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苦手な方はご注意ください。

もう2度と 死ぬなとお前が 言ったから、8月6日は ◯◯記念日

作者: 春夏秋冬

物語屋に行き詰まって気づいたら書き上げてた。反省もしてるし後悔もしてるし何だったら懺悔だってしちゃう。


気軽にブクマとか評価とか感想とか投げていただけると喜ぶ生き物です。

「ごきげんよう!!!!」


『がはっ』


おはよう1秒おやすみなさい。一つ呼吸をするまでもなく。

聖剣は俺の心臓を貫いた。





『よーしよし、いい子だから怖くな』


「おやすみなさい!!!!」



「いい夢を!!!!!」


『おいがはっ』



「はーい、おねんねの時間ですよー!!!!」


『よせやめろくるぬぅぁっ⁈』



「朝までおやすみっ!!!」


『見せろよ⁈次こそ朝日見せっ』



「1000年後にいらっしゃーい!!」


『言ったな⁈今度こすぅぉっ⁈』



「お眠りくださいませご主人様!!!!」


『待て、俺の好みはひんにゅへっ⁈』



「変態死すべし!!!!」


『嫉妬すんなよ餓きっ⁈』



「切り捨て御免!!!!…あ」


『あ』


俺の心臓に、いつものように突き刺さりかけた聖剣が止まった。

俺のことを、いつものように殺そうとした少女が俺を見た。

俺な言葉を、いつものようにしりとりで返してきた女が失敗した。


日付が変わるその瞬間生き返る魔王な俺を、毎日毎日飽きずに殺し続けていた勇者な少女が、初めて俺が生き返って一呼吸つくのを許した。


『あー…えーっと』


俺は、いわゆる魔王というやつだ。どれくらい前か忘れたが、はるか昔ヤンチャしていた頃、多くの人間の恨みを買って魔王として封じられた。

体力カンスト、魔力カンスト、物理防御カンスト、魔法防御カンスト、状態異常無視カンスト、魔法適正カンスト、魔術適正カンスト…

そして、殺されるたびに日付が変わると生き返る不死スキル持ち。

マンネリ化したネトゲのエンドコンテンツに出てくるダンジョンのボス並みに気違い染みた強さを持つ俺を倒したのは、1人の少女が携えてきた一振りの聖剣だった。


「突然なによっ!なんか文句あるならさっさと言ってくれる⁈」


『る⁈る…ルール破って、何つーか、ごめん?』


「ん…んぅ…と、とりあえずおやすみなさい!!!!」


『痛っ⁈』


何千回目だろうか。幾たび繰り返してきたしりとりの連鎖を彼女が止めた時。俺はようやく、数百年ぶりに34秒間の生を得た。


…つかしりとり負けた癖にとりあえずおやすみなさいって何だよ。

あと、るはずるい。





『冷たっ⁈熱っ⁈えっ⁇何⁇今何起きた⁇』


「堪能しなさい、魔王。私の村の誇る聖水をね!!!!」


『ね!じゃねえよ!俺魔王だから!ほらぁぁ!焼け爛れちゃってんじゃんか俺の魔王フェイスが!』


「がめつい親父から値切って値切って漸く買ってきた私の努力の成果なのよ?文句言うんじゃないわよ変態」


『いいか⁈俺がお前みたいなきょにゅっ⁈』


本日の生存時間、18秒。





「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない…」


『いきなりやめてくれる⁈怖えよお前!いいのか⁈人類の勇者様がそれでいいのか⁈』


「覚悟の前にそんな与えられただけの称号なんて何の意味も持たないのよ。わかってちょうだい、魔王…」


『上手いこと言った!みたいな顔してるけど実際は巨乳の話だからな⁈何もカッコよくねえよ???』


「用意してたのに、仕方ないわね…一回死んどけ変態ロリコン魔王っ!!!!」


『うぎいっ!』


本日の生存時間、32秒。

彼女が用意したのは一体何だったのか。





「いつまで寝てるのよこの寝坊助が!!!!」


『ガンつけてくんなよ怖えよお前!寝起きでその目はマジでビビるから!なあお前本当に勇者???つか女???』


「何でもいいから、はいこれ。私に感謝を捧げ、崇め奉りながら自分の矮小さを噛み締めつつ食べることを許してあげてもいいわよ?」


『よーし、今日こそ怒っちゃうぞ???魔王の怒り見せちゃうぞ???…え』


勇者の少女が差し出してきたそれは、赤く熟れて芳醇な香りを漂わせる新鮮な果実。手のひらにヒヤリと治る丸いそれは、何を隠そう魔王の大好物であった。


「えっちらおっちら4.5㎞。この私がわざわざ林檎園まで足を伸ばして買ってきた林檎よ。何、文句あるの?それとも敵からの施しは受けないってわけ?」


今このタイミングでひんやり冷たいということは、直前までどこかで冷やしていたということだ。

魔王が眠るこの場所は、大陸の南西にある魔王の墓標と呼ばれる塔。魔法で生育速度を変えれるこの世界において旬はない。だから今がいつかは分からないが、気温から考えておそらくは春の終わり頃。祭壇に乗った俺の棺から下を見れば、端の方に氷の魔法陣がキラリと光る。


『ケーキがな、俺苦手だったんだ。昔から、何かあるたびに出てくるケーキがどうしても甘ったるくて食べれなくてさ。』


「さっきから何ウジウジしてんのよ…林檎が嫌いならはっきり言えばいいじゃない。」


『いや、林檎はな、好きなんだ。』


久しぶりに棺から身を起こして、暗い塔の唯一の光源である青白い月光にかざす。


「だから何?好きなら食べなさいよ。見てるだけじゃ腹は膨れないわよ。」


『よりにもよってなあ。勇者のお前がくれるとか、マジで意味わかんねえよなあ。配下の奴ら、甘くてさっぱりとしてて、赤くて白くて美味しくてって言ったら骨つき生肉持ってきたんだぜ?信じられるか?』


「か、かなり生臭そうね…?」


冷たい果実に唇を滑らせ、しゃくりと歯を立てる。

溢れた果汁が口の端から顎へと伝うのを舐めとって、目を瞑る。

これだ、これこそ俺がずっと求めていた味だ。甘くて、さっぱりしていて、香り高くて、赤くて白くて。

一度殺されれば、俺の傷は全て癒される。だからこそ、飢えも乾きもせずにこの数千年間殺され続けてきた。

久しぶりの食べ物に、心がふわりと暖かくなるのに。こういう時にふさわしい涙なんてお綺麗なものは一滴たりとも浮かんではこない。

なのに、俺が食い終わるまで勇者は邪魔をせずに月光の落ちる塔の上を眺め続けていた。


『ねっとりぐっちょり。まあ、わざわざ用意してもらったもんだから食ったけどな。』


「な、生で…?流石魔王…なのかしら?」


『楽じゃねえんだよ魔王業も。まあ、口の中に入れる直前で炎の魔法で好きな加減で焼いたけどな。』


「なんて才能の無駄遣い…あ。忘れてた」


『堪能させてもらったからおかわりはいらねえよ?』


「よかったわね。でも残念、おかわりじゃないわ。最後の晩餐が終わったところで死んでくれる?」


ぐちゃりと、生臭い匂いが辺りに立ち込めた。


本日の生存時間2分50秒。

彼女が林檎を俺にくれた日、俺は久しぶりに生きることを楽しんだ。





『ルールを作ろうじゃねえか勇者様よぉお⁈』


勇者と話す様になってから1年。ここ最近俺は、勇者と話す時間が長くなってきていた。そして、勇者は話している最中だろうと容赦なく、俺に聖剣を突き立てる様になっていた。


「おはようくらい言えないのかしら。寝起きから何でそんなテンション高いのか知らないけど…取り敢えず、」


『図に乗ったのは謝るのでおはよう1秒おやすみなさいはやめてくださいごめんなさいませ!!!!』


「…せっかく林檎をとってきたのに、林檎より聖剣をご所望なのかしら?魔王様ってばロリコンの上にマゾヒストなのね、可哀想。」


『うん、林檎はありがとうだけどその可哀想なものを見るような哀れむ視線をやめようか?????』


「勘違いしないでちょうだい。私は可哀想なものを見るような哀れむ視線なんて送ってないわ。可哀想なものを見てるの。はい、今日の林檎。」


『誤解を解かせろ、林檎はその前に食うがな!』


今日も今日とて冷やされた林檎にかぶりつく。ジュワッと広がる果汁を堪能しつつ、シャクシャク独特の歯ごたえのある食感も楽しむ。味、見た目、食感。林檎は素晴らしい食べ物だと思う。ああ、美味し糧!って感じだ。いやマジで。


