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私が主催しております「ドラマチックキス企画」参加作品です。お楽しみいただけますと幸いです。

 風流なスズムシの声が耳を楽しませる夜。広大な日本家屋の敷地に裏口から入り込んだ和真は、そろそろと庭を横切って目的とする部屋の縁側の前に立った。わざわざ声をかけずとも、和真の来訪を察した部屋の主がそっと内側から戸を開いて迎えてくれる。さわやかな夜風にふかれて、戸に手をかけている深青みさおの長い黒髪がさらりと揺れた。


「あがれ、和真」


 無言で履き物を脱いで上がり込むと、そのまま彼女の部屋に招き入れられる。障子はぴたりと閉ざしておいた。

 まだ就寝には早い時間のため、布団は敷かれていない。その代わりに、和真が来ることを見越して座布団が隣り合うようにして二枚用意されている。毎夜のことなので、和真が特に断ることもなく腰を下ろすと、向き合うように深青も腰を落ち着けた。

 厳しい母にきっちりと躾けられている深青は、座る所作が楚々として美しい。ここ二、三年の和真は、その姿に密かな熱視線を送っているのだが、深青は気づいていない。

 中学の制服を脱いだ深青の室内着は着物だ。落ち着いたえんじ色が彼女の繊細な容貌に映え、十五歳という成長過程のあやうさと相まって、薫るような色香を感じさせる。これからすることを思うと、もはや慣れたこととはいえ、のどが渇くような緊張を覚えるのはいかんともしがたい。

 そっと深青の表情をうかがえば、淑やかなれと日頃教えを受ける彼女の緊張は和真とは質を異にしており、羞じらうように視線を畳の端にさまよわせていた。

 こういった場面において、口火を切るのは男側であるべきだ。信念を持ってそう考えているわけではないが、羞じらう深青から行動を起こさせるのは意地の悪い所業に思われる。だからいつも和真からその手を引く。

 膝に載せられた手に触れると、深青はぴくりと震えて和真を見た。


「体調は大丈夫か」


 硬い表情で小さく頷いたのを見て、安心して彼女の身体を引き寄せる。頬に手を添えて、睫毛の本数が数えられそうな距離で視線を絡めた。手のひらをとおして、彼女の頬が徐々に熱を持つのを感じる。至近で見つめる照れた深青の表情は、罪深いほどに可愛かった。

 じれったいほどの緩慢さで唇を触れ合わせる、深青が恐れることのないように。深青の唇はいつも、温かくて、柔らかくて、けれど緊張のために少し固くなっている。ほぐすように、ついばむような口付けを繰り返す。


「ふ、ん……」


 もう数え切れないほど重ねた行為であるのに、深青は口付けの間の呼吸が下手だ。いつも、唇が離れた瞬間に息をつこうとして、吐息混じりのあえかな声を漏らす。それを聞くたび、和真はたまらなくなる。

 こらえきれなくなって、舌を唇の間からのぞかせ、つんつんと深青の唇のすき間をつつく。そして執拗になぞる。しばらくそうやって地道に攻めていると、呼吸の機会を見失った深青は、苦しくなって口を開くのだ。


「ん、はあ…………あっ……」


 今夜もまた、彼女は和真に口内を許してしまう。酸素を取り込もうと控えめに開かれた唇に、すかさず舌を差し込んだ和真は、手始めに中央の小さくて愛らしい舌に自らの舌を優しく擦り付けた。彼女の舌は怯えるように縮こまっている。肩に深青の手がかかり、すがりつくように服を掴まれるのを感じて、和真はかすかに口角をあげる。

 舌を絡めることはまだしない。一度彼女の舌から離れて、歯列をなぞり、歯茎を柔らかく刺激していくと、その周辺の感度があまり高くないらしい深青は少し余裕を取り戻す。それに合わせて背中を優しく撫でてあげれば、次第にうっとりと身を預けてくるのがたまらなく可愛い。気付かれないようにまぶたを上げて見れば、ぼんやりと行為にふける彼女の様子が見てとれる。

