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3 「くふぅ……っ」

 無駄に顔が広い祖父のお陰で、錬金術の依頼のために屋敷まで来る客も増えてきた。



 元々有名な冒険者であった祖父の噂は今でも健在のようで、祖父目当てに依頼を申し込む人も多数屋敷に訪れる。それだけならまだしも、私が一番気に入らないのはプリアさん目当てでやってくる客がいるという事……。

 おまけに鳳亭に行く回数もめっきり少なくなってしまい、ストレスが溜まっていた。



 そんな日々でも、プリアさんと過ごす時間は出来るだけ取るように心がけている。例えば一緒にご飯を作るという事のもその一つだ。



 ただ、プリアさんは料理が得意ではないようで、包丁をまな板に突き刺した時は冷や汗が流れた。

 お皿も何枚割ったかはもう数えてはいない。彼女のウッカリレベルは相当高いのだ。



 それでも錬金術には他よりも長けているようで、疲労回復効果の高いドリンクを作ってくれた時は助かった。味はプリアさんがアレンジしたそうでリンゴ味だった。



「――甘くて美味しいです!」

「良かった! 魔法のリンゴ味だよ!」



 そう言って微笑むプリアさんの可愛さが一番私を癒してくれる事を彼女はまだ知らないだろう。まるで胸に蝋燭が灯るように温かくなる……彼女の優しさが愛おしい。





 そんなある日、屋敷の玄関を蹴り飛ばすようにして入ってきた客がいた。

 もうその時点で依頼を受けることは無いだろうと思ったのだが、客はズカズカと工房に入ってくると、対応しようとしたプリアさんを蹴り飛ばしたのだ。



「邪魔なんだよ、ウロウロすんなや」



 その言葉を、行動を目にした時……私はプリアさんを抱かかえると一歩前に出る。





「うちに何の御用でしょう?」





 祖父から言われて初めて知った事だが、私は魔王の返り血を浴びて【威圧】と言う呪いを受けている。これを良い事にこれでもかと言わんばかりに相手を威圧した。



「礼儀礼節のできていないお客様のご依頼は受けないようにしております。今すぐお帰り下さいませ」

 そう言って工房のドアを開け微笑むが、男は震えて汗を流しながらも帰ろうとしない。



「お客様」



 ――最後の警告。



 これが分かるように威圧したが、男はその場で泡を吹いて倒れてしまった。

 この威圧スキルは使い方によってはとても便利だが問題もある。

 祖父のようなレベルの高い人物には効果は薄い所か、異変を感じ取って祖父が工房へと駆け込んでくる始末だ。



「そのゴミを屋敷の外へ投げ捨てて下さると助かります。プリアさん大丈夫ですか? 怪我は?」

「ん……平気」



 そうは言ったものの歪んだ表情は見逃さない。

「ちょっと失礼しますね」と言ってスカートを少しあげると、膝を擦り剥き血が流れているではないか。それにギュッと握り締めている手をゆっくり解くと、そこからも血が流れている……。

 殺してしまおうかと剣を取り出すとプリアさんが両手を広げて自分を蹴った相手を庇った。



「何か事情があったんだよ! 殺したりしたらダメだよ!」

「ですが、プリアさんにこんなに痛々しい傷を付けた相手ですよ!?」

「ビリー落ち着きなさい」



 普段から冷静さを失わないようにしてきたのに、プリアさんの血を見た途端激高してしまった……一旦深呼吸してから立ち上がると最高品質の傷薬を手にし、プリアさんの傷口に丁寧に塗って行く。

 元々依頼品ではあったが、今はそんな事はどうでもいい。



 痛々しい傷跡が残らなければ良いと切に願いながら傷口を治すと、私も祖父もホッと息が吐けた……こんな時、自分が回復魔法を使えない事を恨めしく思う。



 事情を聞いた祖父は私と同じくらいに怒り、泡を吹いて倒れている依頼者を屋敷の外に投げ捨てると、大きな音を立てて屋敷の玄関を閉めた。



「さぁ! 今日はもう店は休業! 嫌な事があった時はどうするべきか分かるかな?」

「温かいお茶を飲む!」



 祖父の言葉にプリアさんが挙手してそう口にしたが、祖父は首を横に振った。



「それも良いだろう。しかし最近プリアも不満に思っている事がある筈だ」



 祖父の言葉に目を見開くと、私は顔を伏してモジモジしているプリアさんを見つめた。私が不甲斐ないばかりにプリアさんはストレスを抱えているのだと思うと胸が締め付けられる……。

