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7 【妖精を狙った連続殺人事件、妖精狩り再発】

 ●第三章●



 建国記念日までの間は久しぶりにゆっくりした時間を過ごそうと思い、依頼の量を減らしつつもプリアさんへの建国記念日プレゼントを考えていた。

 確かに一生遊んで暮せるだけの金は貰っているが、プリアさんへのプレゼントは私が稼いだお金で買いたかった。



 無論、家に居る他の面々へのプレゼントも考えている。



 プリアさんが特別なのは、彼女が妖精インフルエンザに掛かった時、初めて自分の中の【恋心】と言う物に気づいてしまったからだ。



 ――それは私にとって初恋だった。



 十八年生きてきて初めての初恋。正直プリアさんを見ているだけでドキドキするのは仕方の無い事だろうが、そこは敢えて表に出さないように心がけている。

 ともあれ、祖父とアンゼさんに協力を仰ぎプリアさんの欲しいものを調べて貰った。

 その結果、両者共に「鳳亭のキノコの串焼き」と口にしたのだから、私の心の内も察して欲しい……。

 無類のキノコ好きなプリアさんらしい回答だが、もっと形に残るものをプレゼントしたかったのだ。



 髪飾り……は、大量にプレゼントしてしまった。それなら指輪? いやいやそれは私としても恥ずかしい……それではネックレス? そうやって悶々と過ごす日々。

 プリアさんに察知されないように過ごしていると、ある日一緒に買出しをしている時、プリアさんが一つのアクセサリーに目を留めた。見過ごしてなるものか。



 淡い紫翡翠のネックレス……プリアさんは「綺麗だね」とその場から暫く離れようとはしなかった。

 建国記念日と言う事もあり値段は高めだったが、買えない値段では無い――がしかし、その翡翠は既に売約済みと言う札が貼ってあった。



 ならば自分で用意すれば良いと考えた私は、家に帰ると加工できる紫翡翠を探し始めた。



 所持している鉱石の中に一つだけ紫翡翠があったが、これを綺麗に磨き上げればプリアさんが欲しいと言ったネックレスよりも輝きを増したネックレスが作れるだろう。

 しかし、ただの紫翡翠のネックレスを手渡すのは私の中では良い気がせず、日々頑張っているプリアさんと私の為の魔法を込めたネックレスにしようと決めた。



 建国記念日までまだ日数はあるし、丁寧に作ったとしても三日も掛からないだろうし、古い文献に載っていたとある宝石も作ろうと決めている。

 必要な素材を貴重品用の箱に詰め、プリアさんが居ない時にコツコツ作ろうと決めて部屋を出ると、祖父が大きな音を立てて玄関から駆け込んで来た。



「お爺様、もう少し穏やかに家に帰って――」



 注意をしようとしたその時、泣きじゃくるアニスさんの声と共に血だらけのイモさんが引き摺られるように家に入ってきた。



「ビリー傷薬だ!」

「すぐにお持ちします」



 お爺様に支えられるようにして、やっと立っているイモさんに何が起きたと言うのか……急ぎ傷薬を用意してイモさんの部屋に駆け込むと、家に居る妖精が全員集まっていたが皆一様にショックを受けている。

 傷口を見ると、ただの矢傷ではなくクロスボウで射抜かれたような場所が複数見つかった。

 急所は全て外れていることが不幸中の幸いか……。

 出血の量は多いがイモさんは気丈に振る舞い、泣きじゃくるアニスさんに「俺は大丈夫だ」と何度も口にしている。



 品質が良い傷薬が残っていて助かった……血はすぐに止まったがイモさんは暫く安静にしなければならないだろう。出血の量が酷いために頭痛がしているようだ。その様子を見たプリアさんは工房に駆け込むと、頭痛を和らげる薬湯を作って持って来てくれた。

 薬湯を少しずつ口にして呼吸を整えようとするイモさん……一体彼に何があったというのだろうか?



 落ち着きを取り戻すのに一時間以上は掛かったが、アニスさんのショックは強いもので祖父が抱き上げてあやしている。



「イモさん、一体何が起きたのです?」



 そう問い掛けると、イモさんは大きく深呼吸して経緯を語ってくれた。





 アニスさんを鳳亭まで迎えに行き、一緒に帰っている最中……暗闇の中から仮面を被った男が飛び出し、アニスさんに向けてクロスボウを放ったらしい。

 それだけでも驚きだったが、咄嗟にアニスさんを抱き上げその矢を避けると、仮面の男は執拗にイモさん達を狙い追いかけて来たのだと言う。



 戦う事もできたが、アニスさんの命を優先して勇気ある撤退をしたのだとイモさんが語ると、アンゼさんは何かを思い出したかのように部屋を飛び出し、数日前の新聞を手にして戻ってきた。



 新聞には見落としそうな小さな見出しで【妖精を狙った連続殺人事件、妖精狩り再発】と書かれていて、それを見た祖父と私は顔を見合わせた後にイモさんを見つめた。



「鳳亭に迎えに行った際、酒場の主人から話は聞いていたが……不甲斐ない。まさかアニスが狙われるとは思っていなかった。俺の不注意だ」

「そんな事無いよイモちゃん! 私を庇ってこんなに一杯血が……うぅぅうう……」



 大きな涙をポロポロと流すアニスさんにイモさんはオロオロとしたようだが、キッドさんはアンゼさんから新聞を奪い取ると記事を読み上げ、強く新聞を握り締めた。

 その表情はまるで自虐的な表情をしていて……。



「妖精が連続して殺される事件が多発してるってのに、こんな見落としそうな小さな記事かよ……これだから人間は嫌なんだ。俺達妖精の事なんて道具としてしか見ちゃいねぇ。俺達は使い捨ての道具じゃないだよ!」