「なぁんかさあ、あんた、魔王様って感じしないわよね。生肉嫌いで、林檎を嬉々としてかじってさあ。あ、あとロリコン被虐趣味だっけ。」


『決してロリコンではないし、被虐趣味もない!はぁ…俺が最初に殺された伝説知ってるな?』


「何年勇者やってると思ってんのよ。あれでしょ、魔王の暴虐に耐えきれなくなった四天王の1人、サキュバスの女王が…あ。」


『当たりだと思うぞ、今お前の頭に浮かんだ答え。』


まあ、ぶっちゃけトラウマである。

今までなんだかんだ衝突しながらも仲良く魔国を経営してきた仲間に裏切られたんだからな。最後に残った林檎の種を、棺の副葬品の一つであるガラスの瓶に落とし込む。カランと小さくなった音に、考え込む勇者は気づかない。


「えーと…なんか、ごめん。そんな理由があったとは思わなくて。」


『敵に謝るなんて勇者としていいのか?まー、お前が勇者らしい勇者じゃないのは分かってっけど。』


「どうしようもないクズなのは分かってるわよ。それでも、あなたみたいに道を踏み外さないようにごめんねとありがとうはちゃんと言うようにしてるの。」


ぷくっと頬を膨らませてむくれる勇者をまじまじと見る。

以前は1秒ほどで殺されていたから容姿なんて気にしていなかったが、この勇者意外と綺麗な身目をしている。

ここは塔の地下100階。天上の月光は、塔の壁にはめ込まれた何千枚もの鏡に反射することでなんとか光を届けている程度で十分ではない、が。

鮮やかな赤髪は先に行くにつれ色素が抜け、黄金になり。空を睨み上げる瞳は黒と見紛うほどに濃い茶色。透けるように白い肌。少女のまだ幼さを残す顔の造作は美しいというより可愛いと言った方が似合っている。

まあ、ぶっちゃけ勇者可愛い。


『のんびり、しすぎたな。』


「何よ突然。まあそうね。林檎も食べ終わったみたいだし、おやすみなさい、魔王。」


『うん、お前もいい夢みろよ、勇者。』


さくりと突き立てられた聖剣の先で、月光を湛えた瞳がどこかで寂しげに見えたのは。


間違いなく俺の気のせいだろう。


3分10秒の生のあと、俺は久しぶりに人の幸せを願って死んだ。


あ、ルール作り忘れた。






『勇者貴様ぁぁぁ!!!!なんだよあれ⁈ずるいだろ⁈』


「ろくに教育を受けていない農村生まれの少女が勝つためにはね!なりふり構ってられないのよ!」


『よくも抜け抜けとそんなこと言えるな⁈なんだよあれ⁈息を止めるゲームにどこに知識が必要だ⁈聖剣ぶっ刺されたらそりゃあガハッってなるわ!』


「若気の至りくらい許しなさいよ。何千歳か知らないけど、あんたじじいでしょ。」


『よく自分の行動を思い返してみろ⁈634歳で裏切られて殺されてからほとんどおはよう1秒おやすみなさいだったこの約3000年を俺は生きたとは言いたくねえなあ?????』


「あら、結局634年は生きてるじゃないの。私より600歳以上も年上ならジジイじゃない。やーい若作りー」


勇者がうっかりしりとりを失敗し、俺と勇者の交流が始まってから、2年の月日が流れた。勇者の役目は俺を毎日殺すこと。代わり映えのしない毎日に飽いていた俺たちは、最初はしりとり、そして今では様々なゲームをここに持ち込んで対戦をしている。

ちなみに勝率は五分五分だ。魔王として知識が豊富な俺と、俺を殺すという最終手段を持ってる勇者。今回の様にズルして勝つこともあるが、最新のゲームなんかだと勇者に軍配があがる。


『林檎よこせ。それで許してやらんこともない。』


「一回死んどく?礼儀がなってないわよ、まおーさまぁ?????」


『赤く美しく美味しい林檎を哀れな魔王にくださいませんか勇者様…なんて言うと思ったか?林檎、もらったりぃぃ!!!!』


勇者が投げて遊んでいた林檎を、魔王の反則的な反射神経で掠めとる。こちとらいたずら妖精との仁義なきいたずら戦争に食らいついていった猛者なのだ。人の子のスピードくらい簡単に見切れる。

ホクホクしながら林檎にかじりついた俺に、勇者が呆れた様な表情で首を傾げた。


「いつか聞こうと思ってたんだけどさあ。あんた、なんでこんなとこにいるわけ」


『形骸化してるとはいえ、お前勇者なんだからその質問はどうなんだ…?』


俺と話す様になってからの1年間、俺とゲームをする様になってから1年間。勇者は相変わらず俺を殺し、俺は相変わらず聖剣に貫かれている。


「ダンジョンの奥にはまだ強力な魔族が巣食っているわ。あなたを裏切って人間の加担したサキュバスの一族はあなたの腹心だとかいう…ケツアカクナル?だっけ?」


『ケツァルコアトルな。あいつ別にケツ赤くないから。むしろ常に貧血で肌真っ青だからな?』


「なんでもいいけど、とりあえずそのケツアゴタートルとその一族が魔王の仇ってことで滅ぼしたの。魔王という存在を忘れている国が多い一方で、魔族は未だにあなたのことを覚えてる。虐げられてた魔族に居場所を与え、人から守った魔族の勇者のことを覚えてるわ。」


『わかった、殺せ。あとケツァルコアトルな。直せ。』


ケツァルコアトル。地方によってはヴァンパイア、バンパイア、ドラキュラ、ドラクル、モルモー、ルガト、ストリゴイなどいろいろな呼ばれ方をする吸血鬼の一族の長だ。

…あいつら異名多くねえ?俺魔王と魔族の勇者っていう厨二病全開な名前しかねえのに。クッソなんか腹立ってきたんだけど。


「せっかく人がとってきた林檎くらい食べてからにしなさいよ。まだ、時間はあるわ。あなたが望むな」


『何か勘違いしてねえか。なあ、勇者。』


最後のひとかけらを飲み込み、種を右手で握りこむ。


『俺は魔王で、お前は勇者だ。俺は夜の生き物で、お前は昼を生きる人間だってこと…』


「とりあえず、一度眠って頭を冷やしてくる。ごめん、魔王。今日は許して」


なぜだろう、その日の聖剣はやけに冷たく、それでいて熱く俺の心臓を貫いた。


2分52秒。

2年前と比べればはるかに長いその生が、やけに短く感じられるのは。

きっと、ここ半年6時間以上遊んでいたからなのだろう。それ以外に、理由なんてない。





『天下無敵の魔王様!!!!ここに再誕したぜぇぇえ!!!!』


勇者と初めて会話をして5年が経過した。最近では、半日近く本を読んだり絵を描いたりして穏やかに過ごすことも少なくない。


「偉そうに言ってるけど今のあんためちゃくちゃ間抜けよ?ぶふっ」


『吹き出すなよ汚ねえ!人の顔見て…ってなんじゃこら⁈』


俺は魔王だ。魔族の中でもめちゃくちゃ偉い…というか一番偉い王様だ。

だからこそ、負けて棺に入ったとはいえ立派な副葬品もあるし、封印の意味もあるが墓も建てられているし、着てる衣装だって黒いシャツに黒の軍服、黒のマントに黄金と紅玉のサークレットと立派なものだった。

だが、今俺が来ているのは深藍色のワンピース、サークレットではなく触った感じから林檎の髪留め。

腰まであった俺の髪は、適当に括っていたのをすっかりとかされまっすぐになっている。鏡なんて探さなくてもわかる。確実に美女が1人出来上がっているだろう。


ああ、ケツァルコアトルたちに笑われた黒歴史が蘇ってきそうだぜ…つかあいつらまじでロクなことしねえよな。


「明日、五代祭の1つがあるの。この近くの町も立派に飾り付けられてるわ。ねえ、気になるでしょ?」


『よし、落ち着け俺。こんな格好だがここは地下100階、勇者以外に俺を見る奴はいない、俺を笑う奴もいない、つまり黒歴史の再来ではない…』


「一回言ったことを繰り返すの嫌いなの。ちゃんと聞いてくれるかな???」


自分に言い聞かせていた俺の耳を、勇者が容赦なく引っ張った。めちゃくちゃ痛い。物理無効とはいえ痛覚はあるのだ。物理無効ってのは、この人形から欠損しないってだけで、痛覚は消えないと気づいた時の絶望よ…おかげでケツァルコアトルを始めとする愉快な仲間たちにそれはもうシャレにならないいたずらを仕掛けられましたとも。

