3 現状把握、とある人との関係性。
あの後、各自一人ひとつずつ部屋が割り振られ、夕食の時間まで自由にしていいと指示があり、優達はそれに従った。
六畳一間に衣装箪笥と簡素なベッドがある。また、ハンドベルが一個、壁に掛けられている。これは、所用があったときに使用人を呼び出す用の物だった。
とりあえず落ち着いて考えを纏めたかった優にとっては、良い流れである。
ベッドに腰掛け、先ずは現状把握に努める。
(信じ難いことも、受け入れないといけないよな。異世界に召喚された。それは、もう変えられない事実だ。とにかくここで生きなければならない。それをするために、順を追って状況をまとめよう。……事実は小説よりも奇なり、なんて言葉があるけれど、実体験は予想外過ぎるな……)
溜め息をひとつ吐き、頭を振る。
(……なった物は仕方ない。前を見よう。まず、これからのことを考えるに当たって、この世界のことを知らなければならない。言語については、どうやら読む・話す事は不自由なく出来るようだ。会話は王様達と通じたし、部屋に来るまでの通路にあった文字も読めた。ただ、日本語では無かったからよくある言語チートなんだろ)
異世界物の小説によくある設定として、言語が異なっていたとしても、召喚されると何故か読み書きが出来るという能力が付与されることがある。今回はそのパターンだと予想される。
(次に、この世界の常識。これについては、今後此処王城で習うことが出来るらしい。基本知識は大丈夫だと思うけど、他の信用度があるとは言えない。責め立てられ、人間族の窮地として俺達が喚ばれることになったと言う割には、城の窓外から見える城下の様子は穏やかなものだった。戦争の道具にされるパターンは、嫌だな)
勇者召喚にも、パターンがある。脅威があり、それを排除するために喚ばれたとしても、任意か強制なのか。強制の中には、騙されて奴隷のような扱いをされるものまである。また、その脅威を排除した後、裏切られて殺されるということもあるのが注意点だろうか。
(……ま、今回俺は落ちこぼれだし王国に無理矢理奉仕ということはないだろう。戦力にならないし。しかし、それがネックでもある)
能力が低いということは、それだけ切り捨てられる可能性があるということ。強制労働パターンなら善意で落ちこぼれを養うなんてことはないだろう。
(ならいっそのこと、追い出される前提で考えた方がいいのか? でも、それだと帰還の方法を調べることが難しくなる)
剣と魔法の世界は、力こそが全て。弱肉強食。そんな世界だ。であるならば、外に出たとしても直ぐに死んでお終いは流石に無い。
(どちらにせよ、能力の低さが問題点なのは確か。一応、修練すれば成長すると聞いたし、それまでは我慢、かな)
とにかく力を付けないことには始まらない。
当面の方針はこれでいいだろう。あとは好きなことを見つける点だが、これは保留にした。出来ることが少な過ぎるからだ。
と、そこまで考えたところで、自室のドアからノックが聞こえた。夕食まではまだ時間があると思うが、何だろうか。
「はい。なんでしょうか」
「……私」
ドアの向こうから聞こえた声に、嫌な程聞き覚えを感じる。
開けると、相変わらず何を考えているかわからない、変化のない表情をぶら下げた紫咲がいた。周りを伺い、素早く部屋の中に招き入れる。
「えっと、どうしたのかな。紫咲さん。確か、僕の記憶だと皇君達四人で作戦会議をするとか言ってたと思うんだけど……」
「……むぅ」
(いきなり来られて無言で唸られても困るんだが)
整った容姿で無言を貫かれると、居た堪れなくなってしまう。
予想は出来ても正解かどうかわからなければ、優から当てに行く必要もないのだから。
「誰も、いない。私達だけ」
「この部屋にってこと? あはは、やだなー紫咲さん。僕みたいなキモオタじゃなかったら勘違いしてるところだよ? そういう言い回しはオススメしないなー」
「もがみん。私と魂の友。親友」
「……ハァ。そこまで言うからには、大丈夫ってことだよな?」
「モチ」
「それで? 突然何の用だよ、柚」
