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4 「ああ……もう貴女という方は心配掛けて……」

【妖精インフルエンザ】とは身体が弱りきっている妖精が発症する病で、感染すれば確実に死ぬと言われている。治療にはとても強力な【賢者の聖水】と呼ばれる薬が必要なのだと教えてくれた。



 一瞬喜びを浮かべかけた私だが、賢者の聖水は精製に高度な技術が必要であり、その為の必要素材も殆どが貴重な物ばかりだという。手に入れる事、作る事を考えれば一週間では間に合わない……。





「栄養状態は今の所凄く良いんだよ、本当なら発症するはずがない。特にこの妖精インフルエンザは妖精から妖精に移る事は無いんだよ。だから移されると言う事もまずありえない。ただ……」



 そう口にすると女性の医者は口篭り、顔を顰めてプリポと呼ばれた男の医者を見つめた。





「……真珠色の妖精はね、アタシ達より早い時間を生きている」

「早い時間? それはまさか……」

「そう、短命って事さ」





 その一言に目を見開くと、私は彼女を押しのけプリアさんの元へと向かった。



 呼吸は荒く、汗が止め処なく流れ落ちているプリアさんの顔はすでに真っ赤になっていて、今にも痙攣を引き起こしそうになっている。

 そんなプリアさんの腕に水分を送り届ける点滴を用意するプリポと呼ばれた医者の表情は見る事はできない。ただ的確に無駄の無い動きでプリアさんに点滴をつけている。けれど――。



「プリアは……幸せでしたか?」



 やっと言葉を発したかと思うと、プリポは私にそう問い掛けてくる。その表情は今にも泣き崩れそうな表情だ……。

 その言葉に私は大きく深呼吸をし、真っすぐ向き合うと「勿論です」と答える。

 彼は涙を流しプリアさんの小さな手を握り締めてうつ伏した。



「貴方に一つお聞きしたい。先程プリアさんは貴方の事をお兄ちゃんと呼びました。前の持ち主はヴァルキルト王国の国王でしたが、プリアさんを国王に売り渡したのですか?」



 その言葉にプリポは目を見開き、同時に私は後頭部を殴られた。





「ふざけた事言うんじゃないよ! プリポはね! 元は妖精なんだよ! しかも花の妖精! プリアとは血縁者だよ!!」





 私の後頭部を拳で殴った女性の医者は、耳を疑う言葉を口にした。





 ――プリポが元は花の妖精?

 ――今は人間?

 いやそれ以上に……本当にプリアさんの血縁者?





