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異世界でドラゴン専属の料理人やってます  作者: 雨後の筍
勇者にはなれなかったけど、ドラゴンとは契約できました
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勇者の資格

誰が勇者でしょうね?

よろしかったら続きもどうぞ!

「別に強制はしない。強制したところで、貴君らに機嫌を損ねられて困るのは人間のほうだ。だが、人間が魔族に負けたあと、果たして勇者がどんな扱いを受けるのかまではあずかり知らない」



 頭を上げた王様の表情は厳しく、その弱みを見せる発言すらもこちらに向ける刃だった。弱き者だからこそ選べる潔さがそこにはあった。

 たとえ力がなくとも、意志まで弱くなるわけではない。そして、自分の都合を優先するからといって相手を軽んじる必要もないのだ。


 王様の瞳に浮かぶ憐憫(れんびん)は、年月を思わせる顔の小皺(こじわ)とあいまって、ひどく寂しげだった。


 僕は掛井さんの胸から顔をあげる。少し残念そうな顔をされてドキッとしてしまったが、今はそんな場合ではない。

 そんな場合ではないので、なんとか鋼の理性でなんでもないように装って立ち上がった。


 瞬間、崩れそうになった僕を、掛井さんが後ろから支えてくれる。

 情けない。腰が抜けているのか、膝がガクガク震えて1人じゃ立てそうもない。



「受けてくれるな? もちろん、出来る限りの支援は約束しよう。すべてが最高の待遇だと思ってくれて構わない」



 それでも、ここで黙っているわけにはいかなかった。

 言うべきことも、やるべきこともまだ残っていた。


 気遣いの人である掛井(かけい)さんには無理だ。環境にこだわらない藤原くんも無理だろう。小嵐くんに難しい話はできないし、赤葉くんは調子に乗りやすい。


 この場で、僕しか、彼と対峙することはできないのだ。


 だから僕は、彼らには言えないことを、彼らにはやれないことをやる義務がある。

 それが仲間ってことだから。



「どうだろうか? 武器だって防具だって、食も部屋も最高級だ。遠征するなら、先々でも最大限に便宜(べんぎ)を図る。悪くない話のはずだ」



 さぁ、考えろ。自分だけが頼りだ。彼らを守れるのは、きっと僕だけだ。


 受ける? 自分たちの命を無理矢理天秤に載せられて、勝手に首を縦に振らされて、それで納得するやつが本当にいるってのか?


 それで納得するなんてよっぽどの善人か、何も考えてない脳筋くらいなもんだろう。賢い人間ならば、頷くわけがない。


 なにせ、僕たちを呼ぶほど戦況が悪いなら、兵士たちがどれだけ集まったって、魔族は倒せない。そして兵士では、魔族を倒すために呼んだ僕たちには勝てないのだ。


 何を恐れる必要がある? 今すぐにこの王宮だか王城だかを飛び出して、5人で片田舎で平和に暮したっていいのだ。きっと人間が滅びたって自由に暮らし続けられるだろう。

 それだけの力を、僕たちは秘めているはずだ。


 まぁいきなりそこまでしなくても、呼び出したのだから、送り帰す魔法もあるかもしれない。

 でも、今この場でその魔法について教えるわけがない。


 教えるにしたって、魔族をやっつけたあとに勇者という神輿(みこし)が邪魔になった時に、慈悲があれば教えてくれるかどうかだろう。

 厳格だけど優しそうな王様だし、もしかしたら、魔族さえなんとかすれば帰してくれるだろうか?


 初っ端から脅しをかけてきたけど、人間を守るためには必要な(くさび)。優しい王様だ。

 合理性を重んじて、真実を伝えてくれると助かるのだけれど。



「あの、」


「ああ! 受けるぜ! みんなも、もちろん賛成だろ!?」



 ああ! 人が質問しようとしていたのに! もちろん反対したいに決まっているだろう!?


 実際、王様から提示された情報は少なすぎる。本当に最低限の説明だけで人は動けないのだ。正義感が強い上に拳が先に出るタイプの小嵐くんだから、まぁ半分くらいは予想してた。

 困ってる人がいたら助けたくなるのはわかるけど、ちゃんとメリット・デメリットを考えてから発言してほしい。


切実に!



