真実と現実
母は強しですよね。
本当は先週中に投稿するつもりが、まさかの設定ミスで、遅れました。
まだまだ続きますがどうかよろしくお願いします。
叔父上と対峙するために必要なモノは、父から引き継いだものが多い。
他国との外交の仕事とバーミリオン領主としての仕事の合間、その僅かな合間に父が私に伝えてくれた事がある。
隣国フォース国は、最も恐ろしい同盟国である。
同盟国という隠れ蓑をかぶり、本当の意味では、和平条約を結ぶことはない最も恐ろしい相手であるという事実だ。
もし彼の国にとってこの国が何かしらの害になるようになれば、または、何かしら大きな利益を得られると判断されれば、容赦なく切り捨てられ逆に侵略の手を伸ばすであろうその国を同盟国と呼ぶのは可笑しい。
そう父は常々私に言った。
“ルーン叔父上を甘く見てはダメだ”。
父にとって叔父上は、兄であり師でありなによりも怖い天敵なような者だったとそう聞いている。
私自身も直接会う事が出来たのは、たった5回。
その5度のうちに私をバーミリオン女伯爵として認めて、逢って貰えたことは一度としてないのだ。
私達は、未だにただの叔父と姪としての関係を保っていた。
取引も駆け引きもしたことがない・・・まだ父が存命だった頃、隣国に父について行った時も私は、ただただあの人のかわいい姪でしかなかった。
その関係を利用したのが、数ヶ月前に出した密書だ。相手側には届いている筈のそれに対する返事は未だにない。
その内容は、父とそして私が死んだ後には、どうか向こう5年の間は、この国に手を出さないで欲しいというもの。
そして弟であるフィリップの遊学を理由に母とフィリップを保護してほしい。ただ、それだけの内容だがあちらへのメリットを提示してはある。
提示した条件の一つは、バーミリオン領で最も大きい港であるフィルテノ港での優先的な交渉権だ。
いくつかの条件の中でも最もあちらが欲しいであろう条件は、とてもじゃないが叶える事が出来なかったからその代価案である。
商人たちや行商たちからの情報と間者として雇った幾人かの商業ギルドの面々から届く隣国ルーンの政情。
エーリッヒ・ルーン宰相が叔父であることを私は幸運だと思っていた。なぜなら間者として送ったもの達から報告される事、聞かされる情報のうちにルーン家を悪く言うものなどたった一つとさえないのだ。
そのおかしさに気づいたのは私が10歳を過ぎた頃だったが、それでも自慢の叔父である事には変わりなかった。
そう完璧な情報統制から、交渉術。なによりもまるで未来を予測しているかと思われる外交術をあの人から学びたいとも思ってた。
そう思っていたというだけで結局私は、その術を学ぶ事はできない。
バーミリオン領は、輸入輸出港をもつ領地としては、恵まれた土地だと言えた。
それでも他国との繋がりが大きい分、大きいリスクを伴っている。
もし戦火が迫った時最も先に戦火が及ぶであろうここは、母であり叔父上の姉がいるという事を私は、いつの間にか切り札のように思っていた。
いくら叔父上がフォースの宰相とはいえ自身の姉が嫁いだ国をそして縁者が治める領を攻め入ることはないと。
そう楽観視をしていたのだ。
ーーーー
香り高い紅茶の香りをさせ、その人はふんわりと微笑む。
「母様・・・これって」
起きてすぐに着替えて母であり領地代理を任せていたバーミリオン夫人を訪ねたのは、夜明け前の事だ。
それが許されることが既に甘やかされているとしか言えない。
そして母は、それが当たり前のように起きて、私が目覚めて訪ねてくるのを待ってくれていたのだ。
「あなたが目覚めなければ、明朝に私が王城に上がるつもりで用意したものの一つですよ」
唐突にそう言って母が私の前に差し出した箱には金の箔がついていた。そしてその中身を取り出し私に見せるとそれが何か私には理解できた。
そしてなぜこんなものを母が持っているのかが分からなかった。
「これは・・いくらなんでも」
「一刻を争う時にあなたをあえて戻したその誠意だけは褒めてあげてもいいかもしれませんね。あなたを投獄したと聞いた時は、もうこの国を見捨てようかと思ったくらいですが、それでも・・・あの人が愛した国ですもの。」
毅然とそう言って、そのまま再び紅茶を含む。