優が言葉遣いを余所行きの物から素に戻すと、無表情な筈の紫咲の表情に、どこはかとなく満足感があるように見えるのは気のせいだろうか。
「用は二つ。一つは、朝の件。謝りに来た。ごめんなさい」
「朝の件ってどれ? 皇と天上院のことならいつものだし気にしてないけど?」
ぺこりと頭を下げた柚に答えた優だが、どうやら的が外れてしまったらしい。ふるふると首を横に振られてしまった。
「……髪型と、眼鏡。私のせい」
「ああ、そっちか。それこそ、今に始まったことじゃないだろうに。ええと、俺としては誠に遺憾な訳だけど」
「だって、それ、無いと、もがみんはただの美少女。──こんなに可愛い子が女の子のはずがない」
「おいやめろ」
しっかりと握り拳を作りながらサムズアップする柚にゼロタイムで突っ込むジト目の優。
話は入学初日まで遡る。
髪の毛も肩くらいで切り揃え、前髪も目が隠れないくらいの長さでしっかり身なりを整えていた。当然目が悪い訳でもなかった優は、眼鏡もかけていなかった。
昔から女顔だの線が細いだの言われていたため、自覚もあったつもりだったが、まさか裏で学生有志で行われている『新入生美少女ランキング』なる物に『謎の学ラン美少女現る!!』とまで取り上げられるとは思いもしなかった頃だ。
そんなことになると露知らずな彼は、この日ある意味運命的な出会いをした。
その相手が柚だった。彼女は門に入った瞬間の優に対し、誰よりも先に声をかけ、あまつさえ手を握り、全力で逃走を計った。
その時の台詞がこちら。
『え、なに、男装女子? え、違う? 男……の娘? リアル男の娘? ……あの、hshsさせてくださいお願いします』
体育館裏に引き込まれ、両手をわきわきさせ、目を爛々と輝かせながら躙り寄る彼女に、あの時程本気で身の危険を感じたことはないと、優は記憶している。
有り体に言えば、柚は重度の隠れオタクだったのだ。
ミステリアスな雰囲気と、人見知りによる表情の起伏の無さに、極め付きとして無口。そんな彼女にはオタク仲間を増やすことも出来ず、気がつけば周りは勝手なイメージとして深窓のお嬢様なる物を押し付けた。
そんな彼女の抑えつけていた、熱く溢れんばかりのパトスが大爆発してしまったのがこの一件だった。
適当な髪型と眼鏡による誤魔化しは、柚のコーディネートによるものだ。大きなダサい眼鏡や、だらしのない髪型を適当に纏める赤いヘアゴムも彼女が用意した。柚曰く、『変装セットには眼鏡や髪型変更は必須』とのこと。
それ以来、柚と優は周りに人の目が無いときに限り、友人関係となる。優にとってみれば、周りの視線が煩わしいのだ。オタク仲間が増えるのは嬉しいのだが、そんな話を目立つ彼女とすれば、下手をすると同じようにイジメられる可能性もある。だからこその約束事。
「ハァ。もういいよ。ホント気にしてないから。助かってる面もあるんだし。それで? もう一つの用ってのは?」
「ん。テンプレ異世界召喚のパターン。どう考える?」
「……まだ情報が足りない。だけど、全てを鵜呑みにして王様の言う通り救国の英雄様になるのは、危険な気がする。個人的には脅威が近くまで迫っている割に、城下が穏やか過ぎるところとかな」
「なるる。……私も危険が危ないに一票。私の部屋に行く途中、書庫があったから覗いて来た。一部、中身のない本棚があった。それも、中途半端な位置に」
「隠す気が無さ過ぎて、逆に不安になるな。それ……」
部屋の角にある本棚などは、単純に本の冊数が無いだけの可能性があるけれど、中途半端な位置の本棚が所々空になっているということは、意図して抜かれ隠蔽されている可能性があるということだ。
「まあ、さっきも言ったけど情報が足りない。判断材料を集める所からスタートって感じだな」
「ん。わかった。ありがと」
一つ頷いて、納得するような素振りを見せ、柚は部屋の外へ出て行く──と思ったが途中で振り返り、薄く微笑みながらこう言った。
「私、がんばる。優のこと、必ず護るわ」
「……ああ、その時は頼むな。知っての通り、俺、弱っちいから」
「……任せて。今度は、私が助ける番」
そうして、今度こそ彼女は出て行った。
「あんな顔、出来るんだな」