あいつら俺が死なないからといって…


「おい魔王殺したろか?」


『勘弁してくださいごめんなさい聞かせていただきます。』


「少なくない対話の中で私気づいたよ。あんたに懇切丁寧に話そうとすると脱線する。結論から言うとね、魔王。


デートしましょう。」


『うわあ、とうとう幻聴が聞こえてきたわ…やっぱ流石の俺も寄る年波には勝てないんだなあ』


「あー!あー!聞こえてますかくそじじいー?てなわけで、行くよ。」


勇者が笑う。少女から娘へと成長した勇者は、やがて女性になった。最初に出会ったときは推定14歳。今は20歳になったかならないかの娘ざかりと言える時期だ。昔は鎖骨までしかなかった赤い髪は、今はもうひざ裏まで伸びている。


『よく国が許したな。俺の罪は消えないし、許さないと怒鳴られたのを俺はまだ覚えてるんだが』


「学校に行ってなくても悪知恵はちゃんと働くのよ?作戦名、バレなきゃ無罪。」


『嫌だ!おうち帰る!おうち帰るぅぅぅぅぅ!!!!引きこもり万歳!!!!』


「いい年したじじいのくせにきゃんきゃん吠えるんじゃないわよ!いいから行くわよ!ほら、さっさと変化しなさい鳥でも龍でも飛空挺でも!」


『もしバレたらどうすんだよ⁈俺嫌だぞ⁈痛いのも苦しいのも嫌いだし、なんだったら地底暮らし気に入ってるし!』


「シャキっとしなさいよね!時間がないからさっさと動く!はい!観念して足になりなさい!あ、あと上の宝物庫からお菓子代は持ってきてあるから安心してね?」


『ネコババ反対!あーくそっ!ほんとどうなっても知らないからな???ほら、捕まれ』


一発くらい拳か足が飛んでくると思ってた。だから、広げた腕におとなしく収まった勇者に驚いたし、なんとはなしに居心地の悪さを感じてしまった。

まあ、深く考えるのはよそう。5年の間に築かれた絆と、瞳に灯った光の意味を。


『そーらを自由に、とーびたーいなー』


呪文を口ずさめば、風が吹き荒れることもなく足が地面を離れる。腕の中の勇者を見れば、なんとも微妙な顔をしていた。


『もしかして高所恐怖症か?』


「かなり長い時間を共に過ごした奴の音痴加減に呆然としてただけよ。何よ今の、鳥肌やばい…」


そこまでか…そこまで俺の歌は下手なのか…

あ、そういえばケツァルコアトルが珍しく真顔でやめてくださいって言ってたし、セイレーンにまで逃げられたんだよなぁ…。

くそう、許さんぞケツァルコアトル…


次第に速度が増し、5分ほどで塔の一階…つまりは地上へと飛び出した。

久しぶりの地上は、空気が澄んでいて、空が近くて明るくて。夜だというのに眩しいと感じるのは、今日が満月の晩だからだろう。数千年の地底暮らしは伊達じゃない。意識を集中させるまでもなく、かつての仲間の気配がそこらに感じられた。特にケツァルコアトルの意識が尋常じゃないほど強くこちらに向けられていることも感じられた。

何あいつ怖い…


『一階には着いたが、どこに行けばいいんだ?』


仲間に気づかれないように気配を隠しつつ、腕の中の少女に尋ねる。なぜかぼおっとこちらを見上げるだけの勇者は俺を見つめて惚けている。

にしても綺麗だ。毛先に行くにつれ金色になる赤髪と、月に照らされて艶やかに輝く焦げ茶の瞳。

ああ、なるほどと、俺は不意に気づいた。


『お前、美味そうだな。』


「な、な、何言ってるのよこの変態!!!!」


勇者の掌底打ちが俺の顎にクリーンヒットする。脳を揺さぶられながらも状態異常無効により気絶状態すら許されない俺は、痛みに顔をしかめつつとりあえず勇者を地面においた。未だふるふると怒りに震える勇者は放置で、いつの間にか着せられていたワンピースを点検する。

あ、これあれだ。メイド服だ。


『今初めて自分の強さに感謝したわ…このタイミングでケツァルコアトルに気付かれなくてほんとよかった…』


見える、俺には見える。

俺のメイド服姿を見て大爆笑した挙句、無駄に良い声で鞭を持って『おかえりなさいませご主人様って言ってみてくださいよメイドさん』って言うあいつの姿が。

うわ…想像なのにうざいな…


「確かケツァルコアトルはあなたの腹心よね?なんでそんなに嫌ってるのよ。」


『予測不能危険天元突破な悪戯と、嫌いなものだらけな食卓と、山と積み重なった仕事の陰に暗躍する男をどうすれば好きなれると?』


「当事者にはなりたくないけど予測不能危険天元突破な悪戯はめちゃくちゃ気になるわね。何か話しなさいよ、あ、飛ぶとばれた時面倒だから歩いていくわね。」


『ネタならたくさんあるが…マジでしょーもないことも多いぞ?それでも良いなら…そうだな。』


夜目の効かない勇者の肩を抱きつつ、適当な悪戯を思い起こす。うん、あれだな。とりあえずはあれが一番良いだろう。







かつて魔王城は大陸中にあった。いや、正確には一個もなかった。魔王はその時々によって魔族の城を転々としていたが、最も長い時を過ごしたのはケツァルコアトルの城だった。

魔王の634年の魔王生の中で、おそらく300年くらいはケツァルコアトルの城にいたのではなかろうか。ぶっちゃけケツァルコアトル単体で考えれば600年ほど共にいたからもはや、やつの居る場所が魔王城と言っても過言ではない状況であった。

ケツァルコアトルの城は、名を宰相城と言ったからあいつの仕事はわかるだろう。

魔王おれの目付役で教師役で守り役だ。

もちろん、宰相的な働きも十全にしてくれてはいたが、それよりもあいつに仕掛けられた俺のためのいう名目の悪戯や嫌がらせの数々は到底忘れられるものではない。

ある日のことだ。人狼族の者達と"狩りごっこしようぜ!お前獲物な!"をやっていた時のことだ。あ、ちなみに俺をいじめるのが目的じゃないからな?人でいう、あれだ。鬼ごっこだ。人は1人が多勢をおいかけるのだろう?魔族は大勢で1人を追い詰めることでチームワークと多対1時の逃げ方を身につけるんだ。それで、獲物役が身につけているリボンを獲れたら勝ちになる。


『狩ーりごっこしましょ、えーものはだーれだ、きーつーね、たーぬき、くーま、しーか、うーさぎにきーじに、りすさんはどこだ、きーつね、たーぬき、しーか、獲物!』


1人が目をつむって、他がそいつを入れて円を作る。で、今の歌を歌って獲物って言われたやつが獲物になるんだ。そのあとは獲物に一番に触れたやつが獲物になる。簡単だろ?

あの時、俺が獲物になったのは四番目だった。魔王とはいえあくまで人型だからな。人狼族が狼形態になったときの獣的な変態的運動神経にはさすがについていけねえんだわ。まあ、俺はその分魔法魔術使いまくったけどな!


『『つーかまえたつかまえたー、我らが獲物は捕まえたー!どーうやって食ったろかー、のーどかはーなかみーみーかー、はーらわたひきずりだーしーてー、脳みそすすって食ったろかー、やーくかにーるかいためるかー、あーまいちーもーそのままに、生きてるまーまに食ってやれー!』』


餌役を囲んで歌い終わったら次の獲物を捕まえに走る。だからだいぶ体力が消費されていくんだ。あ、ちなみに俺を歌うなって言われた。くっそ分かってるわ!あのケツァルコアトルでさえ俺の音楽的教育を諦めた時点で察しはついてるからほっといてくれ!


狩りごっこをしていたのは宰相城の中庭でな。人食い植物や、惑わせ灯やらまあ、色々いるところでやってたんだ。

防衛機能隠蔽機能のある霧が立ち込めていてそれなりに視界も悪い。そんな中での狩りごっこだからな。そりゃあ気を使う気を使う。慣れないうちは狩人の前に飛び出しちまったりして双方呆然なんてこともある。俺は人型でそこらを走り回ってた。狼ってのは集団戦闘のプロだ。ひとところに留まっていては囲まれちまう。匂いに関しては問題無い、ケツァルコアトルの城には世紀単位で住んでるからな。そこら中俺の匂いがしたはずだ。


そう、俺は人狼族と狩りごっこをしていたわけだが、いつまで経っても1匹にも遭遇しねえ。それどころか、あれほどいた雑鬼(弱い魔物達)の気配もてんでしねえんだ。静まり返った庭ん中で俺は立ち止まった。揺れる霧は姿を変えて、風の流れを教えてくれる。それに俺は魔王だからな。状態異常は無効になるから方向感覚もしっかりしてるし、視界異常も普通の霧くらいにしかねえんだ。ちなみにただの人間の場合は5寸先は霧って感じらしいぞ?

