15 「……妖精が実験に使われる事は、昔からよくあったのです」
突然の出来事に何度もプリアさんの名を呼んだが反応は無い。
すぐに城の救護室へと運ぶが、医師達ではどうする事もできない状態だった。
ここの医師が無能なだけなのか、もしくは人が拒絶してしまう程の何かがあるのか。
私は馬車を用意して貰うと家路を急ぎ、祖父にプリポを呼ぶように頼むとプリアさんの部屋に向かって彼女をベッドに運ぶ。倒れてから時間は経つが、未だ意識が戻らない。浅い呼吸を繰り返し、額には汗が滲んでいる。
最初は世界樹の実を取り込んだ際の副作用かと思ったが、どうも違う気がしてならない。
暫くするとプリポと祖父、そしてアンゼさんが部屋に駆け込んできた。プリアさんの右手に世界樹の実が埋まっているのを見たプリポは目を見開き「何と言う事をっ」と搾り出すかのように言葉を発した。
「呪われた世界樹の実を使ったのですか!?」
「女王から受け取った箱から飛び出し、次の瞬間にはプリアさんの手に取り付いたのです」
私の言葉に祖父もアンゼさんも、そしてプリポも言葉を無くし、プリアさんの小さな手に埋まった世界樹の実を見つめた。
しかし、私が呪われた世界樹の実だと言わなくともプリポはその事に気がついた……この場で私だけがおかしいのかとうろたえたが――。
「ビリーは魔王の呪いを受けているから分からないかもしれないな。この実からは邪悪な気配を感じる。聖水を使ってもこの気配は消えることは無いだろうな……」
「呪いの世界樹の実をその身に宿せば寿命を削られます!」
プリポの言葉に目を見開くと、彼は涙を流しながら「もうどうする事もできない」と口にした。
やっと見つかった世界樹の実なのに、寿命が削られる……?
彼の言葉が何度も頭の中で反響し、私は崩れるようにして椅子に座り込む。
ふと、部屋の隅にドロドロとした何かの塊が蠢いているのが見えた。
人の形をしたナニカは、クスクスと笑うと消えていく。
私と同じものを見たのだろう、アンゼさんは祖父にしがみ付くが、次は小さな女の子の声が部屋に響いてきた。
『おともだち、おともだち、うれしいな。ひろいおへや、うらやましいな』
その言葉に反応するかのように、プリアさんは薄っすらと目を開けた。
『ずっとずっと、おともだちだよ?』
「お友達……?」
「プリアさん返事してはなりません!」
そう言ってプリアさんの口を塞ぐが、小さな女の子は嬉しそうな声を上げ、消えるような声で小さく囁いた――。
『もう、はなさない』
その言葉を最後に声は聞こえなくなる――今のやりとりが契約となったのだろうか?
不安は尽きないが、今はプリアさんの浅い呼吸を落ち着かせる手段と、呪いの世界樹の実について調べるしかない。
ヴァルキルト女王は実験内容が残っていると語っていたし、そこに手掛かりがあるかもしれない。実験内容が記載された物を渡すように女王宛に手紙を書いて祖父に手渡すと、祖父は委細承知とばかりに急いで城へと向かった。
――妖精を使った実験。
――そして呪われた世界樹の実。
実験の内容が分かれば、何かしら対応できるかも知れない。希望があるとは言えないが、それでも何とかするしかないだろう。
そう思う私の隣、吹き出る汗をタオルで拭うプリポの表情は険しい。
容態の安定すらおぼつかないのかもしれない。私が世界樹の実を欲しがらなければこんな事にはならなかったのに――。そんな自己嫌悪に陥っていると、プリポは私を心配してか小さく口にした。
「……妖精が実験に使われる事は、昔からよくあったのです」
思わぬ言葉にプリポを見ると、小さく息を吐き続けてこう口にする。
「新薬の研究、移植技術の研究、人間が生きる為に妖精を犠牲にする事は当たり前のように行われていました。ですが、世界樹の実を使った実験は聞いた事はありません。
妖精が使われていた実験以外にも何か……例えば、人間を使った世界樹の実の実験も行われていた可能性は否定できないのです。
世界樹の実が人間の願いを叶える事ができるかどうかの研究が行われていた可能性はあります。」
確かにあの拷問部屋には多種多様な拷問器具が置かれていた。人間に対して使うことも出来ただろう。しかし、実際に世界樹の実が人間の願いを叶える事は可能なのだろうか?