 そろそろいいかと反応をうかがいつつ、かすめるように彼女の上顎を舌で撫でてみる。


「んっ」


 ぴくん、と身体が震えた。続けて、くすぐるような刺激を与える。


「あ、あぅ………っ……はぁ……」


 弱点を攻められた深青は、とろけるような反応を見せた。服にしがみつくだけだったはずの手は和真の首にまわされ、しなだれかかる身体はふるふると感じいっている。こうなるともう、行為に対するはじらいや抵抗は忘れ去られて、彼女はひたすら和真の為すことを受け入れるのみとなる。

 舌を絡めて擦り付け合い、かき出すように舌の裏をなぞる。舌の裏も彼女の弱いところだ。


「んぁ……かず、ま…………かずま…………」


 泣き出しそうなほど甘えた声で呼ばれて、その頼りない身体を畳に押し倒してしまいそうになるのをすんでのところで耐えた。かわりに、強く抱擁する。そうして和真は、これまでも何度も繰り返してきたように、彼女の身体の柔らかさを全身で堪能するのだった。



 縁側のすぐ外に並べておいた靴に再度足を通したときには、すでに脱いでから一時間ほどが経過していた。口付けを終えてからあらためてその時間を確認すると、どれほど自分が深青に夢中になっていたかを思い知らされて、気恥ずかしくなる。


「おやすみ、和真」


 戸の内側で和真を見送る深青の着物には、来たときと同様、一分の乱れも見あたらない。


「おやすみ。また、明日」


 軽く手を上げて見せてから背を向けて、もと来た道を戻っていく。もちろん出るのも裏口だ。表札のかかった表側の門に比較してかなり控えめに造られた通用口を出て、和真は小さく安堵の吐息をついた。今夜もまた自分を抑えきれたという安堵である。

 毎夜毎夜忍ぶように深青の部屋へ赴いて口づけを交わす和真だが、その実、二人は恋人同士というわけでは決してなかった。単なる幼馴染だ。さらに言えば、この夜の逢瀬はお互いの家族公認のものであったりする。こそこそと裏口から忍びこむのは、堂々と玄関口から娘の唇を奪いに参上するほど厚顔にはなれない和真がそうさせてくれと願い出た結果のポーズでしかない。

 ここまでして和真と深青が毎夜毎夜口付けをせねばならないのは、主に深青の側に事情があった。


***


 時を遡ること五年。

 その日和真は、成長途上の深青の身体がはあはあと苦しげに呼吸を繰り返す音をじっと聞いていた。彼女の小さな手を、あまり大きさの違わない自分の手で包み込む。触れた部分から伝わってくる熱が、深青の苦しさを主張する。

 六畳一間に敷かれた布団に深青は力なく横たわっている。そのわきにぽつんと一人なすすべもなく座り込んだ和真は、おのれの無力さを噛みしめていた。

 彼女が寝込んでからすでに一週間が経とうとしている。十歳という年齢は、病気が死に直結するような儚い時期を脱してはいるが、数日にも渡る熱に耐えうるような頑丈さを持つとは言い難い。そろそろ体力も尽きてこよう。彼女の細い腕に痛々しく差し込まれた点滴の針は、深青にとって命綱となりつつあった。

 この一週間、深青の家の者たちは、実に熱心に彼女の看病をした。もちろん一族かかりつけの医者も呼んだ。しかし、高熱の原因は分からぬまま、いたずらに彼女の苦しみだけが長引いていた。


「もしかすると、深青さんの特殊な体質が影響しているのかもしれません」


 ポツリと医者がこぼした言葉を和真は想起する。優秀な術者を多く輩出し、特殊体質持ちがめずらしくはない香山家の血筋においても、深青の体質の異常さは群を抜いている。いかな、特殊体質の扱いに慣れた香山家付きの医者といっても、彼女の体質には理解の及ばぬ部分があったのだろう。彼ですらどうにもできないとなれば、もはやどのような名医を連れてきても無駄であることは明白だった。

 香山の人々はただ粛々と深青の看病を続けている。与えるべき薬もなく、ただ深青のための食事と水を運び、汗を拭き、着替えをさせ……彼らにできるのはその程度であった。ましてや、まだ十を数えるほどの和真にできることなどなにもない。こうしてそばにいても、なにか急変があったとき急いで人を呼びに立つのがせいぜいだ。生まれたときからともに過ごし、成長してきた相手がこのような苦境にあるというのに、傍観するしかできない自分がひどく歯がゆかった。

