ライバル令嬢ですが、前世の夫が追いかけてくると思うので
悪役令嬢ものというには変化球でしょうか。
楽しんでいただければ幸いです。
気がついたら、小さな子どもになっていた。
確か私は、夫と二人でどこかにいたはずだったのだが……。
待て待て。
まずは覚えていることをまとめよう。
えーと、名前は岡中理沙。
年齢は覚えていないけれど、子どもが独り立ちしたくらいのはずだから、50代だったのかな?
夫も同じくらいだったはず。
そして、子ども二人は男の子と女の子で、それぞれ就職して家を出ていた。
家族はそこそこ仲が良くて、というか、子どもたちには『この万年新婚夫婦』って言われるような感じだった。
むしろ夫がへばりついてきていて、子どもたちの自立が早かった。
私は、それなりに受け入れて可愛いなぁとか思っていたけど、あの夫は結構やばい人だと思う。
受け入れてなかったらヤンデレ発動してたかもしれない。
好きになったから良かった。
どうしてか、今でも好きだと思う。
あの人は、あるがままの私をきちんと見てくれて、居心地が良かった。
そして結婚何周年かの記念に、旅行に行った。
電車か新幹線に乗ったのも覚えている。
その後はあまり覚えていないが、何かあってパニックになり、夫に手を握ってもらった気がする。
それ以上は詳しく分からないけれど、最期は一緒だったからある意味で満足したんじゃないかしら。
あぁ、そう言えば、もし生まれ変わったら迎えに行くとかなんとか言っていたような……。
カリーシャ・アレストガティという名前には、覚えがあった。
オレンジに近い金色の髪、白い肌に緑の瞳、ちょっときつめの顔立ち。
色の貴公子~貴方の色にカラーチェンジ~とかいうゲームだ。
娘の方が、スマホのアプリゲームでこれにハマっちゃって、と正月休みに帰ってきたときに言っていた。
その中で、主人公の女の子が王子様のルートを選ぶと出てくるライバルの侯爵令嬢が、確かカリーシャだったはずだ。
設定は詳しく覚えていないが、筆頭の婚約者候補で、ほぼ決まっているところにヒロインが飛び込んできて、なんやかんやあってカリーシャに勝って王子と婚約にこぎつけるとハッピーエンド、だったと思う。
いじめとかがあったかは覚えていない。
というよりは、そこまで詳細に聞いてはいない。
こんなことなら、娘にスマホを借りてでもやってみればよかったのかしら。
私が王子と初めて会ったのは、8歳になったとき。
同じ年の貴族の子どもたちが、一斉にお披露目されるお茶会でのことだった。
「アーリュ王子、こちらはカリーシャ・アレストガティ侯爵令嬢です」
「初めまして、カリーシャと申します」
「あぁ。よろしく」
淡い金髪に海色の瞳、涼やかな顔立ちで持ち帰りたいくらい可愛い。
こんな子が息子だったらねこっ可愛がりしたい。
私が前世で産んだ息子は、逞しい子どもだったから、あんまり抱っこし続けた記憶がないのよね。
挨拶はさらっと終わり、すぐに退散した。
現時点でも、私は王子様の婚約者候補にあがりつつある。
一応貴族なので、マナーやら勉強やらさせられていて、中身がおばさんだけあって覚えも早く、今もこの中では一番綺麗にお辞儀できていたんじゃないかしら?