「だからね、」


「ああ、俺もいいと思うぜ。なにより、世界を救えるくらい器の大きい男、って称号は俺にふさわしいだろう?」



 ああ、僕は良くないと思うよ。なにより、人の会話をさえぎるくらい自己主張の激しい男が、このグループにはなんで2人もいるのかな?


 藤原くんと掛井さんを見習ってほしい。2人とも僕の方を見て、すごい申し訳無さそうな顔をしている。

 君たちが謝ることじゃないんだ……あの2人が悪いんだよ。



「ちょっと、黙ろうね君たち。今から大事なことをいくつか聞きたいから、邪魔しないでくれよ? 君たちが王様の頼みを聞きたいことは、よーくよくよく伝わったから」



 僕が珍しく苛立っていることに気づいたのか、2人はバツの悪そうな顔をして黙り込む。自己主張の激しいことは欠点ではないけど、事ここにいたっては問題しか生じない。


 こういう場面はもっとスマートにいくべきなのだ。いや、トントン拍子という意味では、彼らも間違ってはいないのだろうけど。


 ……彼らのほうが100倍勇者っぽいよねぇ。



「王よ。質問を幾つかお許しいただけますか?」


「構わない。貴君らには聞く権利がある」



 やはり、王様は公平な人物なのだろう。あの2人の暴走につけこめば、僕たちみたいな人生経験の浅い高校生くらいなら、簡単に籠絡(ろうらく)できたはずだ。


 そうはせずに、僕たちの自主性を重んじている。非常に理性的な王様だ。彼が勇者召喚を実行する国の王様だったことは、本当に幸運だったとしか言いようがない。



「僕たちは突然ここに呼び出されたわけですが、もちろん帰還の手段は用意されているのですよね?」



 その質問を聞いて、先走った2人がハッとする。あまりにも唐突のことだったから仕方ないとは思うけれど、男の子らしい英雄願望よりも現状を考えることを優先してほしい。

 王様は、言いよどむ仕草をしたが、考えをまとめたらしくこちらをじっと見つめる。



「ああ、ある。だが、それをすぐに実行することはできない。詳しいことは今は割愛させてもらうが、魔力切れでしばらくはどうにもできん」



 ふむ、そうきたか。


 思ったよりも誠実な回答だ。正直、そんなものは存在しないと突っぱねられるか、魔族を倒さねば実行できない、とか言われると思ってた。


 それを魔力切れです、ときた。


 これが真実ならばいい。


 人間だけで巻き返せるくらいまでに戦況を回復させるだけでいいからだ。

 そこまでいけば、きっと僕たちを帰してくれる。


 甘い見通しだが、それ以上の介入はむしろお節介というものだろう。

 できるなら、自分たちの生存圏くらい、自分たちだけで守って欲しい。


 さて、問題はこれが嘘だった時。


 ……いや、嘘だった時、僕たちは自力で元の世界に帰る手段を見つけなくてはならない。


 ならば、それは魔族との戦いに参戦するのとどちらが過酷なのだろうか。

 道なき道を探して、その果てに答えがあるのかすらわからない。

 考えるだけ無駄だ。王様の言葉を信じるしか、僕たちに残された道がない。


 完全に手詰まりだ。



「では、次の質問をよろしいでしょうか。この場に召喚されてから、妙に五感が鋭くなっているのですが、何か心当たりはございませんか? おそらく、僕の仲間が虚空(こくう)から本を取り出したのと、同じ理屈だとは思うのですが」



 それを聞いて王様が一瞬、驚いた顔をしたのを忘れない。

 すぐにその(しわ)の下に覆われてしまったが、気づかれるとは思っていなかったらしい。

 よし、この事実を僕たちで共有できているかどうかで、話の流れは大きく変わる。


 この力の存在があるだけで、僕たちが戦うかどうかを選べるようになる。


 兵士たちの武力に怯えなくていいのだ。なにせ、勇者としての力はもうすでに僕たちに宿っているのだから。

 僕たちがどんな選択をしても、彼らには咎められない。


 他力本願に見せかけた(あど)しで覆い隠そうとしていた、僕たちが無力ではないという事実。

 これが、僕たちの自由のための鍵だ。


 ああ、僕はなんでこんなファンタジックな状況で、異国の王様と駆け引きなんてしているのだろう。冷静な思考回路が戻ってきたおかげで、頭がクラクラして仕方ない。


 異世界、王様、兵士、勇者、魔王、魔族、魔力。


 確かにネット小説を読むのは好きだ。主人公たちの活躍を見ているだけで、僕も活躍しているかのような気持ちになれるからだ。


 でも、誰だって自分がその役割になりたいとは思わないはずだ。

 読者だから気楽でいられるのだ。


 本当に魔物が目の前に現れて、その時僕は(おそ)れずに立ち向かっていけるのだろうか?