 深青の額に汗がにじむ。せめて拭ってやろうと傍らの手ぬぐいに右手を伸ばすと、左手のうちにある指がぴくりと動いた。


「ん……」


 熱に浮かされていた意識がしばし浮上してきたのだろう、乾いたのどに引っ掛かったような声をもらして、深青は身をよじった。


「か……ず、ま…………?」


 ぼんやりと瞳をゆらす深青に、和真は身を乗り出して視線を合わせた。


「深青、気がついたのか」

「うん……」

「のど乾いただろ。水飲むか」


 手ぬぐいを置いて、代わりに盆に載せられた水差しに手を伸ばす。


「か、わいた……和真、私、すごく乾いてる……」

「うん。今、水入れるから」


 グラスに水を注ぐため、手を解こうとする。しかし解けない。深青が手を強く握り返してくるからだ。」


「深青、手を……」


 言いさしたまま、和真は息を呑んだ。和真の手をつかむ深青の手に、突如として尋常ならざる力が込められたのだ。爪が皮膚に食い込み、痛みに身じろぎするも、彼女の手は固く和真のそれを捕らえてびくともしない。いつの間にやら床に身を起こしていた深青は、弱った身体のどこにそんな力がというほどの強さで、和真を床に引きずり込んだ。


「深青! どうしたんだ? 手をはな――――?!」


 骨が軋むほどの痛みにくわえ、深青の上に伏す形で彼女の熱に包まれた和真は混乱の極みに立った。なんとか体勢を整えようと深青の頭の横に手をついて、顔を上げれば、彼女の視線と真正面からぶつかった。

 その瞳に視線を合わせた瞬間、「あ、囚われるな」と意識の底で妙に冷静につぶやく自分がいた。

高熱の最中さなかにあるとは思えないほど穏やかな表情で、和真を見つめ返す深青の瞳は、けれども底知れぬ妖しい光を帯びていた。彼女の左手が、和真の頬に添えられる。触れたところからは強烈な熱を与えられているのに、頭の芯は血の気が引くような、おぞけを覚え、和真は指一本動かせない。


「なあ和真。私のこと、助けてくれるだろう?」


 質問の内容が、うまく咀嚼できない。硬直して、是非も答えられぬ和真の様子を、深青はさして気にかけることもなく、ゆっくりと口角を上げた。十歳とは思えぬ、妖艶な笑みだった。

 深青の手が、柔らかく和真をいざなう。和真の額に深青の前髪が当たった。次いで鼻が。そうして、和真は彼女に誘われるままに、自分の唇を彼女のそれへと重ね合わせた。



 我に返ったとき、和真は一刻前と同様、眠る深青の傍らに座していた。居眠りをしていたわけでもないのに、直前の記憶がひどく曖昧で、戸惑うように己のこめかみに触れる。

 ちらりちらりと、途切れ途切れに脳裏によみがえるのは、目の前の少女と自分が口づけを交わす情景だ。そんなばかな、と咄嗟に理性が否定する。さすがに、それがどのような行為であるかくらいは知っている。けれどもそれは本やテレビで得た知識であって、まだ年端もいかない我が身に起こるなど想像もつかない。夢であったのではないかと、半ば強引に決めつけようとしたところへ、指先にひやりと濡れる感触がした。

 はっとして見てみれば、水差しが倒れて盆に水があふれている。いつの間に……と思いを馳せれば、心当たりは一つしかない。深青の床に引き込まれたときだ。やはり、口づけの情景は夢の出来事ではなかったのだと、にわかには信じがたい事実に直面する。

 逃避するように、そういえば、と深青の体調に思考が向かった。狼狽のあまり彼女の体調を慮るのをすっかり忘れていたが、口づけに至る一連の動作で無理をして、悪化などさせていはしないだろうか。今さらな懸念を覚えて、横たわる深青の様子をそっとうかがう。

 呼吸がやけに穏やかだった。荒い吐息を漏らしていたはずの口は閉じられ、自然に寝入っているかのようにゆったりと胸が上下している。ひそめられていた眉も柔らかな弧を描き、深青の寝顔は実に安らかだ。もしやと布団の中を探って彼女の手を取ると、一刻前とは比べ物にならないほど熱は下がっていた。

