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誰そ彼れ

作者: MIKASA

私は、私が嫌いだ。


放課後。夕日が教室を染め上げる。

誰もいなくなった教室の隅で、私はそんなことを考えていた。


「あ、私がいるから誰もじゃないか」


そう呟いて、ちょっと凄いことに気がついたような気になっている自分に嫌気がさす。

自分の机に突っ伏して考える。私は何がしたいのか。何になりたいのか。どんな風に生きたいのか。

1時間程前まで目の前に座っていた先生の言葉を思い出す。

オオタニは何がしたいんだ?

どんな人間になりたいんだ?

どんな学校に行きたいんだ?

ーーそんな難しいこと、私にはわからない。

俺も中学の時は悩んだよ。

でも今が一番大事な時なんだぞ?

もうクラスの大半が進路を決めてるんだ。

お前も辛いとは思うが頑張れ。

ーーそんなことわかってる。

でも頑張り方がわからないのだ。

何をどう頑張ればいいのかわからない。

どうやって決めればいいのかわからない。



「どうしてこんな風になっちゃったんだろ……」


ちょっと前までは放課後が待ち遠しかった。

大好きな友達と過ごす楽しい時間。授業や勉強から解放されて心も体も自由になる。

宿題なんか知らない。部活なんてバカみたい。塾なんて行く人の気がしれない。カラオケやファミレスに行った方が全然楽しいじゃん。

空を染めるオレンジ色は私の心に魔法をかけてくれた。

でも今は違う。みんなはそれぞれの進路についての話に花を咲かせている。どこ校に見学に行くとか、内申点がどうとか……


「タニーはどこ校行くの?」

「んー、よくわかんない。それよりさ!今日はどこで遊ぶ?」


そんなやりとりを何度か繰り返せば、みんなそこに触れなくなる。私に触れなくなる。

いつの間にか夕暮れは私を焦らせ、次第に広がる夜の色は真っ黒な不安の中へ私を少しずつ呑み込んでいくようになった。

わかってる。わたしだけじゃない。クラスには不登校が続いてる人もいるし、進路が決まってないやつなんか他にもいる。だけどーー


夕焼けに照らされて光り輝く教室。

反対側にできる影。

綺麗なみんな。

惨めなわたし。

こんなの、大嫌いだ。自分も。みんなも。


「ーーじゃ、やめちゃえば?」


「え?」


体がびくっと痙攣する。声がした。わたし?

違う。声のする方に顔を向けると、教室の入り口にーー



誰かが立っていた。


うちの制服を着ているが、顔は影がかかったように真っ黒。


「なに?てゆーか誰?どうしたの?」


何とか聞き返す。うわぁ鳥肌立ってる。


「やめちゃえばいいんだよ。ぜんぶ」


「なにそれ?どーゆー意味?てかいつからいたの?」


「こわいもんね。くるしいもんね。うらやましいんだよね、みんなが」


「さっきからなに言ってんの?やめて!意味わかんないから!」


私の言葉とは裏腹に、その影の声は直接頭に響いてくるみたいだ。拒絶したいのに何かがそれを許さない。


「ほんとはわかってるんだよね。どうすればいいか、どうするべきなのか」


わからない。わかるわけがない。逃げたいのに、見えない壁に縫い付けられたように体が動かない。怖い。


「ほんとはやりたいことがあるんだ。でもじしんがない。そしてそんなじぶんをみとめるのはいやなんだ」


その声はまとわりつくように私を侵す。



「あはは、おかしいね。わがまま。じぶんかってだね。」



やめて


「それでこんどはみんなのせい?たにんのがんばりはみない。じぶんもみえない」



「そうだよ!でもしょうがないじゃん!みんなはやることがあって、できることがあって、得意なことがあった。でも私にはないんだもん!私には何もない!頭がいいわけじゃないし足が速いわけでもない、楽器もできないし他人より詳しいこともない!」


そうだ、私にはなにもーー


何も?


何も、ない



「きみがあそんでるあいだもみんなはがんばってた。でもきみはそれにきづかなかった。そんなじぶんがみじめなんでしょ?なにもかんがえてなかったじぶんがようちにみえたんだよね」




辺りはもうすっかり暗くなっている。黒くて無機質な教室は、私の体内だ。

ここは私の中なんだ。


「きみはきづいた。なのになにもしなかった。わからないをいいわけにしてあきらめたんだ」



もう疲れた。そうだ、本当はわかってた。何をすればいいか。どう頑張ればいいか。



「きみはきめるのがこわかったんだ、やってみたけどできないかもしれないから。できなかったときがこわいんだだったらーー」



やめちゃえ。じぶんも。


そう言った。




「ーーわかんない」


頭の中身をミキサーにかけたみたい。グチャグチャで何も考えられない。考えたくない。

不意に、途轍もない疲労感に襲われた。


影が、近づいてくる。動けない。体は見えるのに相変わらず顔だけ鉛筆で塗り潰したみたいだ。


「わたしならもっとうまくやれる。きみなんかよりきみをだいじにするから、だから」


ちょうだい。




影はわたしの首に両手をかける。そしてそれが当たり前であるかのようにとても自然な動作で私を持ち上げた。


苦しい。息ができない。体から力が抜けていく。

窓から差し込む光。綺麗な満月が見える。

地面から離れた足先の感覚が消えていく。

私の足は黒く染まっていた。



ーーわたしは、あなたがだいすきだったのに。

あなたは、わたしをきらいになっちゃった。

だから。


少しずつ黒に浸食される私の体。

それにつれて体が軽くなる。

すでに胸あたりまでが染まっている。



ばいばぁい



ぼやける意識の中。窓から差し込む月の光に照らされたソレはーー



わたしのかおをしていた。











「おい!まだ帰ってなかったのか?下校時刻は過ぎてるぞ!」



教室に入ってきた男の人が驚いたように言った。知ってる、先生だ。名前は忘れたけど。

私は振り向いてなるべく自然に答える。



「あ、ごめんなさい!すぐ帰ります」


「あ、ああ。まぁ、その……気を付けて帰れよ」


「あ、ハイ!大丈夫です!さようなら!」


直ぐにその場を離れたかったが、ふと思いつき、一言加えることにした。


「先生、さっきはありがとうございました。私、頑張ってみるね!」



先生は少し照れように何か言ったみたいだったが、よく聞いていなかった。



自分の名前が書いてある下駄箱から靴を履き替え昇降口を抜ける。

外は暗く、冷たい空気が一瞬で肺を満たした。

驚いてむせてしまったが、生きていることを実感して思わず笑みがこぼれる。

冬の夜空には流れる星と、欠けた丸。



わたし、多谷は、今日から生まれ変わる。




「ーーみかづきもきれいだよね」































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