耳をすませてもサラサラと木の葉がなるだけ。しんと静まり返った場所は、生気がねえんだよ。木も花も草も空気も、どこにも生きてるモノよ気配がねえんだ。本当に、全部が全部死に絶えたんじゃねえかってくらい静まり返ってた…所に、ふと小さい音がしたんだ。

かしゃん、かしゃん、かしゃんってな。


そこにはな、マネキンがいたんだよ。


ただのマネキンじゃねえ。聖銀の武器を持ったマネキンだ。ああそうさ、魔族の弱点たる聖銀さ。

俺は震えた、心底恐怖し、絶叫した。

あ?別に聖銀は怖くねえよ。世紀単位で聖剣に殺され続けてる魔王なめんなよ?俺はな。


ホラーが無理なんだよ…


いや別にな、配下の吸血鬼だの屍鬼だのは怖くねえよ?生きてるモノもアンデッドもブッ殺せば死ぬ。そもそも配下だからな。時々殺す気かってくらいの悪戯は仕掛けられるが俺は死なねえから問題ねえんだ。だがな、元から生も死もねえ物体が動くのめちゃくちゃ怖いんだよ!なんでマネキンが動くんだよ!人の形してっからって動くんじゃねえよ!お前ら命持ってねえじゃんか!元から生きてねえなら殺しようがねえし知能が無いなら話も通じねえし死という概念がなかったら永遠に襲われ続けるんだぞ⁈めちゃくちゃ怖えじゃんか!!!!


おっと悪ぃ、取り乱したな。

てな訳で始まりましたホラー狩りごっこ。出るわ出るわ、聖銀の武器を持ったマネキンの軍勢。ありえねえ動きで迫ってくる無機物を魔術でぶっ飛ばして逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて…


逃げた先にな、崖があったんだ。そこにな、ケツァルコアトルが崖の方を向いて立ってた。俺はほぼ半狂乱でケツァルコアトルにつかみ掛かった。今すぐ翼でもなんでも出して飛べってな。そしたら、な?


ツ カ マ エ タ


それはな、聖銀でできたマネキンだったんだよ…


聖銀のケツァルコアトルに抱きしめられてなあ、抱きしめられたところから肉が爛れて腐り落ちて再生して爛れて腐り落ちて再生して爛れて腐り落ちて再生して爛れて腐り落ちて再生して爛れて腐り落ちて再生して爛れて腐り落ちて再生して爛れて腐り落ちて再生して爛れて腐り落ちて再生して爛れて腐り落ちて再生して爛れて腐り落ちて再生して爛れて腐り落ちて再生して爛れて腐り落ちて再生して爛れて腐り落ちて再生して爛れて腐り落ちて再生して爛れて腐り落ちて再生して爛れて腐り落ちて再生して爛れて腐り落ちて再生して爛れて腐り落ちて再生して爛れて腐り落ちて再生して…


ふと気づいたらな、俺は絶叫して魔術と魔法を同時に暴発させていた。

魔王の全力だ。そりゃあ一瞬で世界が融けたさ。

霧が晴れて、気づけば。

俺は一緒に遊んでた人狼族の者達を瀕死に、庭園に満ち満ちていた雑鬼達を皆殺しにしてた。

そんな死屍累々の庭でな、宰相城を背負ったケツァルコアトルが笑うんだ。


『こーろされたころされたー、我らが魔王に殺されたー!どーこかーらー殺されたー、のーどかはーなかみーみーかー、はーらわたひきずりだーしーてー、脳みそすすって殺ったろかー、やーくかにーるかいためるかー、あーまいちーもーそのままに、生きてるまーまに殺されたー!』


童謡をもじった歌がな、血だらけの配下達の上を響き渡るんだ。俺が殺した配下達の上を、無駄に顔の整った男が、無駄にイケボで歌うんだよ。


『ケツァルコアトル!!!!!!!貴様ぁぁぁぁぁ!!!!』


『彼らを殺したのはあなたです。彼らを傷つけたのはあなたです。私の術を破れなかったのはあなたです。力を暴走させたのはあなたです。これ以上、傷つけたく無いのなら、強くなりなさい。』


まあ、とりあえずぶん殴ったよね。







『とまあ、こんな感じだな。悪戯名[1人狩りごっこ]ってとこか』


「勘違いしてたら悪いんだけど…ケツアゴタートルはあなたの配下よね?」


『年がら年中魔族に囲まれてた魔王だがそんな機会な配下はいなかったぞ。ケツァルコアトルな、ケツァルコアトル。で、あいつが配下ってのは多分あってるはずだ。』


「断言しなさいよ⁈危険天元突破どころじゃなかったわよね⁈魔族に聖銀とか確実に殺しに来てる上に雑鬼達に多大なる被害がでてるじゃ無いの!!!!」


遠目に光がポツリポツリと見える。ここは魔族のいない聖なる森。察するに人里の明かりがようやく見えてきたということだろう。


『呑気な人間と違ってな、魔族ってのは弱肉強食が不文律だ。強いモノがうようよしていると分かりきってる宰相城の庭で死ぬってのは、そいつらがただただ危機管理がなってなかっただけ。自業自得ってやつだ。まあ、そこにいた雑鬼は屍鬼やらなんやらのアンデッドだったからそのあと魔力叩き込んで生き返らせたわけだが。』


「ガッツリ大切なところ省いてんじゃ無いわよ!!!!あ、着いたわね。ここが目的地の街。あなたに見てもらいたかったのは魔族の長ケツァルコアトルへの感謝祭準備よ。」


…は?

街には何色もの飾りが張り巡らされ、真夜中だというのに人々の活気に満ちている。小さい子供達まで楽しそうに輪飾りを持って走り回り、人々の顔には笑顔が咲いている。


「よく聞きなさい、魔王。あなたが討伐されたのはもう3,000年も前なの。人が魔王と呼ばれて思い起こすのは深藍の髪に金の瞳の吸血鬼、ヴァンパイアの王であってあなたでは無い。」


『……一応、聞くけど。嘘じゃねえんだな?』


「なんでこんな嘘を言う必要があるのよ。…ってあなた、何泣いてるの?」


ああ、そうか。

暗闇に足を取られないようにと、勇者に回していた腕を外す。こみ上げてくる笑いを耐えるせいで引きつったような吐息が、まるで泣いているように夜闇に響いた。

ああ、ああ、腸がよじれそうだ。

人々が笑顔で[ケツァルコアトル]の像を飾り立て、[ケツァルコアトル]を描き、[ケツァルコアトル]の人形を抱きしめる。


「ちょ、ちょっと、悪かったわよ。突然こんなこと言って。混乱するのも無理無いわ、あなたが腹心であるケツァルコアトルに騙されてたなんて…」


『てっきりな、勘違いしてたんだよ俺。洒落にならない悪戯とか、嫌がらせみたいな食卓とか、ことあるごとに嘲笑ってくる嫌味とか。俺を魔王って呼ばないこととか。』


ああ、なんだ。そうだったのか。

あいつが、俺を魔王と呼ばないくせに魔族のようになれといい続けていたのは。


『それは、あいつが俺に魔王らしくなってほしいからだと、あいつも俺が魔王になることを求めてんだと思ってたわ。』


全然違ったんだ。今更、あいつと離れて、殺され続けて、そしてようやく俺は気付けた。


「わ、私がいるじゃない!」


勇者が、唐突に俺の腕を引いた。笑いすぎて熱くなった目から、はらりと涙がこぼれ落ちる。


「あんたがみんなに魔王って言われなくても、私にとっての魔王はあんたよ!ケツアゴタートルなんかどうでもいいじゃ無い!私っていう今代の勇者があんたを魔王って認めるんだかるぅあ⁈」


『あはっ、あはははははは!!!!!』


ついに抑えきれなくなった笑いが漏れた。つかみ掛かっていた勇者を腕の中に閉じ込めるようにして抱き、夜空に向かって哄笑する。あ、哄笑って使い方あってっかな?分かんないけどまあいい。愉快で、愉快で、仕方なかった。ぽかんと俺を見上げる勇者に、俺は涙の溜まった目を向ける。


『け、けつあごたーとるってっくっ、あはははははははははは!!!!まじかよ!あいつのこと、けつあごたーとるって、あはぐわっ⁈』


「…私が珍しくあんたのこと慮ってやったのに、いい度胸じゃ無いの、魔王。」


容赦ないアッパーが俺の顎に命中する。

グワングワン揺すぶられる脳に負けて夜の森の土にへたり込めば、街の光を背負った勇者がふるふると拳を震わせた。


『う、うん!ありがとな?とりあえずその拳をあべしっ⁈』


「しっかり眠りなさい、魔王。明日の感謝祭に、備えてねぇぇぇ!!!!」


『えっ待ってこのタイミングうおっ』


1時間39分41秒。

5年前と比べてはるかに長く、最近と比べて遥かに短く訪れた眠りに、俺は何故か無性に安堵した。







「おそようございまーす!」


『すーばーらしーいあっさがきたー、きーぼーうのーあーさーが、なんていうかと思ったか勇者ぁぁぁ!!!!』


「あんたさ、本当にその音痴どうにかならないの?その、控えめに言って聞くに堪えない。」


『いいだろう喧嘩なら買ってやろうじゃねえかこんにゃろう!!!!』


「嘘よ、ごめんなさい。」


振り上げた拳は着地点を見失い、またしても魔法で勝手に着替えさせられたらしい俺は、昨日と違ってそれなりに趣味のいい旅人の服(男用)を着ている。おい、昨日のあれはなんだったんだ。

