始まりの断罪
大変、お待たせしました。
よろしくお願いします。
厳かな謁見の間にはたくさんの人間がひしめき合っていた。
嘗てない程の人間が集められたこの謁見の間は、明らかに二分されていた。
方や疲労困憊、顔面は既に白に近く半死半生である人々ともう片方は豪奢な洋服を着こなし悠然と立つ人々の二つだ。
そしてそんな彼等が見上げる玉座には、わずかにやつれてはいるものの、それでもそこに坐する姿は確かに王位を持ちこの国を治めた威厳を持つ男の姿だった。
「これより、第一王子ルクス様よりここに集まったものへ重要な発表がある」
そう声を上げたのは、この国の宰相であった。
人々の視線を一身に受けるのは、王位継承権一位の第二王子ではなく、隣国へと婿入りをする筈であった第一王子であった。
彼がこのような場にそして玉座の横に侍る時事さえ珍しいのだ。
今までの彼は、玉座の後ろに控える事が多く、発言をあげる事も珍しいとこの国の政に関わるものならだれもが知る事だった。
体外的にも彼は、表だって動かないのが当たり前だったのが、なぜ今、この時にと考えているのは豪奢な服を纏い、ゆったりと微笑んでいた一部のひとだ。
そして今にも倒れてしまいそうな人々の方は、逆にやっとかと頬を緩ませていた。
そう緩ませていたのだ。
彼等にとってこの時をいつかいつかと、待ちに待ち続けていたと知るのは、きっと王家の人間には居ない。
「悪いが時間がないので前置きはなしに話を進めようと思う」
そう切り出したルクス王子を王は、ただ見つめていた。
その頼もしい背を見ることがとても嬉しくそして誇らしくも感じていたからだ。だが、本来彼はそこに立つ事はなかったはずだと言うのを思いだし、うなだれそうになる自身を律するので精一杯だからだと家臣に知られないように、今は、ただ毅然として王という役目を全うする。
「今、この国がどのような状況に置かれているか、分からない者は、ここを去って貰おうと思う」
その言葉を聞いて疑問符を浮かべる人は、半数を超えているがそれでも半死半生の身体を押してここにやって来た人はただただ深くうなだれたのだ。
「このままでは隣国フォースとの開戦は免れない状況である。あなた方を今日、この場に呼んだ理由は、それについてどのような政策を打っていくのか、王の口から直接あなた方に伝えるためだ。」
「なんですとっ!」「どういう事ですかっ!」「聞いておりませんが」「なにかの間違いではないのですかっ」
数名から上がる怒涛の声。
さてこれはどちらから上がったものなのか。
「静粛にっ!まずこの情報に間違いはない。・・・残念ながら、この国は今、建国以来の未曾有の危機にさらされている。」
「・・・王子」「ルクス様」「っ・・・ですが」
口ぐちに声を上げる、そのことが問題だと何故わからないのか。
「静粛にっ!」
「静粛など、言ってる場合ですかっ!」
一人の男がそう声高く叫んだ。その者の胸には、多くのものとは違うエンブレムがあった。
神官庁との繋がりが強い家系にだけ許される林檎の葉と華のエンブレム。
それを持つ者がここには約半数ぐらいいるのだ。
「フォース国の事ならバーミリンオン家が全ての外交を担っていた筈です。責任は全てあの女伯爵が持つべきです」
そう言ったのは、ハーネスだった。
バーミリオン伯が投獄されていた間国を動かしていた男は、どこまでも傲慢にそう王に進言した。
「なにを」「それこそあなたが」「そうだ、そうだ。あの女がぬかったのだろう」「若輩の女伯爵め」
「バーミリオンは、既に出奔した」
反論しようとするもの、肯定し賛同の声を上げるもの。
騒然とするその場に彼の人の声は、よく響き渡った。
「なんですとっ」「裏切りものがっ!」「陛下っ!今すぐにバーミリオン家の爵位を剥奪すべきです。そしてバーミリオン家の人間を今すぐ捕縛しあの娘の居所をっ!」
騒ぎ出した人間達にとってバーミリオン家をあまり良く思って来なかった家のものばかりだ。
困惑しながら、周囲を見回す者たちと蒼白な顔を悲壮に歪め、そしてうなだれた人間達もまた居る。
