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救済の狼煙 4

久々に彼が……


 アルカトラの一画、とあるギルドから重たく甲高い剣戟の音が響く。


「どうした、そんなものか?」


「はぁはぁ、まだまだ!」


 握っている剣を杖代わりにしている薫に、ウルドは挑発交じりに言う。

 息切れしている薫と違い、ウルドはまだまだ余裕なようだ。実際、ウルドは強かった。その巨体からくる力強い攻撃もありながら、軽い身のこなしで薫の剣をよける。薫は空を切る感覚とその後に来る強烈な威圧感に精神面から押し負ける。別に薫が弱いわけではないのだ。薫もそこらの眷属、何ならマリンよりも強い。そんな彼が手も足も出ないほど、ウルドはマスターという名を体現していた。


 薫はこちらの動きを伺うように立っているウルドの気が変わらないうちに、体力を回復し、地面に突き刺していた剣を抜いて再び構える。

 そのガッツに、ウルドは表情を緩める。


「行きます!!」


 薫はウルドに向かって走り出す。ウルドが異変を感じたのはその時だった。

 剣の振り、身のこなし、相手の手を読み取る思考、すべてに変化はなかった。しかし、薫から出る異様なオーラは、少しだがウルドをひるませる。

 わずかな気の緩み。しかし、この二人の戦いではその一瞬は命取りだ。


「……」


「はぁ……はぁ。どうですか?」


 息を切らし、額に汗を垂らしながら薫はウルドの首元に剣を突きつける。マリンはこの光景に目を疑い、茅原はおそらく良くわかってないだろうが、とにかく喜んでいた。

 ウルドは片手をあげ、剣を引くよう無言で伝える。薫はゆっくりと剣を収め、安心感からくる疲労感でその場に倒れた。体は怠く、汗で気持ち悪いが地面からくるほのかな冷たさと、ウルドと剣を交えている間の爽快な記憶が薫の感情を高ぶらせる。

 そんな薫にウルドは、その男らしい、いや、漢らしい顔で満面な笑顔で返し、


「合格だ!」


 たった一言。薫はその言葉を聞いた途端、意識が薄れていった。




 ********************




 薫が目を覚ました時、汗は乾き少し寒気が薫の感覚を研ぎ澄ます。


「……さぶっ!」


 薫は広場の中央で眠っていたらしい。上を見上げるともう真っ暗だった。薫はゆっくりと体を起こす。そして、あたりを見わたした時、薫のすぐ隣で先ほどまでの薫と同じようにぐっすりと眠っている少女が一人。


「茅原、茅原って。そんなところで寝てると風邪ひくぞ」


 数分前の自分にも言うように薫は茅原の体を揺らしながら呼びかける。

 その声に反応し、茅原の閉じていた瞼がゆっくりと開かれる。茅原は薫と目を合わせながら、体を起こして口元の乾いた少量のよだれに気付き赤面する。


 そうして、殴られると思い薫がとっさに防衛反応を示したとき、扉が勢いよく開かれる。


「起きてるー? ご飯ができたんだけどー」


 マリンはそれはもう持ちきれない様子で呼びかける。相当腹が減っているようだ。

 薫と茅原も呼びかけに答えるようにマリンのもとに向かった。



 このギルドでは食事はウルドが作っている。薫たちが中に入ると、そこには新しい面子が3つあった。


「おっ? 彼が例の少年ですかい?」


「へ~いいね」


「いいって……先輩三十路じゃないっすか。何十代喰おうとしてるんですか」


 カウンターに座る軍服のような服を着ている中年の男は、薫を審査するような目つきで言う。

 一方、テーブルにてワインを口にしながら、露出度の高い服装をしている長髪の女性は薫を雄として見つめ、それを冗談交じりに止めるいかにも軽そうな男。


「紹介するね。カウンターにいるのがブラウン。そこのテーブルで飲んだくれてるのがカーリー。それでその飲んだくれに今絞められてるのがフック」 


 マリンが一人一人紹介し、薫と茅原もそれとなく挨拶する。

 

