異世界エージェント組織、またの名をギルド−2
ギルド編は続く。
よろしかったら次の話もどうぞ!
さて、迫る王様の魔の手からの脱却を図り見事に失敗した僕ですが、めげずに頑張っていきたいと思います。
「そこの彼は僕が預かるよ。君は仕事に戻るといい。では、元勇者のお付きくん、ついてきたまえ」
そう言って、優雅に振り返り歩き出した彼の背を見送る僕と受付嬢さん。
このままでいたら、今の面倒そうな話が流れて薬草採集に出かけられたりしないかな。
無理か。
「いつまでもそこにいないで、早くこちらにきたまえ。あまり人前でする話ではない」
「あ、はい。今行きます。ですから、その左手に渦巻く風を収めてくれると嬉しいです」
受付嬢さんに再度の礼を告げ、興味津々といった視線を向けられながらも、僕はギルドの奥へと進む。
脅しに屈する僕はやはり心の弱い人間なのだろうか。
いや、あんな冷たい笑顔で攻撃魔法っぽいの向けられたら、びびるよね。僕の対応は正解。
「王に食らいつこうとした不遜な君だ。おそらく、理解してくれるとは思うが、君にはギルドの方から特別なクエスト斡旋をさせてもらう。召喚された者としての強力な能力を、存分に活かしてくれたまえ」
「その召喚も、そちらの都合ではありましたけどね」
カウンターの奥へと繋がる扉をくぐり、少しした頃。
せっかちなのか、それとも僕ごときを接待する気はないということなのか。
どこかの部屋に入ることもなく、人がいなくなった廊下で彼は話し始めた。
歩きながらだから、どこかに案内するつもりではあるのだろうけど、先行きは不明だ。
「ふむ、本当ならば、高位の魔物の討伐を依頼したいところなのだが」
と言って、じろりとこちらに冷たい目線を向けてきたので、全速力で首を横に振る。
誰がそんな依頼を受けるものか。死んでもゴメンだ。
「召喚されたばかりで、スキルの把握すらできていない君には難しいだろう。確か、冒険者としての名前はサーブくんだったかな。君も初心者冒険者なことに変わりはない」
嫌な予感がする。
今すぐただの薬草採集に行きたい。初心者を初心者扱いしてほしい。
「比較的簡単な錬金術の素材採集の依頼を受けてもらおう。この依頼中に、君の獲得したスキルについて理解を深めるといい」
あれ? 思ったよりも優しい? 反抗的な態度を隠してないし、絶対に無理難題を押し付けられると思った。
ドラゴンの巣から卵を2つ持って帰ってこいとか。
「錬金術の素材というのは簡単に手に入りやすいものと、極端に入手が難しいものの2種類が主だ。ここまで言えばわかるとは思うが、今回は入手の難しい希少素材の納品を頼む」
ああ、知ってた。そんな容易くいくわけないよね……。
僕のスキルが何をできるかは、実は少ししか理解できていない。
むしろこんな短時間でいくつかできることを見つけただけ、褒められていいと思う。
「サーブくんの奮闘に期待するよ」
言葉と同時に手近にあった扉を開ける彼。
結構広い部屋だ。隣いくつかの部屋をぶち抜いて作ったのかもしれない。
そういえば、彼の名前も、どんな立場にいるのかすらも聞いていなかった。
これは、押しの弱い僕が悪いのかもしれない。
必要な情報を集めきれるだけの状況を作り出せない。この異世界に来てからずっとだ。
「この部屋は素材の倉庫だ。依頼分を超過する素材を回収してきた場合、ギルドがそれを買い取ることがある。ここはそれらの素材置場だな」
彼は説明もそこそこに、奥の方の棚へと進んでいく。
これは僕も入ってもいいのだろうか? 色々と物珍しいから、ついつい誘われて足を踏み入れてしまったが、何のためにここに連れてこられたのかわからない。
「今、採取してほしい素材の見本を出そう。見つけるのに少し手間取りそうだから、素材に触らなければこの部屋を見て回っていて構わん。ここに置いてある素材はどれも価値があるものばかりだから、依頼先で見つけることがあれば、収集しておくといい」
「あ、はい。ご親切にありがとうございます」
なるほど、これは彼なりの便宜ということだろうか。