ひらひらスースーして落ち着かなかった最新黒歴史を思い起こし遠い目になりつつ、珍しく謝ってきた勇者に目を落とし…硬直した。

長く艶やかな赤い髪は両サイドが編み込まれ、元から桜色の唇にはほんのり紅が佩かれている。いつもは可愛げのない白い勇者の軽鎧のくせに、今日は瞳と合わせたのか、こげ茶のリボンのついた白い花の刺繍のされた柔らかな緑のワンピースだ。

正直に言おう。めちゃくちゃ好みだ。超可愛い。

推しが好みの服を着てる。なにこれ。マジでなにこれ。


『生きててよかった…これで死んでも悔いはねえ…』


思わず神に祈りを捧げそうになって辞めた。魔王たる俺が神に感謝するってのはなんか違和感すごいし、何より勇者が可愛いのはケツァルコアトルのおかげではない。


「え…あのさ、魔王。」


『うわ、やべえんだけど今日の勇者めちゃくちゃ可愛いんだけどなんなの俺を殺しに来てるのいや殺しに来てるのはいつものことだけど今日は違う意味で殺されてるしマジで好みすぎるんだけど勇者が可愛すぎて生きてるのが辛い(うん、なんだ勇者)』


あ。

呆然とこちらを見上げる勇者と目があう。

はい、完全に本音と建前間違えた馬鹿がここにいます。

一瞬で髪と同じくらいに頬を紅潮させ激怒した勇者が抜く手も見せずに俺の首筋に聖剣を突きつけた。

やべえ、聖銀の冷気やべえ。


「…い、一回お望み通り殺してあげようか⁈」


『完全に本音と建前間違えた俺が悪いけど殺すのはもうちょい勇者を堪能させてからにしてくださいお願いします!!!!』


なんだったら土下座も厭わない。お国芸をここで見せつけるべきか、いや、首筋晒したらそのまま殺されそう。

てか、なんかあれなんだよな。めちゃくちゃ可愛いしガッツリ俺の好みなのになんか足んねえの。


『ああ、あれか。なるほど』


「…どうしたってのよ。これ以上馬鹿みたいなこと言ったら本当に殺…さないけど殴るわよ⁈」


強気美少女の赤面涙目とかもう俺得でしかないですなんだよコイツツンデレかよ。いや、聖剣突きつけてるあたりヤンデレなのか?

勇者にばれたら今度こそサクッとされそうなことを考えつつ、寝床から宝物を一つ取り出した。


『よし…えっと、』


コロンと転がるのは、米粒5個分くらいのサイズのこげ茶の種。


『さーいーたー、さーいーたー、りーんっごーのーはーなーがー、さーいーたー、さーいーたー…ほい。』


芽生え、枝が伸び、蕾を膨らませふわりと綻ばせて。

5枚の花弁、白に少し淡い桜色の混じる花のついた枝を、勇者の髪にサクリと挿す。

赤い髪に白い花。緑のワンピースにも白い花の刺繍。


『最も美しい人へ。』


「…へっ⁈な、え、なによ、は⁈」


『花言葉って言ってな。俺の故郷では花に意味をもたせてたんだ。林檎の花言葉の一つが、最も美しい人へ、なんだ。』


今日の勇者にぴったりだろう?そう笑った俺に帰ってきたのは鋭く重い正拳突きでしたどうもありがとうございました。

いや、マジで。せいけんはせいけんでも聖剣じゃなくてマジでよかった。








『おー、すげえな。』


「なんてったって国で五本の指に入る大祭だからね。それにここはこの辺りじゃ一番大きな街だから人も集まるし。」


そこら中に白い花のモチーフが散りばめられ、子供も大人も皆が皆楽しそうに浮かれ騒ぐ。背が高く、帯剣している魔王とワンピース姿の勇者は恋人に見えるのか、途中何度も冷やかしを食らった。ちなみに魔王が帯剣しているのはしっかりと鞘に収められた聖剣である。もう一度言おう、魔王が帯剣しているのは聖剣である。

字面やべえよな、分かる分かる。

だが、ほんとうなのだ。マジで意味わからんが、今日の勇者は抜き身ではなく鞘に収められたまま、切っ先ではなく柄の方を俺に向けて聖剣を突きつけた。

勇者が可愛い。勇者が綺麗だ。

18位で成長の止まった俺と、同じくらいまで成長した勇者。きっと今日、勇者は俺に言葉を告げる。後戻りのできない、言葉を告げる。


『しっかし、なんでまたケツァルコアトルなんか祭り上げてんだ?王やらなんやら他に偉いのいるだろ?』


「ロクでもない貴族の横暴政治やら、本性を現して人間を襲い始めたサキュバスの一族とその仲間やらから色んな方法で助けてくれたのよ?そりゃあ魔王相当の力見せつけられた祭くらい開くでしょ。」


『ようするに御霊扱いってことか。』


祟られるのは怖い、でも味方にすれば心強い。だから祭り上げて機嫌をとる。昔から使い古されてきた手だが確かに有効と言えるだろう。ぶっちゃけ本家ケツァルコアトルがどうか知らんが、俺のケツァルコアトルに効く気はしない。


「堅苦しい言葉使わないでくれる?何度も言ったと思うけど、私は農家生まれ。学が無い人間を相手にしてるって意識しながら喋りなさいよね。あ、見て、果実水があるわ。」


『悪い悪い。飲むか?俺の奢りで。』


「いいねえお客さん、彼氏連れかい?みたところ中々良い関係築けてるみたいじゃ無い!うふふ、2人とも買うなら恋人割引しちゃうわよ?」


「っ!」


果実水屋台のおばちゃんの勢いに押された勇者が頬を真っ赤に染める。はいはい可愛い可愛い。


『悪いな姉さん、コイツ恥ずかしがり屋なんであんまり言ってやらんでくれるかな。姉さんもあんまし愛嬌振りまきすぎると悪い男に絡まれるぞ?2人分、林檎水で。』


「あらいやだ、上手いわねえ!おばちゃんの心配より彼女さんの心配しなさいな!はい、お待ちどう様…あれ、1人分の値段で良いよう、イケメンなお兄ちゃんのおかげで良い気分になれたからさ。」


男女連れの者たちは、みんながみんな女性の方が白い花を髪につけている。そこここで青年が少女に白い花を差し出し、成立すれば少女の方が髪に白い花をつける。まあ、そういうことだろ。


『姉さんも俺のこと褒めてくれたじゃん。ちょっと得した分で旦那さんとお菓子くらい買えるだろ。姉さんも楽しみなよ、せっかくの祭りなんだかるぅあ⁈』


「あんたねえ、後ろにお客さんが待ってるのが見えないのかしら???ごめんねおばちゃん、コイツさっさと退けるから!」


「あらあら、彼女さんってば可愛らしいのね。ごめんなさいね、デートの邪魔しちゃって。楽しんできなよ!」


「ありがとおばちゃん!ほら、行くわよ」


思いっきり腕をつねられ、ずるずると引きずられる。

うーん、可愛い女の子は好きだけど暴力は嫌だなあ。俺痛いの嫌いだし。早く渡さないと果実水温くなっちゃうし。


『ヨーヨー釣りでも金魚すくいでもなんでもしたるから抓るのはやめようぜ。ほら、果実水も温くなっちゃうし。』


「淑女を物で釣ろうとするなんて良い度胸じゃ無い。どうせならプレゼントはお、れ、位やってみなさいよ。男でしょ?」


『よせよせ、毎日がスプラッタサイコホラーとか嫌だろ?そもそも30世紀と20歳じゃ歳の差がひでえから。』


親子どころか先祖レベルだし、生まれた世界が違うし、毎日殺し合い繰り広げている仲である。あと、根本的に無理だから。


祭を回る、屋台をめぐる。林檎水片手にフラフラと。懐かしの輪投げ、射的で、俺が羊の、勇者が犬のお面をゲットし身につける。やけにリアルなお面に笑い、金魚はお互い飼えないからスルー。ヨーヨー釣りで水風船を乱獲し屋台のおっつぁんに怒られ、型抜きで2人して一発めで割ってお爺に笑われ、今度こそはと試した魔力込めでやっぱりビー玉を割って笑われて。

再度チャレンジして成功したのはビー玉の連なったブレスレット。俺のは黒く、勇者のは白く。互いの魔力の色に染まったそれを交換してつければまたしても周りに冷やかされた。辺りが暗くてよかった。黒は魔族の色だから、しっかり色を確認されたら面倒なことになっていただろう。


