5 「この屋敷に居る家族です」
++祖父視点++
ビリーが相当な無茶をしてまで賢者の聖水を作り、プリアの妖精インフルエンザが完全に治った頃、我が家には数名の妖精達が住むようになった。
最初に訪れたのは、ワシのサポートを頼んだ風の妖精で【アンゼリカ】と言う若い女性だ。彼女は雇い主に暴行を受けている所を助けてから保護し、傷を治す為にプリポの病院に連れて行った妖精だった。アンゼリカは孫のビリーのように表情が読み難い。
しかし長年ビリーを見てきたワシにとってアンゼリカはまだ表情が読みやすい部類に入る為、サポート役にはピッタリだった。
そして、将校の護衛として常に前線で戦っていたと言う炎の妖精【イモホテップ】に関しては、殆ど何も喋らない無口な妖精だった。
礼儀を重んじる彼は何故かワシへの忠誠を誓ってしまう。
ワシがそのようなものは必要ない、家族なのだからと言うと驚いた様子ではあったが、本当に嬉しそうに、それでいて不器用な彼らしく微笑んだのを覚えている。
彼は怪我が酷かったらしく、武器を持って戦う事ができなくなっていたが、今は素手で戦う技術をワシから叩き込まれている最中だ。悩みとしては、魔王を倒した勇者への憧れが強く、たった一人で魔王を倒したのが孫のビリーだと知ればどうなる事やら……。
更に花の妖精が二人ワシ達の元へとやってきた。
一人は【アニス】と言い、料理に生き甲斐を感じる明るく元気な女の子で、プリアともその日の内に仲良くなった。
アニスも元は愛玩として飼われていたようだが、元の持ち主のストレスの捌け口になっていたようで、屋敷を抜け出し保護された妖精だった。プリポとセレスティアが言うには、アニスの顔にある痛々しい火傷の跡はその持ち主から受けた傷跡なのだという。
今でこそビリーの薬で火傷の跡は薄くなっているが、それでも見ていて胸が苦しくなる思いだ。
そんなアニスには我が家に来てから厨房を任せている。
季節の野菜タップリのスープレシピはビリーから受け継いだもので、我が家には毎日美味しいスープが食卓に出てくる幸せな日々だ。
もう一人は【キッド】と言うヤンチャ坊主だ。
キッドも同じように愛玩として飼われていたが、虐待を耐え切れず屋敷を抜け出したのだと言う。
得意な事は計算と言う、何とも経理に向いた人材ではあったが、他にも細かい作業が好きなようで、よくアニスが料理をする隣で野菜の皮むきなどを担当している。
本人曰く「したいんじゃない、やらされてるんだ!」と文句を言っていたが、次の瞬間にはアニスにフライパンで頭を叩かれて泣いていた……。
そんなキッドだが、この家の経理を任せるには本当に適任だったと言えるだろう。
一生遊んで暮らせるだけの金額を見た時のキッドの目は正に飛び出さんばかりだったが、それでも――。
「食費に関してはもう少し金額を入れ込んで良いし、爺さんはもうちょっと馬車を使うなりして移動速度を速めて、街へ周回する回数は増やすべき! 後はこっちの――」
と、意外と口煩く細かい指示を出してくれたりもする。全く持って頼もしい限りだ。
そして肝心のビリーはと言うと、本来なら一ヶ月掛けて作る賢者の聖水をたったの五日で作ったのだからその反動はとても大きく、今も動けないでいる。
いや、動く事はできるし既に完治もしているのだが……。
「プリアさん、そろそろ普通に生活しても問題はありません!」
「ダーーメ!」
ビリーが無理して劇薬まで使った事を知ってしまった以上、プリアは暫く絶対安静だと言ってワシの説得すら聞いてくれなかった。