普通、一般の冒険者をギルドの素材倉庫に入れたりなどしないだろう。盗まれるかもしれないし、それ以外にもリスクはいくらでもある。
だが、それをおしてでもここに入れてくれたのは、無茶振りをされる僕へのささやかな餞別だろう。好意的に受け取っておけば、何も恐れることはなかった。
言われたとおりに部屋の中を散策して回る僕。
実はさきほど薬草を見た時から、気になっていることがある。
多分、僕のスキルの影響なのだが、素材の手に入れ方と使い方がわかる。
とは言え、全部の素材の使い方がわかるわけではないし、手に入れ方もそこまで具体的じゃない。
この草は煎じればどんな毒でも消せるとか、この骨は断面が異常に鋭いが割れやすいので即席のナイフにぴったりだとか、この花は暑い地方の森の地下空洞でしか手に入らないとかだ。
正直、手に入れたスキルの汎用性が高すぎて驚いている。
素材をひと目見ただけでここまで情報を手に入れられるなど、全く想像だにしなかった。
もしかしたら、字面だけで弱いと思っていたけれど、結構強いスキルなのかもしれない。
まだ誰にも明かしていない僕の切り札だ。慎重に扱っていこう。
「む、この棚にしまっていたはずなのだが、どこへ行った?」
彼の素材探しの方は難航しているようだ。
これだけの量の素材があれば、ごっちゃになってしまうのもわかる。
整理整頓を徹底するには、ちと無理がありそうな量だ。
「むぅ、この棚でもなかったか? これは勝手に持ち出した研究員がいるな? 始末書ものだ、まったく」
最初の印象はクールな有能魔法使いといったものだったが、独り言を聞いていれば親しみも生まれる。
勝手に、厳しく冷たい人物だと思いこんでいたかもしれない。
反抗的な態度だったのにほとんどスルーしてくれたし、いい人かもしれない。
そして、考えれば考えるほど、この世界の人たちもみんな生きているんだな、という実感が募っていく。
物語の世界じゃないのだ。
正真正銘の異世界で、僕はそこで生きていかなきゃならない。
生き死にの明確な、滅びがすぐそこまで迫っている世界で、生きることを考えなければならない。
まだ、この世界に呼ばれてから2時間と経っていない。
ごまかし続けないと立っていられないから、気丈に振る舞ってはいる。
でも、まだすべてを受け止めきれたわけではないのだ。
いきなり異世界に呼ばれて、仲間から捨てられて、それでも前を向いて生きていけるのは物語の主人公だけだ。
僕にはそれは難しすぎる。
きっと後ろを振り返り続けるし、めそめそだってするだろう。今なんとか立ち直れているのも奇跡的だ。
きっともとの世界だったら、彼女らに捨てられた時点で心が折れきっていただろうから、その点だけは異世界に感謝だ。
絶望している余裕も与えてくれないのだから。
異世界を舐めていいのは、物語の中だけだ。
「ん? なんだこれ」
考え事をしながらも歩き回っていた僕は、魔法使いの彼とちょうど真逆のあたりまでやってきていた。
ぶつぶつと素材を持ち出した誰かを呪う声が聞こえてはいるが、姿自体は見えない。
そんな折に、棚に奇妙なものを見つけた。
それは古ぼけた日記のようだった。
素材には触るなと言われたが、それ以外については何も言われていない。
こんな明らかに素材ではないものならば、ページを開いたって怒られないだろう。
屁理屈なのは認めるが、ここまで興味をひくものもなかなかないのだから。
だって、それは、タイトルが日本語で書かれた本なのだ。
しかも、タイトルは「ヴォイニッチ手稿」。
いや、これを手にとって読まない人がいたら、それはもぐりと言わざるをえない。
「さすがに、ここまでの存在感を放つものに出会えるとは、やっぱり異世界ってすごいな」
異世界関係ない気もするけど、もとの世界だったらそんなにおかしなものじゃないし。
この世界にあるからこそ、この本には価値があるのだ。
というより、なんで日本語の本がこんなところにあるんだ!?
今更だけど、おかしいよね! しかも、タイトルがヴォイニッチ手稿って、どこの層のウケを狙ったのこれ!? マイナーすぎない!?
「でもこれ中身は、え?」
え?