 兵士たちが武器を構えて襲ってきただけで、怯えすくんで茫然自失した僕が?


 今も掛井さんに支えてもらっていなければ、王様にすら立ち向かえないこの僕が?


 でも、立ち向かわなきゃ、きっと彼らは戦いに行ってしまう。

 だって、みんな心優しいんだ。

 チャラそうでも、脳筋でも、冷徹でも、高嶺(たかね)の花でも、優しすぎるんだ。


 彼らが戦場で傷つくのなんて見たくない。

 彼らは心優しいから、他の人の分まできっと頑張ってしまう。

 人間たちを救うどころか、魔族と人間が平和に暮らす世界だって作ってしまうかもしれない。


 でも、その代わりに彼らが犠牲になるというのならば、僕は全力で押しとどめよう。

 この世界の人間がどうなっても、彼らが傷つくよりよっぽどマシだ。




 彼らを戦いに行かせないためならば、僕はどうなったってかまわないんだ。





「ふむ、いい覚悟の目だ。果たして、貴君が勇者かな?」



 王様の口元には笑みが浮かぶ。僕が戦うことに反対しようとしていることは、理解していないはずがない。この王様はそんなに無能ではいてくれない。



「貴君らはこの世界に召喚されたと同時に、〈スキル〉を獲得しているはずだ。このスキルは『ステータス』という魔法で可視化できる。もっとも、『ステータス』で可視化できるのはスキルだけでなく、本人の能力資質などもだが」



 そう言うと、王様は右手を開き大きく振り上げ、叫んだ。



「『ステータス』!」



 ……特に何も起こらない。

 え? 今の大仰な仕草で何も起こらないの? 嘘でしょ?

 こんなときに悪ふざけはよしてよ、王様。



「と、今のようにすれば『ステータス』の魔法を使うことができるはずだ。もちろん、魔力があることが前提だが、貴君らが失敗することはないだろう。ちなみに、発動する時に他人にも見えるように念じると、そのように表示される」



 つまり、今のは自分だけに見えるように発動した、と。

 それ発動する意味あったの……? やり方だけ教えてくれればよかったんじゃ?

 実はお茶目なところもあったりするのだろうか、王様。



「貴君らも試してみてくれ。そして、〈勇者〉の保有者には名乗り出てほしい。……最悪、勇者さえこちらに参戦してくれればいいのだ。そこの雄弁(ゆうべん)な貴君が勇者であることを祈りたいな?」



 いや、お茶目などでは決してない。理性的で、公平で、だからこそ狡猾(こうかつ)な王様。


 後半の言葉は、きっと僕にしか聞こえなかっただろう。だって、あんな不穏なことを言って誰も反応しないわけがない。

 でも、兵士もみんなも誰一人動揺していない。


 口に出す必要もないのに、僕らを試したのか?

 なんて悪辣な王様なのだろうか。


 僕が勇者ならば、今すぐにでもみんなを連れてここを飛び出すだろう。

 でも、僕以外が勇者なら……誰が勇者でも、きっと頷いてしまう。

 だって、苦しんでいる人を見捨てられないから。


 ああ神様、こんな時だけお祈りする不信心な僕をお許し下さい。

 どうか、僕こそが勇者でありますように。

 英雄願望でも何でもなく、ただ仲間を守るため、僕こそが勇者になれますように。


 王様の目が僕を射抜く。きっと王様にはわかっているのだ。僕が勇者であるわけがない、と。

 何を根拠にしているのかもわからない。でも、僕自身がそれを認めそうになっている。

 だって、この5人の中に勇者がいるって言われたら、それは、




「「「「「『ステータス』!」」」」」




 彼女以外にありえないって、僕だって思ってしまうから。


 ああ、神様。



「え、私が……勇者?」





 どうして、彼女らに試練を課すのですか。


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