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2 「お帰りなさいませ、お爺様」

 ++祖父視点++



 孫であるビリーが魔王討伐の勇者一行に着いて行くと知った時、ワシもたった一人の肉親と言う事もあってその一行と会うことができた。



 いかにも女遊びが激しそうで軽薄な勇者を筆頭に、見た目は麗しいがお世辞で半人前とも言えない僧侶、そして自信満々の戦士に、精神的に弱そうな魔法使い。



 面子を見た時から話かっていた事だが――孫であるビリーには、絶対に合わない。



 ビリーはある事件を境に表情が読み取れない子供になった。

 何事も淡々とこなし、ワシが無理難題を突きつけても意地でそれをクリアしてしまう。



 その為、挫折を知って欲しくて、けれどワシよりもずっとずっと強くなって欲しくて、本当に無茶な難題も突きつけたのは懐かしい記憶と言うべきだろうか?

 しかしその難題すらクリアしてしまい、幾ら怪我をしようと、例え死に掛けようとも、痛みで顔を歪ませる姿すら見せた事が無かったビリー。



 そのビリーがあの面子を見た時、本当に嫌そうな表情をしたのは今でも鮮明に覚えている。

 ワシとしてもこの一行が魔王を倒せるとは到底思えなかったが……。





『お爺様は私の事などお気になさらず。好きな事をしながら待っていて下さればいいです。そうですね……土の妖精の事でも調べに、旅に出たらどうです?』





 そう口にしたビリー。

 ワシには、もう戻ってくる事が無いのだから自分の事は存在しなかったのだと思えと言われているように感じた……。

 それから数ヶ月……もう肉親は居ないのだという喪失感と戦いながらも、土の妖精について調べる為に各地を巡っていたある日、空を覆っていた雲が晴れた。



 ――魔王が倒されたと言う証!



 その事実が、ワシをヴァルキルト王国に戻らせる切っ掛けを作ってくれた。

 孫は無事か否か……無事である事をひたすら願いながら王国に戻ると、とある酒場前で錬金術師が真珠色の妖精を連れている噂を耳にした。



「真珠色の妖精!? どんな錬金術師が持っていたのだね!」



 思わず酒場の扉を開けて叫ぶと、驚いた店主からは包丁を投げつけられたが、それを華麗に避けて店主の下へと駆け寄った。



 すると、ビリーという名の錬金術師がプリアという名の可愛らしい真珠色の妖精を連れている事を教えて貰えた上に、二人が今住んでいる場所まで教えて貰えたのだ。



 お礼を言うとワシはその足でただ走った。

 孫が生きていると言う喜び、そしてあまりにも希少価値が高い真珠色の妖精。

 二人が住んでいると言う大きな屋敷の前に辿り着くと、兎に角階段を駆け上がり、玄関の扉にいたっては轟音を立てて開いてしまった。





「ビリ――!!」





 最早叫び声に近かった。



 だが本当に孫のビリーであるのかどうかさえも分からない……息を切らし屋敷を見渡すと、玄関から近い部屋のドアが開いた。そしてそこには間違いなく孫であるビリーが立っていたのだ。



