6 「アニスちゃんにだって、幸せになる権利はあるんだよ?」
++プリア視点++
私が病気になって倒れた時、久しぶりに一番上のお兄ちゃんと会う事ができた。
人間になっていたのは驚いたけど、綺麗なお姉ちゃんと結婚していてとても幸せそうだったし、私のことも付きっ切りで看病してくれた。
意識が朦朧としていて、覚えてる所は少ないけれど、私はビリちゃんとお兄ちゃん夫婦に助けられた事を知った時……今まで生きてて良かったって、死ななくて良かったって心の底から思えた。
けれど、目の前で倒れたビリちゃんを見た時は心臓が止まるかと思った。
不眠不休で私の為に薬を作ってくれた事、劇物を飲み続けて体がボロボロになっている事……そこまでして私を助ける為にお薬を作ってくれたビリちゃんをギュッと抱きしめて涙を流した。
もうビリちゃんに会えないかもしれない。
もうビリちゃんの声を聞けないかもしれない。
もうビリちゃんに抱きしめて貰えないかもしれない。
意識が朦朧としててもそんな不安があって。
それが消えた事への安堵感で私は声を上げて泣き続けた。それから数日間は、ビリちゃんの部屋でずっと一緒に過ごした。
お兄ちゃんは私の経過を見に毎日通ってくれたし、一緒にビリちゃんの容態も見てくれているのは本当に良かったと思ってる。
妖精インフルエンザが完全に治って体力も戻ってきた頃、お兄ちゃんは私を庭に連れ出した。一体何のお話があるんだろうって思ってついて行くと――。
「プリアさんは人間になりたいですか?」
「え?」
「いえ、貴女がビリーさんの事をとても大事に想っている様子でしたので……」
――人間になれる? 私が?
人間になれたら、もっと沢山ビリちゃんのお手伝いができるんだろうか?
お兄ちゃんみたいにお嫁さんと二人で仲良くやっていけるだろうか?
そんな事をグルグルと頭の中で考えていると、お兄ちゃんは苦笑いを浮かべて私の頭をポンポンと叩いた。
「プリアさん、もう貴女の中で答えは出ていますよ」
「……うん、分かってる」
――私は人間になりたい。でも方法が解らない。
もし人間になれるならビリちゃんの隣でずっと一緒に生きて生きたい、お爺ちゃんみたいに年をとっても、一緒に手を繋いで歩いていきたいって思った。それはとても我が侭な事なのかもしれない。
でも……ビリちゃんの隣で生きていけるなら妖精じゃなくて良い。
「お兄ちゃんはどうやって人間になったの?」
そう問い掛けると、お兄ちゃんはベンチに座り「そうですね」と口にして遠くを見た。
「妖精にのみ伝わる言い伝え……その為に頑張ったと言うだけです。貴女は生まれてすぐ連れ去られてしまいましたから、知らないのでしたね……。私達妖精はとある実に願いを込める事で人間になれるのですよ。とは言っても、相手の心も栄養にしてしまう実です。ビリーさんがプリアさんを人間にしたいと言う強い思いを持っていなくては、例えその実があっても人間になる事は不可能です」
その言葉を聞いた時、ビリちゃんならきっと私を人間にしたいって言ってくれると素直に思えた。確証は無いのに、何故かそんな気がする……。
「ですが、その実は今はもう……」
「無くなっちゃったの?」
「……残念ながら。ですが世界中を探せばきっと見つかる筈です。希望を捨ててはなりませんよ」
そう言って私の頭を撫でるお兄ちゃんに、私は強く頷いた。
「手に入れることができれば、すぐにプリアさんの元へ持ってきましょう。……貴女は死ぬには早すぎます」
その言葉に、私はお兄ちゃんから目を背けた。
……真珠色の妖精は寿命が短い。
私にとって、この真珠色の髪も、漆黒の瞳も……呪いのようなものだった。
――もっと生きていたい。
――もっとビリちゃんの傍で……もっともっと笑っていたい。
けれど、寿命はきっともうすぐ訪れてしまう……だから、その実を諦める気にはなれなかった。
「お兄ちゃんお願いね? その実を見つけたら必ず持ってきてね?」
「ええ、お約束します」
真珠色の妖精なんかに生まれなかったら、こんなに辛い思いはしなかったのかな……。
だとしたら妖精として欠陥品でも構わない。
……生きていたいから。
――それから数日経ったある日、お屋敷には沢山の妖精さんがやってきた。
お爺ちゃんは、これからこのお屋敷にはお兄ちゃんの病院で保護されて傷が治った子達が一緒に住むんだって教えてくれた。
風の妖精のアンゼリカさんは、綺麗な長い黒髪が素敵な女性! 知性的な眼鏡も凄く似合ってると思うし、お爺ちゃんのサポート役として一緒に生活していくんだって挨拶してくれた。
炎の妖精のイモホテップちゃんは、無口だけど凄く強そう! 燃えるような赤い髪も、芯の通った瞳も凄く格好良いと思う! 護衛として働いてたみたいで、強さには自信があるんだって教えてくれた。
そして同じ花の妖精のアニスちゃん。お顔に火傷の跡が残ってたから、ビリちゃんの工房からお薬を持ち出してプレゼントしちゃった。
効き目が凄く良いから火傷の跡も綺麗に治ってくれる筈だよって言うと、アニスちゃんは喜んでお薬を受け取ってくれた。傷跡も綺麗に治るといいな……。
最後に、キッドちゃんは本当にヤンチャさん! アニスちゃんとは仲良しみたいだけど、良くアニスちゃんに泣かされてるのを見てしまう。涙脆いのかな?
