採集クエストにドラゴンはつきもの−1
ヒロイン登場!
今回は本当に登場しただけで、次からが本番なのですが……。
気づいたら、僕の隣では腹ごしらえを済ませたドラゴンが上機嫌に眠っていた。
いったいぜんたい、何がどうしてこうなったのだったか。
異世界に来て、仲間と分かれて、冒険者になって、ドラゴンとご飯を一緒に食べる。
ああ、神様。いつから僕の日常はこんなにドラマティックになったのですか。
なんで、一日でこれだけ意味の分からない状況にたどり着けるのでしょうか。
本当に、本当にそろそろ勘弁してください……。
現実逃避し続けることもできないが、少しばかり原因を探ることには意味がありそうだ。
なんでこんなに疲れることになってしまったのだったか。
そう、あれは、僕がギルドを出て、馬車で採集地に向かってからのことだ。
無事に採集地まで送り届けられた僕は、御者さんに別れを告げ、マンドラゴラを求めて森へと踏み入った。
採集地の名前はゴルドガル山。バルドガル国内で一番高い山であり、国土防衛の最終ラインらしい。この山を拠点にしても抵抗できなかった時、バルドガルは滅びるのだとか。
その割には整備されているわけでもなく、魔物が好き勝手に住み着いている。
ここまでの街道は徹底的に魔物よけの対策を打って、そうやって追い立てた魔物をこの地に留めているらしい。
魔物は、人型のものを見れば餌だと思う。例えそれが魔族でも人間でも関係がないらしい。
つまり、ここはどちらの陣営にとっても危険地帯で、そんなところでほとんど戦えない人間がどういう目に遭うかというと、こういうことになる。
「なんで、ハァ、ただのうり坊ですらぁ、こんなに、ハァハァ、ヤバイんだ」
見た目に騙されて魔物を可愛がりに行った、さっきの僕を怒鳴りつけたいところだ。
可愛いからって魔物は魔物。そりゃ、目の前に美味しそうな餌がいれば必死に追いかけてくるだろう。
そして、一匹いたら百匹いると思え、とは名前を言ってはいけないあの黒いの以外にも適用されるようで……。
「つまり、まぁ簡単に言うとうり坊の大行進って感じだよね! 僕はハーメルンの笛吹きでもなんでもないんだけどなぁ!?」
今一度問おう。どうしてこうなった。
軽率な行動を取った僕が悪いですね。反省しているので、神様助けてくださいお願いします!
なんでもしますからぁ!
そう僕が心中で叫んだ瞬間、僕は木の根に足を引っ掛けてころんだ。
地面がだんだん近づいてくるのがスローモーションで見えたから、あ、これ冷静に死ぬやつだ、と思い至った。
思い返すのは仲間たちとの楽しい日々、そして、一人で過ごす孤独ばかり。
一人ぼっちは寂しいから、せめて、もう少しまともな死に方をしたかったかな。
残念、僕の冒険はここで終わってしまった。
瞬間、顔面を強打する。とても、とてもとても痛い。痛すぎて泣きそう。
というより、目の前が滲んでるから多分泣いてる。
最後まで神様は僕に厳しかった。僕が何をしたっていうんだ!
とりあえず、死ぬ前に一句詠んでおこう。
「うり坊が、可愛い顔に、牙生やす。……うん、辞世の句をとっさに思いつける人ってすごいよね」
ただで死ぬのも悔しいから、気取ったことをしようと思ったんだけどな。
致命的に何かを間違った終わり方を選んだ気がする。
これなら、黙って死んだほうが、まだ安らかに逝けたんじゃないかなって。
そう思って、とりあえず仰向けになって空を見上げながら死ぬことにした。
口元を真っ赤に染めて、うり坊の頭をいくつかまとめて咀嚼するドラゴンと目があった。
??????
僕は、うり坊の群れに啄かれて、生きながら食べられて死んでいくものだと思っていたのだけど、実際は違ったようだ。
僕の最後はドラゴンが看取ってくれるらしい。
なんとも豪勢なことだね!