「よーし、見つけた! ギルドマスターである私にここまで手間をかけさせたんだ! 始末書だけで済むと思うなよ! 絶対に減給してやる!」
やばい、彼が素材を見つけたらしい。
というより、ギルドマスターだったのか。それにしては若く見えたけど、よっぽど有能なのだろう。
ちょっとせっかちだけど。
とりあえず、彼が来る前にこの本は袋にしまってしまおう。
こんな貴重な本を持っていかない理由もない。素材には触ってないし、無問題!
「ん、こんなところにいたのか。この辺は毒草も多くしまってあるから、誤って触れていれば死んでいたかもしれない。きちんと人の言うことが聞けるというのはいいことだ。冒険者はそれすら守れないものが数多くいるからな」
「え、本当ですかそれ。うかつに触らなくてよかったです。本当に、ええ」
早口気味になる僕。
危ない。予想以上に危なかった。
これで手稿が呪いの本だったりしてたら、多分僕は今頃オネンネする羽目になっていただろう。よかった……。
少し不思議がられたが、僕がびびっただけだと思われたのだろう。彼、改めギルドマスターは話を続ける。
「さて、これが今回採集してきてもらうことになるマンドラゴラだ。ごく一部の山場にしか生えず、生える数も少ないために希少性の高いきのこだな。珍しいだけで採集に危険を伴わないことで密猟者が好む素材でもある。おかげでこちらの供給が途絶え気味になってしまう。困ったものだ」
ほう、採集に危険はない素材。それはいい。
高山の天辺にあるとか、そのくらいの難易度なのだろう。
それならば、僕でも大して苦労せずに採集してこれそうだ。
「特徴をよく覚えてくれ。冒険者の基本は目と耳と鼻だ。運動能力も必要になるが、それよりも物事を判別する五感を鋭くしたほうが、大成につながる」
「五感、ですか? 戦闘能力とかじゃなくて?」
これは素直に疑問だ。
冒険者と言うからには戦闘してなんぼ。
武器を強く振れるとか、魔法を早く唱えられるとか、そういうのが大事なのかと思っていたのだが。
「そうだ。確かに戦闘能力のない冒険者の価値は低い。しかし、それが特殊な技能持ちだったりすれば話は別だ。そして、特殊なスキル、あるいは能力を発現させている者たちは、軒並み何かしらの感覚が鋭い。つまり、鋭敏な感覚こそが大成への近道となるというわけだ」
なるほどな。つまり、強力なスキルを手に入れたものは逆説的に感覚が鋭くなる、というわけかな。
この世界に来てから、僕の視力と聴力が異常に上がっていた理由が理解できた。スキルの効果だろうとは予想していたけれど、そういうシステムだったのか。
勇者のお供として呼ばれた僕のスキルが一等特殊なものであることは、火を見るより明らかだ。
いい話を聞けた。
でも、代わりに疑問が生まれた。
「スキルと、能力と言いましたか? もしかして、この世界で手に入る特殊な力には種類がいくつかあるんですか?」
「やはり鋭いな。その通り、〈スキル〉と【能力】は似て非なるものだ。スキルが後天的に手に入ることが多いものを指し、能力が先天的なものを指すことが多い。例外はあるが、覚え方としてはそれでいい。そして、スキルも能力も『ステータス』の魔法で見ることができる」
そう言われて、即座に『ステータス』の魔法を行使する。
さっき王宮で使った時は、あまりに慌てていて、自分が〈勇者〉のスキルを持っているかどうかしか確かめていなかった。
自分の獲得したスキルらしきものは記憶しているが、他の部分はうろ覚えだ。
目の前に、僕にしか見えないステータスが浮かび上がる。
よくよく見てみれば、いろいろな情報が書いてあることがよく分かる。
高橋三郎/サーブ=ハイブリッジ
種族:異世界人 性別:男 年齢:16
位階:F レベル:1
ステータス
HP:16
MP:10
攻撃力:5
守備力:6
持久力:18
敏捷性:37
器用度:21
知性:28
魔力親和性:193
運勢:4
APP:11
FA:1
スキル:〈狩人〉(複合スキル、〈鷹の目〉、〈梟の耳〉、〈気配〉、〈山菜名人〉)、〈一匹狼〉
能力:【迷える子羊】、【異界適応】、【女難】
まぁ、ほとんど最低値近くの貧弱男子高校生って感じですね。
つらい。