それでも季節はもう十一月の終わり頃、そろそろ建国記念日だ。
ビリーなりにプリアへのプレゼントも選びたいだろうが、プリアの許可が下りなければベッドから出る事も許されないだろう。
二人の距離は前よりもずっと縮まったように思える。
見た目として年の差こそあれ、プリアは良き妻になれるだろうと思うし、ビリーもプリアの為にできる事は色々やりたいようだ。
ワシにもそんな時期があったなぁ……と懐かしく思っていると背後からアンゼリカ……通称アンゼから声を掛けられた。
「アルベルト様、そろそろアニス様の就職先を探さねばなりません。彼女は既に心の傷については完治しておりますし、良い職場をお探し下さい」
「おお、アニスの笑顔が増えてきたからそろそろ探さねばとは思っていたのだよ」
「プリアさんから頂いた情報によると、ヴァルキルト王国にある鳳亭が宜しいかと思われます」
「鳳亭か……プリアの異常をいち早く察知してくれた上に、冒険者や常連客もある一定以上の礼儀礼節を重んじる。アニスには丁度良い場所かも知れんな」
「ええ、プリアさんとビリーさんがお世話になっていたと言う事もありますし、最有力候補なのは鳳亭です」
そう言って的確に我が家に居る妖精達の派遣先を調べてくれるアンゼ。ワシも彼女には頭が上がらない。
「世話を掛けるな」
「この程度の役には立たせて下さい。貴方様は私の命を救って下さった恩人なのですから」
そう言ってワシの元から離れていくアンゼ……今のは恥ずかしくて去って行ったのだろうと思うと、年頃の娘らしい反応をするものだと笑みが零れる。
残るはイモホテップ、通称イモと……キッドだ。
彼らの派遣先もできるだけ早く決めてやらねばならない。
その他にも、後数名は妖精を迎え入れたい所だがどうしたものか。
その事についても家主であるビリーに相談しに行ったのだが――。
「イモさんの派遣先ですか?」
「うむ……良い派遣先があれば助かるのだが、それが見つからないと彼も安心できまい? そうなると色々となぁ」
「でしたら、お爺様の護衛と言う事で街を巡回する仕事を与えてはいかがです?」
確かにワシ一人だけでは数日掛かってしまう巡回をイモと二人でやればかなり改善されるだろう。イモは元々体力には自信があるし、妖精を助けるには最適かもしれない。しかしだ、そこに留まるべき人材でないのは訓練をしていて明らかだった。
「お爺ちゃん、今月って確か国王室が行う闘技大会あったよね? 大会に出場すれば今イモちゃんがどれくらい強いか分かるんじゃない?」
「ん? ああ、そうか。年に一回この時期に行われるな。まずはそこでイモの実力を知る事も大事だな」
――確かにプリアの言う通りだ。
先ずは己の実力を知る、これこそが一番重要な事だと再確認できた。しかしそんな事を言えるようになるとは……プリアも成長したものだと微笑ましく思う。
「悪い雇い主が現われるならビリちゃんが対応してくれるだろうし、イモちゃんなら大丈夫だよ! だって自分を律する心を持ってるもん!」
そう言って優しい微笑みを絶やさないプリアに 「そうだな」 と微笑み頭を撫でると、ビリーはベッドから起き上がりプリアの目の前で着替え始めた。
驚いたプリアは両手で目を隠したが、ビリーはその事すら気にせず近くに置いていた自分の普段着用の服を着て部屋を後にしてしまう。
後を追いかけるとビリーは一言だけ「イモさんの実力が知りたくって」と微笑んだ。
あの顔は手加減をしないでイモの実力を見たいと言う顔だ!