ストラックアウトで見事勇者に負け、吹き矢とフライングバスケットで勇者を負かせば金魚すくいで巻き返された。なんだよあれ、一気に3匹とか人間業じゃねえだろ⁈ちなみに金魚はスタッフ(通りすがりの子供達)が楽しく持ち帰りました。

互いにチートなのは分かりきっているので、これ以上は泥沼化すると、遊戯区から食事区へと戻る。

子供達の笑い声や叫び声から一転、良い匂いの区画に迷い込めばあとはもう食べまくるだけ。殴ることも競うこともせずに笑って楽しんで歩くのは、想像以上に違和感がなくて。

まるで昔に帰った気分だった。


「楽観的に考えましょうよ。こんなに可愛い女の子に口説かれてるのよ?ねえ、これまでも、これからも、あんたのハートは私だけのものにさせて?」


『テンプレートな口説き文句のはずなのにそれ絶対あれだよな。キャッキャウフフじゃなくてザクザクどろりだよな。あなたの心臓(ハート)は私のもの(物理)とか勘弁しろください』


なつかしの林檎飴を見つけ、2人分購入。ついでにわたあめも買えば途端にお祭りらしい雰囲気に。


「意気地なし。どうせ死なないんだから良いじゃ無い。」


いや、殺すのは勇者なんだが。

片手に果実水と林檎飴、片手に綿飴と、だいぶ厳しくなってきたとこでツヤツヤの林檎飴にかぶりつく。パリっというかカリッというか、硬い飴を割って入れば甘酸っぱい果汁が芳香を放つ。甘い飴に対して少し酸っぱめの林檎が、墓標からそれなりの距離を歩いてきたからだに美味しく染み渡る。


「…好き」


ポツンと漏れた言葉に目を向ければ紅の髪がふい、と明後日の方向を向いただけ。顔は見えなくても染まった耳に、見ないふり気付かないふりの限界を感じた。

俺は魔王で君は勇者で。

種族とか歳とか、そんなこと以前に絶対的で乗り越えることなんて何があってもできない壁が俺たちにはある。

祭もたけなわ、あたりにいた人々が、街の中心部の広場へと移動を始めた。流れに乗って俺たちもまた、今宵の目玉だという花火を見んと広場の方へ足を向けた。

ふわふわの綿飴を食んで引っ張れば、丸ごと取れかけて口を離す。どうやらこの綿飴まで林檎味のようで、淡い甘さと酸味が舌の上に柔らかく溶けていった。


「ねえ、あんたの名前ってなんていうの。」


果実水を空にし、勇者の分と合わせてゴミ箱へ投げる。かこんっと風の魔法によって吸い込まれた紙コップを見送って、俺は勇者に目を落とした。

祭りの熱気か、緊張か、頬を染めた勇者の目は真剣だ。可愛いというより綺麗の似合うようになった勇者は、それでも俺からしたら純粋で無垢で幼い女の子にしか見えない。


『ノリ良く俺の真の名は…!とか言えりゃ良いんだけど、知ってるだろ。いつも読んでるあれだよ、あれ。』


どうも初めまして、種族:魔王、職業:魔王、名前:魔王なトリプル魔王です。


「れっきとした名前よ、私が聞いているのは通り名でも職業でもない、あんたの名前、あんただけの名前を聞いてんの。答えて。」


俺だけの名前、そんなものはない。かつてあった名前は、魔王という重い名前に押しつぶされて、俺の以前の名を知っているのは俺と遠い故郷の人々だけ。


『適当に答えたわけでも、おちょくってるわけでも、面倒がってるわけでもない。俺の名は間違いなくお前と相反する、アレだよ。』


いつの間にか、広場に来ていた。

人々が手に持った林檎を中央に位置する巨大な祭壇に捧げては歌う。

祭壇の上に座するのは、巨大な羽を持つ、黄金の瞳の闇色の大蛇。


『…なあ、あれがお前らの言うケツァルコアトルなのか?吸血鬼の長で、魔族の長の?』


「のらりくらりと躱そうったってそうはいかないわよ。あんたが名を答えようとしないなら、いいわ。そういうことにしてあげる。」


赤い髪に白い花。

白い5枚の花弁を持つその花は、故郷の花によく似ている。

俺の大好きで唯一美味いと思える果物の色を持つ少女が、俺を真正面から見つめてきた。


「私が、あなた最初に殺した勇者の生まれ変わりって言ったらどうする?あの時、あなたに一目惚れして、そしてもう一度あなたと過ごすうちに惚れ直しあとしたら。ねえ、魔王。」


『うーん、そうだな。もしも俺が転生者だって言ったらどうする?こことは全く別の世界の記憶をもって生まれたって言ったら、お前は信じるの?勇者。』


「やめて。私は真剣なのよ。」


眉根を寄せても勇者は可愛い。不機嫌を前面に出して、ふくれた頬をつつきたくなる。

可愛い可愛い、林檎色の女の子。

人に愛され、人に育てられ、人に守られる、人の女の子。


『よーくわかったとも、美しい人。それで俺に何を求める?金銀財宝か、魔力か、地位か、力か、寿命か美貌が秘宝か魔剣か城かドレスか、ああ、お前が求めるとしたら俺の死?何が欲しいか言ってみろ、俺が出来ることなら叶えてみせよう。』


「生まれた時から、私には記憶があった。綺麗な顔したお兄さんが、私を見て驚いて悲しそうに笑って、聖剣を迎え入れるのよ。私は生まれたその瞬間から、あなたを殺し続けてきた。」


『大層熱烈な告白だな。まさか俺が知らないところでも俺はお前に殺されてたのか。』


俺の髪は黒く、俺の瞳も黒い。肌こそ魔族の雪白だが、ここまで見事に真っ黒なのは俺だけだ。

遠い遠い、もう2度と帰れない故郷の色。

初代の勇者はそれを持っていた。俺が焦がれてやまなかった、青い星の小さな島国の色を持っていた。だから俺は、あの時笑った。嬉しそうに笑ったはずなのに、そうか、通じていなかったのか。


「神様に祈ったわ。あの人も生まれ変わっているのなら、あの人の元へ行きたいって。あの人と過ごしたい、あの人のそばにありたいって。そしたらね、神殿から迎えが来たの。今代の勇者はあんたですってね。私、必死であんたを殺したわ。あんたのそばにいれば十分だった。あんたは毎晩生き返る。あんたが他の勇者に殺されるくらいなら、私が全員あんたを殺したかったの。」


おお、これが巷で人気のヤンデレというやつですか。

ふむふむと頷けば、勇者は華やかに笑った。あまりにも美しく笑うから、俺は勇者に釘付けになった。


「あのね、魔王。」


だれかが叫ぶ、花火が上がるぞと、時間がきたぞと。


「私、もう2度とあんたを殺さない。死なないで、魔王。もう一度、最後に私が殺すまで生きて。これが私の願いよ。」


叶えてくれるでしょう?と勇者は笑う。

どこか誇らしげで、今まで見た勇者の、どんな笑顔よりも美しくて。可愛くて。


ドン、と。


空に咲いた光の花の下。

俺は静かにそれを受け入れた。






「あー、楽しかった!」


墓標に戻り、いつもの地下100階に降りて2人で笑う。花火を見てからあのまま、朝ごはんを食べて、朝寝して、昼ごはんを食べて、大祭の片付けを手伝って、子供達と遊んで、おっちゃんたちに絡まれて、叩きのめして夕飯をおごらせて。


『たくさん食ったなー。正直あれほど林檎ばっかりだとは思わなかったわ』


「私言わなかったっけ?魔族の長のケツァルコアトルが大切に守ってる林檎の木にあやかってるのよ。ケツァルコアトルがね、昔大切な人に林檎をあげたんだって。その話だと林檎の実だけど、恋人に果実を上げるよりは花をあげたほうがロマンチックでしょ?だから…どうしたの?魔王?」


ケツァルコアトルが、大切な人に林檎を。

林檎の実を、あげた…?


