復讐の狼煙 2
生徒たちの順応っぷりに、違和感を抱くかもしれませんがご了承ください。
優希が目を覚まし起き上がったころには、何人かの生徒は目が覚まして周りを見渡していた。
優希たちがいるその場所は、真っ暗で、唯一見えているのは立っているチェス盤のように正方形の石盤で作られた足場だけだった。
石盤で作られた足場は、教室の広さと同じくらいで、それ以外は暗闇に包まれて未知の世界だった。
足場から落ちてはひとたまりも無いので、自然と中央に生徒が集まる。全員とても不安気な顔をしている。そりゃそうだ。ここで平然を保っている奴は逆に正気じゃない。優希も動揺しながらそんなことを考えていた。しかし、二人の生徒は他の生徒とは違って平然と立っている。
一人は諏訪 蓮二。優希よりも高身長で、銀髪の髪、褐色の肌、引き締まった体にクールな性格は、女子生徒のモテていた。もっとも、彼が学校でだれかと楽しそうに話しているところなど見たことがない。
もう一人は沼倉 亜利砂。身長は優希より少しだけ大きく、大人の女性のような雰囲気を醸し出していた。男子生徒より女子生徒にモテるタイプだ。
この二人は、どこか似ている。そう思っているのは優希だけではなかった。
順番に目が覚めていき、生徒全員が目覚めたとき、暗闇の空間から光が射した。
生徒のほとんどは手で光を遮りながら、光の方を見る。逆光に照らされ人影が徐々に近づいてくる。
その影が、石盤の足場に降り立った時、光が消え、生徒たちは降りてきた人物を見る。
純白の祭服を身にまとい、顔には多くのしわを刻んでいる70代ほどの老人がいた。十字架のようでそうではないものを首にかけていた。
「初めまして。この度は急にお呼びして大変申し訳ありませんでした。わたくし、司教をしております。ドルトンと言うものです」
礼儀正しく謝罪と自己紹介を始めるドルトン。
状況の説明をしてもらうために何人かの生徒がドルトンに押し寄せるが、ドルトンも困った顔をしており、問い詰めることに抵抗を感じている。
ドルトンは、迷惑な上司を持った部下みたいな表情をしている。いや、ほぼその通りだった。
再び、光が照らされると、もう一人、石盤の足場に降り立った。
一部だけ白い紫の髪をなびかせながら、その男は足場の上に立ち、かっこよく決めポーズを決めている。 そんな彼に完全にキレたのか、老人がその男の胸倉を掴み、息苦しそうに叫ぶ。
「エンスベル様! あれほど強引に連れてきてはならないとッゴホゴホ!」
「あ~あ~そんなに叫ぶと肺に悪いよ」
そう言いながら、神鈴――エンスベルはドルトンの背中を摩る。
はたから見れば完全に親子だ。
ドルトンは呼吸を整え、話を進める。
「っんん! え~では、エンスベル様、ご説明を」
ドルトンがエンスベルに向かって言うと、エンスベルは、なんて言っていいか分からないように頭を掻きながら答えた。
「え~と、簡単に言うとゲームの世界を体験してみないかい? 命を懸けて」
全然説明になっていない。これはダメだと悟った生徒たちは、この場で唯一まともそうなドルトンを見る。ドルトンは彼らの視線を受け取り、仕方がないと、説明を始めた。
「皆様には、われらの世界を救ってもらいたいのです」
ドルトンも、訳の分からないことを言っていると、生徒全員は思った。
ドルトンは表情を曇らせながらも話を続ける。
「我々の世界では、魔族によって、人間の平穏な生活を脅かしています。あなた方には魔族、そして、魔族を束ねている魔王を倒し、人間を救ってほしいのです!」
熱烈に説明してもらっているところ申し訳ないのだが、何を言っているか分からなかった。いや、言っている意味は分かっている。ただ、認めることができないのだ。現実離れした現実が、彼らの思考を鈍らせている。
ただ茫然と立っている彼らの中から一人の女子生徒が前に出てドルトンに質問する。
彼女は吹沢 実里。クラスでは地味な方で、図書委員をいている眼鏡をかけた少女だ。
奥手の彼女がこの状況で、前に出てきたことに彼女を知る生徒は驚いた。
「あの~私たちは返してもらえるんでしょうか?」
聞きたいが聞きたくない質問。
「それは無理でございます」
ドルトンの返答に生徒の反応が困惑から恐怖に変わる。
「選ばれた人間は強制的にこちらに向かわされます。その際、悔いが残らないように三日だけ猶予が与えられるのですが……」