 驚きのあまりしばし声を失う。この一週間、どんなに手を尽くしても、深青の熱は下がることがなかった。医者に診せても首を振られるばかりで、原因すらわからなかったものが、なぜこうもあっさりと……。

 安堵ゆえに脱力しそうになる一方で、なにかの間違いではと疑いを抱く心が何度も彼女の熱を確かめさせる。何度触れても変わらない。手のひらも額も、あって微熱という感触だった。

 回復を確信するや、和真は障子をさっと振り返った。


「美里さん! 美里さん!」


 家人を呼ぶべく声を上げる。広大な香山家の屋敷において声を張り上げても、呼び声の届く範囲など限られている。それがわかっていても、声を張らずにはいられなかった。


「なんですか、和真さん。大きな声を出して」


 幸いにして、深青の居室に赴く最中さなかであったらしい美里が、間をおかずに障子を開いて現れた。美里は深青の母であり、香山家内部の一切を取り仕切る女主人でもある。隙なく着付けられた着物からは、四十代手前には見えぬ貫禄が漂っている。

 美里のあとに続いて居室に入ったのは、日に一度深青の往診に来る香山家付きの医者だ。黒縁眼鏡の向こうにある理知的な目が、患者たる深青の姿を目に留めるなり、おやとわずかな反応を示した。


「少々失礼してもよろしいでしょうか」


 断りを入れるのもそこそこに、和真と反対側に腰を下ろした医者は、深青を手早く診察する。体温や呼吸音、脈拍などひととおり確かめてから、彼はしっかりと頷いた。


「状態がだいぶん改善されてますね」


 医者の確かな診断を聞いて、和真は胸をなでおろした。隣からも小さく吐息を吐き出す気配があり、美里もまたかなりの安堵を得たらしいと察する。

 それでも、と次に疑問となるのは、なぜこうも急激な回復が見られたのかということだ。


「なにか、特別なこと、きっかけになりそうなことはありませんでしたか」


 深青に付き添っていた和真に、二人分の視線が注がれる。和真は言葉に詰まった。きっかけかどうかはわからないが、特別なことと言われれば思い当たる節がないわけでもない。わけもわからないまま交わされた口づけ。再びその情景が頭に浮かんで動揺する。思い出すだけで頭の中をのぞかれるはずもないのに、大人たちを前にして居心地が悪くなった和真は視線をさまよわせた。

 普通の人なら、まさか口づけひとつで長く続いた高熱が引くわけがないと一蹴しそうなものだ。しかし、ことそれがこの土地――異能の人々が住まうあやしの集落では、そう軽はずみに断言できない事情があった。異能を持つ者たちにおいて、精神と身体の結びつきは常人よりも遥かに強く、心のゆらぎがたやすく体調を左右することもあるのだ。また、精神に宿るといわれる霊的な力は、己の身体のみならず、外界や他者にまでも影響を及ぼすことができると、集落の者なら誰もが心得ている。

 たかが口付け、されど口付け。その行為をとおして、深青の精神にどんな影響があり、和真と深青の間でどんな霊的な力のやりとりがあったのか。それは、和真が一人で判断できることではない。けれど、常識を備えた大人二人を前にして、子供である自分たちが口づけなる行為に至ったことを白状するのは、多大なる勇気を要した。

 口ごもり、ためらう和真に心当たりがあることを察したのだろう、医者は優しくうながそうとする。


「今後また同じことがないとはいいきれません。深青さんがまた苦しまなくてすむように、気づいたことはなんでも教えてくれませんか?」


 深青のためにと言われれば、和真は素直に口にするしかなかった。


「…………深青に、キスを、されました」


 まあ、と吐息のようなかすかな声が美里から漏れた。予想を裏切らないその反応に、和真の羞恥は増す。言い訳するように言葉を重ねた。


「いや、でも、あのときの深青は……なんだか様子がおかしくて。すごい力でいきなり、引き寄せられて……気がついたら、深青の熱が下がってたんです。ぼくにも、なにがなんだかよく分からなくて……こんな話で、役に立ちますか?」


