8 「少し、爺の昔話に付き合ってくれるかな?」
++祖父視点++
「妖精が連続して殺される事件が多発してるってのに、こんな見落としそうな小さな記事かよ……」
「キッドちゃん……」
「これだから人間は嫌なんだ。俺達妖精の事なんて道具としてしかみちゃいねぇ。俺達は使い捨ての道具じゃないだよ!」
そう言って新聞を床に叩き付けるキッドに、ビリーの言葉は届かなかった。
ワシはイモの事をビリーに頼むと、自室に篭ったキッドを訪ねる。するとキッドは声を殺しながら、布団を頭から被って震えていたのだ……。
「キッド」
そう声を掛けると、キッドの身体の震えは止まり布団から顔だけ出すと大粒の涙を零しながらこちらを見つめた。
「イモなら大丈夫だ。傷は急所を全て外れている。医者を呼びたかったが、あちらも手が一杯で呼び出せなかったのだ。すまない」
「……何で爺さんが謝るんだよ」
そう言ってワシから視線を外したキッドに小さく溜息を吐くと「少し、爺の昔話に付き合ってくれるかな?」と言い、彼のベッドに腰掛けた。
キッドの涙を拭って頭を撫で、いつも腰につけている小さな鞄から一枚の写真を取り出して見せた。
そこには――小さい頃のビリーと……キッドに良く似た花の妖精が笑顔で写っている。
「昔は我が家にも花の妖精がいたのだよ。ワシの長年の戦友でもあり、若い頃から一緒に冒険をしてきた、とても大事な友人だった」
今でこそ愛玩として飼われている花の妖精だが、その個体差は大きい。
花の妖精は自分の楽しいと思う事に情熱を傾ける妖精であり、アニスのように料理に傾倒した子も居れば、キッドのように計算など数字を好む妖精もいるのだ。
「名前はホリデイ。彼は戦う事、もっと言えば戦術を考える事が好きな子だった。ワシが結婚して子が生まれ、その子がビリーを産んで……その間もずっと一緒だった妖精だ」
その言葉にキッドは布団から出てくると、写真を見つめて小さく口にした。
「ビリーが笑ってる……」
「ああ、小さい頃は良く笑う子だったのだよ。優しい両親に恵まれ、ホリデイもビリーを可愛がってくれていた」
「そう言えばビリーの両親の話とか聞かないけど、どうしたんだ? それにホリデイだって……ビリーの口から聞いたこと無いぞ?」
その言葉にワシは深い溜息を吐くと首を横に振り、写真に写るビリーを見つめた。
「ビリーがまだ三歳の頃だったな……今回のような妖精狩りが起きたのは」
――妖精狩り。
それはビリーがまだ三歳の頃、このヴァルキルト王国で問題になった事件だ。
今回のように妖精が次々と殺される凄惨な事件が多発し、ワシもホリデイも日夜犯人を捜すために国中を駆け巡り、犯人を見つけようとした。しかしいつまで経っても犯人の尻尾すら掴めず、犠牲になる妖精は日に日に増えて行った……。
「次第に犯人の行動はエスカレートし、家に押し入り人間と妖精を殺しては去るという行為に及び始めた。怖くなったワシは、ホリデイに家族を守るよう頼み込んで、単身犯人を追う日々を送った」
――そんなある日だった。
犯人の手掛かりも無く家路に着いた時……玄関を開けるとそこは血の海だった。
ワシは慌てて家の扉を全部開けながら家族の名を叫んだが……何の返事も無かった。
最後にビリーの部屋を開けると、そこには――ビリーを守るように、抱きしめたまま死んでいるワシの娘、そして……最後まで戦ったのだろう、剣を手にしたビリーの父親の亡骸があった。
幸いにも、ビリーは気を失っていたが生きていた。
その事にホッとしたが、ビリーの服はあちらこちら刃物で切り裂かれた跡がある。それでも何故か生きていて、不思議に思ったワシがビリーの小さな掌を開けるとそこには……。
「……ホリデイが大事に持っていた身代わりのコインを握り締めていたよ。ヒビが入って使えなくなってはいたがね」
「それってつまり……」
「ホリデイがビリーに、自分が大事にしていたコインを手渡して命を守ってくれた」
家の中にホリデイの姿は無かった。
何度も家族の名と共にホリデイの名を呼んだが……返事は無かった。
その時だ。身代わりのコインが淡く光りながら、ホリデイの姿を映し出した。
ホリデイはワシに何度も謝罪した。家族を守ってやれずにすまないと……せめてビリーだけでも守りたかったのだと泣きながら謝罪した。
そして――妖精狩りの犯人の事を教えてくれたのだ。