「バーミリオン夫人・・・」
はぐらかさないで欲しいと視線で訴えれば母は、私と同じ藍の瞳を細めて微笑む。
「あまり母を見くびらない事ね?」
そう言って母が差し出したそれは、当家の財政ではとても準備出来るはずがないはずの魔法石炭鉱の権利書だった。
「この権利書をどうやって手に入れたのですか?」
「その前に・・あなたが欲しいものの一つはコレでいいのよね?」
「はい・・ですが何故こんなものを母上がお持ちなのですか?」
何故一領主の代理人である筈の母がこんなものを持っているのだろうか。
確かに私が欲しかったものの一つ。
それが魔法石の採掘権である。
国がそれを独占的に保有するフォースと違い、魔法師ギルドが保有する事が多いこの国で何故この権利書をこのタイミングで私に渡してくれるのか。
そしてなぜこんなものを用意していたのかだ。
「開戦は・・避けられませんよ。私の弟は、甘い人間ではないの。」
「母上。あなたは何を」
ご存じなのですかと続けることは出来なかった。まるで目の前に居る人が母の姿をした何かに思えてしまえるからだ。
「ここ5年の間に輸出入の多いモノをいくつか関税監査を名目にあげて調べさせてたのよ。あの奇病がこの国に蔓延するまでは、あの人がやっていたのだけどね。まぁ、なにより薬草や医師を派遣するために人員確保する必要があったからそのついでだったけど。私が考えられるいくつかの予測は残念なことに当たってしまっていた。」
「母様・・」
「戦時に高騰する物資は全て・・緩やかに上がり、銅と鋼についてはもう3.8倍。フォース国との交易だけでは判断がつかないから他国とのものも全て見て結論は出ているの。あの子ったら私に帰国して欲しいなんて馬鹿みたいな手紙を寄こすし、フィリップは、バーミリオン家の後継だと言っているのに養子に迎えたいなんて言いだすし・・・」
「えっ!?」
「あの子ってルーンの血が大好き過ぎるのよね」
「あの・・いえバーミリオン夫人?」
あの子とは誰のことだろう。いや話の流れで叔父であることはわかるが、それを認めたくないのだ。
「貴方がコレから戦うのは、ルーンの血に取りつかれた人ってことよ。だからこそあなたを害したこの国を許しはしない。そう言う事なの」
「そういう事って・・つまり此度の戦争は」
「文字通りあなたに対するこの国が行った事への報復だと思うわ」
あぁ、やっぱりそうなのか。
「この国の体制を変える事が出来なかったのがいけなかったのよ」
「体制って」
「旧制家にとって魔法師という存在は、とても不都合が大きかった。ただそれだけの事だけど今回は、“御子様”のおかげでもあるのよね」
「御子という存在が戦火を招いたと?」
「そうとも言うし、なによりも“あなた”が全ての“鍵”だったともいえる」
「鍵というのは、私が何かに関係していたのですか?」
「元々旧制家にとって“光の御子”なんて存在が居てはいけなかったの。それでもそれを抱き込んだのは、御子様がこちらの世界に無知であり、第二王子であるハークライト様を彼等の元へと繋ぎ止める楔としたかったのでしょうね。そしてその策はあまりにも上手く嵌ってしまった。」
それはどことなく察していた事だった。
神官庁にとって“光の御子”は、ある意味諸刃の剣であったが、それでも彼等がこの国をそして世界を救った事実は変わらない。
だが神官庁にとってこの国は、国教は、変わらず一つであるはずだった。
それがひずみとなる。
古代魔法を使用したのは、現魔法師たちへのあてつけのようなもので、本当はあの召喚が上手くいっても行かなくてもよかったというのが真実だ。
そして運よくこの世界は、天童あかりを呼び出す事ができた。
「あなたの事を利用したかった新興貴族たちには“御子”の存在が邪魔になった。そして旧制貴族たちにとってもね」
「旧制家にもですか?」
「そう・・・だからあなたが女の身でありながら伯爵位を得る事が出来たのよ」
「それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味よ。あなたは、光の御子であるテンドウ・アカリを殺しあなたがその代わりになるためにあの日、爵位を得たの」
何でもない事のように母はそう言った。
 