「お帰りなさいませ、お爺様」



 淡々とした、まるで業務連絡をしているかのような口調。

 薄い金色の髪は後ろで一つに結ばれ、切れ長の群青色の目……孫が無事に帰ってきたと言う事をやっとここで確認する事ができた。



「帰ったと言う噂を聞いてね! 無事で何よりだ!」

「ご心配ありがとう御座います」

「時に面白い噂を聞いてね。真珠色の妖精をお前が持っていると」



 その言葉にビリーは眉を寄せると腰に掛けていた剣を取り出しワシに向けて来た。

 どうやら怒らせてしまったようだが、今までワシに対し剣を向ける事など無かった為に物珍しくもあった。



「持っているなどと言う言い方は止めて頂きたいですね。彼女は私の大切な方です」



 ――彼女は大切な方。

 その言葉に思わず表情が綻んでしまったのは許して欲しい。



「おお……それは悪い言い方をしたな。済まなかった」

 そう言って深々と頭を下げたその時だった。



「ビリちゃんどうしたの?」



 幼い子供の声……透き通る鈴の音のようなその声に、声の主を探すと五歳くらいの少女が目に飛び込んできた。

 それは正に真珠色の髪をした、漆黒の大きな瞳を持つ可愛らしい少女。

 彼女こそが真珠色の妖精だと脳に伝わるまで少しの時間が掛かるほどだった。



「お……お客様に剣を向けちゃダメだよ!!」

「お客ではありません。私の祖父です」

「これが噂に聞く真珠色の妖精……」



 生きている間に会えるとは思っても居なかった、奇跡の妖精……。



「お爺様、プリアさんにはあまり近寄らないで下さい」

「何を言う! 真珠色の妖精がいかに貴重かお前は知らないのだ!」

「お爺ちゃんはビリちゃんのお爺ちゃんなの? 初めまして! プリアです!」



 その言葉とあまりにも愛らしい表情に、伸ばしかけた手が止まった。



 花の妖精は愛らしい見た目で愛玩として好まれる妖精ではあったが、ここまで愛らしい花の妖精を見るのは初めてだった。



 真珠色の髪はフワフワとしていて、首元でクルンとカールしている上に、漆黒の大きな瞳は穢れを知らない純真無垢な眼をしている。



 柔らかそうな頬は触ればやみ付きになるであろうと容易に想像できたし、小さな手足も保護欲を掻き立てるには十分過ぎた。





「ビリちゃんお茶を用意しないと!」

「ああ、そうですね」

「客間に案内します!」





 そう言ってワシに頭を下げるプリアに、ワシは自分の中で時が止まっていた事を知る。

 そして孫をジッと見つめると、あんなにも表情が分からなかったビリーが嫌そうな表情でワシを見ていたのだ。



「何です?」

「いや? お前も人の子だったのだなと思って」

「当たり前でしょう? 私は人間ですよ」



 呆れたように口にして去っていくビリーに、声を出して笑うとプリアはワシの服を引っ張り客間へと案内してくれた。

 まるで機械のようだった孫があんなにも人間味溢れる表情をするとは……このプリアという真珠色の妖精の力がなせる業なのか否か。



 客間に案内されると、ワシはプリアを抱っこして膝の上に乗せた。

 キョトンとした表情も可愛らしいが、何より服装だ。きっとビリーが選んでいるのだろうが、可愛らしいフリルの服にヒラヒラで真っ白なエプロンをつけている。

 髪留めは後ろで止まるようになっていて、大きな赤いリボンがまた似合っている。



「お爺ちゃんはずっと旅をしてきたの?」

「そうだよ?」

「立派なお髭!」



 そう言って小さな手で触られるのは何とも心地が良いものだ。

 花の妖精は今では愛玩として飼われるにしても、相当な金持ちしか手に入れることができない妖精だ。 

 しかもこんなにも愛らしい上に真珠色の妖精ともなれば、元の持ち主はどれ程の金額を出して手に入れたのか想像すらできないし、プリアを手に入れる為にビリーがどれ程の無茶をしたというのか興味が沸いてくる。



 昔は一人だけ……我が家にも花の妖精が住んでいた事はビリーに話してある。

 我が家に居た花の妖精の事をビリーは忘れてしまっているが、今はプリアが傍にいてくれる。

 もしかしたら無意識に心の傷を癒しているのかも知れない。



「お爺ちゃんもこれから一緒に住むの?」

「どうだろうなぁ……ビリーが許してくれれば良いのだがなぁ」

「じゃあ私からもお願いしてみる!」



 本当に純真無垢と言うか何と言うべきか……プリアはとても素直な心を持った花の妖精のようだ。

 そう思った時、客間の扉が開きビリーがお茶と茶菓子を持ってきた。ワシがプリアを膝の上に乗せているのを見た途端、眼の色は怒りを含んだ色に変わり、片手を上げると上級魔法の炎の玉ができ上がっている。



 おや……これはお爺ちゃん死んじゃうかな?