けどお爺ちゃんに経理を任されてるみたいだし、シッカリと仕事はしてくれるみたい。頭がいいタイプの花の妖精なのかな?
皆はそれぞれ部屋を貰って生活してるし、お爺ちゃんは皆の仕事先を探しにあっちこっち走り回ってるみたい。いつも忙しそうだけど、アンゼさんがしっかりサポートしてくれてるお陰でお爺ちゃんの負担は少ないのかなと思う。
皆の仕事先が決まったら良いな。
アニスちゃんは料理が得意だから、酒場のおじちゃんの所で働かないかな?
そんな事を考えながら、ビリちゃんが回復するまではベッドから動かないように動き回っていた私。だけどある日、お爺ちゃんがイモちゃんの事を相談しに来て、いきなり目の前で服を脱ぎ出した時は流石に驚いて両手で目を覆っちゃった。
慌てすぎて話はあまり聞いてなかったけど、イモちゃんが年に一回行われる闘技大会に出ても大丈夫かどうかの確認をするだけだと聞いて少しだけホッとしたけど、ビリちゃんはなんかピリピリしてるように感じた。
その後庭で試験みたいなのがあったけれど――。
「私はあなた方を迎える際、一つの約束事を自分に課しました。それは、家族として受け入れると言う事です。家族が怪我をすれば悲しみますし心配もします。家族が死ねばそれは苦痛です。貴方にとって私達は家族ではないのですか?」
その言葉にイモちゃんは一瞬呆然としてたけど、私やお爺ちゃん、アンゼさんを見ると顔をクシャクシャにして泣き始めてしまった……。
そっか……ビリちゃんは皆を迎え入れる時【家族】として迎え入れてくれたんだ。
ビリちゃんは相手が妖精だからとか、人間だからとか、そんなふうに判断する人じゃない。その人個人をちゃんと見てくれる優しい目、優しい心……。
――ああ、好きになった人がビリちゃんで良かったなぁ。
そう思って、頬を染めて微笑んだ所をお爺ちゃんが嬉しそうに見つめてて、恥ずかしくって両手で顔を隠してしまった。
それから数日もせず、私とビリちゃん、そしてお爺ちゃんはアニスちゃんを連れて酒場のおじちゃんの所に向かった。
久々に酒場のドアを開けると、おじちゃんが「プリアちゃん!」って大きな声で叫び、周りの常連さんも冒険者さんも、それに店の奥からおばちゃんも出てきて私の所に走ってきちゃった。
「風邪は!? もう治ったのかい?」
「うん! お医者様も治ったって言ってくれたよ! でもその後ビリちゃんに移っちゃって、それで来るのが遅れちゃった!」
その言葉におじちゃんは私の頭を撫で回して喜んでくれた。
とっても大きな手、とっても優しい手、心配してくれてありがとう……。
「そこで、風邪も治った事ですし酒場でキノコを食べたいと言って聞かないプリアさんを連れて来たのです。それともう一つ」
そう言ってビリちゃんがアニスちゃんを前に出すと、おじちゃんとおばちゃんは目を見開いてアニスちゃんを見つめた。
「こちらの花の妖精は我が家で生活している子なのですが、料理が得意な子でして」
「アニス……」
まだ名前も言っていないのに、おばちゃんは両手で口を押さえアニスちゃんの名前を口にした。アニスちゃんの事を知ってたのかな?
