【荒喰の契約】
こんばんわ!
本日の夜更新です!
戦闘合間の息抜きですね。
僕は走っていた。
洞窟から先に飛び立っていった、サンドラの向かった方向はわかっている。
決着がついてしまう前に、まだ間に合ううちに介入しなきゃいけない。
僕が手に入れた力がどんなものかもわからない。
でも、きっとなんとかできるって自信だけは湧いてくる。
だから、走らなきゃ。
あの闘いを止めるんだ!
「さっきから森がざわめいてる。鳥たちもすごい勢いで飛び立っていったし、すごい爆発も見えたね。お願いだから、お互いに無事でいてよ……重傷とか洒落になんないかんね!」
闘っている場所はそんなに遠くない。
2人の足が速いとは言っても、5分じゃできることは限られている。
ましてや、その貴重な時間を僕なんかに割いたんだから、余裕があるわけない。
僕が走ってもすぐつきそうなところで、争っている。
きっと罠なんかもなく、正々堂々とだ。
あの2人には手こずりそうだってサンドラも言ってたし、最初は様子見してくれていることを願おうかな。
じゃないと、勝敗は明らかなわけだし。
「なんで負けるってわかってて挑んじゃうかな。勝算がないのに戦うなんて、馬鹿のすることでしょ」
心は熱く、それでいて頭は冷静に。
今の僕のコンディションは絶好調だった。
やっぱり、色々と吹っ切れたのが響いているのかもね。
今なら、なんだってできそうな気がした。
無敵かもしれないと思っていた。
そう、調子よく走っていたら、なんか向こうの方から大洪水が襲ってきていたとしても!
「いやいやいや、意味わからないから! なにがどうなったらそんな洪水が起きるわけ!?」
まぁ、普通に考えたら、どうにかなるの領域を超えちゃってるよね。
川はあったけど、どんなに増水したってこの規模にはならないでしょ。
多分、どっちかの魔法なんだろうけど、僕にまで被害が来るようなことしないでほしい。
というよりこれ、洞窟にいたら溺死してたんじゃない!?
この勢いなら絶対そうなってたよね!?
僕まで巻き込むな!
一瞬のうちに濁流はもうすぐそこまで迫ってきている。
逃げることはできない。
「ええい! 手に入れたばかりでよくわからないけど喰らえ! 僕の【異能】を!」
仕方なし、ぶっつけ本番である。
こんなのに巻き込まれたら、あちこちの木々にぶつかって死んでしまう!
その前に溺死するかも!
「そんなことになってたまるか! 【魔界の植物】の力を見るがいい!」
僕が意識した瞬間、手にした魔導書が光り輝く。
毒々しいまでに濃く漏れる緑の光。
生命力を嫌というほど感じさせるその光は、地面へと降り注ぎ木の芽の発芽を促す。
そして、自然界にありえざる速度で成長する。
次の瞬間、目の前にまで迫った濁流は、猛烈に成長した木々と蔦に阻まれ、その横を流れていった。
僕は腰をぬかしてそれを見上げていたが、ふと思った。
この世界の植物もたくましいけど、なんかもっとすごいのがあるもんだなぁ、と。
「えー、いや、えー。もしかして異世界に飽き足らず魔界的なのが本当にあるの?」
目の前に召喚された巨木は、水を吸ってどんどん成長している。
僕がいるところには全く水を通さないから、とても優秀だ。
「いや、そうじゃなくて、あれ? 思ったよりも遥かにすごいぞ? 確かに防いでくれ! って思いながら使ったけど、本当になんとかしてくれちゃうのか」
びっくりした。
それと同時に、安堵した。
この力があれば、本当に闘いを止められるかもしれない。
なにせ、あんな大洪水すら退けてみせたのだ。
この樹なら、サンドラがぶつかったって倒れないだろう。
そう思ったからかなぁ。
なにか、大きなものが樹にぶつかった音がした。
巨木がバキバキと、少しずつ音を立て始めたのが聞こえる。
少しずつ、こちらに傾いできているのを視認してしまう。
なんだ?
どんな質量のものがぶつかったらこうなるんだ?
もしかして、これ僕ヤバイんじゃ?
感覚が鋭いのも困りものだね。
なにせ、絶望を最初に認識するのは、鋭敏な感知能力持ちだと相場が決まっているのだから。
「ってそんなことはどうでもいいよ! と、とりあえず樹の陰から出れば……! 水の勢いも弱まってるし! な、なんとかなってくれ!」
僕はヒーコラ言うしかない。
いやだって、安心だね! って言った直後に倒れるやつがある?
こんなんじゃ僕は先行きが不安だよ!
濁流に呑まれたらお先真っ暗だけどね!