 儚い人生だった……だが満足だ。

 と、思った次の瞬間――。



「ビリちゃん、人肉はこんがり焼いても美味しくないと思うよ?」

「……そうですね」

 ――その一言でワシは命拾いをした。



 その後、プリアの必死の説得の元、ワシは二人と一緒に住める事になった。

 ビリーにとっては面白くない話だったようだが、プリアによる「家族一緒が一番幸せなんだよ!」と言う両手を腰に置いて叱り付けると言う仕草にノックアウトされたようだ。



 しかしワシとしてもこの好機を逃す訳にも行かない。



 奇跡の妖精と呼ばれる真珠色の妖精を観察できるのだから、こんな機会は今後一生訪れることは無いだろうと分かっていたからだ。

 だが、一緒に住むビリーはワシに条件を突き出してきた。



「一つ、プリアさんにあまりベタベタしない事。二つ、興味本位でプリアさんに近寄らない事。三つ……」

「待ちなさい、ビリー。それは一言で言えば……」

「ええ、必要最低限でしか近寄らないで頂きたいですね」



 バッサリと切り捨てる言い方にワシは頭を抱えた。いつの間にワシの孫はこんなにも独占欲を丸出しにするようになったのだろうか。





「改めて、三つ……プリアさんを何があっても守る事」





 ――その最後の言葉には、強い意思を感じた。



 確かに真珠色の妖精と言う事を抜きにしてもプリアはあまりにも可愛すぎる。

 危険はどこに潜んでいるかも分からない……。キョトンとした表情でワシとビリーを見つめるプリアは、部屋に漂うこの空気を理解できないでいるようだ。



 ワシはこう見えても王国騎士団隊長を打ち負かした実力がある。



 年に一回、腕利きの猛者達が集まる大会での出来事だが、今の王室騎士団隊長にしてもワシを倒すことは不可能だろう。そんなワシに幼少時代から徹底的に鍛えられてきたビリーは、今ではワシよりも強いと確信している。



 今にして思えば、そういった大会に出た事も優勝もした事の無い者が勇者として旅に出たのだから、あの腑抜けた勇者もそれなりには鍛錬したという事だろう……。



「分かった、ワシもお前と一緒にプリアを守ろう。約束する。なぁに、心配はいらんよ。妖精を診てくれる医者の知り合いもおるし、ワシはこれでも妖精研究家だぞ?」

「そういえばそうでしたね。それに、妖精を診てくれるお医者の知り合いがいらっしゃる事は私としても安心できます。無駄に顔が広いお爺様を持つと色々と助かりますね」

「はっはっは!」



 皮肉たっぷりの言葉だろうが、昔はそんな事すら言わなかったのだから随分と丸くなったものだ。勇者一行と共に魔王を倒したのだから精神的に余裕ができたのかも知れない。



 そう言えば凱旋パレードなどは無いのだろうか。それとも既にそういった祝い事が終わった頃に到着してしまったのだろうか?



 今更ではあるが、街を走る中でそういった話を一切聞かなかった為、不思議に思った。勇者一行の一人だったのだからビリーの錬金術師としての腕前も国中、いや、世界中に知れ渡っていてもおかしくは無い筈なのだが……。



「所でビリー、勇者一行による凱旋パレードには参加したのか?」

「凱旋パレードなんて行いませんでしたよ」

「そうか……世界中の空を覆っていた闇が晴れたのだから、ドルセ国王もそれくらいは国を挙げてやればいいものを」

「したくてもできないのですよ」

「何故だね?」



 改めて不思議に思ったワシが問い掛けると、ビリーは微笑を称えたままこう口にする。





「魔王を倒したのは私だからです」

「まさかそんな事が……他の勇者達はどうしたのかね?」

「勇者という名のゲスと売女僧侶なら足手まといでしたので私が殺しました」





 思いもよらぬ言葉にワシが目を見開くと、ビリーはプリアにお菓子を手渡した。



「ご安心下さい。戦士は敵の魔法で弾け飛ぶように押し潰されて死亡。魔法使いは麻薬中毒で事故死です」

「安心もなにも……ドルセ国王は? 他の重鎮達もそれで納得する筈が……」

「ええ、ですので彼らの首と魔王の首を持ち帰ってお見せしましたし、事細かに、思念映像込みでどういった状況だったかもお見せしました。最後は皆さん納得されていましたよ」



