に頼ったの? 自分の道は自分で切り拓くのよ』
私の中の黒薔薇が囁く。
彼女は孤高の存在で、強く美しい。
番外編に入るまで、愛なんて期待してはいけなかった。家族に縋っても無駄。友達だって幻想で、いつか裏切り私をバカにする。
「ニカ、お願いだから話を聞いて。ニカ!」
ドアを叩きながら、エルが叫ぶ。だけどもう、彼女とは縁を切ると決めたのだ。
子供だし正直なのは当たり前。気の合う子と仲良くしたいし、共にいたいと願うもの。もちろんエルの心変わりを責めないし、ソフィアから取り返すつもりもない。私だってモブと馴れ合っている暇はないのだ。悪役令嬢を極めなくては。
悪いのは私……黒薔薇が愛されないのは、既にわかっていたこと。こうして傷つくくらいなら、最初から期待しなければ良かった。仲良くしたいと望まなければ、がっかりしなくて済んだのに。
「大げさね。気分が悪いから休みたいの。エル、帰ってくれる?」
何気ないフリをして、私は言う。
お子様同士の仲良しこよしはもうおしまい。楽しくいたずらをしている場合ではなかった。私は悪役として、もっと頑張らなければ。そうしないと本編が、いつまで経っても始まらないから。
「また来るね。ニカ、その時に全てを話すよ」
がっかりしたような声と、遠ざかる足音。でも、今さら何を言われても、私の決意は変わらない。
さようなら、エル。私の弟子で初めてできた私の友達。モブの貴女と過ごした日々は、案外悪くはなかったわ。
九歳の誕生日を機に心を閉ざした私。
以降、エルと会うことも笑うこともやめてしまった。
まさかのシリアス回。゜(゜´ω`゜)゜。
次回、ソフィアが大暴露!?