冒頭部SS - 4 / 9
……夢も無く、ノルは目が覚める。
目が覚めたそこは、どこかの家屋の中のようで、真っ白なベッドの中にいた。
辺りを見回すと、ベッドの端に黒髪の少女が腕枕をして眠っていた。
ベッドから身体を起こすと目先には大きな姿鏡が立て掛けていた。
しかし、写っていた存在に違和感を覚える。
……上半身裸で痩せて引き締まった体の青年の姿、胸元には塞がっている傷痕がある。
よくよく見ると鏡に写る青年は、自分と同じ様に動く、視線を下げ自分の身体を起こすと見ると、鏡と全く同じ姿であった。
……突然の変貌であったが、それは間違いなくノルの姿である。
そして、ベッドの揺れに気づいたのか、黒髪の少女は身体を起こす。
じっとノルを見つめると、間もなく少女の瞳は潤み出し、ノルへ飛び付いた
「……ノル君!!良かった……!本当に良かった……ッ!!」
抱きつかれたことに驚き、ノルはすぐに少女を引き剥がす。
「き……君は一体!?」
その言葉に黒髪の少女はしゅんとした。
「えっと………、覚えてない……?もしかして、忘れちゃったのかな……?」
少女は、悲しげな笑みをノルへと向けた。
ノルは片手で顔を覆うと考える
(……いや、この世界で話した人、この名前を名乗ったのは一人だけの筈だ。)
ノルは顔を上げ、少女に問い掛ける。
「フィル……なのか?」
透き通った淡い空色の髪は、漆黒へと塗り潰されていたが、その顔、その声は紛れもなくフィルだった。
「うん、……うん! そうだよ、フィルだよ!」
黒髪のフィルは、再び目を潤ませると、俯いて涙をこぼす
「本当に……良かったぁぁぁ……」
……ふと、木を軋ませる足跡と人の気配に顔を上げると、魅惑的な容姿をした女性が現れた。
「おや、意外に早いお目覚めだねぇ。」
状況を把握するために、幾つか聞きたいことがある
「……俺は一体どうしてここに?」
女性はやれやれと言いたげな表情をすると、質問に答えた
「そうね、とりあえずは、この子が必死に運んできたのよ、抱えて……というよりほとんどひきずってだけど」
女性の言葉に、黒髪のフィルは顔を上げる、……この短時間の間にすっかり目元が赤くなっていた。
「……ねぇキミ、……もしかしてだけど、異世界から来たんじゃないかしら。」
思わぬ問いかけ、だがノルは包み隠さずに答える。
「ああ、そうだな、俺はこことは違う世界からの人間だ」
ノルの返答に、フフッと蠱惑的に微笑む
「やっぱり、風貌が一度だけ見たことあったのよね。……ちなみに、来たのは何時からかしら?」
「いや、つい昨日のことだが……」
その言葉にフィルは首を傾げた。
「……そう、じゃあ四日…五日前ね、……キミ、ここで丸三日は眠っていたからねぇ。」
女性の言葉に反応し、黒髪のフィルはノルの手をぎゅっと握りしめて声をあげる。
「そうだよ!目が覚めないかもって、本当に心配したんだから」
そこで女性は可愛げな咳払いして、話を始めた
「さておき、キミが異世界からの来界者ならば、私は言わなくてはならない言葉があるわ」
そして女性はかしこまった様子で口を開いた……。
「……ようこそ、我らが世界…魔の神々に愛されし…大いなる祈りの女神に祝福されし世界、"アースゲーティア"へ。……ようこそ、我らが街"シエスタ"へ、……ようこそ我がギルド"セルージア"へ」
「私はこのギルドの主、名前は"ルミア・ヴェイル"と申します、……なにとぞ、よろしくお願いいたしますわ。」
その言葉は、ノルにとって とても自然に聞こえる、恐らくはノルの世界の言葉でわざわざ言っているのだろう。
「……嗚呼よろしく、……そうだ、まだ名乗ってなかった、俺は……」
名前を答えようとした時、ちらと鏡に写る自分を目に捉えた。
見慣れぬ自分の容姿を見る、突然の出来事の連続で、まるで生まれ変わったよう。
……ともすれば、今の口調もあまり合っていないように感じた。
「……いや、……僕、……僕の名前はノル、……異世界の名前じゃなくて、まだ仮の名前だけど、こっちの方こそ、よろしくお願いします。」
(うん、言い慣れないが、……けど、こっちの方がしっくりくるな。)
「ええ、ようこそノル、歓迎しますわ。」
改めてルミアは深々と礼をすると、やがて本来の調子に戻り話を始める。
「そろそろ起き上がれるかしら?……話すことはたくさんあるけれども、とりあえずは服を着ましょうか。」




