手遅れです。
熱い・・痛い・苦しい・・・・・助けて。
伸ばした手に誰も触れるものはいない。それでもと何度も何度も私は虚空に手を伸ばした。
何時までも続くそれが唐突におわりを告げたのは、周囲が白い空間に包まれたその瞬間だった。
「死”・・ん・・・だの・・・」
「シルヴィアっ!!」
聞き覚えの有り過ぎる声があまりにも近いから、そっと目蓋に力を込める。
まるでなにか接着剤がついてるみたいに重い目蓋を必死になってあげれば懐かしい感覚がしてその香りを持つ女性が視界いっぱいに見えた。
「あ・・・・・」
声も出ない。私より薄い色の金色の髪を緩く肩に流した人が誰なのか私は知っている。だけどなぜこんな事になったのかわからない。
ただ私は混乱の中にあった。
なんでこんな事になってんのーーーーーー!!
おはようございます、みなさん。
私某〇〇会社で経営企画書部 副主任を務めておりましたアラサ―女性です。
そしてなんでこんな事になったのかよくわからないのですがこれは俗に言う転生というものでしょうか。
しかも遠い昔に嵌りに嵌ったゲームの悪役に。
思考を巡る様々なもう一つの記憶に私は混乱の中呑まれないようにするのが必死だった。
いや、最近の流行ですものね。
夢・・なの?いや夢であって欲しいのだけれども、リアル過ぎて笑えないのよね、気づいたらこれって罰ゲームなのかな?
夢ならいいんだけど、現実なら言いたい事がたくさんある・・・まず最初に。
転生するならせめてもっと早く。
だってもうゲーム終わってますよ!!
先生っ!!まちがってまーすっ!!
国語の授業でちょっとお茶目な先生に問題文の間違いでとんでもない採点ミスをされた時と同じ感覚です。
手遅れ感が半端ないです。
しかも現在、混乱の最中に私は美しい人に泣きつかれて謝り倒されている現状。
カオスだなぁ・・・・企画部の副主任になってからゲームなんてできなかったからネット小説でこっそりストレス発散してた日常・・・帰ってきて。
「ごめんね、シルヴィ・・・ごめんなさい・・・・」
「奥さま・・・お時間です」
もう一人部屋に居るのかとそっと顔を動かすと痛ましそうに私を見つめてくれるイケメン。
近衛の確かジェイン君だったかな。第一王子の乳兄弟だった・・・私の中で3番目に好きだったよ。ゲームで。
彼の声素敵だったから・・・私声フェチ並びに声優オタクです。
ヤバい・・・こんな願望を持つほどに病んでいたのだろうか。しかも最後の記憶が残業続きで会社で寝泊まりするかと真剣に悩んだ末に駅のロータリーに向かうまでって・・・なにがあった自分。
そして私これからどうしよう。
ジェイン君に背を押されて出て行く女性にせめてと何とか微笑を浮かべるとよりひどく泣き出した。
失敗です。
「・・・・これっ・・・どう・・・」
途方にくれる私はただ一人、ベットの中に沈み込んだのだった。
ーーーーーーー
「ハークライト殿下っ!いくらなんでも酷すぎますっ!」
宰相であるモーデル公爵の言葉にまるで反応しない第二王子はその腕に光の巫女を抱き寄せ不機嫌に声を荒げた。
「うるさいぞっ!国にあだなす反逆者を何時までも生かしておく必要はない。なによりアカリが父上たちを助けてくれたのだぞ?そんな彼女をあいつはまるで悪人のように・・・」
「殿下・・・そんな風に怒ってはいけませんわ」
「見ろ、慈愛溢れる彼女こそ守られるべきなのにっ!お前たちと言ったらいい加減にしろ。未だ父上の体調を慮って地下牢に押し込めているんだ」
感謝しろと続く言葉にモーデルはもう何も言わなかった。
たった1年で彼をここまで変えた少女は、キョトンとしたまま王子の腕の中で紅茶を飲み、にこやかにほほ笑みを浮かべる。
その笑みが光の巫女の象徴だとまで言われた彼女は、ある意味この場で最もそぐわない発現をした。
「あの・・・シルヴィア様はなぜ投獄されたのですか?」
「は?」「え?」「あ?」
その場に居た第二王子付の護衛であり騎士団の副官、私、そして神官長は彼女を見返した。
「?」
「あの・・・えっとシルヴィア・バーミリオン様があなた様を害したとそう報告が上がってますが?」
「え?そうでしたの?」
「なっなにを言っているんだアカリ・・・君言ってたじゃないか。シルヴィアがとても怖いって」
「えぇ、だって私が何かしようとすると必ずお怒りになられますもの」
「ほらっ・・光の巫女に対して」
「私の事がお嫌いなのって聞いたら、好きになれませんって怒られちゃいました。面倒事ばかり造る無能はたくさんだとそう怒られてしまって」
「なっ我らが巫女様になんて事を」
「なにかをするにはそれなりの準備もお金も人も必要なのにそのどれもが足りないとそう嘆いていらっしゃったから、私お手伝いしようとしましたよ?そうしたら・・階段から落ちてしまいそうになって・・・」
「ででは・・・あの・・3月前に君が階段から彼女に落とされたというのは?」
「え?」
「そうガルンが言っていたぞ」
ガルン子爵は、光の巫女であるアカリの信者だ。すこし行き過ぎたような所があると最近は貴族社会から遠巻きにされてしまっていた。
「あら、そうでしたの?」
知りませんでしたと呑気に再びほほ笑む彼女に我々は恐怖した。
もしやこれはとんでもない事になっているのではという事態を収拾する事は既に難しい。
「・・モーデル・・・そなた確か」
「私は散々進言させていただきました、・・・王もそして兄殿下も今回の事をお知りになればどうなるか・・・」
「だがガルンもシーリアも・・・そなただって」
最後にそう言われた神官長ダールトンはガタガタと震えだした。
「・・・私は・・ただ・・巫女様が・・・いえ巫女様のためにと」
「では・・・まさか」
絶望にうなだれた第二王子の横にはやはりキョトンとこちらを見つめる光の巫女が寄り添っていたのだった。