「……憶測で考えても仕方ありませんね。アルベルトさんが実験内容の書かれた書類を持ち帰らないと考えられない問題でもありますし……その間プリアの身体が負荷に耐えられるかも問題です。気休め程度ですがプリアの周りに聖水を置いて貰えますか?」
そうプリポが口にすると、アンゼさんが工房へ走り幾つかの聖水をプリアさんのベッドの周りに置いてくれた。
ヴァルキルトでは呪いを受けた者の周囲に聖水を置くという慣わしがあるが、それもどこまで効いてくれるか分からない……せめて二重の結界にしようと部屋の四隅にも聖水を置いたが、透明な聖水はすぐに真っ赤な血の色に染まる。
聖水が気休め程度にも効かないとは……余程強い呪いだという事がすぐに分かる。これほど強い呪いを受けているプリアさんの負担は想像を絶するものだろう。
「う……」
「プリアさん!」
小さくうめき声を上げたプリアさんに駆け寄ると、両手で何かを振り払っている。
何度もプリアさんの名を呼んだが、プリアさんは目を開ける事はなく、荒い呼吸のままうなされるように「やめて」と何度も口にした。
その時、私はとあるアクセサリーの存在を思い出す。部屋を飛び出して工房へと向かい、倉庫の引き出しから取り出したのは【Caro laccio】という宝石がついた指輪。
この宝石はプリアさんに送ったネックレスの裏側にも入れ込んであるものだが、プリアさんへ送った物とは別に、自分用にも作っていたのだ。
本来の使い方は、二人の絆を強くするお守りだとされている……あまりにも古い錬金術の本を参考にした為、それが本当かどうかは分からない。それでも何故か必要だと、この宝石を互いに持っていたいと思ったのだ。
プリアさんが人間になれた時、指にはめる予定で用意していた指輪を左の薬指にはめると急いでプリアさんの部屋へと戻った。
扉を開けると、眼前に飛び込んできた光景に驚き足が止まる。
……プリアさんの上に小さな女の子がのしかかるように座っていたのだ。
その隣には人の形を僅かに残した異形の者……鞄に入れていた聖水の蓋を開け、二人に振り掛けると、小さな悲鳴を上げてその場を退く。
「ビリーさん! 何をなさるのです!?」
「アンゼさんにはアレが見えないのですか!?」
そう叫びながらプリアさんへ駆け寄ると、彼女は涙を流しながら「こわい」と口にする。途端、私の指輪とプリアさんのネックレスが共鳴するような音を立てた。
その音が作用したのか、女の子と異形の姿が浮かび上がり、その声が木霊する。
『畜生……畜生……!!』
『いたいっ いたいよぉ!!』
部屋の壁に亀裂が入り、窓は割れ、聖水の入った瓶は砕けるように割れた。
私はプリアさんを抱きかかえ、アンゼさんは私にしがみ付き、プリポはプリアさんを守るように立っている。
『憎い、憎むわ……その宝石は私と彼だけの物なのに! 返して……あの人を返して!』
異形の者の手が伸びる――けれど私とプリアさんに触れる事はできず、バチンと言う音を立てて腕らしきものが吹き飛んだ。けれど小さな女の子は私の足にしがみ付いてくる。
『おともだちかえして? その子はわたしのおともだち……ねぇ、もうひとりはイヤなの。かえしてかえしてかえしてかえして返して!』
最早悲鳴に近い声で叫ぶ少女。プリアさんの表情が痛みで歪んだその時、部屋の扉を開けて祖父が駆け込んできた。祖父は鞄から何かを取り出すと飲み干し、瓶を投げ捨てるとプリアさんの右手を握り締めた。
声にならない悲鳴を上げる二人は次第に姿を薄くし、祖父が顔を歪めながらプリアさんの右手から手を退かすと――祖父の手は火傷のように爛れてしまっていた。