そんなわけで、候補になりそうなのである。
なりました。
「カリーシャ、よくやった。当面、お前がアーリュ王子の婚約者候補筆頭になったぞ」
おかしいな、貴族同士でも婚約者の候補が決まるのは12歳になってからのはず。
お父様、何をしたんだ。
「あら、素敵ね。王子様のお嫁さんですって。カリーシャはお姫様ね」
ふわふわと微笑むお母様、私はお姫様を望んでいませんよ。
まぁ、婚約を決定するのは成人一年前の16歳のころ。
年齢差がある場合は、下の方が16歳になってからになる。
王子様と私は同じ年だから、学園卒業のときまでは婚約は決まらない。
そうそう、この世界には魔法がある。
児童文学が好きだった私には夢のような話だ。
貴族の子どもたちは、14歳になると王都の学園に通うことになる。
そこで、歴史や経済、諸外国のことも学ぶが、魔法も学ぶ。
もちろん、それまでの間に家で家庭教師などから教わるのが貴族にとっては普通。
そして、魔法を使えるのはほとんどが貴族なので特に問題も起こらないらしい。
ただし、ヒロインさんは庶民。
そう、たまに庶民からも魔法が使えるものが出て、学園に入学してくることがあるのだ。
それで、ヒロインさんは15歳で魔法が発動して、編入する形で入学し、勉強しながら恋をするのがゲームの内容だった。
貴族の中に庶民が入り込んでくるのだから、ちょっとした仲間外れをする人、興味本位で近づく人、バカにするために近づく人、目線を合わせてくれない人など色々な反応をする人がいる。
普通に考えてもそうなりそうよね?
貴族にとってはできて当たり前の挨拶やマナーがなっていなければ、眉をひそめてしまうもの。
もちろん、それが庶民には当たり前でないから、できなくて当たり前なのだけれど、どこまでが貴族ルールなのか、なんて普通は学ばない。
だから、非礼なヒロインは冷たくあしらわれる。
そんな中、こうしたらいいよ、とアドバイスをくれたり、さりげなくフォローしてくれる攻略対象者たちに恋をするわけだ。
好きにならないはずないよね、優しくしてくれるイケメン。
貴族との結婚となれば、庶民でいるわけにはいかない。
だから、ゲームの中ではマナーや話し方などのミニゲームがあり、無駄に知識がついたと私の娘は言っていた。
そうして振る舞いを身につけ、勉強して実力をつけ、周りに認められてやっと正式に婚約できることになるのだ。
ただし、王子様に関してはちょっと違った。
婚約者候補筆頭である私、カリーシャを越えなくてはいけない。
マナーはもちろん、ダンスや政治経済の話まで。
ゲームでは現実世界の政治経済の話も入っていたらしいが、今はここが現実。
この国の話だけではなく、諸外国の歴史まで学ぶ必要があるだろう。
私はすでに英才教育が始まっているからなんとかなるけれど、ヒロインさんは大丈夫なのかしら?
大丈夫ではなかった。
けれども安心してほしい。
私が手を打っておいたのだから。
「カリーシャ・アレストガティ嬢。本当に、マリア・ホワイトにこのような嫌がらせをしたのか?」
王子様がマリアを斜め後ろに控えさせながら言った。
卒業式直前の玄関ホールってなかなかの人だかりだね。
ちなみに、王子様のご学友たちは遠くで見守っている。
よくあるパターンなら、男性をはべらせてどうこう、という話かもしれないが、このヒロインさんはどちらかというと王子様一筋だった。
あくまでクラスメイトとしての距離をうまく保って友人になっていた。
あれはあれですごい技術だと思った。
「……その通りですわ。会うたびにマナーについて一言申し上げましたし、立ち姿や歩き方、しゃべる時の声の大きさ、男性との距離を注意もいたしました。庶民は貴族と違うことも何度もお伝えしましたわ。義務と権利の内容が違うのですもの」
「それでマリアが傷ついたとは思わなかったのか?」
「まぁ、傷つかれたんですか?あの程度で?それでは、貴族のお茶会になど恐ろしくて参加できませんわね?もっとひどいことになりますもの」
「アレストガティ嬢、お前のような酷い言い方をする者はいないはずだ」
「それならいいのですが。とにかく、いろいろと申し上げたことは確かです。それについて何か?」
「……マリア・ホワイトは、今日から私の婚約者だ。未来の王太子妃に対し無礼を働いたも同然。罪は償ってもらおう。カリーシャ・アレストガティ嬢は、侯爵領にて許可があるまで謹慎とする。もちろん、私の婚約者候補からは下ろす」
確かに16歳になってますが、王様に確認もせずに婚約者にしちゃって大丈夫なの?
