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1 始まり。

 

「ようこそ、我らの勇者様よ……。危機に瀕した我が国をお救い下さい」



 目も眩む光が収まると、豪華なドレスを着た女性が頭を垂れ、願いを告げた。


 そんな彼女を取り巻くように立っているのは、現代では全くお目にかかることのないだろう剣を携えた、西洋兵士の如き人達。


 その兵士達の表情は凛々しく引き締まって──いない。


 皆動揺を隠し切れていないように、おろおろとした表情をしている。


 その内の一人が、頭を垂れた女性に近寄り、何事かを耳打ちする。


 そして、頭を上げた彼女は──。



「ゆ、勇者様がいっぱいいいぃぃぃいい!!??」



 その端正な容姿からは想像も絶する、派手な驚き方をして、ひっくり返った。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 その日は、今年一番の猛暑日だった。


 しかし、暑いとはいえ、学校は休みにはならず、社会は通常通り回っている。


 そんな中、理不尽極まりない台詞を吐き捨てながら通学路を歩く少年がいた。



「……あぁ。太陽死なないかな……」



 黒いリュックを猫背になりながら背負い、両腕をぶらぶらさせつつ歩くその姿は、見てる側まで暑く。いや、だるさが増す姿と言えよう。


 そんな彼を皆避けて、追い抜いていく。興味のなさそうな者が多いが、嫌悪感を顔に出しながらの人も少なからずいた。後者はクラスメートが多数である。彼のことを快く思っていない人は少なくないのが現状だった。


 その原因が今日も、近付いてくる。



「おっはよー! 最上くん!」

「……はよ、もがみん」

「……ハァ…」



 能天気な二つの声に思わず溜め息が出た。


 学校へ向かう足は止めずに、ちらりと視線だけ後ろにやった先には、同年代の女子生徒が二人と男子生徒が二人いた。


 元気ハツラツなテンションでニコニコ笑顔の挨拶を先んじてぶつけてきたのは、美咲(みさき) (あかね)。流れるようなサイドテールが印象的な彼女は、美少女と言って良い容姿を持っている上に、持ち前の明るさと人怖じをしない性格から、多数のタイプの人と仲良くなれるコミュ力の高さを持つ。


 一方で、彼のことを変なあだ名で呼ぶローテンションの少女は紫咲(むらさき) ゆずという。綺麗な黒髪を腰まで伸ばし、透き通るような白い肌。寡黙な彼女の性格が相乗効果を生み出し、ミステリアスな魅力を引き上げている。


 10人いれば全員が、一度は目を引かれる彼女達に声をかけられた彼。その心中は、さぞ喜ばれるだろうと思われるが、彼にとっては全く逆。



(なんで、こんな目立つ奴らに目を付けられたのやら。面倒なことこの上ない)



 彼女達と仲良くなること自体に異論はないが、問題は多数ある。


 まず一つ目、彼ら(・・)だ。



最上(もがみ) (ゆう)! 茜と柚が君に挨拶をしているんだぞ? 何故返事をしないんだ。朝はおはようだろう?」

「全くだ。俺の柚がお前なんかに声をかけてやっているのに。何様のつもりだ?」



 声をかける彼女達を追い抜いて、それぞれが俺の両肩に手をおく二人の男子生徒。


 先に声をかけてきたのは、正に正統派イケメンの(すめらぎ) (ひかる)。185cmとステータスになりそうな高身長に細マッチョな身体。爽やかさと真面目さを兼揃えた性格に甘いマスク。


 もう一人は天上院(てんじょういん) (あきら)だ。こちらも皇と同じくらいの身長だが、体格はがっちりしている。空手部主将でもある彼は、皇とは方向性の異なるイケメンである。言葉遣いも荒く、顔立ちもワイルドさが前面に出ている。俺様系というやつだろうか。



 二人とも、どんな乙女ゲームから飛び出して来たのだと突っ込みたいレベルである。


 そんな彼ら4人組は、うちの学校だけではなくこの周辺でも有名人である。


 美咲は女子テニス部主将で二度全国大会に部を導いている。


 紫咲は音楽一家なのが関係しているのか、オーボエのソリストとして既に世界レベルの活躍をしている。


 天上院は腕っ節の強さから、手を出せば終わりだとも言われその辺のチンピラ程度なら目も合わせてこようとしない。


 皇に関しては、もう意味が分からない。サッカー部を全国大会へ導き、学業では全国模試10位以内をキープ。日常生活では困った人を見れば直ぐに助ける。



 ──いわく。おばあちゃんが重い荷物を持っていれば代わりに持ってあげて先導し。

 ──曰く。チンピラに絡まれている女性がいれば救い出し。

 ──曰く。車に跳ねられそうな子供を間一髪で助け出し。



 なんて、挙げだしたらキリがない逸話だらけ。どんな生活をしていればそんなことになるのかと小一時間程問い詰めたいところである。



(そんなことしたら、大変なことになるのは目に見えているから、しないけど)