「ああ……アニス! アニスだよあんた!」
「ああ、この顔……このツインテールの髪はアニスだ、アニスだ!」
不思議に思っておじちゃんたちに問い掛けると、おじちゃんは一枚の写真を私達に見せてくれた。そこに写っていたのはアニスちゃんそっくりの人間の女の子だった。
流行り病で幼くして亡くなったのだと涙を零しながら語るおじちゃん達。おばちゃんは耐え切れなかったようにアニスちゃんを抱きしめていて、アニスちゃんも驚きを隠せないで慌ててるみたい。
「話を進めさせて頂きます。このアニスさんを鳳亭で雇って貰えれば助かるのですが」
「アニスを家で雇う? 良いのかい?」
「料理の才能は折り紙つきです。必ずお役に立ってくれると思いますよ。ただ送り迎えには我が家から一人向かわせて貰う事になります。宜しいでしょうか?」
その言葉におじちゃんは立ち上がって乱暴に涙を拭うと、ビリちゃんとお爺ちゃんの手を強く握り締めて何度も「ありがとう」と口にした。
それってつまり――。
「ほ、本当に良いの? だって私の顔、こんなに火傷の跡がまだ残ってて……」
その事を気にして片手で火傷の跡を隠すアニスちゃん……だけど酒場の常連さんもアニスちゃんを歓迎すると言ってくれたし、冒険者さん達も「こんなに可愛い子が居るなら幾らでも料理頼むぜ」と豪快に笑ってくれている。
その様子を見たアニスちゃんは嬉しそうに微笑んで「よろしくお願いします!」と頭を下げた。
「良かったねアニスちゃん!」
「うん!」
「だったらアニスちゃんにコレ、おじちゃん達から貰ったお守りをあげる!」
そう言うと私は首に掛けていた木彫りのお守りをアニスちゃんの首に掛けて、驚いた様子で私を見つめるアニスちゃんに微笑んだ。
「私を助けてくれたお守り! 今度はアニスちゃんを守ってくれるよ!」
「プリアちゃん……」
「アニスちゃんにだって、幸せになる権利はあるんだよ?」
だからこれからはきっと良いことがあるよ。
だってこの酒場はとっても幸せな空気が漂っているんだもん。
「良かったねアニスちゃん! おじちゃん、おばちゃん、アニスちゃんは私の大事なお友達なの。お願いね?」
「ああ、任せてくれ」
「小さい包丁とかも用意しないと……後はアニス用のエプロン! ああ、この小さな手に合う調理器具を見に行けるなんて……神様はあたしたちの事をまだまだ見捨てては居なかったんだねぇ……」
ぽろぽろと涙を流しながらアニスちゃんの両手を握るおばちゃんは本当に嬉しそう……。
おじちゃんもそんなおばちゃんの様子を見て涙を拭い、私とアニスちゃんの頭を撫でると「今日は俺の奢りだ!」と言ってそのまま厨房へと戻っていってしまった。
「今日アニスはお客さんだよ。うちの料理沢山食べて帰ってね」
ビリちゃんもお爺ちゃんも嬉しそう……何より一番嬉しそうなのはアニスちゃん。
常連客さんもアニスちゃんに「今後よろしくね」と声を掛けてるし、冒険者さんもアニスちゃんの頭を撫でて「頑張れよ」と応援してくれてる。
嬉しそうなアニスちゃんを見るのも凄く嬉しい!
その後ご飯も食べ終わり、アニスちゃんは三日後から鳳亭で働く事が決まった。それまでにエプロンを縫いたいと言うおばちゃんの想いがあったからだ。
行きと帰りはイモちゃんが護衛で一緒に来てくれるみたいだし、ホッと安心しちゃった。
「良かったね、アニスちゃん!」
「私頑張るよ、一杯頑張る! だってあんなにも優しい人達が居る所で働けるなんて……凄く幸せで胸が弾けそうっ!」
両手で顔を覆って叫ぶアニスちゃんに、お爺ちゃんは凄く嬉しそうに微笑み、ビリちゃんも私を抱き上げて嬉しそうに微笑んだ。
それから三日後の早朝、アニスちゃんと送り迎えをしてくれるイモちゃんの二人は「行ってきます!」と言って酒場に仕事へ出かけた。イモちゃんが護衛してくれるなんて凄く心強いし、何かあってもイモちゃんなら守ってくれると信じてる。
でもその頃、ヴァルキルト王国では一つの問題が浮上していた事を私達はまだ知らなかった。
最初は小さな事件だったし、新聞にだって小さく取り上げられる程度のもの。
けれど――平和な生活が一変してしまうような、国中の妖精が震え上がるその事件を知るのは、まだまだ先の事だった。
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既に執筆完了している小説を、2018年5月1日から土日どちらか休みを貰い毎日UPしていきます。
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