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冒頭部SS - 3 / 9


質問をしようとしたがノルは口を閉じて厳しい表情で辺りを見回した

「?どうしたの?」

「静かに」

フィルにマナ適性を図ってもらった影響か、先程より感覚が鋭くなっているようだ。

一方向から非常に不快な気配、複数の強烈な敵意……これを殺気と呼ぶのだろうか。

「……早く街に向かおう、フィルさん……街の方向は?」

「ええと、……たぶん向こうの方かな」

フィルの指差した方角は、殺気から少しだけずれた方向だった。

(……どうする、迂回して向かうか?……いや、この森の地理はフィルも詳しくはない、殺気の主達が散会した場合、行き止まった場合、強い魔物に遭遇した場合を考えると得策じゃない……か)

ノルは考え、ほんの短い時間に思考巡らせ、行動に移す。

「行こうフィルさん、近くから複数の殺気を感じる、走っていけるかい?」

ノルの言葉を聞いて一瞬、フィルの表情が曇った気がした。

「…………、うん、早く行こう!」

何かを考えていたのか、妙な間を開けた後にフィルは返事をする。

そして二人は走り出す。


街の方向へと走るが、殺気がだんだんと強まる。もしかしなくても殺気の主との距離が近づいている。行き先は同じ街であるのか。

(……早く森を出なければ。)

ノルがそう思うと行き先に光が見えた、まだ距離はあるが、この森の出口だろう。

だがそこでフィルが木の根につまずき転んでしまう。

「大丈夫か!」

ノルが思わず声を上げた時、寒気がするほどに殺気が膨れ上がった。

フィルに走って駆け寄る瞬間、風を切る音と共に何かが目の前を通り過ぎる。

そして殺気の向けられる先は……フィルであった。

無我夢中で走り咄嗟に取った行動は、殺気から庇うように体を盾にすることだった……。


感触と衝撃。

ノルの身体、胸元には一本の枝が生まれる

……人為的に手の加えられたその枝は紛れもなく、意図的に放たれた矢であった。

まるで時が止まった様な静けさ、そして間を開けずに訪れる激痛に呼吸を止められ、ノルは膝から崩れ落ち、仰向けに倒れた。

「……ウソ、……そんな、……イヤッ!! ……イヤァァァァァァァァァァッ!!」

フィルの悲鳴が聞こえた気がした。

霧のように歪み霞む視界、淡く暗く少しずつ色が失われていく。

「ダメッ!!起きてッ!!」

フィルはノルに刺さった矢を抜き取ると、治癒を試みる。

詠唱(マテリア)!!私は願う私は祈る大いなるマナよ私の言葉に応えたまえ!生命の安らぎ魂の癒し輝ける女神の祝福と加護を与えたまえ!ヒールッ!!」

意識を揺さぶる激しい鈍痛、冷えてゆく体と流れ出る血により生暖かさを持つ地面、そして傷口に感じる柔らかく温かい光。

「やはりいたぞ!!奴はこっちだ!!」

乱暴な男性の声、声を聞きつけやってくる数多くの雑な足音

(……嗚呼、見事に矢が刺さった、……俺はここまでなのか?)

「……治って!……治ってよぉ……ッ」

荒く呼吸を続けるノルの顔に、滴が打ち付けては頬を伝う。


その瞬間、ノルの脳裏に一つの光景が過る。

ここではない世界、ノルの元の世界、目の前には前髪で目元が隠れた女性の姿、彼女から大粒の涙が伝っていた……。


フィルの涙で、ほんの少しノル視界が戻る。

「ごめん……、ごめんね……?すぐに治すからね?」

一瞬フィルの体が揺れ動く。

フィルは涙ながら謝罪しつつ、ノルの治癒を続けていた……。

……今度は胸元に生暖かい感触が、ぽたりぽたりと感じる。

薄い視界、視線を下に向ける。

……それは赤い雫、フィルから滴り落ちるそれは、彼女の背に突き刺さった矢によってもたらされる、紛れもない彼女自身の血であった。

自分も苦しい筈だろう、それでも彼女は構わずに治癒を続けるが。

「頑……張……て……………。」

遂には、フィルも倒れてしまった。

「フィ……ル……」

辺りには矢を持つ者、そして剣を手に近付く男

(やらせ……ない、……やらせてなるものか……!)

ノルは右手に意識を集中する、……辛うじてだが、フィルに握られた時のように、柔らかな温かさを感じる。

そしてノルは、薄れた意識と記憶を手繰り、か細いこえで、必死に、言葉を紡いだ……。

「……マテリア、……私は……願う、私は祈……る、…………大いな…る……マナ…よ、…………私の……言葉…に、応えたまえ、…………嗚呼、クソッ!何でも良いから…開きやがれゲートッ!! 俺達を助けやがれッ!! ……ヒールッ!!」

残る力を振り絞り、ノルは叫び唱える。

そして微かにマナを宿したその右手を、自身の胸の傷へと打ち付けた!


……体の中で何かが強烈に破裂した。

全身を激流が駆け巡る、まるで全ての血液が這い出ようとしているよう。

間もなく、胸の傷口から光が溢れ出る。

そして、胸元の光とノルを包み込む幾つもの黒い影に視界が全て埋め尽くされ……

……ノルの意識は、そこで失った。


「……クソッ、あいつ何しやがった!!」

「まさか、禁術か!」

「だとするとマズイ!早く逃げろ!!」

「ですが標的が!」

「死にたくないなら黙って走れ!!」

ノルを中心に現れた闇を帯びた光の柱は、急速に大きくなる。

声を上げて逃げる男達、しかしそれを追いかけ捕まえるように巨大化する光に、一人二人と呑まれてゆく。

そして五人ほど飲み込んだとき、ピタリと光の柱は動きを止め、今度は次第に縮小していった。

……光に呑まれた男達は、白目を向いて泡を吹き、辛うじて生きてはいたがピクピクと体は痙攣し虫の息であった。

木々は異常にも葉を黄色く染め、無造作に生えていた花や雑草は見る影もなく枯れ果てていた。

……森の外れの一帯、光の柱の現れた部分は朽果てていた。


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