 そんなくだらないことを考えていたのが顔に出たのか、皇は更に食い付いた。



「大体だな。君にはやる気という物が感じられない。その適当に伸ばした髪だってそうだ。なんだそのヘアゴムは。前髪が目にかかって邪魔なら切ればいいじゃないか」

「それにそのダッセー眼鏡。もっといいセンスな眼鏡なんかいくらでもあんだろーが」

「はは。うん、ごめんね。でも、別に誰に迷惑かけてるわけでもないし、構わないだろう?」



 二人に言われたことは、優もわかっていることだった。だが、別に改めようとは思わなかった。


 大体、このファッションの原因の片棒を担いでいるのは目の前の女子の片割れだと言うのに。



「いや、君のその態度は目に余る。他の人を不快にさせる要因の一つだと思う。僕は君のためを思って言っているんだ。とにかく、早々に身なりや態度を改めるべきだろう」

「そうやって、優しい柚や茜の気を引こうという魂胆はやめてくんねーかな。そういうとこ、俺は迷惑だと思ってるぜ?」



 真剣で厳しい表情をしながら俺に迫る皇と対象的に、ニヤニヤと加虐的な思考が滲み出た顔を浮かべる天上院。


 だが、それは、この場で使う言葉では無いと思う。



「ちょっと! 輝も彰も何言ってんの!? 別に最上くんはあんた達に何もしてないでしょ!? それに私は私の意思で最上くんに話しかけてるの。気を引くための演技に騙されているなんて言い方してるけど、本気で思ってるなら怒るよ?」

「……私、彰のになった覚え、ない」


 案の定、話題の中心の二人が止めに入った。


 そこから男二人の言い訳と、飛んでくるお前のせいだという視線。それに切り返す女二人。


 ここは通学路。段々と視線が集まってくるが、ヒートアップした四人は気付かない。


 だから、優はそっと、教室へ行く(逃げ出す)ことにした。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 教室の扉を開けると、視線が来るも挨拶が来ることはない。優の座席である窓際の一番後ろの席へ。直ぐに鞄の中からラノベを取り出し読み始める。


 ──が。



「おい、最上。また美咲さんと紫咲さんと一緒だったみたいだな」

「ほんと、良いご身分だよなあ?」

「いい加減にしろっていつも言ってるのになあ? ぁ゛あ゛?」



 二つ目がこれ。クラスメートからの嫉妬。


 ただ話し掛けられたというだけで、これである。彼らからすれば、自分達よりもカーストの低い人間に彼女達の関心が向くこと自体耐えられないのだろう。


 彼女達がいない場所で度々こういうことがある。


 我が身可愛さに、される程度は知れているとはいえ、こういった絡みはこの上なく面倒だし、精神的にきつい。


 物が無くなるなんてザラだし、暴言を吐かれるなんて日常の一部になってしまった。


 比較的イジメやすいジャンルである隠キャラオタクであることも要因の一つではある。


 だからといって、イジメられる側はいい気分ではないのも確か。



「あはは、ごめんね? 頑張って逃げるようにはしてるんだけどね」

「ぁ゛あ゛!? 逃げるってどういうことだ!? あの二人がそれでショック受けたらどーすんだよ!!」



 俺にどうしろというのか。話し掛けられるのも駄目。それを避けるのも駄目。


 ──いや、本当はわかっている。彼らはただ、優の揚げ足を取っても尚、自分達よりも低い者をこき下ろして溜飲を下げたいだけなのだ。


 本当に、面倒臭い。



 視界の端に、教室に入ってくる四人組が見える。


 女子二人がこちらへ向かってくる。


 俺を囲っていた男子三人は、睨み付けながら離れていく。



 ──ああ、くだらない。



 優は思う。


 どうして、そこまで他人に興味を持てるのか。


 優自身は、あまり他に興味は向かないタイプだ。だからこそ、自分の好きなもの(オタク趣味)を第一優先して動く。キモオタだの、隠キャラだの言われることなんて二の次だ。



 ──本当に、面倒だ。



 そんな折り、今手元にあるラノベのタイトルが目に入り、クスリと小さく笑みが浮かんだ。



(『そうだ、異世界に行こう』か。そんな気軽に行けたら、苦労はしないんだよな)



 ふと、考えが頭を過ぎったその時。



 何の前触れもなく目の前が閃光に包まれ────。





 この日、優を合わせたクラスメート30人。まとめて行方不明となる。


 教室の様子を見るに、行方不明になる直前までそこにいたはずなのに、周りの教室にいる生徒は気付かず、各教室に設置された監視カメラの映像も、不自然なノイズによって見ることが出来なかった。


 これは、現代の神隠しとも取り上げられ、一度は大きく事件として報道されるも、時間と共に、世間からは忘れ去られていった。

 


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