 プリアさんに歩み寄り、跪いて顔を上げさせるとプリアさんは上目使いのまま言いにくそうにしている。



「プリアさん、何かして欲しい事があるのなら遠慮なく言って下さい」

「……迷惑になるかもしれないし」

「それは私が決める事です」



 そう口にすると、プリアさんは大きく深呼吸した後、私の袖を掴んで小さく口にする。



「……街に行って一緒に屋台で何か食べたいなって。でもビリちゃんいつも忙しそうだから言えなくって……ごめんなさい」



 そんな小さなお願いを申し訳なさそうに口にするプリアさんを抱きしめると、祖父は私の頭をコツンと叩き「行って来い」とだけ口にした。

 確かにここ最近忙しかったのは事実だが、やはり私と同じように一緒に出掛けたいと思っていてくれた事は嬉しかった。



「では、今日は何を食べましょうか」

「一緒に行ってくれるの!?」

「ええ、好きなものを買って差し上げます」



 その一言に目は輝き、本当に嬉しそうな表情を見せてくれる。私もプリアさんに微笑むと、玄関の前で支度をする。プリアさんは彼女用のポンチョ、私はコートを羽織って出かけることにした。

 祖父は家で留守番をしてくれる事になり、本当に久しぶりに二人きりでの外出となった。

 これは祖父に感謝しなくてはならない。



 秋晴れでも、冬がもうそこまで来ているのが分かる肌寒さに、プリアさんの手はいつもより少しだけ熱いような気がする。気のせいかもしれないとは思ったが、プリアさんは鼻歌を唄いながら嬉しそうにしている為、家に帰ってから体調の事を聞こうと決めた。



「さて、今日は何を食べましょうか」

「ん――っとね」



 冬になりかけのこの時期は秋の味覚が本当に美味しい季節でもある。何よりプリアさんはキノコが大好物だ。夜はキノコたっぷりのスープでもいいかもしれない、きっと喜んで食べてくれるだろうと思っていると――。



「ようビリー」

「鳳亭のおじちゃん!」



 こんな時に限って現れたのは、プリアさんを保護してくれた鳳亭の酒場の主人だった。

 久々の外出、久々の屋台を二人きりで堪能しようと思っていた矢先、あまり出会いたくなかった人物トップに君臨するだろう。



「今日は二人で買い物か?」

「ええ、少々買出しなどもありまして」

「ところでプリアちゃんは腹を空かせてないか?」



 ――やはり来たか。

 この店主は兎に角プリアさんに料理を食べさせたがる。この情熱には困ったものだ。



「いや、別に食べに来て欲しいなんて言ってないぞ? プリアちゃんがコレを見てもそう言えるのなら……話は別だがな?」





 そう言って袋から取り出したのは……大きな新鮮シイタケ!

 バッとプリアさんを見ると、目は輝きシイタケにクギ付けになっている……!





「今からコイツに美味しい特性タレをつけてだな……炭火でジュッと焼いて鰹節を振りかけてぇ……更にはコイツだ! エリンギバターも作ってしまおうかなぁ!」

「くふぅ……っ」



 最早その言葉だけで震えながら唾を飲み込んでいるプリアさん……こうなっては鳳亭に行くしかないだろう。



「分かりました、それだけ美味しそうなキノコをプリアさんに見せられてしまっては、屋台で何を食べても頭の中からキノコが消えないでしょう。全く、酒場の主人も人が悪い」



 大きく溜息を吐いたものの、無類のキノコ好きなプリアさんはそんな会話よりも「キノコキノコ」と連呼している。



 酒場に向かうと、既に昼を過ぎたと言うのに沢山の冒険者や常連客で溢れかえっている。

 この鳳亭はヴァルキルト王国でも有数の酒場の一つであり、酒場の主人自体も客を選ぶと言う徹底振り。変な冒険者や常連客は居ない所が少しだけ安心できる要素だ。



 酒場の主人が店に入ると、奥の厨房から主人の奥さんも登場し、プリアさんを見ると目を輝かせてカウンターから出てくる。真っ先にプリアさんを抱かかえて「良く来たね~」と抱きしめた、その時――。



「あら? プリアちゃんちょっとお熱があるんじゃない?」

「熱ですか?」

「ほら、おでこも頬っぺたもいつもより熱い気がする」



 その言葉に私も咄嗟にプリアさんの額と頬を触ると確かに若干熱いような気がする……。



「身体はだるく無いですか?」

「大丈夫だよ?」

「それなら良いのですが……」

「風邪は万病の元だよ? ちょっと待ってなさい、身体が温まる生姜湯を作ってきてあげるから」



 そう言うと女将さんも厨房に走って行かれ、私とプリアさんは椅子に座るとメニューを開きながらどれを食べようか決めている。プリアさんはキノコ料理中心で、私も同じ物を注文し、追加でサンドイッチを注文する事にした。

 隣の席に座っていた常連客らしき老人が私の肩をポンポンと叩き首を横に振る。一体どうしたのかと思うと……。





「あの夫婦にはな、二人子供が居たんだが下の娘さんが丁度プリアちゃんくらいの時に流行り病で亡くなっているんだよ」

「……そうでしたか」

「それは可愛い子だったよぉ……店の手伝いもしていていつも笑顔で。風邪一つ引いたことが無いその子が熱を出してねぇ……流行り病だと知った時には手遅れで」





 だからあんなにもプリアさんの事を大事にしてくれているのかと思うと、何とも申し訳ない気持ちになった。しかし祖父からは妖精は風邪を引かないと聞いた事がある。ならこの微熱は一体……。