「ってそうじゃないだろ!? なんでこんなところにドラゴンが!?」
死を覚悟した……失礼。生を諦めた僕ですら錯乱くらいする。
なにせ、ドラゴンは超希少な種族であり、各々が広大な縄張りを統治し、その縄張りから出ることはまずないと言われている魔物だ。
その力は強大であり、魔族ですら束になってもかなわないと言われている。
そんな、おとぎ話に出てきそうな伝説が、目の前でもしゃもしゃとうり坊の群れを食べている。
なんか一周回って愛らしく感じてきた。すごい恐ろしいはずなのに、大人しく食事しているだけだからそう見えるのかも。
学ばない男だとは思うけど、この可愛い生き物に襲われて死ぬなら本望かな。
というより、ドラゴンに出会った時点で生還が絶望的なんだけどね!
生きて帰ってきただけで、基本英雄扱いだよ! ハハッ、笑えねぇ!
「ま、最後とはいえドラゴンを見れたんだ。異世界堪能したって言えるんじゃないかな」
うん、満足満足。
……できるわけないだろ!?
なんで一度受け入れた瞬間に猶予が生まれるんだ! ふざけるなよ!
生きたいに決まっているじゃないか! そのためならなんだってやってやるぞ!
決心を決めた僕に怖いものはない。
例え、うり坊を食し終えたドラゴンが物欲しそうな目でこちらを見ていても、平気で立ち向かっていける。
ふ、僕の勇気をとくと見るがいいよ!
僕は、頭からかじりつこうとするドラゴンに、渾身の攻撃を仕掛ける!
「いや、僕なんてそのまま食べても身も少ないし、あ、うり坊よりはあるかもだけど、でもでも、きっと煮込んだほうが出汁が出て美味しいと思うよ、うん。そうだ! 僕を煮るための鍋を作ってあげるから、えーとあれだ、とりあえず食べるのストップ! ストーップ!」
ことができたら、ここまで苦労してないよね。
仰向けの体勢から瞬時に土下座の体勢に移行し、ありったけの笑顔を浮かべて行われた命乞いだ。渾身の出来と言っても過言じゃない。
例え、相手が腹ペコドラゴンだったとしても口説き落とせる素晴らしいセリフだった。
なんで、僕は死にかけるたびに体を張ってウケを取りに行くのだろうか。もうそれが、僕の貫き通すべき芸人魂ということなのだろうか。
「ふむ。煮る、というのはどういうことかわからないが、美味しくなるというのはいいな。おい、人間。ちょっとやってみせろ」
「はい! ただいま!」
ああ、頭からがぶりといかれるのはどれくらい痛いのだろうか。首から上を噛みちぎられた時点で意識が飛ぶとか、丸呑みにしてもらえるとか希望的観測にすがろう。
神様、そろそろ僕にお恵みを……。
ん? 僕は今、誰に返事をした?
右を見る。人の姿は見当たらない。
左を見る。やはり人などいるわけもない。
後ろを振り返る。うり坊ですらいない。
もう一度前を見る。
ドラゴンが、理知的な目でこちらを睨みつけていた。
うん、ドラゴンは知能が高いって言ってたね。そりゃ人間の言葉のひとつやふたつ話せたっておかしくないよね。そういうことにしておこう。
「って、えぇ!? ドラゴンが喋った!? しかも命乞いが通った!? 嘘でしょ!?」
「なんだ。美味しくなるというのは嘘だったのか。ならば、頭から一息に」
「待って待って待って! 美味しくなる! 美味しくなるのは本当だけど! え、本当に、ドラゴンと会話してる。すごい。感動モノだ。これから会話相手に食われるけど」
母さん、僕は異世界に行って、ドラゴンと出会いました。
ドラゴンは、お前を美味しく食べたいから、自分で料理してみろと言ってきます。
自分から蒔いた種ですが、理不尽だと思います。
これは、僕の料理の腕を見せつけて延命を申し出るしかありません。
一世一代の大勝負。
一時間後にもう一度来てください、本当の異世界料理を食べさせますよ。