「プリア止めろ!」
「ビリちゃんイモちゃん殺すつもり!?」
そう言ってビリーの足にしがみ付くプリアを抱き上げ、ニッコリと微笑むと首を横に振るビリー……。
「まさか殺しなどしませんよ。王室が行う闘技大会には本気で妖精を殺しに来る輩が沢山いるので、私が合格ラインを出すまでは大会には出場させません。お爺様もイモさんがまた戦えなくなる姿は見たくはないでしょう? 大丈夫です、魔王を殺した時のような本気は見せませんし、最初に私の威圧に耐えられるだけの体力と精神力を養って貰うだけです」
……それがどれだけ苦痛であり、どれ程のレベルが必要なのかビリーは理解していないのだろうか。とは言え、言い出したらきかないビリーの事だ。最早溜息しか出てこないが、イモを呼ぶようアンゼに告げると、暫くしてイモが屋敷の玄関に現われた。
どうやら外で体術の訓練をしていたらしい。
「イモ、ビリーとちょっと外で戦ってくれんかな? 無理だと思った場合はすぐに……そうだな、その場に座り込めば良いだろう」
「宜しくお願いしますね、イモさん」
病み上がりであってもビリーがどれ程のものかあまり想像はしたくはないが、とりあえずワシもイモを助けられるようにと庭に出て二人を見つめる。プリアはハラハラしているようでワシの足にしがみ付いたままだ。
「両者、始め!」
そう叫んだ途端、ワシですら息をするのが苦しい程の威圧を感じる。これはビリーが発しているモノだと言うのはすぐに理解できたが、イモは必死にその威圧に耐えている。
必死に歯を喰いしばり耐えるイモホテップだったが……流石に五分耐える事が限界だったようだ。いや、普通の人間なら五分も耐える事はまず無理だろう。それだけの威圧を掛けてもなおイモは耐え続けたのだ。
「――クソッ 悔しいが負けだ!」
「私の威圧に五分も耐えたのはお爺様以外では貴方が初めてですよ。見所があります」
「では、お前は俺を強くしてくれようとしているのだな!」
「でなければ貴方を試そうなどとは思いません。王室が行う闘技大会では本気で妖精を殺しに掛かる輩は大勢居ます。貴方がもし命を落としてしまった場合、悲しむ方がいるからこそ鍛えようと思ったまで」
「誰が悲しむ!」
「この屋敷に居る家族です」
その言葉にイモホテップは目を見開きワシ達を見つめた。
息荒くワシ達を見たイモは、次第に呼吸を整えるように冷静さを取り戻し始めたようだ。
「私はあなた方を迎える際、一つの約束事を自分に課しました。それは、家族として受け入れると言う事です。家族が怪我をすれば悲しみますし心配もします。家族が死ねばそれは苦痛です。貴方にとって私達は家族ではないのですか?」
その一言にイモは地面に座り込み、力無く息を吐いた……。
次第に聞こえ始めたのは……イモのすすり泣く声。
まさかそんな風に思って貰えているとは思わなかったのだろう、イモは何度も涙を拭い「ありがとう」と繰り返した。
「炎の妖精として誇りがあるのなら、まずは精神の鍛錬を為さい。貴方は必ず強くなる」
ビリーの言葉にイモは涙を拭うのを止め立ち上がると、深々と頭を下げて「今後も訓練お願いします!」と大声で叫んだ。その返事は勿論「覚悟して下さいね」と言う言葉で、イモは本当の意味での笑顔を取り戻したようだ。
「炎の妖精は自分に誇りを持っている者が多い。ビリーはそこを上手く使い、イモに自信と炎の妖精としての誇りを取り戻させた……これでもうイモは大丈夫だろう」
「良かった……どうなるかとヒヤヒヤしちゃった」
その時、安心したプリアのお腹が鳴る音が聴こえ、その音でイモも更に笑顔を取り戻したようだ。
今後イモの鍛錬はビリーがしてくれると言うし、これ以上無い特訓相手だろう。イモも自分への自信を無くしていた一面があったが、これで大丈夫だろうと思うとホッと安堵できた。すると――。
「あ! 雪!」
「今年初めての雪ですね」
十二月初旬、雪が空から降り始めた頃――屋敷の中の雰囲気は更に良いものとなった。
今年の建国記念日はきっと賑やかな建国記念日になりそうだ。
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既に執筆完了している小説を、2018年5月1日から土日どちらか休みを貰い毎日UPしていきます。
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