 微笑のまま淡々と語るビリーに、ワシですら恐怖を覚えた。

 たった一人で魔王を倒し、その上勇者を殺したともなれば凱旋パレードのしようも無いか……ドルセ国王はある意味英断したのだと納得した。



「それで、報酬は何を貰ってきたのかね?」

「一生遊んで暮らせる金と何か起きた際に国政へ干渉できる権利、三回まで使える国への命令権とこのお屋敷。そして……プリアさんです」



 その言葉で初めてプリアが元々ドルセ国王の所有物だったと知り、ワシは驚きを隠せなかった。各国の国王達は妖精を所有物として持ってはならないと言う決まりがあるからだ。

 どこでプリアの存在を知ったのか気になり問い掛けると、意外な言葉が返ってきた。



「そうですね……とある村でのお婆様との会話で。別の村から逃げ延びてきた方でしたが、その方が言うにはドルセ国王が真珠色の妖精を必死に手に入れようとして居た事と、そのお婆様自信がプリアさんを一時期世話していたのだと教えて頂きました。ドルセ国王が所持している事はその方からお聞きしましたよ」

「ふむ」

「そのお婆様から、プリアさんを救い出して欲しいと言う依頼を受けましたし、それにお爺様が昔、我が家に花の妖精が住んでいたと仰っていたのを思い出して、助け出してやりたいと思ったのです。それで邪魔な二人を殺してから一人で旅をして魔王と戦いました。その話を聞かなければゲス共を捨ててどこかの村でひっそりと生活する事も考えたのですけれどね」



 それだけの理由で魔王を一人で倒すビリーは凄いが、目的を果たした今は静かに暮らしたいのだと語っている。確かに荒んだ面子と一緒に居たのだから静かに暮らしたいと願うのも致し方の無い事だろう。



「これからはお爺ちゃんも一緒に住むが、宜しく頼むぞ」

「お任せあれ!」

「もう! プリアは本当に可愛いなぁ!」



 小さな手を伸ばして返事をしたプリアを抱きしめようとしたが、そこは流石ビリー……ワシの伸ばした手よりも先にプリアを抱き上げてしまった。



「セクハラですよ」



 冷たい一言に冷たい視線……そしてきっと本人は気づいていないであろうこの威圧は、人間が発せられるモノではない。

 魔王の返り血でも浴びてしまい、うっかり呪いでも貰ってしまったのだろう。

 だがその威圧はプリアには効いていないようで、キョトンとした表情でビリーに抱きかかえられている。これも真珠色の妖精の力だろうか?



「それよりお部屋へと案内します。お風呂にも入って頂かねば困りますよ」

「おお、それもそうだな」

「服は私が洗いましょう。吸水紙と言う道具を作ってからは雨の日でも洗濯ができるのです。楽で助かりますね」

「あっと言う間に服が乾くのは助かるね~」



 そんな会話をしながら歩くビリーの表情はどこか明るい。

 世界は平和のなったのだから、これからはゆっくりと錬金術に没頭できるのも大きいだろうし、何よりプリアが傍に居てくれるのだからそれだけで人生薔薇色だろう。

 そう思ったワシが後ろで孫の成長を静かに見守ろうと決めたその時――。



「それでお爺様のお部屋ですが」

「おお、どこになるのかね?」

「地下牢なんかお似合いかと思いますがどうします?」



 目が笑ってない。

 ワシは「できれば普通の部屋がいいかな」と苦笑いすると、ビリーは小さく舌打ちし、ちゃんとした一室を貰う事ができた……。きっと今のはアレだ。

 夜プリアの部屋に忍び込むなよと言う脅しも入っているのだろう。

 何とも分かり難いようで伝わり易い独占欲。



「安心しなさい。プリアの部屋には有事の際にしか入らないから」

「ええ、是非そうして下さい」



 孫の恋も応援したいが前途多難……それでもゆっくりと見守って行こうと決めた。



+++

既に執筆完了している小説を、2018年5月1日から土日どちらか休みを貰い毎日UPしていきます。

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