私はいいけど。
「……かしこまりました。卒業式には出席しない方がよろしいですか?」
「何を言っている、当然――」
「アーリュ殿下、よろしいですか」
「なんだ、ユーリ」
ユーリとは、次期宰相候補であり王子様のご学友。
割と頭の良い人だ。
「こちらのアレストガティ嬢は、首席卒業者として出席の義務があります」
「なんだと?」
はい、2年間の総合成績で一番を取らせていただきました。
なんで王子様は知らないのかしら?
「主席はユーリじゃなかったのか」
「いいえ、私は2番です。ですので、卒業生代表として校長から書状を受け取るのはアレストガティ嬢ですし、挨拶も彼女が行うと決まっています」
「む……ならば、卒業式が終わり次第侯爵領に向かえ。それなら式を今から変更しなくても済むだろう」
「そうですね。国王主催のパーティーにおける殿下のパートナーがいなくなりますが、そこは問題ありません」
「そうだな、マリアもいるし」
「いえ、マリアさんは出席できません。招待されていらっしゃらないので。そもそも、貴族しか出席できないパーティーです。マリアさんの件については、これから国王陛下をはじめとした多くの方に認めていただけるよう働きかける必要があります」
「パートナーはとりあえずなしか……あぁ、面倒だな」
私は嬉しい、あのパーティーに出なくていいなんて。
「アーリュ様……」
不安げなマリアに、王子様は微笑みかける。
「大丈夫だ、余計な縁談を持ってこようとしたら、すべて断る。私にはマリアがいるのだから」
「は、はい!」
ふむふむ、いい感じに収まったかな?
ひたすらめんどくさかったけど、会うたびに嫌味を言い続けて頑張ったよ、私。
というわけで、私は侯爵領にて大人しくしています。
婚約候補を取り下げられた令嬢だから、身分が大幅に下の貴族との結婚も可能になった。
さらにいえば、庶民に下っても大丈夫。
もちろん、望まれるなら公爵だって嫁げる。
侯爵令嬢のままだものね。
よしよし。
これでようやく整った。
前世の夫を待つ準備が。
だってさ、よく考えて。
私が覚えているのに、どうして夫が覚えていないと思うの?
根性で思い出すに決まってるよね。
同じ異世界に転生してくるに違いないよね。
だってあの夫よ?
そしてこの世界には魔法がある。
私は日常に便利な程度で、それなりに優秀ではあるけれど、攻撃とかは不得手。
もちろんあの夫のこと、攻撃魔法も使いこなしているはず。
もしも私がほかの人と結婚なんてことになったら、国を一つ消すとか容赦なくやるでしょう。
恐ろしい……!
というわけで、侯爵令嬢でありながら、貴族とも庶民とも結婚できる今の状態で待つのがベスト。
ただ、見つけてもらえるかだけが心配。
引きこもりだもの。
この国にいない可能性が高いから(いたら既に迎えに来てるはず)、外国にも伝わる方法を考えないと。
というわけで、見つけた手段が絵本。
そう、私は前世で知っていた話を絵本にして出版したのだ。
絵?
イラストは割と得意でした。
動物なら大丈夫。
なので、人だったところをウサギとかネコとかに書き換えて絵本にした。
和洋中なんでもござれ。
たくさん書いていたら、結構有名になって、外国にもファンができた。
お財布にも嬉しい。
「お嬢様、どういたしましょう」
メイドが困ったように私に言った。
今日は両親が王都に行ってしまい、私は留守番。
だから、判断は私が下さなければいけない。
「そうね……では、騎士を2名寄越して。来賓用のリビングにお通ししてちょうだい」
「かしこまりました」
普通は手紙が先に来て、お父様が判断して返事をし、それから会う形になるのだけれども。
ファンが作者に会いに来るって、貴族が作者だと面倒なことが多いわね。
で、今回来た人は、ちょっと遠くの国の人で、商人なんだとか。
そしてこの国に来て、作者が私だと知ってスケジュールを無理やり空けて訪問したらしい。
そんな風にして会いに来てくれた人を、追い返すのって、ねぇ?