 私はそれらの事実を一つずつ理解するのに時間を要したが、祖父は一言「なるほど」と口にして私の元へと歩み寄ってきた。

 この世界では妖精の間でのみ、とある伝承が言い伝えられているのだと言う。

 それは――人間に恋した妖精は、ある条件を満たせば人間になる事ができるという話。

 ただし、その方法は妖精研究家の祖父ですら教えて貰えない秘術なのだと語った。



「では本当にプリアさんの……」

「実の兄です。そして僕は人間になった時、妻であるセレスティアと共に妖精を診る医者を志しました。弟と妹を見捨てたつもりはありません、例え恨まれていても……」

「プリアにはもう一人兄がいるのかね?」



 そう問い掛けた祖父にプリポは小さく頷いた。何故兄だと解ったのか詳しく聞く余裕は無いが、今はプリアさんを治す事ができると言う賢者の聖水が必要だ。



 ――賢者の聖水に必要な素材は幸い大半が倉庫にある。だが唯一手に入れる事ができないものが一つだけ……それは【妖精の涙】と言う貴重な素材だ。



 私ですら名前でしか聞いた事のない、この世に存在するかも怪しい素材。だが手に入れなければプリアさんが死んでしまう。彼女を失う事など、できるわけがない。



「妖精の涙は……どこで手に入りますか?」

「本気で作るつもりかい? 妖精の涙がどうやって手に入るのか知っていて言っているのだとすれば、アタシはアンタを許さない」



 その言葉に私は「無知で申し訳ありません」と深く頭を下げると、セレスティアは溜息を吐いて私の肩に手を置いた。



「……妖精の涙は、アタシ達の病院にあるよ」

「本当ですか!」

「ああ、沢山ね」



 まさか本当に存在する素材だったとは知らなかったが、沢山あるのだと言うのならお金は幾ら払ってでも欲しいと頼み込んだ。

 しかし、セレスティアもプリポも苦痛の表情を浮かべてそれ以上言えないで居るようだ。

 それは何故――と思ったが、祖父は大きな溜息を吐き「金で買える素材ではない」と私を叱咤した。





「でもプリアさんが助かるのですよ! 妖精の涙さえあれば私は一週間もせずに必ず賢者の聖水を作って見せます!」

「落ち着けビリー」

「こんなに苦しそうなプリアさんを見て何故冷静で居られるのです!」





 悲痛な叫びだった。荒々しく息をするプリアさんの呼吸を聞いている今ですら、身体が引き千切られそうな程辛いのだ。

 そんな私を見た三人は、それでも妖精の涙の事を語ろうとはしない……。



「プリアさんを見殺しにしろと……仰るのですか? 分かりました……ではプリアさんの為にガラスの棺を用意します」

「ビリー待ちなさい」

「助からないと言うのであれば、せめて亡骸だけでも私の傍に――っ」



 続きを言おうとしたその時、プリポに頬を拳で殴られた。

 痛みは然程無かったが、泣き顔でグシャグシャの顔が目から焼きついて離れない。

 ああ……この泣き顔は見た事がある。

 プリアさんが初めて迷子になって、私から離れなかったあの時の――。





「妖精はっ……妖精は死ぬ時光に包まれて消えます! 光に包まれて消滅するのが妖精の死です! ガラスの棺なんて作っても中身は空っぽです!」





 その言葉に私が目を見開くと、プリポは更に言葉を続けた。



「でも……でもっ! それでも貴方にとってプリアさんが大事だと言う事は痛いほど分かる……僕だって一緒です! たった一人の妹です! 死んで欲しくないって思うに決まっているでしょう!? それでも安易な気持ちで妖精の涙を渡していいのか分からない……それが辛いのです」



「ですが、それがあればプリアさんは確実に助かります。お願いですプリポさん、私に妖精の涙を譲って下さい!」



 そう言ってプリポの前で土下座して頼み込むと、床に幾つもの涙が落ちる音が聴こえてきた……。どちらの涙かは解らない、私もプリポも泣いていたのだ。



「私はプリアさんを失いたくないのです……どうかお願いします!」



 再度二人に頼み込むように土下座すると、今度はセレスティアが小さく溜息を吐き、プリポさんに椅子に座るよう指示を出すと私に話しかけてきた。



「妖精の涙はね……妖精が本当に辛い目に遭って死ぬ間際、最後に流す涙の結晶の事だよ」

「死ぬ間際……」



「そう。色んな妖精を治療してきたけど……やっぱり人間は妖精の事を道具としてしか見てない所があってね。ぼろ雑巾のように扱われて捨てられる妖精もいれば、もう戦う事ができないからとその場に捨てられて……それでも必死の思いで雇い主の下に帰れば追い出され、ゴミ捨て場みたいな所に投げ捨てられる妖精も居る。

 一番酷いのは花の妖精さ……愛玩として扱われるだけならまだ良いんだけどね……ストレスの捌け口にされて顔の半分を火で炙られたり、体中鞭で叩かれて炎症を起こしてそのまま捨てられたりする妖精だっているんだよ。最後は心を病んで死ぬ事を選ぶ子だって多い」



 あまりの内容に言葉を無くし祖父を見つめると、だからこそ自分が活動しているのだと教えてくれた。

 祖父が度々言う数日外に出てくるという時は――そういった妖精を二人の下へと運んでいるのだと、この時初めて知った。





「よし分かった。アルベルトには借りがあるし、こちらの条件を呑んでくれるのであれば妖精の涙を渡す」

「本当ですか!」

「それで、条件と言うのは何なのだね?」

「そういった子達の涙を渡すんだからそれ相応の条件さ」





 はやる私と祖父をセレスティアが制し、まず一人の風の妖精をこの屋敷に雇って欲しいと頼んできた。その妖精は祖父が助けた妖精だそうで、いつも祖父の事を気に掛けていたのだと言う。

 そして二つ目、体が完治した妖精をこの屋敷に住まわせて欲しいと頼まれた。



「人から受けた傷は人からしか癒して貰えないんだよ。アンタ達みたいに妖精の事を理解している人に頼むのが一番安心できるし、なんだったらこの屋敷からどこかに妖精を派遣するっていうやり方だってできるだろう?」

「それもそうですね……と言っても私はプリアさんしか妖精を知りませんし、その辺りはお爺様に頼む事になってしまいます」

「ああ、構わんよ。その風の妖精にワシの補助をして貰おう」

「そんでもって三つ目」



 その言葉に私と祖父がセレスティアさんを見つめると――。



「……これからアンタ達に頼む妖精を家族と思って、温かく迎え入れて欲しい。妖精はね、本当に人間に裏切られて捨てられたとしても、殆どが心の底から憎む事ができない子ばかりなんだよ……そりゃぁ愚痴を言う奴も居るし憎まれ口を叩く奴だっているよ? 