ー『どうして泣いてるのです?魔族の子が泣くものではありませんよ。』


ー『うるさい!こんな化け物だらけの夢なんか、すぐ覚めるんだからいいんだ!何したって、すぐ戻れるんだから!』


ー『聞きましたよ、皆が用意した食事に手をつけていないんですね。何が不満なんです。最上級の食事ですよ?』


ー『最上級⁈血なまぐさい生肉と、ドロドロの臓物と、ぎょろっとした目玉がか⁈あんなもの食べ物じゃない!』


ー『…仕方ありませんねえ。秘密ですよ?』


ー『…え、』


ー『赤くて、甘くて、少し酸味があって、赤の下は白で、ジュワッとジューシーな君の好物。これでしょう?』


『嘘、だろ…?ケツァルコアトルが、まさか、そんなはず、』


優しく耳障りのいい低い声。人を小馬鹿にしたような口調のくせに、分かりにくい優しさを持った憎めないあの男。

黄金の瞳と夜色の髪を持つ、ムカつく忠臣。

なんども殺されかけて、何度も助けられて、何度も傷つけられて、何度も癒された相手。


『なんで、あー、くそ…』


あいつの心に気づいたのは暗い墓標に封じられて、多くの勇者に殺されて、林檎色の勇者に会ってからだった。

あいつの優しさに気づくのが、こんなに遅いのはあれか。日頃の行いとかいうやつか。


「そ、そんなに変なこと言った?ちょっと、魔王?」


棺に入り、魔法を解く。

短くなっていた黒髪が肩から滑り落ち、黒い軍服がきっちりと四肢を覆う。サークレットが額にひんやりと揺れ、魔王の清掃の出来上がりだ。

あ、嘘。

預かっていた聖剣を風の魔法で補助しつつ、思いっきり上へと投げ上げる。

うん、多分50階くらいに落ちたな。


『嘘を3つついてた。悪いな。』


「何についての嘘かによって、教育的指導の度合いが変わるから正直に言いなさい?」


体感的に、あと5分もない。そろそろ月は中天に登り、塔に月光が満ちるだろう。

笑う彼女の心に、深い傷を残すことを彼女は許してくれるだろうか。


『1個目は、俺の腹心の名前だ。ケツァルコアトルは魔族が信仰する神の名だ。魔族にはケツァルコアトルに寵愛され、強い力を持つ者が現れる。俺は、俺の腹心だけをケツァルコアトルと呼んでいたから人には間違って伝わったんだな。そんで、ケツァルコアトルは人と鬼と狼になれるが蛇にはなれん。お前たち人間の信じているケツァルコアトルは神の方だな。』


「なんですって?それ今このタイミングで言ってどうするのよ、もう。」


笑う、彼女が笑う。

ああ、可愛いな、泣かせたくないな。


『うん、それな。で、2つ目。俺は女だから勇者とは付き合えても結婚できても子供とかは無理だな。ついでに俺は女の子は観賞用だと思ってるから恋愛に発展するのは難しい。ごめんな?』


「な…はぁぁぁぁ⁈」


あー、うん、ごめん。マジでごめん。

文句あるよな、信じられないよな。殴りたいだろうし確認したいよな。でも、ごめんな、もう時間がないんだ。


『あと1個言ったら好きなだけ調べてくれていいから、もう1つだけ聞いてくれ。』


「冷静に調べられないかもしれないけど、最後の言葉くらい聞いてあげるわ。」


『わー男前ー。さて、最後の1つは、さ。』


残り時間、あと3分23秒。

月がほぼ中天に登り、月の光が地底に充ち満ちる。


『ケツァルコアトルの愛し子の1人であったサキュバスの女王。彼女に裏切られた時、俺は1つの呪いをかけられた。強すぎた俺を殺すために、彼女が全力でかけた呪い。その正体は、』


ごめんね、勇者。


『日が変わる前に誰かに殺されることでリセットされる、1日で死に至る呪い。』


「いちにちで、死に至る…え?」


月光を孕んで、焦げ茶の瞳が黄金に輝く。

ああ、俺だけの勇者は、俺だけのケツァルコアトルによく似た瞳をしている。


『誰かに殺されなければ、俺は死ぬ。悪いな、勇者。俺をお前に殺させて。』


「照れ笑いなんてしてるんじゃないわよ!殺すわ、殺せばいいんでしょ!いつもみたいに聖剣で…あんた、」


そう、聖剣はさっき俺が投げ上げた。万が一にも、俺が殺されることがないように。


「いや、いや、いやよ!あんたが男だろうが女だろうが人だろうが魔族だろうが、魔王だろうが転生者だろうが関係ないわ!私だって考えようによっては転生者だわ!だって私は初代の勇者だもの、あなたとおなじ、黒髪黒目の勇者だったもの!」


ああ、まさか本当に君が勇者だったなんて。

初めて俺を殺した勇者が、最後にまた俺を殺すなんて少し面白い。


「ねえ、嘘でしょ?ねえ、ねえ、死なないでよ、言ったじゃない、もう2度と私はあんたを殺さないって、ねえ、死ぬわよ?あんたが私にあんたを殺させるっていうなら、私あんたを追って死ぬわよ⁈」


林檎色の少女が泣く。

恋愛的にはどうとも思っていないけど、友愛的な意味では大好きだった。親友だと思ってた。楽しくて、嬉しくて仕方なかった。

あーあ、ごめんね、勇者。最後までふざけさせて、それが俺らしい死に方だと思うから。

まあ、ネタは通じないと思うけどさ。


『よせよ勇者、俺は親友のお前に殺されるほどひどいやつじゃないぞ?』


瞳が融けてしまいそうなほどに、勇者はハラハラと涙を落とす。棺に横になった俺と勇者を、月光が優しく包み込む。


『なあ、勇者。俺はサキュバスの女王に殺されるけど、ケツァルコアトルの優しさに生かされて、俺の可愛くて綺麗な勇者に看取れれて死ぬ幸せ者だ。』


「だったら、生きてよ、こんなに涙でぐしゃぐしゃな顔を見ながら死なないで!!!!私は、私はあなたを愛、」


さあ、あと10秒。俺だけが満足するネタ披露といこうじゃないか。


『生きろ、そなたは美しい。それと、ごめん。』


勇者が目を見開く。

月が中天にたどりつく。


24時間、俺は楽しく生きた。生ききった。

辞世の句はこれしかないだろう。





もう2度と

死ぬなとお前が

言ったから

8月6日は

死亡記念日












魔王が死んだ直後、もはや存在自体を忘れられかけていた魔王の墓標が崩れ、世界は魔王の本当の死を知った。

また、ケツァルコアトルが蛇ではなく狼の姿であることがどこからともなく広まり、大祭は少しの変化を見せた。魔王の鎮魂を願う鎮魂祭が各地で始まり、それはいつしか六大祭の1つに数えれるほどの規模となった。

最後の勇者であった少女は、その生涯を魔王の鎮魂と、魔族の長ケツァルコアトルと人との橋渡しにかけ、最期は魔族と人の双方に看取られて死んだ。

魔王の死後、魔王の座を狙う魔族は皆ケツァルコアトルに屠られたが、当のケツァルコアトルは決して魔王を名乗ることなく宰相の座と、魔王の腹心の名を貫き通した。

一時は魔王を殺しなり変わろうとした裏切り者であるという説が流れたものの、一心に魔王の愛したという林檎の森を守る姿を見て、人々はケツァルコアトルを魔族、人、狼、鬼、林檎の神として崇めるようになった。


そして、最後の魔王と勇者が死んで千年がたった。












『神様ってのは傲慢な生き物なんですよ。』


美貌の青年の先導により、幼女は森に分け入っていた。どこか懐かしい甘酸っぱい匂いの満ちるそこは、宰相と名乗りつつも魔王のような仕事をする目の前の青年の、最後の逆鱗と呼ばれる場所だった。

5000年ほど前、黒い髪に黒い瞳の魔王がいた。4000年ほど前、魔王は配下に裏切られ、黒い髪に黒い瞳の勇者に殺されて1度目の死を得た。それから、3,000年間。魔王は勇者に毎日殺され続けた。


『私のような者を寵愛したかと思えば、あの方のような愛される人の命を簡単に奪い取ってしまう。』


1,000年前、魔王を生かすために聖剣で魔王を殺し続けた勇者は、魔王に死ぬなと願い、3,000年ぶりに魔王は丸一日を生きた。

そして、一日中殺されなかった魔王は命を落とした。




はずだった。


『私、考えたんですよ。あの方を守る方法を、考えて、考えて、考えて、そして思いついたんです。』


深藍のを持つ青年は、蛇のような(・・・・・)牙をちらりと見せて微笑む。酷薄なその笑みに気を取られ、根に蹴躓いた少女は思い切り藪に突っ込んだ。ゴロンゴロンと転がって、ぐしゃりとつぶれるように落ちたそこには、柔らかな月光と、甘い果実の香りが充ち満ちて。


『私が、神になればいいのだと。運のいいことに、私は蛇のような瞳を持ち、夜のような髪を持ち、蛇神にして創造神ケツァルコアトルの加護を持っていました。』


魔王の腹心と呼ばれ、忠臣と呼ばれ、裏切り者と呼ばれ、ケツァルコアトルと呼ばれた吸血鬼の長が、林檎の森の中にぽかんと開いた空き地の真ん中に、足を進める。


『肉が嫌いだという彼女に、林檎を食べさせました。彼女の遠い故郷では、桜の木下には死体が埋まっている、というそうです。というわけで、思ったのですよ。不死である神の眷族になれば、彼女は死ぬことは無くなるでしょう。』


