記憶が終われば現在。
最初は天災だった。
それは私が13の歳の頃・・・原因不明の奇病がこの国に蔓延したのだ。その原因を突きとめるために国中を巡回していた父が倒れ、1年も経たずに亡くなった。
後継者である弟はまだ数えで5歳の子供だった。
14歳の私が弟の後見には立てない。だがほとんどの伯爵家の縁者は、この1年で隣国に居を移してしまっていた。
その頃はまだ奇病が流行しているのはこのジュヴェール国内だけだったからだ。
助かりたいと避難した王侯貴族たちは、数知れず。神の怒りに触れたのだと必死に神殿に祈る民達がかわいく思えるぐらいの逃げっぷりだった。
神官たちもまた、神の怒りを治めるために古代魔術を使用して、儀式を行いたいと進言してくる状況にまで追い込まれた。
王もそして王妃もその奇病を患い、もしもの為にと第一王子だけは留学の名目で他国へと送り出す事が決まったのは、2年後の事だった。
その2年何とかして存続させていたバーミリオン家は、このまま取り潰されるかもしれないとなった時、私はその第一王子と取引をしたのだ、隣国の私の叔父上に頼んであなたを無事に隣国へ迎えさせますと。
16歳の小娘が、第一王子を後見人として伯爵の地位を得たのは、異例中の異例だった。
そして私が18歳になった時、後見者の必要性なしという事で正式に女伯爵となった私の前には光の巫女様がおられた。
2年の間に必死に領主としての役目を学び、領地を治めていた私は、2年の間一度も婚約者である第二王子と会う事も連絡を取り合う事もしなかった。
『あれ・・2年放置って・・・自然消滅狙い?』
自身の記憶とシルヴィアの記憶。
同情を禁じ得ない状況だが、婚約者を2年放置はまずいのではとも思う。第二王子が光の巫女様に惚れ込んだ理由がわかった気がした。
そしてなんでろう・・・私の知っているシルヴィア・バーミリオンとは180度違うような気がする。
私の知っている彼女を形作るはずのものがないのだ。
例えば傲慢で貴族主義の祖父、その祖父に言いなりの父、跡継ぎである一つ違いの弟。
優秀な弟ばかりかわいがる母親。劣等感に苛まれ、母にも父にも愛される事がなく・・ただ一人、第二王子だけが彼女をシルヴィアという一人の少女として接し愛してくれていた、なんて設定どこ行ったのっ!!
今現在、私の前に居るハークライト殿下の影も形もないんですが。
そう目の前に居ます。
体が思い通りに動かない今、私に出来る事は少なかった。
痺れが残る四肢と喉の痛み。飲まされた毒の解毒は上手くいったものの、その後遺症が治るまでには少なくとも3か月以上は掛かるらしいと聞いたのは、昨夜の事だった。
毎日綺麗なメイドさんたちに看病してもらったり、お世話をして貰うのははっきり言って心苦しい限りなのだ、しかもこの歳で下の世話とか・・・マジ心が痛い、せめてトイレぐらい一人でと言いたいんだが声もまともに出せない今の状況ではそれも難しい。
「ひ・・・・久し振りだな、シル・・シルヴィ」
どこまでも挙動不審な第二王子がそう私に声をかけてきた。
何があったかわからないが、1ヶ月以上も地下牢へ幽閉してくれた相手が目の前に居て、平静で居られるかというとそうはいかないのが普通だ。
「げ・・元気だったか?」
バカがいる。目の前にベットから体を起こす事も出来ず、ぐったりとした相手にそんな言葉をかけるしかできないのか。
「・・・・」
無言の私に、眉を顰めてこちらを睨む。・・・彼は私が今どんな状態なのか知らないのが良くわかるだろう。
「この俺が話かけてやってるというのに・・」
私と王子、護衛としている近衛兵、数名のメイドしか居ない広ーい部屋にその声は存外に大きく聞こえた。
それに反応したのはこの1週間私の世話をしてくれているメイドさんでその人が進言しようとしたのを私は目だけで制した。
『この人の真価を知りたいのだから、どんな理不尽であろうと享受する』
そう考えていたシルヴィアの為に私は今ここに居る。
たかだか19歳の女の子がそう決意していたのを私だけは知っていた。私はそれを尊重してあげると決めたのだ。もうすぐ三十路だった私が19歳の子の決意を曲げるわけにはいかなかったから。
さて始めようじゃないの。第二王子改め人災王子様。