勇者一行マイナス1
今回は王宮での最終幕。
よかったら、次話もお読みいただけると作者はとても喜びます!
掛井さんの顔には困惑がありありとにじみ出ている。
掛井さんは、僕たち4人の誰かが勇者だと思っていたようだ。
そんなことがあるはずない。だって、他の3人の顔を見れば、困惑どころか不安もない。
あれは、掛井さんが勇者なら絶対安心だと信じ切っている顔だ。
僕だって、掛井さんが勇者なら心強い。
だって彼女は本当に優しくて、聖女のような人なんだ。
魔族なんて、彼女を見ただけで浄化されてもおかしくないんだ。
「さて、勇者はそちらの貴君か。まさか唯一のおなごが〈勇者〉持ちとはな」
だけど、だけどだ。
どうしよう。スキルの存在自体は証明できたが、それ以上に、どうもできない状況に追い込まれた。
掛井さんは気遣いの人だ。
クラスで孤立していた僕を誘い出して、自分の仲良しグループと馴染めるようにしてくれた、僕の大恩人だ。
最初はあの3人もいい顔をしなかったし、正直見下されてたと思う。
だって、クラスメイトの軽いいじりにも対応できない。陰口を言われたって言い返せない。
根暗なやつだって思われてたはずだから。
でも、掛井さんは僕をそんな教室の隅っこから救い出してくれた。
自分が仲良くしたいって思ったんだから、きっとあなたたちも仲良くなりたくなるはず、って言ってくれたんだ。
その一言が、僕をどれだけ救ってくれたか、どれだけ僕を奮い立たせたか。
きっと掛井さんに自覚はないんだろうけどね。
そんな優しすぎる掛井さんが、この世界をほうっておけるだろうか?
いや、ここで断るようなら、それは掛井さんの皮をかぶった誰かだろう。
彼女は、進んで助けに行く。
たとえ、それが僕たちに負担をかけるとわかっていても、捨て置くことなどできないはずだ。
「さて、勇者よ。名前を聞こう。そういえば、名乗りをさせていなかったことを思い出した。いつまでも貴君らと呼ぶわけにもいくまい」
なに、勇者は悪いようにはせんよ、勇者は。
王様がそう続けたように聞こえたが、幻聴だったかもしれない。白髭に覆われたその口は、すでに閉じられていたのだから。
「掛井、由香です。獲得したスキルは……〈勇者〉」
僕を支える事も忘れて宙ぶらりんになっている腕は、何を求めているのだろう。
掛井さんに支えられなくても立てるようになってしまった僕は、いったいこのあとどうなるというのだろう。
「じゃあ、次は俺だ。赤葉曜。獲得したスキルはすごいぜ! 〈イケメン〉だってよ! かーっ、やっぱり俺選ばれてんな」
ああ、なんとも彼のチャラさを表した〈スキル〉だ。彼が見た目だけでなく、性格までイケメンなことをきちんと理解していると見た。
でも、スキル名が〈イケメン〉って、なんだか響きが間抜けだよね。そういう、三枚目っぽく見えてしまうときが多いところまで含めて彼の愛嬌なんだろうけど。
「俺の名は小嵐勝雄! スキルは〈天賦〉! 武道、スポーツ、その他肉体を使うことが得意だ! よろしく頼む!」
こんな時でもいい笑顔で笑えるのは、彼の美点だろう。僕はさっきから全然笑えないし。
脳筋気味だけど、彼の場合はどっちかっていうと行動力が溢れているって感じだ。野生の勘で正解までの最短を駆け抜けているんじゃないか、とはもっぱらの噂だ。
まぁ、筋トレと体を動かすことが趣味で、暇があれば運動部の助っ人をやっているとか、どこの物語の登場人物だよってこと普段からしてるけど。
「ん、僕の番かな? 僕の名前は藤原拓実。獲得したスキルは〈無限書庫〉だ」
それだけ言って、今の今まで読んでいた本に顔を落とす彼。
いや、待って、いつからその本読んでたっけ。さっき僕が見た時にはもう手に持ってた?
というより、ここ玉座の間とかそんな感じのところなわけだけど、いつも通りなの? マイペース過ぎない?