でも、両親がいないから、騎士が付き添いってことで対面を保つ。
もちろんメイドも出入りするから大丈夫。
身なりを整えて、まいりましょうか。
「初めまして、私が作者の――」
「リサッ!!」
「!?」
唐突に男性に抱きつかれた。
騎士たちが慌てて剣に手を添えたが、私は目線で下させた。
私のペンネームは、リシャ。
前世の名前、『理沙』をもじったのだ。
そして、彼は私をリサと呼んだ。
「……ユキくん?」
「うあああああ、リサ!リサだ!会いたかったあああああああ!!!」
ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる男性は、やはり夫だった。
前世の名前は幸人という。
少し腕を緩めてもらって顔を見れば、見覚えのない整った顔。
青っぽいグレーの髪、浅黒い肌から見ると、かなり遠くの南の国出身だろう。
声も聞き覚えはない。
でも分かる。
「ユキくん、久しぶり。良かった、見つけてくれて」
「もちろんだよ!見つけないはずないじゃないか!!あのウサギには見覚えしかなかったよ!」
やっぱり、絵本が南の国まで出回ったことで気付いてくれたらしい。
「リサ、噂は聞いてきたけどこっちの国に来られる?謹慎ってまださせられてるの?っていうか、あの王子ぶっつぶしてこようか?」
「やめたげて。ただでさえ、庶民の女の子選んで苦労してるんだから。しかも大勢の前で大見得切っちゃって、引けない状態らしいし。そもそも、そうなるように持っていったの私なんだから」
「そうなの?なんでまた」
「だって、ユキくん、貴族じゃないかもしれないと思って。庶民でも嫁げるように準備したの。実際、ほかの国の商人の跡取りなんでしょう?」
「あぁ、リサっ!!」
またしてもぎゅうぎゅうと抱きしめられた。
ここまで、ソファに座ったユキくんの膝の上で抱きかかえられたままの会話。
騎士さんたちは、大人しく控えていてくれています。
「それと、多分そろそろ外に出られるわ。その話をしに、両親が王都に行ったんだから」
「そっか、良かったぁ。俺がこっちに店を構えようと思ってたんだよ」
「どちらにしろあった方が便利なんじゃない?」
「そうだけどね。跡取りだからさ、あっちこっち行けって言われるだろうし、それなら跡取りやめて個人で店でも出そうかと」
「もったいない!!」
「大丈夫、リサが動けるなら問題ないよ」
「そうね」
あ、メイドさんが呆れ……温かい目で見守ってくれている。
両親にはどう話そうか。
別の婚約話とか持ってこないといいのだけれど。
候補の釣書を持ってきただけでした良かった。
婚約候補から下ろしてくれた王子様から声がかかったそうだが、笑顔でぶったぎってきたらしい。
第二王子の方の婚約者候補にも上がりそうだったらしいが、そこは阻止してくれたそうだ。
ありがとう、お父様。
両親にユキくん(現世の名前はルーユキア・ボーンサット)を紹介して、結婚すると宣言した。
うちには弟が2人いるし、私1人くらいいなくなっても大丈夫よね?
とオブラートに包んで言ったら、この国から出られるならその方がいいだろう、と許可をくれた。
嬉しい。
たまには帰ってくるからね。
「それにしても、絵本を出版しだしてから2年くらいかかったわね。ユキくん、浮気でもしてたの?」
「やだなぁ、リサ。俺がよそ見なんかするわけないだろ?あれだよ、王子の婚約者候補に上がってるって聞いてたから、準備してたの」
「え?候補から下ろされた後の話だよ?」
「いやいや、こっちには詳しい話もきてたから。候補を下したものの、やっぱりリサが良いから、候補に上げなおそうとしてるって」
「そんな早い段階で?」
「うん。やっぱりね、下積みがきちんとあるとないとは大違いなんだよ。周りが先だったみたいだけど、最近は王子本人もらしいし」
「うわー……。ユキくんに迎えに来てもらえてよかった」
「大丈夫大丈夫。万が一のことがあった場合に備えて、ちゃんとこの国を潰す準備もしてあったから」
「やっぱり」
うん、ちゃんとこっちも準備して待っていて良かった。