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Interlude1 優が消えた朝、柚の記憶。


 夢を見ている。



 柚が必ず護ると約束した彼が熊のような怪物に襲われようとしている。

 闇雲に、それでいて不用心に魔物が跋扈(ばっこ)する森を歩く彼を、草藪に紛れながら獲物として狙いを定めている。



 夢を、見ている。



 怪物は、彼に襲いかかった。しかし、彼は咄嗟の判断でそれを回避する。明らかに怪物のことを気付く様子は無かったところを見るに、偶然の産物だけで命を繋いだようだった。


 だから、次の光景は、当たり前のように起こってしまった。



 ──夢を、見ている。



 跳ね飛ぶ優の右脚。膝の付け根から、ばっさりと切り飛ばされてしまった彼は、何が起こったかわからないような表示のまま崩れ落ちる。


 そして、我が身に起こったことを理解した後、今すぐ耳を覆いたくなるような、劈く悲鳴。

 喉の、更に深奥。彼の根源的な恐怖心等から産まれたその声は、非道く耳に残る物だった。



 ──怖い、このままでは死んでしまう。

 ──まだ、生きたい。目指すべき物すら見つけてないのに。

 ──どうして、こんな目に俺だけが合わなければならないのか。

 ──憎い。弱い自身も、不条理な世界も。全てが。


 

 彼はそんなことを言っていないのに、柚にはそう聞こえた気がした。

 だが、どれだけ聞きたくない、目も覆いたい状況でも、それは出来なかった。



 ──夢を、見て、いる。



 そう、これは夢なのだ。であれば、自身の意思で動かすことの出来る手など存在しなかった。


 だから、彼が怯えて遮二無二に、無様に足掻くその姿を見ても、何も出来ない。


 そのまま、怪物は、彼に、突撃した────。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「──えっ」



 その日、柚は起床のタイミングで、当たり前のように側に居た人が消えていることを察した。

 なんだか良くない夢を見た気がして、嫌な気分がするこの状況下で、追撃するかの如く、その事実が重圧(プレッシャー)をかける。

 柚が間違えることの無い相手である優が、少なくとも今住んでいるこの城にいないのだ。



「……え、なんで? 私の力が、おかしくなったの?」



 優がいないことに対して、彼に何かあったのではなく、自分自身に問題があると考えた柚は、この一週間ちょっとで見慣れたステータスボードを開く。無意識的に、『優が無事ではない可能性』を排除したかったのかもしれない。




 名前:紫咲 柚

 年齢:17

 性別:女

 心:800

 技:550

 体:250


 スキル:[千里眼] [結界] [遠距離転移]

 [千里眼]:透視、未来視、遠く離れた場所を見ることが出来る等の視覚的魔眼複合スキル。使用者の意思、練度により効果が変化する。

 [結界]:外界からの干渉を防ぐ障壁を周囲に展開し、一種の境界を創り出すスキル。

 [遠距離転移]:遠く離れた場所に、空間跳躍することで移動出来る。転移先の詳細な情報を持たないままスキルを行使すると、転移事故が発生する。


 称号:[真実を見定める者]

 [真実を見定める者]:真実を求め、それを得ることの可能性を持つものに与えられる称号。屈強な意思と、信じ求める行動により、スキルの発動効果率に影響を与える。




「……変わって、ない」



 柚の力は『見る』、『知る』といった事象に偏りがあった。だからこそ、複数の意味で唯一無二の理解者である優には気を配っているつもりだった。また、彼との約束がそれに拍車をかけていたこともある。


 柚は嬉しかった。他でもない優が、二人でいるときは素を見せてくれて、更には助けを求めてくれたことが。



 人見知りな性格から、口下手な上に無表情。そんな柚は気付けば周囲のイメージで雁字搦めになっていた。

 好きなことを好きだと言えないストレス。それどころか、そういったサブカル的な趣味はいじめの格好の的だった。


 何度、『私は私だ』と叫びそうになったことだろうか。柚はこうあるべきだと、周りは言う。それを裏切らないようにする事でしか、コミュニケーションが取れない自分が許せなかった。



 そんなとき出逢ったのが優だった。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






「え、なに、男装女子? え、違う? 男……の娘? リアル男の娘? ……あの、hshs(ハスハス)させてくださいお願いします」

「し、しょうがないにゃあ──ってちょっと待てい!?」



 余りのネタ臭の強さに、反射的なネタ返答をする優を見て、柚は一目で確信した。



 ──この人と、私は友達になりたい。



 とても残念な感じの初会合だったが、彼女が求めていた存在がこの人なんだと、すとんと胸に落ちるようだったことを今でも覚えている。



「あ、ええと。俺達、じゃなかった。僕達はじめまして、だよね? その、色々すっ飛ばしすぎじゃないかなあ?」

「……紫咲、柚。よろしく」

「え? ああうん。僕は最上 優。縁があればよしなに」

「……それで、優は僕っ子? それとも俺っ子?」

「どっちでもねぇよ!! 男って言ったろーが!! ああもう、調子狂うなあ!?」

「……貴女も好きねぇ?」

「好き好んでこんな容姿してねえ!!」



 そんな感じでツッコミの嵐を受けながらの自己紹介も程々に、お互いの話を少しだけした。

 


