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救済の狼煙 7


先に言っておきます。急な展開になりますが、あくまできっかけですので。



 貴族殺し――それは、いかなる理由であれ大罪となる。

 それをやっている謎の人物、もしくは集団があるという事実は、帝国が無視できないものとなっていた。

 騎士団の調査だけでなく、メリィの情報収集力ですら手がつかないその大罪人は、ウィリアムの警戒心を強くする。

 

 帝国記念祭。帝国の街々は、人で賑わい、一般人と貴族が深く交流する貴重な日。

 建物と建物を繋ぐ線に帝国の国旗が垂らされており、今日のために田舎の方から物を売りに出している者、昼間から酒で酔いつぶれている者など様々だ。

 


「聞こえますかカオル様。民が、貴族が身分という壁を越えて今日という日を祝う声が」


「はい。なんだか元気が出てきますね」


 薫はクラリスと共に、顔出しの準備をしていた。王宮のクラリスの部屋は高いところに位置しており、ベランダから帝都内を見わたせるほどだ。薫はベランダの柵に手をかけ街を見わたす。眷属且強化された薫の目には、ある程度街の様子が見えていた。


「ん? あれは……」


 そして、薫は一点に目を凝らす。そこには、茅原、ひまり、和樹、葵、海斗に加えて、マリンも一緒に祭りを楽しんでいた。帰った後、ほぼ茅原に任せていたため心配になっていたが、楽しそうにしているマリンを見て安心した。マリンの性格ならこれくらい朝飯前なのだろう。


 そして、そんな街を見ていると時間が早く過ぎるようで、もうすぐ時間だ。扉の外に使用人が来ており、クラリスも少なからず緊張しているのか、呼吸を整えている。

 そんなクラリスに薫は何も言わず笑顔で対応する。ここで薫が不安がっていてはクラリスにも迷惑が掛かってしまうからだ。

 警戒し、感覚を研ぎ澄ませながらも、祭りを楽しむ。これがクラリスの心に負担をかけず寄り添う方法。正体が分かっていない敵からの護衛、自分の力を始めてちゃんとした場所で発揮する。薫も緊張している。それでも、表に出さなかった。


「カオル様、命は大切にしてくださいね」


 そう言ってクラリスは使用人のもとに歩き出す。どうやら薫が緊張していることを見抜いていたようだ。そこはクラリスの人を見る目というものだろう。彼女は上に立つべき存在だと薫は心から思った。




 そして、皇帝陛下、グレゴワールと合流し、外に用意していた馬車に乗る。その馬車は、荷台のようなものではなく、外からも載っている人がはっきり見えるパレード用の馬車だ。ゆっくりと着実に進む馬車と並行して歩く薫。その馬車の御者はウィリアムだ。その馬車の周辺に騎士団が何人か配置しており、警備は十分と思える。しかし、敵は未知の存在なため油断できない。ウィリアムは馬車に乗りながら、女性たちの歓声に手を振って応えている。その笑顔は、この祭りにおいて順応しておりながら、同時にどこで見ているか分からない敵に異様な殺気を放っていた。

 薫がそれを行おうとするとどうしても笑顔は硬くなる。ウィリアムの凄さをまたしても実感した薫は、周りの対応よりも任を優先し、警戒心むき出しで歩いていた。そして、道の端に寄りながら集まる人々の間に見知った顔があった。


「薫、頑張って~」


 茅原がこちらに手を振っている。よく見るとマリンたちもそこにおり、照れ笑いのようなものが薫に現れた。ウィリアムはそんな薫の姿に安堵の笑みを浮かべた。


 そして、グレゴワールとクラリスが挨拶するステージがあと少しまで近づいた時、ウィリアムの笑顔は完全に消え、それはアイドルのような存在から騎士、英雄としての顔になった。最も警戒するべき場所のため無理もないが、その顔は他の騎士から見ても少し恐いくらいだ。


 馬車から降り、グレゴワールとクラリスはステージに上がる。普段劇が行われる、180度席に囲まれた石のステージ。その二人に手を振ったり、歓声を上げる民が席に座り、座れない人はさらに向こうからのぞくようにしている。四方のどこから襲撃されても対応できるように配置された騎士。それはまるで、アイドルのライブのようだった。


 皇帝グレゴワール――クラリスの実父で、大陸を統一した人物。優しい顔つきで、戦闘においてはそれほど強くはないが軍略や政略に特化しており、帝国を勝利に導いた。クラリスとの仲は見た感じよさそうだ。薫はそんな二人を見ながら少し気になったことがある。


「あの、ウィリアムさん。姫様の母親はどうしたんですか?」


「そういえば、教えてなかったね。姫殿下の母君は5年前に亡くなっているんだ。姫殿下は母君のことをそれはもう大切に思っていたから、彼女の前では母君の話は禁句でよろしくね」


「……はい」


 裕福な王族でも悲しい過去はある。それを薫はこの場で知った。クラリスの今の笑顔は、そう言って過去を乗り越えてできたものだと。自らの命が危険だというのに、民と接するため公の場に顔を出す強い心。これがクラリスの覚悟だと、湧き上がる歓声と集まる視線に答えるようにしている姿から感じ取る。


