もう一人の王子。
これからは少しだけ1話分が長くなると思います。
ご了承ください。
とにかく、私がこれからすべき事はなんだろうと必死に思考を巡らせた1週間だった。
シルヴィア・バーミリオンは既に私の一部となっているとそう気づいたのは、前世という風に感じている過去の自分とこの体の持ち主のシルヴィアの記憶が同化を始めているからだ。
なんと言うか申し訳ない気持ちにもなってしまう。
これってもしかしなくてもチートではないかしらと、だって転生って言ってもこの国の言葉も歴史もそしてなによりもシルヴィアが苦労してこれまで修得して来たたくさんの知識と経験が全て一切の努力もなく手に入った状況なのだから。
ゲームの内容はそれなりにやり込んだおかげで覚えているし、もうゲームは終了している。
婚約破棄ってしっかり宣言されてたし。
外見が若くなって、悪役とはいえちょいとキツめの美人さんだ、しかも伯爵としての爵位はあって優しい母親とかわいい弟がいる。
うん、ちょっとびっくりのステータス。
たった一つ気がかりなのは何時殺されるか、わからない状況だけ。
『亡命かな・・・』
爵位はかわいい弟に譲ればいいだろう、その後見は第一王子にお願いしてもいいし、国に戻ってきた親戚の誰かにお願いしてもいい。
とにかくこのままこの国に居れば私はいつか必ず殺されてしまうだろう。
ならシルヴィアを昔からかわいがってくれた隣国フォース国の叔父上にお願いして亡命をさせてもらえばいいのではと考える。
だけど少し考えて問題はそれだけではないと気付いた、この国が本当に危ないかもしれないという現実だ。
もし爵位を弟へ譲っても国が無くなれば無意味だ。
『王様と王妃様の容態が知りたい』
彼等が戻ってきてくれれば、もしかしたら・・・いやダメだ。
数か月前の記憶を反芻する。
紙の山が壁のように積まれている机、そこに屍のようになりながらそれでも食らいつく事務官たちが何とか回していた政務。
第二王子と神官たちが出してくる意味不明の計画書と資金繰りを強請る書状を何とか私とそして金庫番を担っていたジルベット大臣がつきかえした毎日。
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「なんでダメなんですか、孤児院は大切ですよ」
至極まともにそう言って下さった光の巫女様。
「知ってます、此度の瘴気のおかげで親を亡くした子供もたくさんでました。ですがっ!国中の全ての孤児院に同額の資金援助を行うとはなんですか!?あなたはこの国にどれだけの孤児院があってそこに何人の子供が居るのかご存じですか?」
「たくさん?・・・でもこの間連れてってもらった孤児院でシスターさんがお金がないから困ってるって」
「連れて・・・行かれた?」
聞き捨てならない事がさらりと聞こえた。
「それは誰にでしょうか?」
「ハークライト様・・・じゃなかった殿下です・・あの怒ってます?」
先日お願いしたレムソン国への書状はどうなってますか王子、なんでアカリ様と孤児院訪問などなさってらっしゃるのです・・そんな暇ないでしょうが。
怒ってます、そう言えたらよかったが何とか否定して私はそっと手にある《孤児院支援申請書》を一度机に置いた。
「以前に言いましたね、この国はアカリ様のおかげで救われました」
「はい」
「ですが、未だ瘴気を受けた後遺症でまともに働くことも出来ない民もたくさん居ます・・・以前アカリ様がおっしゃった”チャリティー”ですがそんな余裕がある人間が少ないのです。そして国の国庫は確かに民の為にあるものです。ですが・・・民のためにすべきことには順序があります、その順序を間違えてはいけません」
「順序・・・」
「はい、この国が瘴気によって受けた被害は甚大です、その復興作業にこれから商業主や魔法ギルドと協力して事業を組んで」
「復興っ・・・じゃあ募金ですね」
「ぼきん・・・・・・あのですね」
私の言葉を真摯に受け止めようとして下さる姿はとても嬉しいが、どこかいつもななめ上の応えを下さる。
「私、募金活動やったことありますから、王子と相談してきますね」
そのままかけて行く後ろ姿にため息をついてその日もまた城に泊まり込みになる事を覚悟した。
そして数日後、城下の中心街にて光の巫女様が王子と一緒に募金活動なるものをなさってくださり、町中が大騒ぎになる事を私はまだ知らなかった。
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シルヴィアの苦悩と苦労の日々。
あんな状況だった・・・いや確かにゲームの主人公であるテンドウ・アカリは中学3年生の設定だった。
あれ?日本の歴史は習ってるよね、義務教育は終わってたんじゃないかな。
思いついたら口に出してしまう体質なのだろうとは思う、ただ問題は、彼女の立場と周囲の人間達だ。
光の巫女として異世界から召喚された少女。
自分たちが呼び出した世界の救世主さまを神のように扱い彼女を盲目的に信仰してしまった神官たち。
『巫女様の言った事を全て叶えようとする、アホども』
第二王子もこれを増長させる一因・・アホの仲間だというのが一番の問題だったりする。
現在国を実質動かしているのは、宰相のモーデル様と瘴気の恐怖に脅えながらそれでも国に残ってくれた数名の大臣たち。
彼等を支えるために残ると言ってくれた数百名の事務官たち。人員不足は否めない状態だ。
王がお倒れになられてから、どうにか回していた政務に瘴気を浄化する旅から戻ってきた王子が口出ししてくるようになって、何とか回していた政務に支障が出るようになったのだ。
王子が提案する政策は、私欲のためでなく純粋に民のためを思ってのものなのだが、それに一切の計画性がないのだ。
『第二王子を止められる人が欲しい・・・』
思い浮かぶ相手が、王妃様と第一王子だけだった。
絶望的だ。
どっぷりと落ち込んだ。
だがその日の夜、私にもたらされた知らせは、光明そのものだった。
フォース国に居るはずの第一王子、ルクス・ジュヴェール殿下が私を見舞いたいとの伝令が届いたのだ、しかもハークライト殿下には内密に。
これってチャンスかもしれない。
第二王子様の暴挙を止められる抑止力が戻ってくるかも。
この光明を逃さないために、出来るだけの準備を。
私が慌ててメイドさんを呼んだ声は、相も変わらず掠れてボロボロだった。