彼はいわゆる本の虫で、どんなときでも本を手放さない。
読書至上主義なために、周りのことをあまり気にしないし、本さえ読めればなんでもいいと思ってる節もある。流されることに苦痛を感じないタイプだ。
そして多分、彼のスキルは名前からしてどこかに本をしまっておくスキルだ。取り出せる本がどれだけあるのかはわからないけれど、便利な能力だと思う。
地味だけど。
そして、僕の番がやってくる。
「……僕の名前は高橋三郎。獲得したスキルは、あー、黙秘する」
考えながら言った瞬間、そばに立っていた掛井さんがすごい勢いでこちらを見た。
あまりに速かったから、その黒い滑らかな長髪が僕の肩をパシパシと叩いたのにも気づかなかったみたいだ。
僕は、そんなことに気を取られていい場面じゃなかったのだけれど。
「高橋くん、それどういうこと?」
それは、あまりにも真剣な言葉だった。
そして、僕が選択肢を致命的に間違った瞬間でもあった。
「私は、私が勇者として呼ばれたのなら、ここの人たちを救ってあげたいと思う。私に巻き込まれて、高橋くんたち4人を連れてきちゃったのは本当に申し訳ないけど、でも、だからこそ」
それは何かの間違いを期待する目で、実際にそれは些細な取り違いでしかなかったんだけど、それをただの勘違いで済ませるには、場所と相手が悪かった。
僕がなにか言うよりも早く、その朗々たる声が広間に響き渡る。
「なるほど、よくわかったぞタカハシサブロー。貴君は勇者と協力することはできない。信用することができないと言いたいのだな?」
掛井さんの言葉を上書きするように、王様が言葉を挟んでくる。
確かに正攻法を好む人柄なのだろうが、なりふりかまっていられないらしい。
この王様は、戦うことに反対する僕を、仲違いさせて追い出すつもりでいる。
今の発言は、王様にとって格好の付け入る隙となったのだろう。
ああ、失敗した。
違うんだ、掛井さん。僕は貴女を信用していないわけじゃないんだ。
僕が信用していないわけがないんだ。
ただ、僕のスキルは秘匿しておいた方が都合がいいから、黙っていようと思ったのに、そのはずだったのに。
「先程から、伝わってきていたぞ。なにがなんでも、自分たちが戦わなくて済む方策を探っていたことが。臆病者か? それとも背信者か?」
悪魔の笑みだ。
あの年老いた王様が浮かべるのは、人を貶める時の悪魔の笑みそのものだ。
僕は、凍りついてしまって何も言うことができない。
「戦いたくないならば、どこへなりと消えるがよい。誰も、貴君に戦うことを強制しない。貴君らは仲間かと思っていたのだが、案外薄情なものだな。仲間との戦いよりも自分の命を取るか」
彼女たちの向ける視線が変わっていく。
ああ、覚えているその冷たい視線。
僕がまだ教室の隅っこにいた頃に、嫌というほど味わったあの視線だ。
彼女たちには向けられたくなかった、彼女だけには向けてほしくなかった視線だ。
結局、僕は夢を見ていただけだったのだろうか。
彼女たちの真の仲間には、なれていなかったのだろうか。
僕は、いつまでも孤独で、仲間はずれにされ続けなきゃいけないのかな。
神様、星座占いが最下位だったからって、これはあんまりだと思うんです。
「だからこそ、みんなで、一緒に支え合って生きていきたかったのに。高橋くんは違ったんだね」
神様なんてものに頼ったからいけなかったのかな、星座占いなんて冗談でも口にしたのが悪かったのかな。
「ばいばい。君のこと、信じてたんだけどな」
彼女にそう言われたら、僕はばいばいするしかないじゃないか。
吐き捨てるように告げられた言葉は最後通牒で、彼女だけじゃない。
みんなして僕にゴミを見るような目を向けていた。
伝えたかった言葉はもうきっと手遅れで、動くべき時に動けない僕にできることは、やっぱりこの世界でもないようで。
とぼとぼと、僕の身長の数倍はありそうな扉に向かって歩き出した僕を、不信の視線が4対、いつまでも、睨みつけていた。