 この光景がずっと続けばいい。心の中でそう思ったとき、一瞬にして場が騒いだ。


「なんだあいつ?」


「どうしたどうした?」


「何かのイベント?」


 そんな声に反応するように、薫たちは、民の視線が集まる場所を見る。クラリスたちの背後の建物屋根、逆光に照らされた姿が良く見えないが、確かに人がいた。そして、薫が瞬きをした瞬間だった。目をつぶったわけではない。本当に瞬き、0.1秒ほどの一瞬にその人物は薫の視界から消えた。

 薫は目を四方八方に動かして、消えた人物を探す。しかし、一向に見当たらない。が、ほんのわずかに捉えたウィリアムの陰に反応してその場所を見る。そこにはクラリスとさっきまでそこにいなかった全体を隠すほどのマントに身を包んだ男が、手に装備した暗器で、クラリスに迫っていた。その男は薫が瞬きした瞬間に、数十メートルの距離を埋めたのだ。あまりにも急な出来事に、薫を含め周りの人全員が反応できていない。この場で反応できているのはただ一人。


「残念だけど、まだ遅い!」


 ウィリアムは、その男に人蹴り。骨が砕ける音と内臓がつぶれる音を奏でながら、その男は会場の民の頭上を通過し、奥の建物にめり込むように吹き飛ぶ。

 建物の壁には穴が開き、土煙が出ている。そして、崩れた壁の石を両手でかき分けながら男は立ち上がった。

 

「驚いたね。結構強めにしたつもりなんだけど……」


 確かに効いていた。それは、汚れたマントの奥にある変色した腹部を見ればわかる。ただ、全く痛そうな顔をしていない。その男は口から血を吐きながらも、無表情で何事もなかったかのように立ち上がる。そして、状況を認識したのか静寂に包まれた場が、一気にパニックに陥った。

 歓声が悲鳴に変わり、お互いに押しのけるようにその場から逃げようとする。騎士団が収拾しようとするがいきなりのことで簡単には収まらない。

 そんな状況になりながらも、ウィリアムと薫は襲撃してきた男と対峙する。グレゴワールとクラリスは、誘導されるままその場を離れる。去り際、クラリスは薫を心配しながら、足を運んだ。




「どうしますか?」


「理想は確保。最悪生死は問わない」


 薫とウィリアムは打ち合わせをした後、少しづつ距離を詰める男を凝視する。ひらひらとしたマントの中に、全身包帯を巻いた体。素肌が出ている腹の横は、ウィリアムの攻撃で青く腫れあがっている。見ている方がいたくなってくるその体の持ち主は、ただ一言。かすれた声で、初めて話すような声で、


「任務を……遂行する……」


 もはや、意思など感じず、ゾンビのような歩き方で二人に近づく。手に仕込んだ刃を振りながら、ゆっくりと歩く。

 そんな男に、二人の野生の本能が警笛を鳴らす。そして、その男はゆっくりとした足取りからは考えられないほどの一瞬で薫の前に現れた。

 あまりの一瞬で薫は反射的にその男を切りつけた。抜いてから振り切るまでが、今までとは比べ物にならないほど早い。薫は自分の力に驚く。それはウィリアムも同じだ。おおよその変化は気づいていたがあまりの進化にウィリアムは釘付けになっている。

 薫に切りつけられた男は、倒れながら薫の後ろに勢いに任せて吹き飛ぶ。右腕を切り落とされ、水で濡らした布を絞ったかのように赤黒い血がステージの床を汚す。

 あまりの血の量にその男は、気を失ってしまった。建国記念祭は混乱と恐怖で終わりを迎えた。

 薫は、ここに皆が介入しなかったことを安堵しながら、腕を止血し、担いで運び出すウィリアムの後姿を見ていた。


 

 復讐の復習


薫   「いや~危なかった。ウィリアムさんがいて助かったよ」

マリン 「ほんと、大変だったね」

薫   「マリンって結局この時どうしてたの?」

マリン 「ん? みんなと一緒に街の料理を堪能してたよ」

薫   「マリンが関わったら絶対ややこしいことになるから、そっちに気がいってくれて良かったよ」マリン 「ちょっと? それどういう意味?」

薫   「別に……それより、僕のメンバーどうだった?」

マリン 「みんな優しくていい人だね。早くギルドで仕事したいよ」

薫   「まだみんなには話してないんだけどね」

マリン 「え? そうなの? なんで?」

薫   「いや、この件が終わってからじくっくり話そうと思って……」

マリン 「それじゃあ遅い! 今から私が行ってくる!」

薫   「ちょ、マリン!? それは本編でやるものだから! 聞いてる!?」

マリン 「こうなっちゃ、早く行かないと。それじゃあ次回もミ・テ・ネ☆(ゝω・)vキャピ……さあ行こう」

薫   「だから、その話は次回で俺がやるから~」

 

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