「まぁ、早く座りなさい。君には話したいことがある」


 そう言って、料理を運び出すウルドがこちらを見つめ、薫たちは速やかに席に座る。

 運動後の状態もあるが、それ以前に目の前に出された料理の数々に唾液の溢れが止まらない。そして、味を想像させる見た目と、空腹の腹を刺激する香りに包まれながら薫たちはウルドの話を聞く。



「さっきの……昼間の戦いで確信した。君になら教えてもいいだろう」


 何を確信したかは知らないが、どうやら練度上げのいい場所を教えてくれるそうだ。

 ウルドは、棚の引き出しからカギを出す。そのカギを見た瞬間、ブラウンは目を逸らし、カーリーはワイングラスをテーブルに置き、フックは苦虫を嚙み潰したような表情をする。マリンも薫たちと同じようにきょとんとしている。


「我がギルドで最も過酷な試練が行われる部屋のカギだ。これは、代々マスターが認めたものしか挑戦できない。ましてや、メンバー以外の人物が行うのは初めてだ」


 ウルドの話によると、表情を変えた三人は許可は貰えど、試練は突破できなかったらしい。それはトラウマとなり、カギを見ただけで気分を害するそうだ。

 その話を聞き、薫は不安と恐怖、それと同等の好奇心で心が躍る。


「試練を突破すれば、一日で私よりも遥かに強くなるだろう。ただし、失敗すれば君の心に深い傷が残るだろう」


「深い傷……」


 曇った表情をする薫に、ウルドは肩に手を乗せ笑いかける。その笑みは薫の心を安心させる。


「君なら大丈夫だ。私にはわかる」


 これがウルドの素質、慧眼の素質。他者の本来の力や可能性を見抜くことができる。ウルドが薫の腕を試したのはそれが最低条件だから。慧眼の素質を使うには、相手と腕試ししなければならないのがウルドも面倒くさがっている所だ。


 その素質に認められた薫は、不安心が軽くなり、自信が増す。

 薫はその期待に応えるよう、ウルドからカギを受け取った。




 ********************




 翌日、薫はウルドに案内されるまま、ギルドの地下へ続く階段を歩く。

 壁につけられた灯りだけではまだ暗く、階段に歩く足音が響き渡る。先が見えない階段をひたすら降りる。そして、ウルドが歩みを止めると、薫はその先を凝視する。そこには薄っすらだが扉が見えた。


「ここだ。ここから先は私も入れない。君一人で行くんだ」


 薫はウルドに見守られながら、鍵穴にウルドから授かったカギを差し込み、ゆっくりと回す。そして、金具が外れたような音を確信した薫は、その古びた扉を開ける。軋む音、射しこむ光が薫を出迎える。

 そして、薫がその中に足を踏み入れた瞬間、


「……え?」


 薫の見えていた世界が変わった。後ろをひりかえるとウルドどころか扉すらなく、延々と無の空間が広がっていた。足元に冷気のような霧が包み込み、上を見上げると真っ暗な世界が広がっている。それはまるで、この世界に召喚される前、神であるエンスベルとドルトンに説明を受けていた空間のようだった。


 そして、しばらく立ち尽くしていると、人影が見えた。その影は地面に寝そべっているようで、薫はその場所に向かって歩き出す。

 近づくごとにその影は鮮明になってくる。そして、それに比例するように薫に恐怖心が襲った。

 その影がはっきり見えたとき、足元の霧は消え、地面がはっきり見える。その人影はストレートセミロングで、見た目は薫と同じくらいの年齢の少女、その横たわった体の下は少し濡れている。薫はその体を警戒しながら触れると、指先が濡れる。その感触は水というにはほのかに温かい。よく見ると、指先の色が変わっていた。血だ。薫の指先にはサラサラで健康的な血が付着し、それは、少女の下から広がっている。

 薫は恐る恐る少女の体の向きを変える。全く抵抗する力は感じられず、人形のように薫の思うままに動かされる。そして、その少女の顔には薫はとても見覚えがあった。


「ち……はら……」


 元の世界で隣に住んでいた幼馴染が、この世界でなんだかんだ世話をしてくれていた幼馴染が、ここまで自分のことを心配し、一緒に行動を共にしていた幼馴染の上垣 茅原が、薫の目の前で倒れている。

