冒頭部SS - 8 / 9
そして、役割職の訓練は始まった。
フィルも訓練を受けているようだが、異なる場所で行っているみたいだ。
……彼女が何故ギルドマスターとなっているのかは、たったの1日で理解した。
食事・睡眠以外、絶え間なく与えられる過酷なノルマ、こなすだけで精一杯であった。
無茶に思えてもルミアはお手本として軽々と容易くこなして見せる、とても同一人物とは思えない。
そして何より飴と鞭の扱い方が絶妙である。失敗すれば叱咤と現状の助言、成功すれば大いに喜び激励する。
「まずはこの街を30分以内で一周してきなさい。」
「このナイフを10回連続で的に当てなさい。」
「遅い!ナイフを抜いてから当てるまで1秒未満!それじゃ簡単に気付かれて避けられるわよ!脇を締めたまま腕の動きは最小限、一本目は下から投げなさい!」
「次は5秒で木に上ってみなさい。」
「流っ石!やっぱりキミは最高ね!次もきっと上手くいくわ!!」
「矢で鳥を10匹射止めて持ち帰りなさい。……良い?絶対に外さずに一発で仕留めること、外せば二度目は決して無いわ」
「矢が遅い!狙い打てる状況なら弓はもっと引き絞りなさい」
「腕立て伏せ連続50回、腹筋連続100回、始め!」
「リーチのある武器相手は、以下に相手の懐、死角に飛び込めるかが重要よ、臆せず一歩踏み出さないから、簡単に攻撃を受けるの」
「ほら、属性が混ざってるじゃない!いい?魔素を意図的に扱う場合、意識を自分の身体から外し、周りの空間を意識するの」
「……起きなさい、また魔力門が全開になったわよ?最後に放つ時にも油断して意識を乱さない!」
「本当にキミは覚えるのが早いわね!とっても優秀よ!!」
「罠は無駄にしない!よく考えて必ず引っ掻けなさい、ブラフの為に罠は使わない、ブラフはブラフで作りなさい?」
「じゃあ魔物50体討伐してきてね!必ず相手は小型と大型、どちらも相手にしなさい。」
……今のは、覚えている訓練のほんの一部の出来事。
まさか、役割職以外の訓練をしたり、実戦としてルミアと組手をするとは思わなかった。
いくら身体能力を強化しているとはいえ、その場の木を拳で丸太に変え、大剣と称して片手で丸太を振り回すとは思わなかった。
そして訓練の最後にルミアは言った
「……そこまで!以上で訓練はおしまい、……良い?魔力門のコントロールの訓練は毎日欠かさず行うこと、……それと、禁術を使った右手で詠唱魔法術の発動は決して行わないこと、忠告を無視したら、また全開で発動するからね!」
(やっと……終わった……っ!)
……最後に総括すると、ルミアの身体は猛毒のように暴力的だった、……色々な意味で。
「……ただいま」
ルミアから貸してもらっている古屋へとノルは帰る、フィルより先に着いたため、暗闇の中明かりを灯す。
「あ、ノル君の方が早かったね、ただいま!」
「お帰りフィル、お疲れ様」
ノルが着いてから差ほど間を空けずにフィルが帰ってくる。
ノルが椅子に腰掛けて一息つき、ボーッとしていると、疲労で妙にテンションの高いフィルがノルをいじりだす。
「……あーっ、さてはルミアさんのこと考えてるなー?あの人スッゴいグラマーだからねー、ノルくんやーらしー!」
フィルの冗談を聞いたとたん、ノルの表情がズンと暗くなり、呟く
「……嗚呼、うん、僕も男だし意識はするよ、でも……そんな暇……無いよね……うん」
静かに呟くノルに続くように、フィルの表情もズンと暗くなり呟く
「……確かに、あの人凄すぎる……。流石に師範職なだけあるよね……」
師範職とは、戦闘系の役割職で戦士系統と魔法系統で一つ以上かつ合わせて3つ以上の高位職に認められた者に与えられる称号で、ギルドマスターとなりギルドを建てるには、例え商業に特化したギルドであっても必要らしい。
何にせよ、ノルとフィルを同時に訓練しているのがなおのこと末恐ろしい。
「……さて、気を取り直して、今日も始めよっか!」
フィルの言葉にまた一息つきノルは頷く
そして互いに向かい合って座り、目を閉じて静かに呼吸する。
……これは、詠唱魔法術の訓練を二人がするようになってから習慣となった、魔力門から魔素を扱うための自主鍛練。
ノルは放出し、フィルは蓄積する、お互いに異なる制御が必要としていたが、方法が噛み合ったことから共に行っている。
……恐らくこれもルミアが意図的に考えた訓練の一つだろうか、すっかり彼女には頭が上がらない。
やがて鍛練を終えてまた一息つくと、ノルは真面目な表情で深く考え、恐る恐る口を開いた。
「……ねぇフィル、……その、答えづらいことだと思うんだけど、聞いても良いかな?」
「んー?なーに?ノル君」
フィルはノルの心配を全く気に留めていない様子で軽く聞き返す。
「フィルって元々お姫様何だよね、その割には……その、お姫様らしくないというか、距離感が近いというか……」
口ごもりつつ質問するノル、質問を聞いてう~んと考えるとフィルは答えた
「……うん、そうだね、一番大きな所で言うと、元々ギルドに入るのが憧れだったから……かな。それに、お城を出てもう一年は経つかなぁ……」
感傷を表す素振りも無く、フィルは自分の考えを述べる。
「あと、もう一つ聞いて良い?……どうして僕をそんなに信頼してくれるんだい?……初めて会ったとき僕は愛想が悪かったと思うし、それに追われている最中だ、待ち伏せしている刺客と思わなかったの?」
ノルがそう尋ねると、不意にフィルがフフッと笑った
「……そうだね、確かに、初めて見たときはすっごく驚いて警戒したけど、すぐにこの人は根が良い人って分かったから、……だって、たくさんの"妖精"がノル君に集まってたんだからね」
「妖精?」
「えっと、大体の人が見えないもんね、……とりあえず、妖精って悪いことをしたり考えてる人には絶対寄らないの、だから、この人……ノル君は大丈夫な人だって思ったの、それに本当に助けてくれたのは君だけだった、だからノル君は…………、ううん何でもないっ!!」
最後に何かを伝えようとしたが、顔を赤らめつつ口ごもり、誤魔化した。
「……とにかく、私はノル君を信じてるから!……それじゃあご飯食べて、早く寝よっ!」
疑問は残るがフィルはこれ以上話を続ける気はないと察し、ノルは追及をしないことにした。