 でもね、どうやっても人間から受けた傷は人間にしか治せないんだ。幸いプリアが助かればその辺りはもっとスムーズに動くことができる」



「プリアさんが……助かればと言うと?」



「アンタ本当に真珠色の妖精の事を知らないんだね。真珠色の妖精は心を癒す空気を沢山出してくれているんだよ。

 プリアは人があるべき姿、妖精があるべき姿を取り戻す為の、本当に大事な何かを呼吸するように出しているんだ。それに真珠色の妖精は家に幸福を呼ぶとされている。

 それで希少価値が高いんだよ。生まれてくる事すらレアな存在だからね」



「それ故に奇跡の妖精と呼ばれていて、短命な者が多い。理由はやはり、人の発する負の感情を浄化する為ではないかと言われている」



 その言葉に私は立ち上がると、本当に申し訳ない事だと分かっていながら条件を出した。

 それは――プリアさんの治療が終わってから妖精達を受け入れたいと言う申し出だ。

 それまでは賢者の聖水を作る事に集中したいし、何より……。





「家族を受け入れるのです。それ相応の家具やベッドも必要でしょう? 食卓にも沢山の椅子が必要になりますね。私が作業に集中している間、お爺様に手配をお任せします」

「いいだろう」

「それに派遣業務という事であれば、私の元から派遣されるのです。下手な雇い主の下へは遣わせませんよ。もし規約を破ればどうなるか、相手には死の恐怖を味わって貰いますのでご安心下さい」





 そう言うとセレスティアは「へぇ……」と笑い、続いてプリポも立ち上がって私に頭を下げると「宜しくお願いします」とだけ口にした。その様子を見た祖父は、私の肩に手を置き二人に微笑む。



「まぁこんな孫だが、一人で魔王を倒した男だ。雇い主も下手な真似はできんよ」



 その言葉に二人は目を見開いて私を凝視し、私は彼らに苦笑いを零した。





 ――それからは本当に怒涛の数日間だった。



 その日の内に馬車で病院に戻ったプリポが、妖精の涙を私に手渡してくれた。手に触れているだけで悲しくなるその妖精の涙は、錬金釜に入れると光りながら釜の中へと溶けていく。



 ――どれ程の辛い想いをしながら亡くなったのだろうか。



 その悲しみはずっと胸に刺さったまま……それでも私は両頬を叩くと賢者の聖水の製作に明け暮れた。



 本来なら一ヶ月は掛かる作業を一週間もせずに終わらせるのだから、それ相応の無茶は覚悟の上だ。自分に劇薬を使う事すら躊躇いはしなかった。飲めば寝なくてもよく、疲労も取れてしまうという薬を飲み続けた。

 劇薬を使い続ければ当然身体が悲鳴を上げる。それでもプリアさんの為にも私は自分の命を削る事を選んだ。



 その間、屋敷では妖精達を受け入れる準備が着々と進んでいる音が聴こえたし、プリポは薬ができるまでの間、屋敷にずっと泊まってくれた。



 ――残り二日と言う所で、賢者の聖水を無事作る事ができた。効果は最高級、曇りない透明。透き通った液体を瓶に注ぎ込み、悲鳴を上げる身体を引き摺って階段を上りプリアさんの部屋へ入った。やつれ切った私を見て驚いたプリポだったが、私は手にした小ビンを見せ、微笑みながら手渡すことができた。



「まさか本当に……」

「ええ……最高品質の賢者の聖水です」



 その言葉にプリポは私を強く抱きしめ、何度もお礼を言うと私の目の前でプリアさんの小さな口に賢者の聖水を飲ませていく。

 賢者の聖水が身体に入ると淡い光が放たれる、と本では読んだ事があった。プリアさんの身体から、毒素が抜けるように光りが淡く放たれては消えていく……。

 私も痛む身体に鞭打ち、プリアさんの小さな手を握り締めると――。



「プリアさん、戻ってきて下さい……私の元へ」



 その言葉にプリアさんの小さな指はピクリと動き、小さな指で私の指を掴んだ。ゆっくりと開かれる瞳は見たくて堪らなかった漆黒の瞳……。



「プリアさん……」

「ビリちゃ……」

「ああ……もう貴女という方は心配掛けて……」



 自然とポロポロと涙が零れ落ちた……それでも笑っている自分がいたのだから驚きだ。

 薬が身体に浸透したのだろう、胸の辺りから淡い光の玉が出てくると、フワフワと浮かんで弾けて消えた。

 途端飛び起きたのはプリアさんだ。私に飛びつくと強く抱きしめてくれた。

 小さな身体、プリアさんの匂い……何度も私の名を呼ぶプリアさんを抱きしめると、気が抜けた私はそのまま倒れこんでしまった。



 遠くでプリアさんが私を呼ぶ声が聞こえる……でもその声を聞けただけで満足してそのまま深い眠りについてしまった。


+++

既に執筆完了している小説を、2018年5月1日から土日どちらか休みを貰い毎日UPしていきます。

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