一矢報いる為に、片方の目を奪ったと。片腕は骨折させることができたから、きっとそれが目印になるだろうと……そしてその犯人は意外な人物の血縁者だとも教えてくれた。
「意外な人物の血縁?」
「ああ……このヴァルキルト王国の王室騎士団副隊長の長男が犯人だった」
その事実を確かめるために副団長の家に行くと、確かに片方の目を奪われて右腕を骨折した男がいた。その男は事実を突きつけられて一瞬驚いた様子ではあったが、ヘラヘラと笑って犯行を認めた。
あの時奴は「妖精殺しも人間殺しもただのストレス発散だよ、発散! 気の迷いでーす!」などと笑いながら語った。ワシは怒りで気が狂いそうになったが、血が出るほど拳を握り締め、拘束された奴が国の法の下で裁かれる事を祈った。
しかし、王室騎士団副隊長の長男が犯人ともなれば事は公に出来ない。ドルセ国王は犯人を庇い、ヴァルキルト王国からの追放という一言を言い渡し、事件は闇に葬られた。
ワシは何度もドルセ国王に訴えたが「お前は家族を殺されて頭に血が上っているだけだ。幸い孫だけは助かったのだろう? それだけでも十分ではないか」とワシを城から追い出した。
「それからはビリーの回復を祈った……だが意識を取り戻したビリーに笑顔は無く、家族の記憶も、ホリデイの記憶も失っていたよ。医者からは余程の恐怖で死んだ家族の記憶が全て消え去っているのだと言われた……。
それからだよ、ワシがビリーを何があっても強くしようと、心を鬼にして鍛え始めたのは。まさか魔王すら一人で倒して帰ってくるとは思ってもみなかったがな」
――それでもワシは知っている。
今もなお、ビリーはお守りのようにヒビ割れた身代わりのコインを持っている事を……。
もう二度と使う事はできないのに、何も思い出せないのに……いつも苦しい事があるとそのコインを握り締めて耐えていた事を知っている。
「今回の事件とあの時と犯行は多少なりと違うにしても、何か引っかかる……」
「その時の犯人が戻ってきてるとか?」
「いや、そうではないのだがな……旅の途中聞いたのだが、その男は死んだらしい」
本当は犯人を殺そうと思って……あだ討ちがしたくて、ビリーがある程度強くなった時に旅に出た。
しかし、犯人はとある村で首を吊って死んでいたと聞いた。
「キッドも色々不安はあるだろうが、この家の事はワシが守る。こう見えてビリーと同じくらい強いと自負しておるからな! アニスに関してはプリアが落ち着かせてくれるだろうし、そうだな……犯人が見つかるまではアニスは鳳亭での仕事は休むように連絡を入れねばなるまい。明日の朝だけは家を空ける事を許してくれよ? 大丈夫だ、その間はビリーが守ってくれる」
強く頷いたキッドにワシは微笑んで頭をなで繰り回すと「やめろよ~!」と言う元気な声が戻ってきた。
それはワシにとって懐かしい記憶が蘇る瞬間でもあったが……犯人が見つかるまでの間はせめて家族を守ろうと決めたのだ。思わずキッドを抱きしめてしまったが、そこは許して欲しい……。
「爺さん?」
腕の中から聞こえてきたその言葉に――ワシは返事をする事ができなかった。
翌朝、鳳亭でアニスが襲われた事を告げると、夫婦はショックを受けた。
慌てて、送り迎えしているイモが怪我を負ったがアニスは無事だと伝えるとホッとしたようだが……。
その話を聞いていた冒険者達が「アニスが襲われた?」「犯人を捜せ!」と叫びだし、それはもう大騒動だった。
更に犯人の情報を見つけた者には鳳亭の食事を半年食べ放題、などというクエストが主人から発令されてしまえば、最早ワシが口出しする余裕すらない。
驚いた事に、鳳亭の冒険者達は街を巡回して倒れている妖精がいないか、そして犯人らしき人物が居ないかを調べると言ってくれた。更には、倒れている妖精を見つけた際、どこの医者に連れて行けば良いのか確認までしてくれる。昔の鳳亭では、こうはならなかっただろう。
これもプリアの力が成せる業だったのか、それともアニスが皆を癒してくれる存在だったからか……どちらにせよ良い風が吹き始めている事を肌で感じる事ができた。
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既に執筆完了している小説を、2018年5月1日から土日休みを貰い毎日UPしていきます。
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