婚約破棄が始まりです。
暗い暗い地下牢の奥、本来伯爵令嬢の私がこんな所に入るなんておかしいのだが、誰もそれを咎めない。
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『失望したぞっシルヴィアっ!!』
この国で最も豪奢に造られた謁見の間に響く声。
そう激昂した彼の瞳に既に私は映らない。だけれどもせめてと声を上げた。
『ハークライト様・・・お聞きくださいっ!この国は今危機に瀕して』
『うるさいっ!!ここにいる光の巫女、テンドウ・アカリを傷つけ、虚偽偽りを周囲の貴族たちに吹聴しあまつさえ他国の者とつながり我が国を裏切ろうとするとは』
『違いますっ!!私はっ!』
『黙れっ!シルヴィア・バーミリオン女伯爵・・・そなたは既に国家反逆罪の嫌疑がかけられておる』
『なっ』
思考を巡るのは私を裏切ったであろう者たちの顔と幼い弟の背中。一瞬だけ思考を辞めて周囲を見ればキョトンと私を見つめる光の巫女様。
『ハークライト・・』
『呼ぶなっ!!既にそなたとの婚約は破棄した。お前などに私の名を呼ぶ事を許さんっそなたには、追って沙汰を渡す・・・捉えよっ!』
何一つ届かない。もうダメなのだとそう感じた瞬間に私はもう、諦めた。
この国を・・・そして彼を。ハークライト・ジュヴェール殿下、この国の第二王子である彼こそ私が7歳から婚約者として過ごした人。
懐かしい思い出が巡るがそれも全てここに捨て去るべきなのだと悟った。
彼の命令で近衛兵が二人程私の方へ近づいてくる。その困惑気味な表情を私は呆れながら見返すしかできない、ただたった一つだけ守りたいものがあった。
それに気づけたからこそだからこそ、せめてと私はその場に一人立ち上がった。
『殿下・・・お忘れなきよう、あなたの真価はこれからで決まります・・・・参りましょう』
『は?』
わたしの言葉を全く理解してはいないだろう元婚約者にある意味本当に愛想が尽きたが、せめてと私は捕らえようとした兵を引き連れて地下牢へと向かったのだ。
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ここに来てついに1月以上の時が経っていた。
食事は一日に2度。
流石に弱冠18歳で伯爵の地位を持った私を普通の死刑囚と同じ扱いには出来ないらしく、出されるそれは普段口にするものとそう変化はない。
だがだからこそ、なにに毒が仕込まれているかわからないのが難点だ。
入れられた器は銀ではなく、木を削って造られた器なのは自殺を防ぐためだと昔父に聞いて知っていた。
亡き父に代わり何とか領地を治めていた私の後継は誰がなるのだろうか。
それだけが心残りでなかなか死ぬ事も出来ない事が情けないばかりだが、一応毎日給仕をしてくれる兵士に聞いている。
「何か変わりはない?」
「は?・・・はい」
幼い弟と病気がちの母上は多分大叔父様がどうにかしてくれると信じてはいるが、流石に隣国の宰相の地位を持つ方に他国の女伯爵が出した書簡が本当に届くのかが不安だった。
もしもの時は友人が動いてくれるとも言っていたからなんとかなると信じてはいる。このままここで幽閉されていてもなんにもならないのだが未だ何も起きなければできないのが現状だ。
「ありがとう・・もしなにかあったら教えて」
「っ・・・・・もうしわけ・・・・」
「いいのよ・・・もし何かあったら伝えて頂戴。後弟が来たら私のお気に入りのオルゴールを開いてと」
「シルヴィア様・・・」
「それだけでいいの・・・お願い」
それだけを言って私はそっと牢の奥へと向かった。
手にある食事は多分彼が毒味をしてくれたらしく一口ずつ減っている。
優しい人だなぁと感謝しながら、木の器に注がれた水をそっと口に入れた瞬間に舌と喉に痺れと共に焼けるような痛みが走った。
たった数瞬もない合間に四肢の感覚がなくなり、天地さえわからなくなった。
手にもった器が滑り落ちた瞬間、呼吸もそして意識も全てを奪われた。