ドルトンは横目でエンスベルを見る。エンスベルは一切申し訳なさそうにせず、笑いながら、
「三日なんてめんどくさいんで、その場で連れてきちゃいました。メンゴメンゴ!」
エンスベルの対応に、さすがに生徒たちも堪忍袋の緒が切れる。
ふざけんな! 返せこの野郎! といった、怒号が飛び交う。
それと同時に泣き叫ぶ生徒も出ており、あたりは大騒ぎだ。優希は多少恐怖心があるが、それと同時に安心感もあった。元の世界にそれほど未練を持っていない優希にとっては夢であってほしくないと思うところもあった。
「あー! うるさい! 黙れ! シャラップ!」
騒ぐ生徒たちに、エンスベルは逆ギレする。笑っていたエンスベルの表情とのギャップに、生徒たちの怒号、悲鳴は止んだ。
「安心しろ。お前たちにはちゃんと特別な力が与えられるから」
いや、問題はそこじゃない! と、誰もが思ったが、今のエンスベルに言うのはかなりの勇気がいる。
すると、一人の男子生徒が動揺している生徒をなだめる。
「みんな! ここで嘆いても仕方がない。ここは話を聞こう」
その男子生徒は、逢沢 薫。クラスの中でリーダーシップを発揮している彼は、信頼は誰よりも集めている。サッカー部のキャプテンで、真面目で優しく、王子様という言葉が似あう男だ。
そんな彼の一言は、みんなを冷静にさせ、エンスベルを感心させた。
エンスベルの表情は元のふざけたような笑みに変わる。
「まぁー説明は今言ったとおりだ。お前たちには神の眷属として魔族と戦ってもらうう」
簡単に言うが、ついさっきまで平和な日常に浸っていた彼らに、戦えと言っても無理な話だ。
そのための、特別な力というのだが。
「ですが、その力が何であれ、僕たちには戦闘なんかできたものじゃない」
「そう早まるなって。とりあえず聞こうって言ったのはお前だろう」
エンスベルの返しに、逢沢は黙る。
「じゃ、お前ら、これを受け取れ」
そう言って、エンスベルはネックレスを渡す。金属のヒモに銀色のプレートがついている。
逢沢は恐る恐るネックレスを首にかけると、プレートが光り、文字が浮き出てきた。
「なんだこれは……」
見たこともない文字で、困惑する。不思議そうに自然と逢沢の周りに生徒たちが集まり、その後ろの方では優希も覗くように見ていた。
「これから行く世界に転送されたら自然と文字が分かるようになるから、各自見てくれ。一応こいつのだけは説明しておく」
エンスベルが言うには、プレートにはこう書かれているらしい。
名前 アイザワ カオル
職業 剣士
練度 1
所属 ――
「職業は剣士、名前の通り剣の扱いに長けている。練度は戦闘を積み重ねることで上がっていき、上限はない。身体能力も練度に比例して上がっていく。この所属っていうのは、ギルドに入った時にギルド名が記載される。実力が上がって昇格試験なんか受ければ、プレートが銀から金、金から黒に変わる」
ゲームのような話に、少し興奮するものもいた。それほど、心に余裕ができてきたのだろう。人間の環境適応力は恐ろしいなと優希は思った。
「それに、お前らは元の身体能力は上がっているから、そこら辺の眷属なら軽くひねれるだろうさ」
そう言って、エンスベルは何やら時間を気にしだした。
「おっと、この世界もそろそろ耐えられないから、あとは各自で調べてくれ。転送された先にはドルトンみたいなやつが居るからそいつの指示に従ってくれ、んじゃ、頑張れ」
生徒たちにはまだ聞きたいことが山ほどあるが、追及する暇もなくエンスベルは姿を消した。ドルトンも一礼してから光に包まれて姿を消す。
偉く急ぎ足だなと何人かが思った頃、石盤の足場が揺れ始めた。立っていられないほどの揺れが、優希たちを襲う。
世界の崩壊――この言葉が似あうように空間が壊れ始めた。
暗闇だった空間にひびが入り、石盤の足場も亀裂が入り、少しづつ広がっていく。
「みんなー! 捕まれー!」
逢沢が叫んだが無駄だった。捕まるところなど存在せず、足場に広がったひびは全体にいきわたり、クッキーのように割れ、崩壊していった。
優希たちは、暗闇の奈落の底に落ちていった。
優希は必死に上に手を伸ばすが、掴めるものはなく、目に見えるのは、壊れていく空間が、視界から遠のいていく光景だけだった。
上手い言い回し、分かりやすい表現などあれば教えてもらえると嬉しいです。