 お咎めを恐れるように、おずおずと上目遣いで大人たちの様子をうかがう。医者は、思案げに親指を顎に添えた。


「そうですね……」


 呟いたまま、視線を下げて思考にふける。しばし黙していた医者は、考えがまとまったのか、「断定はできませんし、推測に過ぎませんが」と前置きをした。


「深青さんは体質的に、キスをとおして霊的な力を高めることができるのではないでしょうか。この里の異能の源流となっている土地神様の影響かもしれません。土地神様は、人々からの信頼や崇拝、畏怖などを力の源とする存在です。なので、土地神様の性質を色濃く反映しているならば、キスという行為をとおして和真くんが深青さんに抱いている親しみなどの感情に触れることにより霊力を高められるのではないかと思います」


 和真は、ぱちぱちと目を瞬かせた。異能の源流だの土地神様だの聞いたことのない話に理解が追いつかなかった。つまり医者は、深青の高熱の原因が力の枯渇にあって、それを口付けによって補ったから体調が回復したのだと考えているのだろうか。しかし、口付けを力の源とするなど、初めて聞く話である。そもそも、力の不足によって高熱を発するというのも特殊体質持ちにおいて極めてまれにしか見られない反応なのだ。

 一般的に、里の異能力者は、体力と同様、霊的な力を酷使した場合にも疲労を感じるが、それを回復させる手段はただ一つ、しっかりと栄養を補給して眠ることだ。それ以外の方法は基本的にない。逆に、どんなに力を使おうとも、休養をとれば翌日には八割がた回復している。これは、高熱を発する特殊体質の術者においてもそうで、安静にしているかぎり、高熱が何日も続くなどありえない。だからこそ、深青の高熱の原因は特定ができなかったのだ。それなのに、このような回復のしかたというのは、ありうる話なのだろうか……。


「なるほど、分かりました」


 和真が状況理解に苦心しているところで、納得の声を発したのは美里である。


「深青が急に倒れたのは、第二次性徴で力の発現のしかたに変化が起きたからということでしょうか」

「美里さんは理解が速いですね。ぼくはそう考えます。ご存知のとおり、深青さんは息をするように無意識に力を使役でき、感覚器官の一つのようにそれを使いこなしている、きわめて稀な術者です。日常的に霊的な力を使用しているため、それによる負荷は、他の者とは桁違いのはずなのですが、深青さんの類まれなる回復力がこれまでそれをカバーしていたのでしょう。それが、術者として大きな変化を迎える第二次性徴をきっかけに、普通の休養だけでは力の補給が追いつかなくなったのだと思います」

「つまり、現在は体調が落ち着いていますが、定期的に口付けによる力の補給が必要になる可能性が高いということですね?」


 美里のその発言だけは理解できて、和真は目を剥いた。


「そのとおりです」

「な……ちょっと待ってください。それって、どうするんですか……?」


 慌てて口を挟んだ和真を、美里は冷静な瞳でひたと見る。その瞳が言わんとすることを察して、和真は腰が引けた。医者がなだめるように、もしくは、優しく諭すように和真に語りかけた。


「和真くんが、深青さんに定期的に力を補給するというのが一番の方法ではないでしょうか。なにより、意識的にであれ、無意識的にであれ、深青さんに選ばれたわけですから。――もちろん、嫌だというなら拒否権はあります。その場合、代わりの者を探す必要がありますが」


 強制はしない――と口では言いつつも、それは和真にとってほぼ決定事項と言えた。深青は大事な幼馴染だ。その彼女に必要とされていて、拒むわけにもいかない。


「わ、かりました……でも……」


 美里にちらりと視線をやる。いいんですか、と問いかけるように。まだ思春期ともいえない娘が定期的に異性と口付けるなど、親として認められるのか。そんな質問を含んだ視線を、美里はあっさり跳ね除ける。


「必要とあれば仕方ありません」


 美里の端的な判断に、和真はあらためて認識した。この人は、里で最大の権威を誇る香山一族を統べる当主の奥方であり、それ相応の胆力を備えた強者つわものなのだと。


 この日から、和真と深青の夜の逢瀬は一日も欠かされることなく続けられた。


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