ケツァルコアトルが歩む。空き地の真ん中、深藍色の幹枝と、銀の葉っぱと、毒々しいまでに紅い実のなる林檎の木へと。


『繰り返し、繰り返し。私の血で育った林檎を彼女に与えました。彼女はいつしか、私の林檎以外の味を感じ取れなくなりました。』


美しい魔性の男が、紅い林檎を1つもぎ取る。

白い手に収まった林檎は、より華やかに芳香を放つ。


『彼女は、最も力ある魔族の王は、私だけをケツァルコアトルと呼びました。4,000年間ずっと。本物のケツァルコアトルが忘れ去られるほどに、彼女は私だけをケツァルコアトルと呼び続けたのです。』


林檎の木の根元に、1人の少女が眠っていた。黒い髪に、藍玉の嵌った金のサークレット。藍色のドレスをまとった少女の横に、遂に神の存在を乗っ取った鬼は林檎を持って跪く。


『起きてください、私の魔王。私だけの魔王、唯一私を跪かせる魔族の王よ。』


眠る少女の唇に、ケツァルコアトルはもぎ取ったばかりの林檎を触れさせる。

むずかるようにわずかに開いた口、その中の牙がほんのわずかに林檎を傷つけた。

久方ぶりの林檎が、眠れる魔王を甘く潤す。


『んぅ、ぅ…?』


それは、1,000年ぶりの目覚め。


『う?ではありませんよ。眠り姫なんて可愛く王子様を待つような性質じゃないでしょう。』


『う…え…?けつぁる、こあとる…?っい』


ぐ、と林檎を押し付けて黙らせたケツァルコアトルは、楽しそうに笑みを佩く。


『生きろ、そして時よ止まれ。そなたはいかにも美しい。』


悪戯めいたその言葉に、魔王は目を見開く。

魔王が勇者に放った最後の言葉、生きろ、そなたは美しい。それとともに放たれたのは、確かに魔王の故郷の言葉だった。


『林檎の花言葉は、確かに美しい人という意味もあるそうですが、私があなたに差し上げるとしたら、選ばれた恋、でしょうか。』


笑うケツァルコアトルをひと睨みし、魔王は久方ぶりの目覚めにまず、伸びをした。


『肩凝ったぁ…』


『…あの、今私とても格好良く決めましたよね?明らかに私の思いに応える場面でしたよね?なんで初めには』


魔王が押し返した林檎が、今度はケツァルコアトルの口を塞いだ。眉根を寄せるケツァルコアトルに、魔王はニタリと悪戯げに笑う。


『優しい人へ。そしてお前には名誉もやろう。俺の名は、』


伸び上がった魔王と呼ばれた少女が、ケツァルコアトルと呼ばれた青年に何かを囁く。少女が魔王という名に潰されないように、魔王という名に押しつぶされて、青い星の頃の名を忘れないように。決して面と向かって魔王と呼ばなかった青年に、囁く。

幼女は知っている。囁かれた内容を、その言の葉の意味を。


『…は、最高の名誉ですね、これは。』


珍しく頬に朱を佩いたケツァルコアトルに、ケツアゴタートルとでも怒鳴りたくなる心を懸命に抑える。ようやく実った親友と上司の恋路を邪魔しては狼に噛みつかれそうだからだ。


『ん?…え。お前、』


カサ、と少女が足を踏み替えた拍子になった音に振り返った魔王が硬直する。仕方あるまい、今回の私は黒い髪に黒い瞳、それから前々前世の顔なのだから。


『ひさしぶり、しんゆう』


青い星の頃のように呼びかける。ごめんね、あんたのこと忘れて。でもあんたもひどいわよ。そんなイケメンになっちゃうんだから。

ああ、またあんたは泣きそうな顔して笑うの?


『あおいほしでしんゆうやって、このみどりのほしで、にどもあんたにはつこいをうばわれたおろかものがこちらになります』


戯けて見せれば、ケツァルコアトルに抱きしめられた親友がはらりと1つ涙を落とす。


『は、はは、今日も、かわいいね、俺の親友』


呆れた。何度も私に叩かれて、殺されて、それでもあんたは私を口説くのね。遠い昔も、昔も、これからも。


『もうにどと、しぬんじゃないわよ?』


『そうだ、もう2度と死ぬなよ。』


私と、ケツァルコアトルと。あんたの好きな人が2人もここにいるんだから。

ねえ、辞世の句、読み直しなさいよ。

まあ辞世させる気なんてさらさらないんだけど。


『あ、ちなみに今日も8月9日よ。』


泣きそうに笑って、親友は頷いた。


『もう2度と、


死ぬなとお前らが


言うのなら


8月6日は


生誕記念日』

〜登場人物紹介(と、最後に裏ネタ)〜


【主人公にしてヒロイン】

魔王あるいは魔族の勇者

種族:魔王 名前:魔王 役職:魔王な転生者。

黒髪黒目の美女ババア推定5,000歳

魔族の鉄分たっぷり新鮮ジューシー()な食事に耐えられず、幼少期にお兄さんにもらった林檎だけしか美味しいと感じられないかわいそうな子。しかし魔族の愛の鞭()で結構たくましく育った。いつか、勇者が死んでも林檎が食べれるように林檎の種を集めておくという斜め下方向に前向き。

不死ではなく、日付が変わる前に殺されたら生き返れる特性を持っているだけ。日付が変わる前に殺されなかったら日付が変わった時点で死ぬ。

前世で3人の男兄弟と共に育った為口調が完全に男。ついでに魔族特有の中性的な顔立ちのせいで完全にただのイケメンになった。ついでに前世のノリで女の子を口説く為チャラいが、「※ただしイケメンに限る」のイケメンなので許されてしまう。

前世でも今世でも女の子は大好きだけど恋愛対象ではない。何度生まれ変わっても、親友が好みのど真ん中すぎてつらい。

しりとりが好き。


【名脇役】

勇者

毛先が金の赤い髪に焦げ茶色の瞳の林檎カラー

人間の女の子→神の眷族 ロリババア約200歳

軍服姿で眠っていた魔王を青年だと勘違いして恋をした。アグレッシブに見えて魔王との関係を壊すことに躊躇する面も見せる。

初代勇者の生まれ変わりだったりする。ちなみに初代勇者も女性で、初代勇者も魔王に恋をした。

魔王が青い星(地球)で生きてた時の親友の生まれ変わりでもあったりする。

ちなみに恋愛対象は女子じゃないので、ケツァルコアトルの部下あたりと恋愛する。

しりとりが好き。


【ヒーロー】

ケツァルコアトル

青ざめたような白い肌に金の瞳、深藍色の髪を持つ美青年ジジイ推定7,000歳

ヴァンパイア一族の頭領。魔王には彼だけがケツァルコアトルと呼ばれている。創造神ケツァルコアトルの寵愛を受け、魔王並みのステータスを持つ。後に創造神ケツァルコアトルの存在を乗っ取り、林檎と人との魔族の神ケツァルコアトルになる。今の所眷族は魔王と勇者。

魔王の忠臣で、幼少期の魔王には林檎を与えたのは実はこいつ。生肉を食わそうとしたのも、甘いものを食わそうとしたのも、それぞれ筋肉をつけるためと疲れた脳に栄養を与えるためという理由があった。ちなみに「シャレにならない悪戯」は魔王の鍛錬と趣味を兼ねていた。

自分の血で育った林檎以外を食べて吐きそうな顔をする魔王が好きだった。正真正銘のヤンデレです。

「魔王が大好きなヤンデレ予備軍で忠犬属性なくせにツンデレな猫系男子※人型の時は蛇っぽいイケメン※狼に変化することができる※後に人と魔族と林檎の神になり、翼を生やすことができるようになる」というキャラ付けが渋滞している青年。一瞬しか出てこないのに。なぜこいつはこんなにも濃いのか…


【その他脇役】

サキュバスの女王

ケツァルコアトルに恋をしたのに、魔王一筋で振り向いてくれなかったのを根に持っちゃったちょっと残念な美女。魔王の巨乳忌避の原因。実は魔王を男の子だと思って襲った前科持ち。傷つけたのが2度目だったのでケツァルコアトルがブチ切れた。


創造神ケツァルコアトル

もはや名前すら10回も出てこないのに可哀想な神様。登場することすらなく存在を乗っ取られた。


ケツアゴタートル呼びしてごめんなさいm(_ _)m



【裏ネタ】

最初はバッドエンドの物語でした。最初の辞世の句を読んで終わりの予定でしたが、ヒーローが空気すぎたのと、作者がバッドエンドが苦手なので今の形に。バッドエンド終わりの方が美しい気がしてならない。

一番目と二番目、どちらの辞世の句で終わるのが好きか教えてもらえたりすると喜びます。

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