エルとの出会い 9
それからも、エルは時々うちに来た。会う度に成長しているみたいで、この前とうとう身長が私と同じに。このままだと、そのうち抜かされてしまうかもしれない。小柄な悪役令嬢なんて、迫力がないから嫌だ。好き嫌いせず何でも食べようと、私は密かに誓った。
背が伸びても、エルは綺麗で可愛い。
そういえば、髪の毛は茶色いのにまつ毛は金色。不思議に思って見ていたら、おでこを合わせてコツンとされてしまう。
「ど、どど、どーしたの?」
「どうしたって……ニカがボーっとしていたから」
見惚れていただけなのに、いきなりこれはいかがなものか? ソフィアに比べて私の扱いは雑な気がする。綺麗な顔をくっつけられたから、不覚にも照れてしまった。危ない、このままだと変な道に目覚めそう。私と結ばれるのは看守のジルドだから、女の子同士で浮気(?)は良くない。
私の前では強気なエルも、ソフィアへの嫌がらせとなると失敗ばかり。……まあ、私もちょっとはミスをする。この前も落とし穴を一緒に掘っていたら、深く掘り過ぎて二人とも出られなくなってしまった。あの時は、助けが来るまでずっとお話していたっけ。語るのは主に私で、彼女は聞き役だけど。
別の日には、ソフィアを驚かせようとシーツを被ってお化けの真似をすることに。ソフィアが入ってくるまで隠れていようと続き部屋で待っていたら、待ちくたびれていつの間にか眠ってしまった。エルったら、起こしてくれれば良かったのに……
他にも、隠したはずのソフィアの人形が実は私の物だったり、おやつのパンケーキの間にマスタードを塗ったら、エルが間違えて私の席に置いてしまったり。私が残さず食べるはめになったから、パンケーキはもう当分見たくない。
ソフィアへの嫌がらせは失敗だらけ。でも、思い返してみれば意外に楽しい一年だった。
私は今日、九歳の誕生日を迎える。
今度こそ、王子が登場すると思う。
あれから私なりに、王子が現れない原因を考えてみたのだ。もしかしたら私の記憶違いで、二人の出会いは八歳ではなく、九歳の誕生日だったのかもしれない。あとは、果実水を勝手に水に変更したのが良くなかったとか?
だから私は去年と同じように庭で、今度は果実水の瓶を片手に待機中。七歳のソフィアは「暑い」と言いながら渋々お茶会に参加している。でも、なんだか私を警戒しているようだ。
日頃の意地悪のせいか、それとも食べ物の恨みなのか。最近ソフィアは一段と逃げ足が速くなり、食べる量は私より多くなっている。足の速いぽっちゃりさん……でも、小さい子は丸々していた方が可愛いと思うので、特に大きな問題ではない。
それよりもこれ、どうやってソフィアにぶっかけようか?
タイミング的には、ちょうどいい時刻。
お昼を回った頃に悪役令嬢であるヴェロニカが義妹のソフィアに果実水をかけ、バカ呼ばわりする。そして、立ち尽くす彼女の元に王子が登場……で、なくてはいけない。
耳を澄ませていたその時、正面玄関の方で馬の嘶きが聞こえた。馬車が来たんだ。乗っているのはきっと王子ね!
彼の訪問に集中していたので、こっちは適当。
「貴女バカなの? バカにはお仕置きが必要ね」
ラノベの台詞を口にする。
脈絡もなくいきなりだけど、今度こそちゃんと果実水をかけようと、私は瓶を持ち上げた。
ところが――
「違うもん! バカって言う方がバカなんですぅ~」
ちょっと待って、ソフィア。
それ、セリフが違うから。
そもそも貴女、そこでは喋らないの。
だけどもう時間がない。
王子が来る前に、私は退場しなければならないのだ。私は瓶をひっくり返し、ソフィアの頭から果実水をかけた……つもりだった。鮮やかに避けられてしまう。
「ざーんねんでしたー。ヴェロニカのバカァ!」
義妹ではなく、テーブルクロスがびしょびしょだ。私は失敗したのでショックを受けて、立ち尽くす。
「お返しよ!」
なんと水差しを掴んだソフィアに、逆に水をかけられてしまう。自業自得とも言うけれど、お気に入りの赤いドレスは濡れるし、黒髪からは水滴がポタポタ。
「なっ、なんてことするのよ!」
「そっちが悪いんだもん。あたし知-らないっと」
逃げるソフィアを追いかける。
彼女はなかなか捕まらない。
白薔薇がおとなしいっていう設定どこにいったの?
するとそこへ――
「賑やかだね」
まさか王子!?
振り向くと、エルが立っていた。
「なんだ、エルか。じゃあ、今来たのって貴女?」
「エルー聞いてよ~。ヴェロニカったら、今日もひどいの」
嬉しそうにエルに飛びついたソフィアが、彼女の背中に隠れる。次いで、私の悪行を訴え出した。
でもソフィア、ちょっと待とうか。この頃は結構やり返すようになったよね? 私の朝食のパンとデザートを横取りしたのは、貴女の方なんだけど。
「……それでね、すぐに私をいじめるの。見て、果実水がこんなところにこぼれてるー」
ソフィアが自分の水色のドレスにちょっぴり飛び散った染みを、エルに自慢げに披露している。だけど、私の方が水浸しなのは、一目瞭然だ。それでもエルは、今日もソフィアの肩を持つ。
「可哀想に。またニカが仕掛けたの?」
「そうよ! ひどいでしょう?」
「そうだね。ニカはひどい」
ソフィアの頭を撫でるエル。
元々エルは、私の弟子だったはず。出会った日に嫌がらせを手伝ってもらおうと、私は全てを彼女に打ち明けた。でもエルが関わった意地悪は、今までに成功した試しなし。それどころかこの頃は、私が悪役になろうとすると顔をしかめる。
ふんだ、もういいもんね。
悪役令嬢は孤独な存在。
誰かに手伝ってもらおうと考えていた、私の方がバカだった。エルなんかいなくても、立派に悪役を務め上げ、番外編に進んでやるわ!
とはいえ、王子が来ないと何も始まらないのだ。すごく重要な場面なのに、ヒーローがいなくてどうする? 邪魔者は消えなきゃいけない。私達がここにいるせいで、王子が登場できないのかもしれない。
そう思い至ると、私は悪役令嬢っぽく腰に手を当て、もう片方の手で偉そうに指さした。
「そこ! ちょっとくっつき過ぎ。ソフィアはここで待機、エルは私と一緒に中に入るわよ」
「ニカったら、嫉妬してくれてるの?」
「ええ~。あたし、エルと一緒にいる方がいい~」
エルは変なことを言って笑うし、ソフィアは文句ばかり。王子は来ないし計画は失敗で、誕生会は今年も台無し。不意に悲しくなった私は、思わず二人に怒鳴る。
「そう、じゃあいいわよ。あんた達なんかもう知らないっ!」
我ながら子供っぽい。
私の前世――最後の記憶は中学生で、思い通りにいかないこともいっぱいあったというのに。
次から話が動きます_φ(・_・