彼女の本音。
短くてすんません。
ちょっと周囲が色々ありました。
セレネス領へと戻される事になった。
突然過ぎる命令に混乱して、とてもじゃないが休めない。ベッドの上に行儀悪く体育座りをしながら思考がどんどん深みにはまっていく。
「・・・私ってなんなの?」
既に用無しなの?そう聞きたい相手はいない。
今現在、医務室には、残してくれた近衛兵の一人が扉の前に立ってくれているだけだ。
確かに亡命をすると言った、でもこんな風に中途半端に投げ出すような方法を望んだ訳じゃない。
私にとって、セレネス領もそしてジュヴェールも大切なものなのだ。
だからこそ、必死に・・それこそこの身を削りながら守ってきたのに・・なんでこんな風に。
絶望に打ちひしがれている私の耳に届いたのは、ノックの音だった。
「どうぞ」
「失礼します・・お嬢様」
マリーだ。彼女が挨拶と共に部屋に入ってきてくれた。
「マリーっ!!」
つい、淑女らしくない動きで思いっきりベッドから飛び起きた。
「お嬢さま・・・落ち着いてくださいませ。なんですかその情けない顔は」
あぁ、そうやって辛辣な言葉で私を諌める声には優しさが滲んでいる。
知ってる。きっと彼女ならわかってくれる。
「ごめん・・なさい」
「はい・・では、まず言っておきますね?」
「?」
「今回は、あなたが悪いですよ。」
その一言から始まったお説教が2時間も続けられると私は知らなかった。
そして・・・
現在午後のお茶を楽しみながら、お説教は続行中です。
「聞いておられますか?」
「うん、もうわかったから・・でもね」
「ルクス様を信じられませんか?」
突然につげられた言葉を私は一瞬理解できなかった。
「信じるって・・あの方は、」
「もう、みんな居ます。もう大丈夫です。」
あなたが一人で頑張らなくたって、もういいんです。そう言ってマリーは私の頭を撫でる。
たった1年されど1年だった日々。その前は2年の間必死に伯爵領を統治した。
ずっと・・誰かに頼る事は出来かった。頼れる人は傍に居なかったから。
「・・・マリー」
「あなたが一人で背負う事はない・・そう言う意味ですよ、誰もあなたが必要ないなんて言ってない」
的確に私の内心を見透かす彼女は、やっぱり最高の侍女だ。
「うん・・でも、」
「わかってますわ、今はまだやりたい事があるのでしょう」
そう、私は、こんな風に投げ出したい訳じゃない。
たとえ牢獄へ入れられる事になっても、婚約者を見捨てる事になろうとも・・私はたった一つ守りたいものがあった。
「うん・・だけどルクス様が」
「あの方なら、大丈夫ですよ」
「えっ?」
「お嬢様が反省してるってちゃんとお伝えすれば・・・イチコロです。」
あのマリーさん、イチコロってどうなんですかね?
ーーーーー
ドンっという紙がたてるにはおかしな重低音を響かせながら、何とか書類作業を終えた俺に、そっと紅茶が差しだされた。
「ジェイン?」
「お疲れ様です。」
「あぁ・・お前紅茶なんて淹れられたのか?」
乳兄弟の突飛な行動に驚きながら、出された紅茶を飲む。
芳醇な香りと喉を潤すには調度いい温度のそれは、確かに手順通りに淹れられたものだった。
「う・・うまい」
「そりゃあ、1年はずっと淹れてたからな」
「1年?」
「シルヴィア様のたった一つのストップボタンなんだ。紅茶が」
俺の執務室に上がった書類はどれもそのシルヴィアが選定してくれたものだと知ったのはつい3時間程前だった。
「で、本当に良かったのか?今、シルヴィア様が抜けて、お前だけでこれをどうにか出来そうか?」
そう言いながら、横に置かれたチェストを叩く。
その上には既に40㎝は超える書類の山が置かれていた。
「・・するよ、・・でもまさか、彼女がこんなハードな仕事をこなしていたなんて・・・」
「いや、お前には言ってなかったがこの倍は仕事してたから」
「なぜ止めないっ!!」
とても人間技とは思えない。一応僕自身、この国を巡回していたおかげでわかる事が多かったのだ、各領の税をどれほどの割り合いで徴収しているのかも知らないであろうハークライトの補佐を彼女一人でしていたのかと思うと申し訳なさしか浮かばない。ジルベットが過労で倒れるのも頷ける事態だ。
現在彼からの書簡により、もう一つの問題を抱えているが、とてもじゃないが手が回らないのが実情だった。
「どうやって?」
そう聞き返されるとどうも答えられなかった。
「彼女自身の能力の高さもさることながら、適材適所に人を当てがう審美眼の素晴らしさ・・まるでパズルのように組み合わされたそれらを彼女が一つにまとめ上げてたんだ。」
それこそが、ルーン家の能力だろう。
「・・だろうな・・そしてその要として自身を置いたからこそ、この仕事量か」
とても普通の人間ならこなせない仕事量を彼女は文句一つ言わずにこなしてくれていた。
「そういう事だ。」
「とにかく、第二執務室の人材を増やそうと思う」
他の部署に比べると仕事量が段違いなのが、彼女担当の第二執務室だ。
「やめておけ、・・あそこは変人の集まりだ」
そういいながら、げんなりと顔をしかめる乳兄弟を久しぶりに見た。
「それはどういう・・」
トントン
僕の言葉は、控えめなそのノック音に遮られた。
「入れ」
「はい・・」
かえった声の主を僕は知っている。今日、確かにセレネスへ静養を言い渡した相手。
先ほどまで話題にあげていた人物だ。
部屋に訪れた彼女に僕は、一瞬で目を奪われた。
いつも地味目の色合いのドレスを好む彼女が、今ライムグリーンの明るい色のドレスを着ている。
それだけでも僕の心は浮き立つのに、いつもはきつく編み込まれている髪がゆったりと背に流されている。
綺麗だと思った。
「シルヴィ・・」
「あっ・・お仕事中に、ごめんなさい」
「い・・いや・・それよりどうしたんだ?」
城で行われた夜会でも見ない姿で現れた彼女は、頬を僅かに染めて僕の傍までやってきた。
その後ろには侍女であり彼女の姉的存在でもあるマリーがどうだと言わんばかりにほほ笑んでいる。
「・・・その・・あの・・お話があるんですけど」
「どうかした?・・あっすまない。ジェインなら後1時間もすれば」
「私っ!セレネスには帰りたくありませんっ!!」
「えっ・・」
突然そう叫ばれた。