 薫は動揺した。また、眠っているのだろうと、手に付着した血を思考から除外し、薫は茅原の体を揺らす。しかし、茅原に一切反応はなく、薫は強く体を揺らす。そして、無意識に現実を受け入れたのか目から涙が止まらない。視界がゆがむ。口の中が乾き、耳から入ってくるのは茅原の返事ではなく、自分の口から発せられる喉を枯らさんとばかりの必死な呼びかけのみ。


 初めて経験した仲間の死。それも、何年も一緒にいた少女の死。周りの暗闇が薫の心を恐怖で埋め尽くす。薫はあたりを見わたした。もはや試練など頭にない。これが夢かも考える余裕が彼にはなかった。誰でもいい。助けが欲しかった。薫は必死にあたりを見わたす。潤んだ瞳で、震える体を動かし、指先の温かみを感じながら、人を探して歩き回った。

 そして、見つけた人影。だが、その人影も茅原と同じように横たわっている。不安が薫を襲う。しかし、確かめずにはいられなかった。今度こそ、今度こそはと薫は歩いてその体を起こす。それは茅原でもない違う少女の抜け殻のように脱力した体。


「……マリン?」 


 もう何が何だかわからない。薫はその体を支えたまま再びあたりを見わたすと、先ほどまでなかった体が横たわっている。その一つ一つを確認すると、薫の精神状態は一気に崩壊した。

 薫が共にこの世界を生きてきた、田村ひまり、追村和樹、椎名葵、藤枝海斗の魂の抜けきった体。口から血を流し、ボロボロになっている肉体。それは、パーティメンバーにとどまらなかった。

 

「ウルドさん……カーリーさん……ブラウンさん……フックさん」


 紅の猫(ロートキャッツ)のメンバーも、死体となって現れる。


「うぁあああああああああああ!!!!!」


 頭を押さえ崩れ落ちる。外部の情報を遮断するように、目を閉じ、耳を塞ぐ。呼吸できないほど叫ぶ。

 そして、とっさに感じた気配。それに香りはすがりつくしかなかった。

 薫はゆっくりと顔を上げる。そこには確かに人がいた。あたりの茅原たちと違って、しっかりと二本の足で立っている。薫は走った。震える足でひたすら走った。そして、その人影を認識し呼びかける。


「なあ……ここはどこなんだ?」


「……」


 そこに立っている人物は、声に反応する。フードを被っており、後ろから出ははっきり見えない。しかし、その人物の手元から、ぽたぽたと何かが垂れていた。その人物はフードを外し振り返る。そのフードの中は少年だった。薫と年は変わらないだろう見た目、白い髪と燃えるように赤い瞳。手から垂れているのははっきりとは見えないが鼻につく鉄さびのような臭いで認識する。


「お前が……やったのか?」


 その少年は、ただにっこりと狂気的な笑みを浮かべた。  



 復讐の復習


薫   「なんか緊張しますね」

ウルド 「その必要はないさ。気楽にしてくれ」

薫   「じゃ、じゃあ、今日はアルカトラについて教えてもらおうと思います」

ウルド 「うむ、アルカトラは戦闘系ギルドが集まっている街だ。ちなみに覇王の道(ロードオブキング)が拠点を置いている街でもある」

薫   「拠点?」

ウルド 「大きなギルドはいろんな街に拠点を置いてるんだ」

薫   (支店みたいなものかな……)

ウルド 「うちは人数が少ないから拠点を置く必要はないんだが。で、アルカトラは人が賑わい、そういうギルドが多い分治安が悪い」  

薫   「あ~マリンも厄介ごとに関わっていたような」

ウルド 「全く、あれほど問題は起こすなと言ってあるのに。まぁ、少年を助けるという行為は褒めてやらねければ」

薫   (なんだかんだでマリンにやさしいよなこの人……)

ウルド 「では、そろそろ締めるとしよう。では次回も……」

薫   (まさかウルドさんもやるのか!?)

ウルド 「見てくれ」

薫   「普通だー(´∇`)……」  

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