物事の進め方。
部屋いっぱいの紙の山・・いや山って言葉がなまやさしく感じる。
そんな光景を前にして私の出来る事は、まず状況把握であった。
「私があの地下牢へ入った後に、ここの責任者は誰が?」
第二執務室には、入る事も出来ないので、仕方がなく侍女の休憩室として使われている小さなリネン室の一つを借りた。
私はそこでマリーと他の部署に残っていた事務官たちを呼び寄せ、私が居なかった3ヶ月についての状況把握に努めた。
「申し訳ありません、私は、お嬢様のお言いつけ通り王妃様の御傍に仕えておりましたから正確な事はわかりません。」
狭いリネン室いっぱいに上質な紅茶の香りが広がる。
そう申し訳なさそうに言いながらも完璧な所作で淹れられた紅茶を差し出したマリーに私は気にしないでと首を振った。
「いいの、そうよね。・・・内務に携わっていた事務官たちがまさかストライキとは、私も考えもしなかった。・・・そうだ、ジルベット大臣は?彼なら・・・」
私の強い味方であったこの国の金庫番様に聞けばいいとそう言えば、何故か目の前の事務官たちが下を向いた。
「どうしたの?モリス、ケイン」
この二人は、私が担当していた部署とは別の主に国の医療部門を担当している人たちだ。
「・・ジルベット様は、2月以上前に過労で、お倒れになられてまして」
「か・・過労」
「はい、今はご自身の領地、ゴバルディ領で療養中です。」
「・・・ではジルベット卿の代わりに今はだれが?」
おいおいおい・・・・ちょっとかなり怖いんだけど、聞かなくてはどうしようもない。
「ハーネス様です。」
「・・・・・・終わった・・・・・終わったわ」
絶望に目の前が真っ黒になったよ。記憶の中でハーネス大臣は、神官庁にとても強いパイプを持っていた。
そんな彼が金庫番ですって?・・・、どうしよう、あの書類の山に何が埋まっているのかが大体わかってしまった。
「お嬢様、どうぞお気を確かに・・・」
慰めの言葉が痛いです、マリー。
「いいわ、もう。とにかく今どの部署がどう動いているのか、誰を中心にしてどういう方針なのかを把握しなければいけない。・・・・マリー悪いけど、至急モーデル様にお会いしたい旨を伝令に・・・そしてここ数ヶ月の収支の記録を探して」
「畏まりました。お嬢さま?」
「なに?」
「お顔の色がすぐれませんが・・・」
うん、そりゃあね。さっき見たあの紙の山に埋まっているであろう、悪夢にしたい現実達を相手にしなければならないと思うと顔色なんて気にしている場合ではないのだ。
「大丈夫・・・で最初に聞きたいのだけれどいいかしら。ケイン?」
「はっはい!」
「そんなに怖がらないで・・・一応これでも他の部署の人間を怒鳴るようなことはしないから、まず今の白守庁について教えて、治療師たちにお願いしていた瘴気の浄化は終わったの?」
白守庁というのが、おもに国の医療を管理支える庁だ。本来は治療師の育成と管理をしていた。
国中に広がった瘴気については、治療師と呼ばれる浄化に特化した魔法師たちを中心に今もまだ浄化作業が続いている。根源が断たれても未だその爪痕が残っているのだ。
光の巫女であるアカリ様の力だけではとても国中に広がった瘴気を浄化する事は出来ない。
その代わりに1週間に一度、彼女にお願いして数カ所の治療院を巡回してもらい瘴気に病んだ人は、無料で治療を施すという奉仕活動をお願いしている。
何故か体内に入ってしまった瘴気を浄化できるのはアカリ様だけだからだ。
話がズレたが、1年程前の事になるが私が政務に携わって間もない頃、私が担当していた部署には私の怒号が響き渡る事が日常茶飯事だった。
そりゃね、10代の子供しかも女が国の中枢を担う場所に居るのだ、予測は出来るのではないだろうか。
私は、第二王子の婚約者で、王妃教育によって国の政治や司法に通じていて、しかもバーミリオンは外交を担う家だ。そしてなにより国でただ一人の女伯爵の地位を持っていてる。
流石に彼等にとって私が面白くない相手だと自分でもわかっていた私は、最初はとにかく必死に目の前の書類と格闘していた。
だけど1週間もしないで、私はそこで大きな事件を起こす事になる。
モーデル宰相に中央庁の大臣の辞任を進言する事になったのだ。ただでさえ何時どこで誰が瘴気の邪気に倒れるかわからない状況であったとして人員不足であっても無能を頭にしては、物事は廻らないのだ。
私の進言で、心を入れ換えるような人間であればよかったが、そうとならないのが世の常で・・・結局は、これ以上の混乱を起こさないために私が担当する新たな部署が出来たのだった。
それが第二執務室、通称女伯爵の城。
「あ・・・あの・・2月前なのですが、第二王子の命令で医療は全て国が担うと・・・」
「?・・・・・・ごめんなさい、よく意味が」
「その国中の医師と治療師を集めて、これからは国が民へ医療を提供するとか」
ちょっとまって、王子。それってどういうことかしら、王子様・・・理解したくない事態が起きている。
「なので我々は今、国中の医師や医療に携わる人をなんとか把握するために名簿を作っております。」
分からない訳じゃない。だってこの政策の原案であろう事項も実際に知ってるし1年以上前にも紙面で読んだ。
「それは、もしかしなくても保険制度という奴よね」
「はい」
「あれは、まだ早いと私は却下したわよね?」
何も体制が整わない状況で始める事業ではない。
この国にどれだけ医師がいて、治療師のレベル分けやどれほどの技術をどんな人たちにどれだけ提供しているのかとか、施される治療に対する対価の均整・・etc、今あげた事だけでも膨大な時間と労力が必要となる。
とにかくとてもじゃないがその保険制度というのを実際に取り入れる余裕はなかった。
そしてその提案を却下する時に王子にそれを説明した記憶がある。
考えるだけでも1年や2年では出来ない事だとわかるだろうと。
「ははひいいいいい」
「で・・・その事業を推し進めて王子はなんと?」
「今は緊急だと、瘴気の浄化を担う治療師たちも全て動員すると・・」
「・・・・・あの」
落ち着け、落ち着けおちついて・・・いられるかーーーーーーーっ!!
「治療師たちに浄化の仕事に今すぐに戻れと伝えなさい・・・」
「い・・いえ、あのっ」
「いいからっ!!伝令をとばせっ!!」
「「りょっ了解しましたーーーーーーーー!!!」」
私の怒号に彼らがリネン室を跳び出した。
「お嬢様・・・」
「ごめんなさい、モーデル様に今からお話があると・・・」
「承りました、お嬢様。まずお飲みになってください」
落ち着けという意味だろう、差し出された紅茶を口に含めば芳醇な香りが鼻をぬけて一度息を吐くことが出来た。
「おいしい・・・ありがとう、マリー。じゃあ、始めましょうか、後始末を」
「はい、お嬢様」
全幅の信頼を込めた笑みを浮かべる彼女に私はもう一度気合を入れ直した。




