二つの約束
ー2年前ー
「お願いだ、俺も共に連れて行ってくれ」
「却下」
即答で返る返事。今日は、既にこの問答が3度目となると彼もはぐらかす事もしないらしい。
「いい加減諦めてくれよ、ジェイン」
「・・・できない・・ヴァンはハークライト様について行かせるんだよ。」
護衛としてつけていた、俺の弟は既にハークライト様たちにつけることが決まってしまった。なら、俺がこいつを守らなければならない。
「そうか、なら安心だ。・・・でそれでお前は今回はしつこい訳だな」
「しつこいだと?お前がフォースへの留学名目で城を出るなんて言うから」
先日行われた会談で、フォース国に取り付けた物資支援。その合間に彼は、もう一つ思いもよらない事を取り付けて来たのだ。
「ルーン侯爵が話を合わせてくれるんだ、ありがたいだろう?」
なんでもない事のようにこの人は笑う。だが、非常識だ。
一国の王子、しかも王位継承者が従者も連れずに自国を廻るなど、とても許容できなかった。
なによりもこいつは俺の親友だ、瘴気の蔓延するこの国を一人で巡回などさせられない。
「そのルーン侯爵がいつまで口裏合わせに付き合ってくれるかもわからない。それにもしお前まで瘴気に影響を受ければこの国はどうなる!」
「その時は、ハークライトがいるさ。あとバーミリオンの縁者が約束を違えるわけがない。」
どうして、いつもこいつの基準は、バーミリオン伯爵と弟なんだ。
先日、遂に王までもがお倒れになられた、医師と治療師のそのどちらの診断でも原因がわからなかった奇病。
原因が瘴気であるとわかった今も予防方法も治療法もわからない、発症すれば発熱と幻覚症状をもたらすその病は、現在は対処療法が取られている。
既に国内だけでも千人以上の犠牲者が出てしまい、罹患者数も増えるばかりだ。
「言っておくが、ハークライト様では国が亡びるぞ」
不敬になるとわかっていても言わずには居れなかった。お前が思う程、お前の弟は王には向かない。15年以上一緒に居る俺が言うんだから、確かだ。
頼む、届いてくれ。お前を守る許しを俺にくれ。
「・・・そうだな。」
「っなら」
「だが、彼女がいる。・・シルヴィがいるから大丈夫さ」
またなのか、そうやって羨望と悲哀の残る瞳をして・・・たった一人の女性を思い、語る。
そんな顔をするくらいならっ奪えよ。そう言ってやりたかった。
だがそれは決して言ってはいけない言葉でもある。
「それにあまりハークライトを甘く見るなよ?今あいつが何をしてるか知ってるか?」
それは嬉しそうに笑う。無邪気とも取れる笑み、こいつにとって弟とは将来支えるべき相手で、自身は国の礎となると心に決めているのだ。それもまた俺にとってとても承服しがたい事だった。
「・・・古代魔術による救世主召喚計画か?」
「なんだ、知ってるんじゃないか。あいつはあいつなりに考え、国を救うための行動を起こした。なら僕も、やるべきことがある。・・・もしもの時にはレムソンへの救援申請を頼む。僕との婚約を全て白紙にするとでも言えばそれなりに反応がある筈だ、あの国にはどうしても我が国とつながりを持ちたい理由がある。」
「・・・ルクス」
「治療師の罹患率は他と比べたら格段に少ないだろう?」
「だが、0とは言えない」
たとえ魔法が得意で治療師としての力を持っていても、可能性が0でない限りはとても安心できない。
「・・・まぁな、だがもしハークライトの計画が上手くいかなくてもこの国を救う手立てを見つけなくてはならない。それに僕には、あのメルビンという男がどうしても信用できない。ならもう一人の古代魔術師を探す事が一番だろう?」
そう、ある日突然に現れた魔術師。
奇病の原因を突き留め、それを封じるのには異世界から救世主を召喚する事だと我々に示した男。
怪しまない方がおかしい。
「それをお前がする必要がない。」
「頼む。・・・僕は、この国を外から見たい、でも王位継承者である限りその機会を得る事がどれだけ難しいかも知ってる。だが今、僕はその機会を得た。こんな時なのに・・・本当にすまないと思う」
なら自嘲してくれとそう言えたらよかった。ただ俺には分かっていた、もうこいつを止める事は出来ないと。伊達に15年一緒に居る訳じゃないんだ。
「はぁ・・・わかった。だがな、必ず連絡をくれ。」
「遠話魔法は、疲れるんだ。伝令用の鷹は連れて行く」
“遠話”なんて高位魔法も扱える、俺の自慢の主。
「必ず国を・・父上を救う術を見つける・・約束だ」
「そうだな・・・」
声に不満がこぼれてしまう。それでも・・なんとか納得しなければならない。
「・・・不満そうだな」
「あぁ」
分かってるくせにそうやって茶化す。嫌な奴だ。
「じゃあ、一つ頼みたい事がある」
「・・なんだ?」
「シルヴィアを頼む」
思いも掛けない事を言われた。驚きで思考が一度停止する。
「はっ?」
「・・・あの子を守ってくれ。」
「どういう意味だ?」
彼女が第二王子の婚約者であり、フォース国の宰相ルーン侯爵の姪であることは知っていた。
彼女にもしも事が在れば、国同士の争いになる可能性を秘めた重要人物だというのも。
だからこそ彼女の傍には常に数名の護衛を付けている。
「身の安全もだけどさ、・・・たまにでいい。休めるような時間を作ってあげてくれ」
「・・・それでいいのか?」
「まぁ・・頼んだ。大事な妹なんだ」
「わかった・・・だがな、」
「?」
「そんな顔で妹と呼ぶなよ」
「・・・」
黙り込んだ後に、一度大きく息を吐くこいつは、ずっとその妹に恋をしている。
「わかった。次に帰るまでには・・・どうにかするよ。だから」
「あぁ、約束する・・お前が戻るまで」
互いの約束を守る事ができなかったと後悔するのは2年後の事になる。