 そう言って新聞を床に叩き付けると、キッドさんは制止の言葉を振り切り自室へと戻ってしまった。

 残された私達の間には長い沈黙が流れたが、祖父がキッドさんの様子を見てくると言い、アンゼさんにアニスさんを任せると部屋を後にした……。

 しかしその沈黙を破ったのはイモさんだった。



「ビリー様、この怪我は俺にとって誇りです」



 イモさんは痛みに耐えながら大きく息を吐くと、自分が迎えに行かなければアニスさんの命は無かったのだと、だからこの傷は自分についた勲章なのだと嬉しそうに微笑んだ。



「しかし、その傷では今年の国王室の闘技大会には……」

「出なくても良い」



 ハッキリとした口調で話すイモさんは、震える手でアニスさんの頭を撫でた……。



「俺はアニスを守った。それは闘技大会で優勝するよりも名誉と誇りとなるモノだ。心配する事では無い、来年も闘技大会はある。だがアニスの命はたった一つしかない。俺はその命を守った。これ以上誇りに思う事がどこにある」



 その言葉にアニスさんはイモさんのとても大きな人差し指を握り締め、声を殺して泣いた……。

 叫びたい思いも色々とあるだろうに……その小さな手には、イモさんに笑顔を見せるのに十分すぎる程の命が詰まっている。



「アニスが生きていてくれて良かった」

「……イモちゃ……っ」

「少しだけ眠らせてくれ……お前を守れたという誇りを胸に……今日は少しだけ早めに眠りたい」

「うんっ……うん!」



 プリアさんが涙を流すアニスさんの手を引いて外に出ると、プリアさんはアニスさんが泣き止むまで一緒に居たいと申し出て彼女の部屋に行ってしまう。

 残された私とアンゼさんは工房に向かう。





「……仮面の男は妖精を狙うのですよね」

「ええ、そのようですね……」



 私は大きな溜息を吐いて、今のこの国の妖精に対する在り方を痛感し、そして自分もまた同類だと思った途端に嫌悪感が沸いてきた。しかしその時――。



「でしたら、私が誘い出しましょうか?」



 思いも寄らない言葉に顔を上げると、いつもは無表情なアンゼさんが優しく微笑んでいた。

 しかし、その目が決して笑っていない。

 アンゼさんはキッドさんが床に叩きつけた新聞を私に差し出し、言葉を続ける。



「私としても、今回アニスさんが狙われるまで他人事と思っていた事を謝罪します。その上で、お仕えする屋敷の家族に刃を向けた者を放置する訳には参りません。故に、この私を囮としてお使い下さい」

「何を! 下手をすれば命の危険に晒されますよ!」



 そう言って却下しようとしたその時――。



「妖精達の命を守る為でしたら、この身は幾らでも捧げられます」



 そう口にしたアンゼさんは、真剣な表情で私を見つめていた。

 そして私に跪き、深々と頭を下げると……。



「この世界を守った貴方様にしか頼めない事です。どうか妖精をお救い下さい。現状、私達妖精が頼れるのは貴方様だけです。私達妖精は人間の道具として生きているのではありません。人間と同じく、その命もまた、たった一つ。その事を犯人に叩き込んで下さるのであれば、これ以上の幸福はありましょうか」

「本当に宜しいのですね?」

「はい」



 頭を垂れて返事を返したアンゼさんに、私は工房の貴重品置き場から一つのコインを取り出して手渡した。



「これは……?」

「身代わりのコインと言うアクセサリーです。たった一度だけですが、貴女の命を守って下さるでしょう」



 まさかそんな貴重品を手渡されるとは思っていなかったのだろう。彼女は両目を大きく見開き、コインを私に返そうとした。けれど――。



「私にとって、貴女も家族です。そして貴女がいなくてはこの屋敷は回りませんよ?」

「ですが……」

「お爺様の為に、使って欲しいのです」



 そう口にするとアンゼさんはコインをギュッと握り締め、強く頷いた……。

 これはプリアさんから聞いた話だが、アンゼさんは祖父に想いを寄せているらしい。

 だとしたら祖父の最期の時まで、彼女には祖父の傍に居て欲しい。



「妖精殺しの犯人を見つけ、捕まえる事ができたら王室騎士団に突き渡しましょう。肉体的にも精神的にも無事生きていられれば、という話になりますがね」

「まぁ、恐ろしい」



 そう言ってクスッと笑うアンゼさんに私も微笑むと、私とアンゼさんの計画を家族全員に話して了承を得る。



 次の日の夜から、アンゼさんはアニスさんとイモさんが狙われたという暗がりに立って人を待つような仕草で囮になり、私もすぐに飛び出せる場所で彼女を見守るようになった。

 人気の少ない高級住宅街で襲われた――という事は、犯人は貴族の子息と言う可能性が捨てきれない事を示していた。


+++

既に執筆完了している小説を、2018年5月1日から土日休みを貰い毎日UPしていきます。

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