「──てなわけで、俺はオタクだからってことでイジメられてた訳ですよ。たかが趣味の一つでなんでそこまで言われなきゃならんのかと。でも、邪魔されるのは鬱陶しい。だから、少しでもイメージを良くしようと口調を『大人しめの爽やか好少年』パターンでいこうと思ったんだが──」

「優、向いてない」

「さっき会ったばかりなのに非道くないですかね!? ばっさりじゃねーか!!」

「…………(ぽんぽん)」

「優しげな微笑みを浮かべながら肩を叩くんじゃねえよ!! うんうん、ってなんだ!! 泣けてくるだろうが!!」



 オタク趣味をオープンにしている彼は、中学の頃に、それはもう酷くイジメられていたらしい。テンプレ的なイジメは基本全て(こな)してきたと、何処か自慢気にしていたのは何故だろうか。

 柚からすれば、そんな優は強く輝いて見えた。

 自分のしたいことをするために、常に前を見据える。周り等関係無い。自分は自分だと言わんばかりの生き方が、柚には眩しかった。


 そして次は自身の話をする流れに。



「──というわけ。……私は表に出せなくて苦しい。好きなことは好きって、言いたい」

「ふーん? 人見知りって所に引っ掛かるけど、まあ鬱憤が爆発したのが今ってことにしておこう。……そうだな、柚は周囲の期待に応えたい。だけど、自分の趣味は諦めたくない。ふむん、これだけ聞くと我が儘な奴も居たもんだよな?」

「……。そう、だよね……」

「けど、それが悪いとは思わなんだよな。別に両方手に入れてしまえばいいだろ? ほら、目の前に丁度良いのがいるじゃない」



 一度は俯きかけた物の、続く言葉に再度顔を上げるとそこには、満面の笑みを浮かべた優の顔が。



「柚は我が儘だ。でも、自分のことなんだしそれくらいしたっていいと思う。やってることは真逆でも、君は俺と似てるって感じた。だから、俺は君の手助けをしたい。余り表立って俺と仲良くすればやっかみだってあるだろうし、約束でもしようか」

「……約束?」

「そう、約束」



 周りを気にせず我が道を行く彼と、周囲の期待に応え続ける私。

 そんな真逆な私達は、どうやらお互いに羨ましさを持っているらしい。

 彼は私の、周囲の期待に応え続ける姿に眩しさを感じたとのこと。自分は周りの評価など、何の価値すら感じないため、そんなことは出来る気がしないと恥ずかしそうに言った。


 だから、彼は私に親近感を見出してくれて、あまつさえ『約束』というこんな提案をしてくれた。



「一つ。二人のときは、お互い遠慮無しで話そう。二つ。周囲に視線がある時は、ただの知り合い程度の関係にしよう。三つ。こんな約束なんか無くったって、……俺達はもう友達だ」



 照れ臭そうに、手を伸ばして握手を求める優の姿を見て、一際強い情念が生まれる気配がした。

 ポーカーフェイスを笑顔で行っているつもりかもしれないが、耳は真っ赤だし目も逸らしたまま。

 特に最後の台詞なんて──。



「……最後の最後で、照れ隠し? それ、某アニメの台詞だよ、ね?」

「わ、分かってるなら、流してくれよ……」



 そんなやりとりに自然と声を漏らしながら笑ってしまう。こんな風に人前で笑うのはいつぶりだろうか。



「……ん、ありがと。優。貴方は私の親友(マブダチ)心の友(ソウルメイト)

「……ほんとに、知ってんじゃん。そっちだって台詞丸パクリだし」

「合わせて、あげたの。可哀相? だったから」

「余計なお世話だよ!! つかなんで疑問系!?」






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 それから、優は柚にとって掛け替えの無い存在となり、二年と少しの期間でその思いは大きく膨らむことになる。



 要は、お年頃特有のアレ──恋しちゃったのだ。



 普段は素知らぬ顔をするのに、実は裏では自分の良き理解者である。しかも、ある種の唯我独尊的な優は、滅多に周囲を気にすることはない。彼自身に良くないことがあると感じたときくらいだろう。そんな優が、二人でいるときは柚にだけ向ける優しさが存在する。それがどうしようもなく嬉しいのだ。


 その恋をしている事実を知っているのは、高校に入ってからの友人である美咲 茜くらいだ。


 話が逸れてしまったが、柚は優に首ったけだ。つまり、[スキル:千里眼]で優を見つけることが出来ないのは彼女にとって異常事態だ。

 彼への好意が明確な意思として、スキルの効果を上昇させる。この世界に来てから優を捕捉できなくなったのはこれが初めてだった。


 そんな状態で、平静を保てるわけもなく、パニックに陥りかけるも──。



「おーい、柚ー? 起きたー? 一緒に朝ご飯食べにいこーよー!! もーしもーし!!」



 彼女にとって、天の声に等しいものが、部屋の外から聞こえてきたのだった。

 


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