 そんな事を考えていると、酒場の主人は大量のキノコ料理とアップルパイをテーブルに並べ始め、さらには絞りたてリンゴジュースまでつけてきた。その上、奥からは生姜湯を作ってくれた女将さんまで来るのだからテーブルの上はとんでもない状態だ。



「こんなに沢山食べ切れるでしょうか」

「食べきれない分は持ち帰りさせてやるから、兎に角プリアちゃんはシッカリ栄養を摂ること! 熱ほど恐ろしいものは無いんだからね!」



 好意に感謝しながら食べ始めると、やはり美味しい。

 私にとって、酒場の主人は料理に関してはライバルだと思わざるを得ない瞬間である。



 特にプリアさんはいつも以上に……いや、いつもなら残してしまう量の食事にもかかわらず、沢山食べ過ぎているような気がする。



 やはり大好きなキノコだからだろうと思いながらも、プリアさんは私の分のキノコまで食べ尽くしてしまった。流石にアップルパイまでは入らなかったようだが、そちらはお持ち帰りさせて貰える事になった。しかし、リンゴジュースまでおかわりまでしてしまうのだから、やはり食欲の面で言えばいつもと違うようだ。



 食事を終えて支払いを済ませはしたものの、アップルパイとリンゴジュース、生姜湯に関してお金は要らないと言って頑なに拒否する酒場主人。しかし――。



「良いかビリー。プリアちゃんの風邪が治ったら必ず報告に来てくれ。それだけ守ってくれるなら、それが追加分の代金だ」

「分かりました。プリアさんの熱が下がったら一緒にまたキノコ料理を食べに来ますよ」



 そう約束をしている隣で、酒場の女将さんはプリアさんに木彫りの何かを手渡していた。

 それは古くからヴァルキルト王国に伝わる厄除けのお守りだ。





「これはね? 娘の時に持っていた物なんだけど……プリアちゃんにお守りね」





 そう言ってプリアさんの首に掛ける木彫りのネックレスは、大事にされてきたのだろうと言うのが十分に分かる程綺麗だった。

 そんな大事なものをプリアさんにくれるのだから酒場夫婦がどれだけプリアさんを心配しているのか伝わってくる。



「祖父が妖精研究家ですので、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。それに、帰ったら祖父に頼んで妖精を診て下さると言うお医者様をお呼びします」

「ああ、急いで診察して貰ってくれ」

「プリアちゃん、また元気になったら顔を見せに来てね」

「はぁい!」



 私はプリアさんを抱かかえると急ぎ屋敷へと戻り、ソファーで眠る祖父を叩き起こした。

 祖父はプリアさんに熱がある事を知ると、その足でコートを掴んだまま玄関を飛び出し、私はプリアさんの部屋に入るとパジャマに着替えさせベッドに眠らせた。



 ――先程より熱が上がっている気がする。



 あの祖父の慌てる姿は早々見られるものではない。それも、顔面蒼白で飛び出して行ったのだからただ事ではないだろう。



 ――何か悪い病気ではないだろうか。



 悪い予感は的中し、次第にプリアさんの目は虚ろになっていった。私としても氷嚢を用意して熱を下げさせるしか今は方法が無い。

 考えあぐねていると外から馬車が泊まる音が聴こえ、祖父と一組の男女が玄関を開けて入ってきた。



 階段を駆け上がり、私を押しのけプリアさんの部屋に入る二人こそが妖精を診てくれるという医者だろう。祖父も心配そうに見つめる私の肩に手を置き、何故か今にも泣き出しそうな表情で見つめてくる……。

 その時だった。



「……プリア?」



 男の医者がプリアさんを見つめて手を止めた。

 知り合いかと思ったが、どうもただの知り合いというには様子がおかしい。



「……お兄ちゃん?」



 意識が朦朧としているプリアさんの声、でもハッキリと男性の顔を見て「お兄ちゃん」と口にしたのだ。しかし彼はどうみても妖精ではなく人間だ。ずっと前の持ち主かとも思ったが、それも違う様子……。



「プリポ、気になるだろうけど先に診察しないと」

「そうですね」



 そう言って、心配する私達を気にする様子も無く二人はプリアさんを診察していく。

 一体どんな病気なのだろうか。悪い病気で無ければいいが心配で手が震えてくる。その様子は祖父も一緒で、祈るように両手を組んで「神様どうか」と口にしている……。

 診察はすぐに終わったが、プリポと言う医者は両手で顔を覆い動く事ができないようだ。



「それで……病状は?」



 私がそう問い掛けると、プリポと言う医者を気遣ってか女性の医者が私達へと歩み寄り、首を横に振る。それは一体何を意味しているのだろうか……。



「妖精インフルエンザ。発症したのはいつだい?」

「熱が出始めたのは今日の朝だと思います」

「そうかい……だとしたら、もって後一週間だね」



 その言葉に祖父も私も目を見開くと、女性の医者は溜息を吐いて妖精インフルエンザの事を教えてくれた。


+++

既に執筆完了している小説を、2018年5月1日から土日どちらか休みを貰い毎日UPしていきます。

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