はっはっは。
笑えない。
そんなこんなで、なんとか樹の陰から飛び出せた。
水は足元を流れる程度まで減っていて、足を取られそうにはなるけど、安全圏内だ。
樹が倒れるまでもう少しかかりそうだし、何がぶつかったのか今のうちに確認しておこう。
「大岩でも流されてきたのかな? 流木がまとまってぶつかったとか?」
「正解は我だ。残念だったな、サーブ」
なるほど、ドラゴンだったのか。
これは一本取られたな。
「ってサンドラ!? あんな勢いで衝突して大丈夫!?」
「あー、平気ではあるが、少し痛むか。まったく、こんな隠し玉を持っているとは思わなかった。思い切り真正面から喰らってしまったぞ」
思いっきりぶつかったはずなのに、彼女の声は元気そうだった。
というより、なにかの大技だったらしいさっきのを喰らって喜んでいた。
あーやっぱりドラゴンは闘うの大好きなんだなぁ、って思ったよね。
そして樹が倒れてきて、声だけじゃなくその姿が見えてきて、驚愕した。
体中が焼け爛れ、煙を上げている。
背中から樹にぶつかったのか、翼も片方変な方向に向いてしまっている。
鱗もボロボロと剥がれ落ち、あのつややかな夜瑠璃玉の美しさも失われてしまっていた。
有り体に言って、死に体だった。
「サンドラ!? 酷い怪我じゃないか! なにがあったの!?」
「ん? なに、あいつらの奥の手を喰らっただけよ。ちょいと濁流で身動きを取れなくして、雷の最上級魔法を叩き込まれただけだ」
「いやいやいや、重傷でしょ! いくらドラゴンが頑丈だからって、どう見たって今にも死んじゃいそうだよ!?」
「馬鹿め、この程度で誰が死ぬものか。ちょいと全身やけどしただけよ。舐めときゃ治る」
「それは冗談が過ぎない!? まぁ、見た目よりは元気そうだけど……本当に死なない? 大丈夫?」
僕が慌てているのを見て、サンドラはどこか嬉しそうだ。
誰かに心配してもらえるというのが珍しいのかもしれない。
でも、そうやって笑うサンドラが無理しているようにしか見えなくて、僕は余計心配になるのだ。
あんまり、無茶しないでほしい。
契約だって結んだじゃないか。
なのに、自分勝手に逝ってしまうなんて、そんなことは許されない。
そんなのは、契約違反だろう?
「大丈……む? ほう、安心しろ。我が死ぬことは絶対になさそうだ。そのまま、願え。我が死ぬことがないように、と」
サンドラが何を言いたいのかはよくわからない。
でも、僕には回復魔法も医療の心得もない。
できることは、ただ願うことだけだった。
「右手の甲に痣、か。確かに伝え聞いたとおり。だが、ここまでの力を発揮するとは知らなんだ。これはサーブがすごいのか、はたまた我との契約だからか」
サンドラが何かを言っている。
でも、集中し切った僕には朧気にしか聞こえてこない。
いい気分だ。
なにか大きなものに身を任せているよう。
夢を見ているのかもしれない。
目の前でサンドラが元気になっていく。
傷が癒え、翼がはためき、鱗が生え変わる。
前より一層しっとりと、しかしつややかに輝く鱗は夜瑠璃玉。
なんだろう。
なんだかよくわからないけど、サンドラが笑ってる。
口を動かしているけど、何も聞こえてこない。
僕はどうしてしまったんだろうか。
いい気分だ。
なにか大きなものに身を任せているよう。
「サーブ、おい! サーブ! そろそろ戻ってこい! サーブ!」
夢を……?
サンドラが叫んでいる。
んん?
いつの間にか寝ちゃってたのか?
傷ついたサンドラの前で願いを込め始めた辺りからの記憶がない。
でも、目の前のサンドラの体には傷一つない。
夢か?
どっちが?
何が起きたんだ?
「混乱しているようだな。まぁ、あとで説明してやる。とりあえず、お前は大人しくしていろよ。我は、少しばかりやつらを痛めつけねばならん」
「? いや、そうじゃなくて、行っちゃだめだって! 僕は君たちの闘いを止めに来たわけ!」
「む? 何故だ?」
状況はよくわからないけど、この首をかしげるドラゴンを止めなきゃいけないことは覚えてる。
というより、あんな怪我を負うような闘いはやめてほしい。
ん? あんな怪我したのに、もう全回復したの?
あぁ、頭がこんがらがってきた。
「ああ、そういうことか。なるほど、安心しろ。もうあんな下手はうたん」
それもそうだけど、それだけじゃなくってさぁ。
「それに、あいつらの心配をしているのだろう? 問題ない。もともと殺す気はないし、あいつらもそう簡単に死ぬたまでもないさ」
「え?」
「ちょっと不意を突かれたが、本当はさっさと小突いて終わらせるつもりだったんだ。痛い目を見れば、あいつらも学ぶだろう。なにせまだひよっ子だからな!」
そう言ってガッハッハと笑うサンドラ。
ちょっと豪快すぎない?
っていうか、最初からそのつもりだった?
ほえ?
「それじゃあ、僕の心配は無駄だったってこと? え、骨折り損のくたびれ儲け?」
「まぁ、そうかもしれない」
それを聞いて、どっと疲れた。
結果的にはよかったんだけど、脱力感が半端ない。
つまり、空回った?
「ふぅ……よかった。けど、そういうことなら先に言ってくれればよかったのに」
「そんなタイミングがどこにあった。いや、その、な? これから闘いに行こうというのに、先に手加減すると宣言していくのは、少しバツが悪くてな」
「眼を泳がせてる。誠意が足りない。今夜は料理なし」
「そ、それは話が違くないか!? こう、うまいこと終わらせてくるから、美味しい料理で迎えるとか、な?」
「ま、結末次第かな」
慌てるサンドラはやっぱり愛らしい。
無慈悲なドラゴンではないのだ。
冗談だってわかる、優しいドラゴンなのだ。
だから、彼女だけを送り出しても、きっと悪いことにならないと信じられる。
僕は強くなろうと思ったけど、やっぱり料理をつくってあげるほうが向いてるかな。
必死に弁解するサンドラに、僕は笑顔を浮かべて囁いたのだった。