滴り落ちる血に私とアンゼさんが驚き戸惑っていると、祖父は「参ったな」と苦笑いを零しながら鞄からもう一つの瓶を取り出した。それが何かを聞く前に、祖父は瓶の中身を一気飲みすると床に座り込んでしまう。
途端祖父の腕は無数の小さな手形で覆われていく。まさかと思ったが――。
「プリアだけが二つの呪いを受けるのは酷だろう? ……ワシは老い先短いからな、せめてこれくらいはさせてくれ」
「アルベルト様……まさか呪いを!?」
「ああ、片方受け持った。これでプリアの寿命は少し延びてくれるだろう。どうやらワシを選んでくれたのは小さな女の子の方らしい。女王に頼んで呪いを移す薬を貰ったのだが……片方しか受け持つ事ができなかったのが悔やまれる」
荒い息遣いのままそう口にした祖父に、私は目頭が熱くなった。
だが泣いている場合ではない……このままでは、祖父もプリアさんも危ない事は確実だ。
「そうだ、ワシが正気でいられる間にイモに頼み事をしたい。ワシの代わりにヴァルキルト王国を巡回して、倒れている妖精がいないか探してもらわねば……」
祖父の言葉にショックを隠せないアンゼさん……祖父の言葉はそう遠くない未来、自分が自分ではなくなるという事を示していた。
「イモならきっとワシ以上に妖精達を守ってくれる筈だ……ワシの家族は皆、優しいからな。だからアンゼ、どうかイモの手助けを頼むぞ」
その言葉にアンゼさんは溢れ出る涙を抑えきれず座り込み、嗚咽を零して泣き崩れてしまった……。
「それと、これが女王から受け取ってきた資料だ。実験と言う名目で行われた拷問の記述がある。後日女王がこの屋敷を訪れるそうだから、今の内に目を通しておいてくれ」
淡々と、痛みで気を失ってもおかしくない状態にもかかわらず、祖父は鞄から分厚い書類を私に手渡す。そして……何を思ったのか私の頭を撫でてくれた。
泣きそうな顔をしていたからかも知れない……苦痛で顔が歪んでいたからかもしれない。それでも、祖父はいつも通りの屈託の無い笑顔のまま私の頭を撫でてくれた。
「きっとお前なら……」
「……お爺様?」
不意に途切れた言葉に顔を上げると、祖父は口の端から血を流して気を失っていた。
呼びかけても返事はなく、プリポが急いで診察をしてくれたが、心臓への負担が強すぎるのだと教えてくれた。急ぎ薬を用意してくれたが、呪いを取り去らない限り気休め程度にしかならないのだとも教えてくれた。
それからイモさんが帰宅し、会話する事が難しいアンゼさんに代わりプリポが事情を説明する。すぐに事情を理解した彼は祖父の部屋からベッドを運び込み、プリアさんと二人揃って診察をできるようにしてくれた。
――私には、プリアさんと祖父の命が掛かっている。
絶望的な状況かと問われれば、間違いなくそうだと言えるだろう。だが、二人を失う訳にはいかない。私はその日からプリアさんの部屋にあるソファーで眠り、寸暇を惜しんで祖父が持ち帰った資料の内容を読み解いていく。
そこには、俄かに信じられないような内容が事細かに記されていた。
――私が勇者一行にした事など可愛い、ただの戯れのようなモノだったのだ。
人間とは、こうも汚い生き物になれるのか?
人間とは、こんなにも、こんなにも……。
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既に執筆完了している小説を、2018年5月1日から土日休みを貰い毎日UPしていきます。
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