そう彼等こそがこの国の現状を把握している僅かな人間である。
「裏切りというなら・・・我等こそであろう」
そう声を上げたのは玉座に坐したまま沈黙を守っていた王であった。
「陛下なにを」「此度の件はどう考えても王家の問題では」
王の言に直で応える事が出来る程男は、地位を持っていなかった。
そう、持っていない人間がそう声を上げる事が許されるこの国の現状を最も気にしていた子は、もうこの国を出て行ってしまう。
「出奔を許したのが私でもですか?」
そう彼等に告げた後に視線が集まった。
そうだ、俺が今まで内政に関わることはなかった、たった一度を覗いて。
「まっまたですかっ!ルクス様」「なにも弟君の責任をあなたが取らなくても」
「いち伯爵に何を許しているのですか」
そう声を荒げる人々。
あぁ、懐かしい。彼女が自身をバーミリオン家の後継に据えて欲しいと願った時もまた同じ様にたくさんの反対の声を聞いて、それでも押し通した。
そうだ、王位継承権を弟に譲った僕に出来る最大の権力と人脈を駆使して、なによりも彼女の努力と能力を遣い、俺はそれを通して国で初の女性への爵位の譲位を行ったのだ。
「彼女が今までどれだけの仕事をこなし、どれだけこの国に尽くしてくれたのか、貴君らはその眼で見たのか?この国から逃げ出していたあなた方に其れが出来たとは私には到底思えないが。」
それでもお前たちは彼女を責めるのか?
そう続ければ顔を背ける者、うなだれる者もいた。
「それでもと言うなら、まずは私がお前たちの言葉を聞こう。そこに一片でも彼女の非があるというのならそれは全て私の非であり全てを償うつもりだ」
「王子」「ルクス様っ」
「貴君たちに問いたい。何故ここにあなた方が呼ばれたのか?本当に理解をしているか?」
「王子抽象的過ぎます。我々とてそれなりに考えがあって、隣国へと渡っていたまでで、そのように責めらられる謂われはありませんぞ」
そう旧制家の筆頭であるグラーズ家当主は、その落ちくぼんだ目をぎょろりと動かし私とそして次にハーネスを見て進言した。
「そうか」
「それに、元々バーミリオン家に外交を一任していたのは、陛下方でしょう。未熟なあの娘に何を期待なさっているのかと私は思いましたが、やはり期待外れでありましたな。もしもの際には人質としてなら使えると思っていたのに・・これではこの国の内情を知り過ぎた人間を国外に出してしまう事になるでしょう。陛下、シルヴィア・バーミリオンを今すぐ拘束するべきです。」
「グラーズ侯、貴君の言葉を私は理解できないようだ」
「陛下・・・」
王にそう切り捨てられた男は今度は僕を見て言葉を重ねた。
「ルクス様、バーミリオン伯はこの国を内情を知り過ぎています。それはあなたが一番ご存じだ。いくらなんでもそんな人間を他国へ出奔させるなど我々は容認できません。」
「あれがこの国をフォースに売るというのならそれもそれでいいさ」
「王子っ!!」「ルクス様っ!」
「それが彼女の意思なら、その方が国民やこの国の将来のためになる事だろうから・・・」
そう例え何があろうともシルヴィア・バーミリオンが私怨で動く事などない事は知っている。
ここに居る誰よりも。
だからこそ。
「さて・・・貴殿には先ほどから直答を許しているがそれを許可した覚えは私もそして陛下にもない。これ以上の言は、不敬とみなすがよろしいだろうか。グラーズ侯」
「なっそれは」
「まぁ、私も貴君が言う内情をあなたがどれだけお知りかも知りたかったし今日この場でのみそれを許しましょう。ですが公式の場では不敬であることをお忘れなきように・・あなた方もだ」
「はいっ」「申し訳ございません」
「さて・・・・先ほどから内情とうるさく言ったあなた方に私から少し質問がある」
「この国の・・・この不正会計の用途について。私に全てを説明してもらえるだろうか?」
僕の言葉と共に第二執務室の人間が持ってきたのは、それこそ山積みとなった債務処理の紙の束だった。
「私もそしてあなた方もこれからすべきことがある・・・まずはココから始めようと思うんだ」
さぁ、始めよう。懺悔の時間を。
 




